end of souls

和泉直人

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一章終

状況終了

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  首都に戻れたのは四日後の夜半だった。
  かなり辛い旅路となった。
  これはたぶん、左の肋骨の最下部周辺にヒビが入ってる。
  手綱を持つ左手も痛んだし、休み休みの進行を余儀なくされた。
  すぐ自宅へ寄り、任務では邪魔で着る事も無い団服を取って司令部へ。

  「戻ったな。まずは任務目標達成を誉めようか。よくやった」

  こうして今、長官のありがたいお言葉を賜っている。
  誉めるという言葉と、何の感慨も表さない表情に乖離を感じる。

  「想定外の戦闘があったようだな」

  執務用机に置かれた報告書を手に取って、俺と交互に何度か見る。
  あの死闘を、庭の花が咲いたな、くらいのトーンで片付けられた。

  ぱん!

  報告書のページを指先で弾いて、長官は椅子から立ち上がる。
  そして俺の身体を足元から頭まで眺め、

  「全治一ヶ月と言ったところか」

  自らのがっちりとした顎を、太い指先で撫でた。

  「ええ、安静にしていればその程度かと」

  もういい加減、長官の部下への扱いには慣れた。
  腹も……少しは立つが、表情に出さない程度には、慣れた。

  「わかった。ひとまず身体の回復に専念しろ」

  頷いて重々しく告げる。

  「了解しました。では下がります」

  『牙』に敬礼などは無い。
  無駄だからだ。

  「ああ、グレイ」

  踵を返そうとした俺を、長官が呼び止めた。

  「何か?」

  長官この人は無駄を嫌う。
  ならば呼び止めた理由があるはずだ。
  次の言葉を待つ。

  「『聖剣使い』は生きている」

  「は?」

  にわかに信じがたい言葉に、我ながら間抜けな声が出た。
  生きている?
  自重もさることながら、分厚い鎧で身を固めたあの重量で、崖から落ちて生きている?

  「お前のアシスト役とは別の、後発の『耳』が見届けた。落ちたのは『聖剣』だけで、『聖剣使い』は崖の途中に掴まっていた、と」

  膝が抜けそうになった。
  どこまで化け物なのか。

  「とはいえ無事ではない。奴が戦場から自分の足で帰還できなかったのは、実に珍しい」

  フォロー、なのだろうか。

  「だがお前、顔を見せたそうだな」

  「自分の胃液で窒息するのはごめんでしたので、やむなく」

  責められるいわれはないが……いや、この長官の表情は、責めているわけではないな。

  「凄いな、グレイ。次に出会ったら、『聖剣使い』が名指しで追ってくるぞ」

  楽しんでいる表情だ。
  珍しく、薄く笑っている。

 「か……」

  一気に喉が乾いた。

  「勘弁してくださいよ」

  へばりつく喉を押し開いて、声を絞り出す。

  「何を言う。天下の『聖剣使い』に顔を覚えられたんだ。誇れよ」

  あんた長官正気か。

  「それとな、『聖剣』自体も無事回収されたそうだ。傷が癒えれば『聖剣使い』も万全だな」

  またそら恐ろしい事実も教えてくれたものだ。

  「以上だ。下がってよし」

  言うだけ言って、卓上の葉巻入れから一本取り出して、シガーカッターで端を切り落とし始める。
  もう何が何やら。
  部下をここまで追い込んで、楽しいかよ。
  ……いや、楽しいんだろうな。
  サディストめ。
  俺は無言のまま回れ右をして、乱暴に扉を開け……後ろ足で蹴って閉めて、長官室を後にした。
  扉の脇に置いていた、装備一式を詰めたバッグを肩に担ぐ。
  分厚い絨毯を踏みしめながら、思い出す。
  ティーゲルの体格、『聖剣』の長さ、厚さ、その振り回される速度、目の前をかすった時に感じた空気が切り裂かれる音。

  ごくり

  固くなった唾液が喉を鳴らす。
  一つ間違えれば、あの膝蹴りの代わりに斬撃を食らっていた。
  大きな湿布を貼った腹を撫でる。
  戦いの最中はしっかり心を冷やしていた。
  だが今思い出すと恐ろしさが、じわりと背筋を這い上がってくる。
  ぶるっと震えるのを自覚した。
  二度と正面切って戦いたくない。
  それが正直な気持ちだ。

  はぁ……

  ため息一つ、次の目的地へ向かう。
  司令部を出て右手側、王宮と逆方向にある『工房』だ。
  防音の為に植えられた木々の隙間を縫って、歩を進める。
  軽く自分で装備を点検したが、胸当てのみぞおちに当たる部分が傷ついていた。
  表の革がわずかに破れ、仕込まれた鋼板が顔を覗かせている。
  ショートソードの剣身も、割れこそしていないが、刃こぼれと無数の傷がついている。
  潜在的な損傷の可能性も考慮して、専門家に見てもらおうという事で、アポイントメントを取っておいた。
  扉を開ける。
  相変わらず作業の音が鋼鉄のドア越しに聞こえる。
  と、俺を出迎える人物が居た。
  『親方』だ。
  直々の出迎えに、少々驚く。

  「来たな、グレイ。『聖剣使い』と一戦交えたってな」

  胸の前で組んでいた、太い腕を解いて近づいてくる。

  「よく生きて戻った」

  大きな手が、俺の肩を叩く。
  真っ直ぐに見つめてくる親方の表情が、心の底から出た言葉だと物語っていた。
  なんだか安心して涙が出そうになった。

  「それで装備なんですが……」

  俺は担いでいたバッグを親方に渡す。

  「任せろ」

  頷きながら受け取り、頼もしく応えてくれた。
  これで装備は安心だ。
  次回の任務には万全な状態で臨める事だろう。
  礼を言って、俺は工房を、王宮区画を後にした。
  そして自宅に戻り、隠し収納へ団服を突っ込んで、泥の様に眠った。
  これにて今回の任務、状況終了。
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