end of souls

和泉直人

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幕間 ニチジョウ編

ヴェルナーという男

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  店外のテラス席で、食後のコーヒーを静かに飲む。
  この店は存外美味いコーヒーを出す。

  「先ほどの話だが」

  ヴェルナーがぼそりと切り出す。
  『衛士団』は国内、特に首都の治安維持を目的とした部隊だ。
  スリだの、泥棒だの、ペットが逃げただのと街中を駆けずり回る、ご苦労な方々。

  「ん?  『ハズレ』メニューの事か?」

  ここはコーヒーの質は高いが、食事に難がある。
  日替わりでいくつかメニューが用意されるのだが、落差がかなりある。
  ヴェルナーは見事、本日の『ハズレ』を引いた。
  俺の選んだメニューは……『普通』の味。
  可もなく不可もなく。
  だがここでは『普通』が最上級だ。

  「いや、それは……ああ、いや、うん、それなりにツラいんだが。家賃の話だ」

  ヴェルナーは胃の辺りをさすり、沈痛な面持ちで、歯切れ悪く呟く。
  『衛士団』に支給される青と白を基調にした軽鎧のせいか、顔色が悪くも見える。
  律儀に全部食う事もあるまいに。
  って、マスターがすげぇ顔でこっち見てんぞ。
  というか、マスターあんたの料理のせいでもあるんだからな?
  ああもう、ツッコミ所が多い!

  「大丈夫だよ。当てはあるんだ」

  俺は椅子の背もたれに体重を預けて、コーヒーを一すすり。
  ぎぃぃ、と背もたれから聞こえる不吉な軋みに、慌てて背筋を伸ばす。
  椅子に関しては俺が『ハズレ』を引いたようだ。

  「ならいいが、困ったら相談しろ」

  眼鏡をつい、と指で押し上げる。
  面倒見が良く、職務に忠実、非番の時でも自主的に見回りを欠かさぬこの男。
  弱きを助け、横暴な強きを挫く。
  正義の味方なんて言うといかにも安っぽいが、この男の生き様はそれに近かろう。

  「控えめの利息で貸してやる」

  前言撤回。

  「そこは『肩代わりしておいてやるから、都合がついたら返せ』って格好つけるところだろ」

  「馬鹿を言うな。貴様を甘やかす義理も余裕も無い。衛士団の給料の安さをナメるなよ」

  胸を張るが、全く格好良くはない。
  まあ、そんな給料でも身を粉にして働く、ヴェルナーという人間は尊敬している。
  口には絶対出さないが。

  「そんな切ない威張り方があるか。まったく。貴族の端くれとは思えんな」

  そう、ヴェルナーは貴族なのだ。
  爵位は無く、領地も無く、上級騎士よりは多少上、というなんとも微妙な立場だが。

  「無い袖は振れん。それに金が無くとも名誉と誇りがあれば、フリードリヒ家は充分なのだ」

  あ、変なスイッチ入ったな。

  「そう。今を遡る事、三百年。マグダウェル公国初代国王……」

  「あー、はいはい。初代様から賜った盾だろ? 知ってるさ」

  耳にタコができるほど。
  この国の成り立ちからの話だ。
  今でこそ大国と称してはばかり無いが、『マグダウェル公国になる』以前の歴史を紐解けば、この地は国の体を成していなかった。
  現在の国土のだだっ広い平原に、有象無象の群雄が割拠し、外部からの侵略も多かった。
  攻めやすく、土地は肥沃。
  周辺国からすれば『食い放題』というわけだ。
  だが初代国王の時代に、大きく変わることになる。
  まずいくつかの地方と手を結び、傭兵として軍事力を輸出し始めた。
  初めはどこの勢力にも金で尻尾を振るハイエナと蔑まれたが、徐々にその勇猛さは大陸に知れ渡っていく。
  出自を問わず騎士に登用する初代国王の姿勢も受けた。
  成り上がりを望む腕自慢達が彼の元へ集い始める。
  その武力を以て、建国へ結び付く『統一戦争』をたった五年で終わらせてマグダウェル公国は誕生した。
  つまりこの国は実力主義の騎士の国だった。
  しかし時の流れと共に、この国もカネと権力に溺れていった。
  今では国王を守る『親衛騎士団』、『守護騎士団』すら、腑抜けた貴族のボンクラどもで溢れている。
  そして建国当初から王家と近かったフリードリヒ家は、昔ながらの忠義と清貧を貫いた結果、冷遇され落ちぶれた。
  守りの戦では負け知らずだった事を称えられ、初代国王から賜った一つの盾のみを『財産』として受け継いで。

  「そうだ。この盾こそ我らが名誉。誇りだ!」

  ヴェルナーはついには立ち上がってしまった。
  彼が常に背中に背負っている、古びた盾が、それだ。
  この青臭さが、俺は好ましい。

  「まあ、座れ。コーヒーが冷めるぞ」

  俺は半笑いで、尊敬すべき貧乏貴族をなだめた。
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