end of souls

和泉直人

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一章6

非力と剛力

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  フォム・ダッハ。
  ティーゲルが構え直す。
  凶暴な笑みを浮かべて。
  確かに俺は腕力は、いや武器も込みの『力』は、化け物ティーゲルに遠く及ばない。
  だから何だ。

  「ガタガタ震えて逃げ回った挙げ句にくたばりたいか?」

  長官の言葉。
  訓練に次ぐ訓練でとことん追い込んでおいて、アレはねぇだろ。
  悪魔でももうちょい甘やかすわ。
  ふっ、と笑いがこみ上げた。
  同時に肩の力が抜ける。
  そこで俺は自分の身体が無駄に力んでいた事に気づく。

  「笑うか。頭がおかしくなったんじゃないよな?」

  ティーゲルが片眉を上げて、問う。

  「なに、ちょっと思い出して可笑しくなっただけだ」

  同音異義の減らず口。
  手首の柔軟性を確かめる様に、俺は両手のショートソードをくるりと一周回す。
  ティーゲルは頑丈だ。
  致命傷に至るはずの突きが二度も、筋肉に阻まれた。
  だから何だ。
  冗談の様な大剣が、馬鹿げた速度で振り回される。
  だから何だ。

  『心を冷やせ。やるぞ』

  俺は胸の内で、自分に囁く。
  同時に、恐怖や動揺で濁っていた視界が晴れた。
  ティーゲルが踏み出す。
  だがその瞬間には俺は既に、ティーゲルに向かって地を蹴っていた。
  体勢は低く、ショートソードを両脇腹に密着させて、まるで牛の突進の様に。

  しっ!

  斬り下ろしの体勢に入っていたティーゲルの口から、裂帛れっぱくの気合い。
  振り下ろされつつある大剣の軌道が強引に変えられ、U字を描くように斜め上方へ薙ぎ払われる。
  だが軌道上に俺の身体は無い。
  脚を縮めながらの跳躍で、斬撃を避けた。
  空中で左右のショートソードを別方向へ走らせる。
  左手でティーゲルの右肘の内側へ、右手でティーゲルの顔面へ。
  どちらも手応えはわずか。
  切っ先が少し引っ掛かったか?程度だ。
  大剣を振りつつも、首を傾けて突きを避けるとは、動体視力も反射神経も並じゃない。
  だが、

  ごっ!

  鈍い打撃音がティーゲルの左頬から響く。
  俺の右脚による蹴り。

  「ぅおっ!」

  突きを避けた所で受けた、不意の衝撃にティーゲルが驚きの声を漏らす。
  まだだ。
  避けられた右手のショートソードで右方向へ薙ぐ。
  もちろん自分の右脚に当たらない様に。

  ぴしゃっ!

  鮮血がティーゲルの顔面と、俺のショートソードの切っ先を繋ぐ。
  ティーゲルの右頬から右目の下までを切り裂いた。
  蹴りにも負けず、上体を反らされた。
  浅い。
  まだだ!
  右脚を畳んで戻すと同時に、左脚を真下へ蹴り出す。

  ごんっ!

  重い、それこそ俺の全体重を乗せた、踏みつけめいた蹴りがティーゲルの右膝を捉えた。

  「ぐおっ!」

  初めて悲鳴と言って良い声を漏らした。
  大剣を振るために踏ん張っていた膝への直下蹴りは、さすがに避けられるものではない。
  だが膝関節の破壊までは至っていない。
  鎧が有ったのももちろんだが、やはりここでも『筋肉』が阻んだ。
  この蹴りの反動で左脚も畳み、俺はティーゲルの右側へ着地した。

  「このっ!」

  ティーゲルの左側へ振り抜かれていた大剣が、右側、俺の方へとって返す。
  水平の左薙ぎと読み取って、俺は上体を前に倒して前進。
  軌道から身体を逃がす。
  同時に右手のショートソードで、ティーゲルの腹を斬りつける。

  じゃっ!

  またしても『筋肉』に阻まれ、皮一枚。
  ちっ、と舌打ち一つしたその時、

  どすん

  衝撃が、前触れも無く俺の腹に飛び込んできた。

  ざざっ!

  くの字に曲げられて吹っ飛ぶ身体を支え、踏ん張ったブーツが地面と強く擦れる。
  何だ!?
  衝撃の元を探して視線をやれば、ティーゲルの左膝があった。
  俺自身の右腕の陰で見えなかったのだと悟った瞬間、激痛がやって来た。
  発生源は膝蹴りをまともに食らったみぞおち。

  「がっ……!」

  視界に、激痛に悶えた脳が見せる幻の星が散る。
  これはマズい。
  腹部の筋肉が不随意に収縮し、胃袋を握り潰す。
  俺はとっさにショートソードを持ったままの右手で、口元を隠していた布を押し下げる。

  ぐぶぉっ!

  ほぼ同時に、逆流した胃液が口から迸る。
  立っていられない。
  がくっと膝が折れ、地面に這いつくばる。
  二度目の逆流が食道を焼く。

  「くそ、脚を……」

  ティーゲルが忌々しげにうめき、左手で右膝を押さえるのが何とか見えた。
  追い討ちをかけるなら今なのに、ひきつってせり上がった横隔膜が呼吸を許さない。

  「ぐ、ぐぐ……」

  詰まる呼吸、全身に広がりつつある激痛、酸で焼けた喉と舌。
  俺は必死に息を吐いた。

  「呼吸とは文字通り空気を『吐く事』と『吸う事』が表裏一体だ。吸えない時は吐き続けろ。肺が空になれば、身体が反射的に吸う」

  長官の言葉がまた思い出される。
  あれは唐突に、強烈なボディブローをぶちこんでくれた後だったっけ。

  ひゅぅ

  俺の喉が、吸気に鳴る。
  スパルタ長官様々だ。
  ああ、まったくありがてぇな!
  ぜぇぜぇと喉は鳴るが、何とか呼吸が戻った。

  「俺がここまでやられるなんて、何時ぶりだ?  誉めてやるよ、黒犬」

  ティーゲルが歩み寄ってくる。
  しかし右膝を相当に痛めたようで、ゆっくりとだ。
  右手に持つ大剣の切っ先が、地面をがりがりと引っ掻いている。
  その切っ先は尖った形ではなく、張り出す曲線を持つが、平らだ。
  突きが斧みたいに見えるだろうな。
  脳が余計な事を考えられるようになった頃、その切っ先が持ち上げられた。

  「だが、これまでだ。名乗っていいぜ。覚えておいてやる」

  這いつくばった俺には爪先しか見えていないが、ティーゲルは大剣を構えただろう。
  処刑人の様な気分で。

  「グレイ」

  俺は小さな小さな声で、自分の名を告げた。
  同時に地面に口をつけ、歯で削った砂を口中に含む。

  「あ?  聞こえねぇよ」

  ティーゲルの不機嫌そうな声。
  俺はショートソードを握ったままの両手、その薬指と小指を腰の投げナイフの穴に通し、抜いて握る。
  もう一歩分近づくティーゲルの爪先。
  動いてくれよ、俺の身体。
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