14 / 40
一章8
戦い終えて
しおりを挟む
夢を見ている。
ガキだった時分の俺、同じ年頃の十人前後のガキ達、そして少し年上の十代前半の少女が一人。
皆、質も量も豊かとは言いがたい食事を分けあって食べ、実に楽しそうだ。
ガキ達に囲まれ、甘えられ、慈愛に満ちた笑顔を浮かべる少女は、皆の『幸せ』の象徴だった。
俺は初めて触れる『幸せ』に戸惑い、ふて腐れて、結果的にその裏の犠牲を知った。
そして……。
もういい!
見たくない!
俺は夢を振り払うように、目を開ける。
「っ!」
眩しさに目が痛んだが、それ以上に全身の至るところの痛みが息を詰まらせた。
特に腹部、みぞおちの左側寄り辺りが特に強い痛みを訴える。
「目が覚めたか」
この声、ベル。
「あまり動くな。腹に引くほどデカいアザができてる」
笑いを含んだ軽妙な口調。
どんなアザだよ。
見たいような見たくないような。
「ここは?」
自分の口から出た声に驚いた。
ひどいしゃがれ声だ。
「サンパス。戻ってきたんだ」
ここでひょい、と視界に顔が入ってくる。
栗色の髪、眉、まつげに、緑の瞳。
素の状態でもどこか楽しげな、笑っている様にも見える、愛嬌のある顔つき。
やっと見る事のできた、ベルの顔。
「で、ここはいわゆる『セーフハウス』ってやつだ」
起こすぞ、と声をかけてからベルは俺の上半身を持ち上げ、クッションを背中の隙間にねじ込んだ。
多少の痛みは伴ったが、室内の様子と、自分の置かれた状況が理解できた。
国内に無数に存在する『ケルベロス』所有の建物、『セーフハウス』。
緊急時の避難や行動前の集合地点などに利用される。
見渡す。
白いが、少しくたびれた感じを受ける漆喰の壁 。
薬剤の元と思われる木の葉や根が載った、木製のテーブル。
簡易的なキッチンもある。
窓はガラスがはまっていて、カーテンもある。
何より、俺が寝ているベッドが柔らかい。
「お前が用意した宿の数倍良い部屋だな、ベル」
ひどいしゃがれ声のまま、俺は意地悪にベルに笑いかける。
「おっと、意外に根に持つ奴?」
ベルは大袈裟に思えるほど大きく肩をすくめ、両手を肩まで挙げて、『降参』のジェスチャーを示す。
もちろん本気じゃない。
あの森から男一人を連れ出して、セーフハウスまで運び、手当てをしてくれたんだ。
ベルには感謝しか無い。
『引くほどデカいアザがある』腹に感じる湿布。
投げナイフの穴に指を通したまま無理な力を込めたせいで折れたのであろう、左手の小指に巻かれた副木と包帯。
顔など小さな擦り傷に貼られた、軟膏付きの布片。
「ありがとう、ベル。助かった」
俺はあまりに素直な自分に内心驚きつつも、その感謝をそのまま口にした。
「お、おう。ああ、そうそう。神殿騎士団は退いたぞ」
何やら慌てて早口でまくし立ててきたが、俺も知りたい情報だったので、そのまま黙って聞く。
俺が直接見た訳じゃないんだが、と前置きをして、
「あの後にティーゲルの引き揚げ作業を行って、もと来た道を帰っていったってさ」
とベルは続けた。
公式には、『神殿騎士団が遠征中に、体調不良を訴える者が多発したため、帰還させた。しかし一部の者はフュネス領に入った』と示されたそうだ。
実際には、フュネス領に入った神殿騎士はいない。
教会の人間数人に儀礼服を着させて『それっぽく』見せただけだ、と他の『耳』が確認した。
リーノロス教団としては『ただの無駄足』では恥であろうし、マグダウェル公国としては『実際の戦力』は置かせずに済んだからその程度の偽情報位は許す。
だいぶリーノロス教団に譲らせた形ではあるが、妥当な落としどころだろう。
教皇のはらわたは煮えくり返っているだろうが。
ともあれ任務としては成功で、モンスター退治のおまけ付きだ。
「そう美味いものでもないが、粥を作っておいた。暖め直すから少し待ってろ」
一通り話し終えて、ベルが席を立ってキッチンへ向かった。
ふぅ
一息ついて、身体のチェックをする。
装備は全て解かれ、簡素な上下一体型の、前でボタンで留めるタイプの服を着ている。
筋肉痛に似た痛みが走るが、腕は問題無く動く。
手で、かけられたシーツを上半身側へ引くと、足先が見えた。
指を動かす。
こちらも問題は無いようだ。
足の指でシーツを挟んで足首を伸ばし、もう一度かけ直す。
「待たせたな。ゆっくり食えよ」
ベルが木製の盆に、木製の器とスプーンを載せて戻ってきた。
器には、水分多めの麦粥。
「ありがとう」
俺は慎重に受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。
温もりと強めの塩味が身体にしみる。
「報告はもう長官に届いてるはずだ。多少ゆっくりしていっても構わないが、どうする?」
粥と同時に暖めていたのか、自分用のコーヒーをすすりながら、ベルが尋ねてくる。
「できるだけ早く戻りたい。少し用事もあるからな」
と、そこまで言って気づいた。
「長官に報告が届いてる、だと?」
首都クーガドゥルからウィレム領まで、馬をかえて走りづめで二日かかった。
いくら『耳』とて、かかる時間はそう変わるまい。
「ああ。お前が寝てる三日の間にな」
事も無げにベルが答える。
三日もダウンしていたのか。
「その間ずっと世話してくれていたのか」
感謝が尽きない。
「まあ、寝てるって言っても本能的に動いてたぞ。水飲んだり、トイレ行ったり」
さすがに食事はしなかったが、と付け加えて笑った。
「ありがとう」
何度言っても足りない言葉を、俺はもう一度繰り返した。
「もういいよ。同じ任務についた『よしみ』ってやつだ」
空いた左手をひらひらさせて、ベルはコーヒーを一口飲んだ。
彼の耳が少し赤らんでいる。
意外に照れ屋なのかもしれない。
「ああ」
ふっと笑って短く応え、麦粥をかき込む。
しばらく空だった胃が満たされて、充足感を得た。
「クーガドゥルへ戻るなら、馬車でも手配するか?」
「いや、来た時と同じに馬でいい。どうせどっちも揺れる」
ベルの提案に、今度は俺が手をひらひらさせた。
気遣ってもらったが、揺れたら確実に痛む。
馬車は不意の横揺れが多い。
同じ揺れるなら、自分のコントロール下に置ける馬の揺れの方が覚悟できるってもんだ。
「わかった。サンパスで預けた馬を使え。預かり賃はお前の通行証で上乗せしておいた」
あの時払った、馬の預かり賃は三日分だった。
気を回してくれなければ、手続きが色々面倒になっただろう。
「装備は、汚れた服以外はセーフハウスの出入り口に置いてある。気をつけてな」
何から何まで痛み入る。
こうして俺は下町への帰途に就いた。
ガキだった時分の俺、同じ年頃の十人前後のガキ達、そして少し年上の十代前半の少女が一人。
皆、質も量も豊かとは言いがたい食事を分けあって食べ、実に楽しそうだ。
ガキ達に囲まれ、甘えられ、慈愛に満ちた笑顔を浮かべる少女は、皆の『幸せ』の象徴だった。
俺は初めて触れる『幸せ』に戸惑い、ふて腐れて、結果的にその裏の犠牲を知った。
そして……。
もういい!
見たくない!
俺は夢を振り払うように、目を開ける。
「っ!」
眩しさに目が痛んだが、それ以上に全身の至るところの痛みが息を詰まらせた。
特に腹部、みぞおちの左側寄り辺りが特に強い痛みを訴える。
「目が覚めたか」
この声、ベル。
「あまり動くな。腹に引くほどデカいアザができてる」
笑いを含んだ軽妙な口調。
どんなアザだよ。
見たいような見たくないような。
「ここは?」
自分の口から出た声に驚いた。
ひどいしゃがれ声だ。
「サンパス。戻ってきたんだ」
ここでひょい、と視界に顔が入ってくる。
栗色の髪、眉、まつげに、緑の瞳。
素の状態でもどこか楽しげな、笑っている様にも見える、愛嬌のある顔つき。
やっと見る事のできた、ベルの顔。
「で、ここはいわゆる『セーフハウス』ってやつだ」
起こすぞ、と声をかけてからベルは俺の上半身を持ち上げ、クッションを背中の隙間にねじ込んだ。
多少の痛みは伴ったが、室内の様子と、自分の置かれた状況が理解できた。
国内に無数に存在する『ケルベロス』所有の建物、『セーフハウス』。
緊急時の避難や行動前の集合地点などに利用される。
見渡す。
白いが、少しくたびれた感じを受ける漆喰の壁 。
薬剤の元と思われる木の葉や根が載った、木製のテーブル。
簡易的なキッチンもある。
窓はガラスがはまっていて、カーテンもある。
何より、俺が寝ているベッドが柔らかい。
「お前が用意した宿の数倍良い部屋だな、ベル」
ひどいしゃがれ声のまま、俺は意地悪にベルに笑いかける。
「おっと、意外に根に持つ奴?」
ベルは大袈裟に思えるほど大きく肩をすくめ、両手を肩まで挙げて、『降参』のジェスチャーを示す。
もちろん本気じゃない。
あの森から男一人を連れ出して、セーフハウスまで運び、手当てをしてくれたんだ。
ベルには感謝しか無い。
『引くほどデカいアザがある』腹に感じる湿布。
投げナイフの穴に指を通したまま無理な力を込めたせいで折れたのであろう、左手の小指に巻かれた副木と包帯。
顔など小さな擦り傷に貼られた、軟膏付きの布片。
「ありがとう、ベル。助かった」
俺はあまりに素直な自分に内心驚きつつも、その感謝をそのまま口にした。
「お、おう。ああ、そうそう。神殿騎士団は退いたぞ」
何やら慌てて早口でまくし立ててきたが、俺も知りたい情報だったので、そのまま黙って聞く。
俺が直接見た訳じゃないんだが、と前置きをして、
「あの後にティーゲルの引き揚げ作業を行って、もと来た道を帰っていったってさ」
とベルは続けた。
公式には、『神殿騎士団が遠征中に、体調不良を訴える者が多発したため、帰還させた。しかし一部の者はフュネス領に入った』と示されたそうだ。
実際には、フュネス領に入った神殿騎士はいない。
教会の人間数人に儀礼服を着させて『それっぽく』見せただけだ、と他の『耳』が確認した。
リーノロス教団としては『ただの無駄足』では恥であろうし、マグダウェル公国としては『実際の戦力』は置かせずに済んだからその程度の偽情報位は許す。
だいぶリーノロス教団に譲らせた形ではあるが、妥当な落としどころだろう。
教皇のはらわたは煮えくり返っているだろうが。
ともあれ任務としては成功で、モンスター退治のおまけ付きだ。
「そう美味いものでもないが、粥を作っておいた。暖め直すから少し待ってろ」
一通り話し終えて、ベルが席を立ってキッチンへ向かった。
ふぅ
一息ついて、身体のチェックをする。
装備は全て解かれ、簡素な上下一体型の、前でボタンで留めるタイプの服を着ている。
筋肉痛に似た痛みが走るが、腕は問題無く動く。
手で、かけられたシーツを上半身側へ引くと、足先が見えた。
指を動かす。
こちらも問題は無いようだ。
足の指でシーツを挟んで足首を伸ばし、もう一度かけ直す。
「待たせたな。ゆっくり食えよ」
ベルが木製の盆に、木製の器とスプーンを載せて戻ってきた。
器には、水分多めの麦粥。
「ありがとう」
俺は慎重に受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。
温もりと強めの塩味が身体にしみる。
「報告はもう長官に届いてるはずだ。多少ゆっくりしていっても構わないが、どうする?」
粥と同時に暖めていたのか、自分用のコーヒーをすすりながら、ベルが尋ねてくる。
「できるだけ早く戻りたい。少し用事もあるからな」
と、そこまで言って気づいた。
「長官に報告が届いてる、だと?」
首都クーガドゥルからウィレム領まで、馬をかえて走りづめで二日かかった。
いくら『耳』とて、かかる時間はそう変わるまい。
「ああ。お前が寝てる三日の間にな」
事も無げにベルが答える。
三日もダウンしていたのか。
「その間ずっと世話してくれていたのか」
感謝が尽きない。
「まあ、寝てるって言っても本能的に動いてたぞ。水飲んだり、トイレ行ったり」
さすがに食事はしなかったが、と付け加えて笑った。
「ありがとう」
何度言っても足りない言葉を、俺はもう一度繰り返した。
「もういいよ。同じ任務についた『よしみ』ってやつだ」
空いた左手をひらひらさせて、ベルはコーヒーを一口飲んだ。
彼の耳が少し赤らんでいる。
意外に照れ屋なのかもしれない。
「ああ」
ふっと笑って短く応え、麦粥をかき込む。
しばらく空だった胃が満たされて、充足感を得た。
「クーガドゥルへ戻るなら、馬車でも手配するか?」
「いや、来た時と同じに馬でいい。どうせどっちも揺れる」
ベルの提案に、今度は俺が手をひらひらさせた。
気遣ってもらったが、揺れたら確実に痛む。
馬車は不意の横揺れが多い。
同じ揺れるなら、自分のコントロール下に置ける馬の揺れの方が覚悟できるってもんだ。
「わかった。サンパスで預けた馬を使え。預かり賃はお前の通行証で上乗せしておいた」
あの時払った、馬の預かり賃は三日分だった。
気を回してくれなければ、手続きが色々面倒になっただろう。
「装備は、汚れた服以外はセーフハウスの出入り口に置いてある。気をつけてな」
何から何まで痛み入る。
こうして俺は下町への帰途に就いた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる