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一章5
聖剣使い
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発火装置の設置、その作動は上手くいった。
物資を保管していたテントはことごとく火に包まれた。
顔を隠す意味もこめて口元に巻いた布が、煙からも守ってくれる。
喉や肺がやられる心配は無いから、後は全速力で逃げるのみ。
そう。
逃げるのみ、だったんだがな。
ごぉぉぉ!
唸る炎に巻かれる神殿騎士団の野営地。
わぁわぁ騒ぎながら、消火に追われる騎士団員達。
そこから少々離れた場所に、まだ俺は居た。
予定していた退路とは逆方向、切り立った崖側に、『こいつ』を前にして。
「なんか匂うと思ったら、やっぱネズミがいやがった」
不敵な笑みが、夜陰を照らす炎を背に浮き上がる。
ティーゲル・ザ・モンスター。
離脱途中の俺に何故か気づき、『聖剣』で茂みごと斬りつけて退路を断ちやがった。
他の騎士達を呼ぶでもなく、単身で。
「その身のこなし、並じゃねぇよな」
本人から発せられる獰猛な獣を思わせる威圧感、『聖剣』の放つ並々ならぬ破壊力を予想させる存在感が、俺の背に冷たい汗を浮かばせた。
「俺はな、ネズミ。『そういう奴』には敏感なんだ」
ゆったりとした、しかし遅くはない動きで、ティーゲルが『聖剣』を構える。
五十センチメートルはあろうかという長い柄を両手で握り、鍔が顔の高さほどに来るように持ち上げ、右手を引き、左手を顎下から右側へ伸ばす。
長大で厚い剣身は垂直に。
八双と呼ばれる構え。
重く長い物を保持する時、一番楽なのは重心の真下で垂直に支える姿勢だ。
ホウキを垂直にすると、指一本で支えられるのと同様の原理。
「闘うのが楽しみでな!」
ティーゲルが歯を見せて笑う。
その歯は食い縛る事が多いのだろう、犬歯は削れて平坦に噛み合わさっている。
ティーゲルの身長、腕の長さ、大剣の長さを考慮すると、最低でも五メートルは引き離さなければ離脱は不可能だ。
俺は無言でショートソードを両手で、順手で抜く。
二メートルの身長に百五十センチメートルの剣身……なんという威圧感だろうか。
「視野を広く保て。踏み込みと打ち込みの連動するタイミングを掴め」
長官の言葉が思い出される。
俺は顎をわずかに上げた。
顔が前のめりになると、視野は狭くなる。
わずかに上向かせ、さらに目の焦点をぼかす。
これが『全体を見る』という事だ。
ふっ!
短く鋭い呼気を伴ってティーゲルが動く。
右上に掲げた剣に、踏み込みの勢いと体重と腕力を込めて、斬り下ろす。
最短距離を最速で走る斬撃、ツォルンハウ。
まともに受ければ、俺は脳天から『開き』になる。
ぶぉごっ!
じゃっ!
まともに受ければ、な。
耳元スレスレを通り抜けた『聖剣』が、空気を押し潰す異音と地面を強烈に叩く重低音を放つ。
俺は斬り下ろしに対して正中線を外し、左足を前に出した、『真半身』へ姿勢を変えた。
同時に左手のショートソードを、ティーゲルの左脇腹へカウンターで突き込んだ。
高硬度の刃が抵抗無く肉を裂き、内臓に届く……はずだが、俺に伝わった手応えは異様なものだった。
『砂利に突き込んだ様な? いや、束になった鋼線を擦った様な?』
しっ!
考察する暇は無い。
ティーゲルの食い縛った歯の間から、鋭い呼気が漏れ、『聖剣』が動く。
ティーゲルの左手は固定され『支点』と化し、引き上げる『力点』の右手が、『作用点』である剣身を振る。
テコの原理に、地面を叩いた反動を加えた『聖剣』の裏刃が左斜め下から迫る。
「くぉっ!」
上半身を右側へねじり倒す。
急すぎる動きに、口から無意識に声とも気合いともつかぬ息が漏れる。
ぐぉん!
分厚く長大な剣身が、空気を割って唸る。
だがこっちも避けるだけで終わらせない。
左手のショートソードでもう一度、今度はティーゲルの右脇腹を突く。
ぞり!
またしても伝わる異様な感触。
『なんだ、これ。いや、ティーゲルはなんだ!?』
ぎりっ!
ティーゲルの歯が、軋む。
今度は右手を支点に、引かれる左手が力点に成る。
ぞわっ!
俺の右上から、リーチの長い斬撃が来る予感。
上半身を起こす反動と精一杯の脚力で、俺は大きく跳び下がった。
ごぉっ!
逆袈裟に振り下ろされた『聖剣』の切っ先が、俺の鼻先ギリギリを通過した。
斬り裂かれた空気の悲鳴を残して。
「俺の打ち込みを三度、受ける事無く避けた?」
ティーゲルが振り切った姿勢のまま、呟いた。
そして大剣の柄から右手を離し、自分の腹を撫でた。
その手は血で濡れた。
「しかも反撃まで」
ちょっと待て。
血が出ているという事は、俺の突きは間違いなくティーゲルの身体に当たったという事だ。
奴の鎧の隙間を縫って。
なのに、なのに切り傷だけ?
「大したもんだ。『黒犬』」
ティーゲルがなんとも嬉しげに笑う。
現在の敵性勢力はとうにお見通しで、ケルベロスも折り込み済み。
正体を悟られても驚くに値しない。
だが、ああ、ああ!
信じられない。
信じたくない。
『筋肉』だ。
大剣を振るためにねじられ、固められた筋肉が、俺の突きを『滑らせた』のだ。
あり得ない。
あってはならない。
耐久性を犠牲に、切れ味に特化したこの剣が、俺の突きが、ティーゲルにはろくに痛手を負わせる事ができていない。
「ここまで活きの良いネズミは久しぶりだ」
そう言うティーゲルの目が細まる。
愉悦。
こいつは、本物の『モンスター』だ。
物資を保管していたテントはことごとく火に包まれた。
顔を隠す意味もこめて口元に巻いた布が、煙からも守ってくれる。
喉や肺がやられる心配は無いから、後は全速力で逃げるのみ。
そう。
逃げるのみ、だったんだがな。
ごぉぉぉ!
唸る炎に巻かれる神殿騎士団の野営地。
わぁわぁ騒ぎながら、消火に追われる騎士団員達。
そこから少々離れた場所に、まだ俺は居た。
予定していた退路とは逆方向、切り立った崖側に、『こいつ』を前にして。
「なんか匂うと思ったら、やっぱネズミがいやがった」
不敵な笑みが、夜陰を照らす炎を背に浮き上がる。
ティーゲル・ザ・モンスター。
離脱途中の俺に何故か気づき、『聖剣』で茂みごと斬りつけて退路を断ちやがった。
他の騎士達を呼ぶでもなく、単身で。
「その身のこなし、並じゃねぇよな」
本人から発せられる獰猛な獣を思わせる威圧感、『聖剣』の放つ並々ならぬ破壊力を予想させる存在感が、俺の背に冷たい汗を浮かばせた。
「俺はな、ネズミ。『そういう奴』には敏感なんだ」
ゆったりとした、しかし遅くはない動きで、ティーゲルが『聖剣』を構える。
五十センチメートルはあろうかという長い柄を両手で握り、鍔が顔の高さほどに来るように持ち上げ、右手を引き、左手を顎下から右側へ伸ばす。
長大で厚い剣身は垂直に。
八双と呼ばれる構え。
重く長い物を保持する時、一番楽なのは重心の真下で垂直に支える姿勢だ。
ホウキを垂直にすると、指一本で支えられるのと同様の原理。
「闘うのが楽しみでな!」
ティーゲルが歯を見せて笑う。
その歯は食い縛る事が多いのだろう、犬歯は削れて平坦に噛み合わさっている。
ティーゲルの身長、腕の長さ、大剣の長さを考慮すると、最低でも五メートルは引き離さなければ離脱は不可能だ。
俺は無言でショートソードを両手で、順手で抜く。
二メートルの身長に百五十センチメートルの剣身……なんという威圧感だろうか。
「視野を広く保て。踏み込みと打ち込みの連動するタイミングを掴め」
長官の言葉が思い出される。
俺は顎をわずかに上げた。
顔が前のめりになると、視野は狭くなる。
わずかに上向かせ、さらに目の焦点をぼかす。
これが『全体を見る』という事だ。
ふっ!
短く鋭い呼気を伴ってティーゲルが動く。
右上に掲げた剣に、踏み込みの勢いと体重と腕力を込めて、斬り下ろす。
最短距離を最速で走る斬撃、ツォルンハウ。
まともに受ければ、俺は脳天から『開き』になる。
ぶぉごっ!
じゃっ!
まともに受ければ、な。
耳元スレスレを通り抜けた『聖剣』が、空気を押し潰す異音と地面を強烈に叩く重低音を放つ。
俺は斬り下ろしに対して正中線を外し、左足を前に出した、『真半身』へ姿勢を変えた。
同時に左手のショートソードを、ティーゲルの左脇腹へカウンターで突き込んだ。
高硬度の刃が抵抗無く肉を裂き、内臓に届く……はずだが、俺に伝わった手応えは異様なものだった。
『砂利に突き込んだ様な? いや、束になった鋼線を擦った様な?』
しっ!
考察する暇は無い。
ティーゲルの食い縛った歯の間から、鋭い呼気が漏れ、『聖剣』が動く。
ティーゲルの左手は固定され『支点』と化し、引き上げる『力点』の右手が、『作用点』である剣身を振る。
テコの原理に、地面を叩いた反動を加えた『聖剣』の裏刃が左斜め下から迫る。
「くぉっ!」
上半身を右側へねじり倒す。
急すぎる動きに、口から無意識に声とも気合いともつかぬ息が漏れる。
ぐぉん!
分厚く長大な剣身が、空気を割って唸る。
だがこっちも避けるだけで終わらせない。
左手のショートソードでもう一度、今度はティーゲルの右脇腹を突く。
ぞり!
またしても伝わる異様な感触。
『なんだ、これ。いや、ティーゲルはなんだ!?』
ぎりっ!
ティーゲルの歯が、軋む。
今度は右手を支点に、引かれる左手が力点に成る。
ぞわっ!
俺の右上から、リーチの長い斬撃が来る予感。
上半身を起こす反動と精一杯の脚力で、俺は大きく跳び下がった。
ごぉっ!
逆袈裟に振り下ろされた『聖剣』の切っ先が、俺の鼻先ギリギリを通過した。
斬り裂かれた空気の悲鳴を残して。
「俺の打ち込みを三度、受ける事無く避けた?」
ティーゲルが振り切った姿勢のまま、呟いた。
そして大剣の柄から右手を離し、自分の腹を撫でた。
その手は血で濡れた。
「しかも反撃まで」
ちょっと待て。
血が出ているという事は、俺の突きは間違いなくティーゲルの身体に当たったという事だ。
奴の鎧の隙間を縫って。
なのに、なのに切り傷だけ?
「大したもんだ。『黒犬』」
ティーゲルがなんとも嬉しげに笑う。
現在の敵性勢力はとうにお見通しで、ケルベロスも折り込み済み。
正体を悟られても驚くに値しない。
だが、ああ、ああ!
信じられない。
信じたくない。
『筋肉』だ。
大剣を振るためにねじられ、固められた筋肉が、俺の突きを『滑らせた』のだ。
あり得ない。
あってはならない。
耐久性を犠牲に、切れ味に特化したこの剣が、俺の突きが、ティーゲルにはろくに痛手を負わせる事ができていない。
「ここまで活きの良いネズミは久しぶりだ」
そう言うティーゲルの目が細まる。
愉悦。
こいつは、本物の『モンスター』だ。
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