end of souls

和泉直人

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幕間 状況終了後の状況開始

ステラ、サラ、ついでにヴェルナー

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  こんこんこん

  ドアノッカーの音が響く。
  誰かが来るのは気配で解っていた。
  でも眠い。

  こんこんこんこんこん

  回数が増えた。
  これはあれだ、出なければますます増えるやつだ。
  俺は身体を起こす。
  腹と肋骨と左手と、あと全身が丸ごと痛む。

  「う」

  一日寝たくらいでは回復しない。
  筋肉痛が少しマシになった程度。

  「はいはい」

  ドア越しにノックの主に返事をする。

  「あたしだよ!」

  ステラの張り上げた声。
  ドア越しならいいが、直に浴びると腹に響きそうな音量だ。
  だがドア越しにあしらえる相手でもない。
  なにしろ俺には弱味がある。
  家賃。
  指令を受けてクーガドゥル首都からウィレム領まで二日、任務遂行とその後のダウンで三日、ここへ戻るまで四日、報告後寝て起きて一日、と計十日。
  家賃の話をしたあの日から経過した日数だが、約束では「五日後には払います」と言ってしまっていた。
  滞納確実。
  気が重いが、ドアを開ける。

  「こんにちは、ステラさん」

  怒号を覚悟しつつ、愛想笑い付きで挨拶する。
  しかしその覚悟は杞憂に終わる。

  「大丈夫かい?」

  ステラの顔は俺を気遣う、柔らかい表情であった。

  「え、ええ。ちょっと怪我しましたけど」

  肩透かしを食った、不意を突かれた、なんだか複雑な気分で答える。

  「怪我だって!? 酷いのかい?」

  ステラは俺の全身の至る所を見ながら、触れて良いものか、とためらいながら手をかざしてくる。

  「一ヶ月もすれば綺麗に治りますよ。給金も怪我の手当で割り増しでもらいましたし」

  これは嘘ではない。
  『ケルベロス』にも傷病手当くらいは出る。

  「しかし俺の事、誰に聞いたんです?」

  「サラがあんたが帰ってこないって心配してね。ヴェルナーが都の出入者名簿で調べたんだよ。出稼ぎに出た記録を見つけて、今朝早く帰った記録があったって教えてくれたんだよ」

  そうか。
  俺も『住人』だ、任務でも出入りの記録くらいは作られるんだったな。
  もっとも、任務に失敗していたら記録は根こそぎ、それこそが様々な公文書から消されていただろうが。
  しかしヴェルナー、お前は本当にマメだな。

  「なるほど。えーっと……それで、その、家賃なんですが」

  今は充分な現金を用意してある。
  だが、

  「気にしなくて良いよ。今はちゃんと休みな」

  ステラは優しく笑って、俺の肩を軽く叩いた。
  こんなに気遣ってくれるとは予想外で、なんだかとても嬉しくなる。

  「ありがとうございます」

  「良いんだよ」

  とステラは言い、もう一度ぽんと肩を叩いて、俺の部屋と同じ階にある、彼女達母子の部屋へ戻って行った。
  二人は俺が借りている様な単身者用の部屋を、二つ分繋げた形の部屋に住んでいる。
  二階の半分が彼女達の居住空間だ。
  ステラがドアを閉めるのを見届けて、俺もドアを閉める。
  心配事があっさり片付いた、妙な虚無感と安心感を覚える。
  ベッド脇のサイドテーブルに置いておいた、水の瓶のコルク栓を抜く。
  傍らのコップを経由させず、直接飲む。
  自分が思うよりも乾いていたのだろう、内容の八割ほどを一気に飲み下した。

  ふぅ

  一息ついて栓を戻したところで、

  こんこんこん

  またドアノッカーが鳴らされた。
  あまりに短い間隔の来客だ、ステラが戻ってきたのか?
  瓶をまたサイドテーブルに置いてから、ドアへ向かう。

  「はいよ」

  相手をドア越しに確認するのも面倒くさく、応えながらドアを開ける。

  「グレイさん!」

  真白い少女がアメシストの目を見開いて、そこに居た。

  「サラ。どうし……」

  どうした、と尋ねる前に、彼女の両手で俺の右手が取られる。

  「怪我したって母から聞きました。酷いんですか!?」

  相対的に大きな声でもないが、彼女の普段を知っていると、大きな声だと感じる。
  ああ、うっすら涙まで浮かべて。

  「大丈夫だよ。そんな酷い怪我じゃない」

  酷い怪我ではないとステラにもそう言ったのだが、恐らく怪我の程度を説明する母の話を全て聞かずに飛んできたのだろう。
  こんなに心配かけてしまっていたのか。
  罪悪感に胸がチクリと痛む。

  「ああ、良かった……良かった」

  ぎゅ、と俺の手を包む彼女の手が、わずかに震えている。
  彼女にとって俺は十二歳から馴染みの隣人だ。
  突然亡くすかもしれないと思ったなら、このくらい動揺してしまうのは無理からぬ事かもしれない。

  「安心してくれ。本当に命に関わる程じゃないし、後遺症も出ないらしいから」

  俺は努めて柔らかい笑みを浮かべ、左手で彼女の肩に手を置く。

  「はい」

  サラは小さく頷き、俺の手を離して涙を拭った。
  そして自らの肩に置かれた手を見た。
  あ、しまったな。
  まだ折れた小指には副え木と包帯が。

  「この手では食事の用意も大変でしょう。またお届けしますね」

  意外と動じず、微笑むサラ。
  安心しろ、という言葉を心から信じてくれたのかもしれない。

  「助かるよ。サラの料理は旨いからな」

  俺も安心した。
  この子の涙は妙に痛いから。
  ぽんぽん、と左手で彼女の肩を軽く叩いて応えた。
  これは嘘ではない。
  贅沢な食材は使っていなくとも、暖かい気持ちになる優しい味わいなのだ。
  懐かしく、そう懐かしく思うほどに。
  脳裏に野菜クズを煮込んだスープと硬くなった黒パン、そして一人の女性の笑顔がよぎる。
  年上だった、今は歳を追い越してしまったあの人。

  「じゃあわたしは戻りますね」

  「ああ」

  お互い頷き合って、それぞれ手を離す。
  彼女が部屋へ戻るのを確認し、俺も室内へ引っ込む。
  思い出してしまったな。
  ベッドに腰を下ろす。
  俺の最も古い記憶は雑踏。
  地べたに這いつくばって、忙しなく行き来する無数の人の足を眺めていた。
  いわゆる紛争地帯だったが、今になっても場所もわからないままだ。
  何が原因でそうなったかなど、ますます知った事ではない。
  親の無い子供、家も無い子供、明日の命も保証されない子供。
  スラム街では子供の一人だった。
  何でもやった。
  ゴミをあさり、盗み、奪い、その日の空腹をやり過ごす。
  では幸いと言えるだろう、人を殺傷する天賦の才はあった。
  毎日のように人死にが出る戦場に行けば、武器の類いも簡単に手に入った。

  はぁ……

  無自覚にため息が漏れる。

  こんこんこん

  またしてもドアノッカーが来客を告げる。
  気を抜いていた。
  気配を察知できなかった。

  「はいよ」

  再びドアへ歩み寄り、開ける。

  「ヴェルナー」

  少し驚いた。
  金髪碧眼のやせっぽちの、青い鎧の衛士団区画長がお出ましだ。

  「グレイ、無事……いや大事無くて何よりだ」

  ヴェルナーは俺の全身を観察して、言葉を改めた。

  「あまりあの母子に心配をかけるな。私にもな」

  そうだったな。
  こいつが俺の出入記録を調べて伝えてくれたんだっけな。

  「ああ……そうだな。悪い。手間を取らせたな」

  ヴェルナーの真剣な表情に、なんだかばつが悪い。
  ここは礼の一つでも言っておこうか。

  「ええと、ヴェルナー。ありが……」

  言いかけた俺の目の前に、ヴェルナーの指に挟まれた紙切れが一枚差し出され。

  「へ?」

  俺は寄り目で間近の紙を見る。
  『借用書』と書いてあるな。
  なんだこれ。

  「家賃は私が立て替えておいたぞ。これはその証書だ。ステラさんにも話は通ってる」

  満面の笑みだ、この野郎。

  「はあ!? どういう事だ!」

  俺は『借用書』を引ったくる様に手に取る。

  「グレイ=ランフォードはヴェルナー=フリードリヒに金、五万オーラムを借り受け、ステラ=ブライトへの家賃として納めた。返済に際しては利子……」

  オーラムは通貨名だ。
  それはいい。

  「おい、利子一割ってなんだ」

  「おいおい、貴様は利子も知らんのか」

  ヴェルナーは嘆息して眼鏡をくいっと押し上げた。

  「利子くらい知っとるわ! 額が異常だってんだよ! どこの悪徳金貸しだ!」

  家賃の立て替えがいつだったか詳しく知らないが、数日で一割とは暴利も暴利、凶悪と言って良い。

  「なんだ、異常に少なくて驚いたか」

  くくく、と含み笑い。
  この野郎、必要なら控えめな利子で貸すとか言っといて……!

  「ふっざけんな! 元金は勿論返すが、こんな馬鹿げた利子は払わんからな!」

  「ほう。踏み倒すか。衛士団の独房を空けておかねばならんようだ」

  憤慨する俺に、楽しそうな笑みを浮かべるヴェルナー。
  一瞬でも礼を言おうとした自分に腹が立つ。
  ステラの「気にするな」や「良いんだよ」ってのも、こういう事だったのか。
  グルか、どちくしょうどもめ!
  俺の「ありがとう」を返せ。
  ギリギリと歯噛みするしかない俺。

  「まあ、それはそれとして」

  語調を急に変えたヴェルナーが、俺の手から借用書を抜き取った。
  奴は顔から笑みを消し、借用書を真っ二つに引き裂いた。

  「え?」

  目を丸くする俺に、

  「帰って来てくれて良かった」

  ぱん、と俺の右肩を叩くヴェルナー。
  この……それは、ズルいだろ。

  「利子は……まあ、飯でもおごってくれればいい。付き合え」

  再びシニカルな笑みを浮かべて奴が言う。
  くそ、やっぱりこいつは……。

  「解ったよ。付き合う」

  俺も笑って、すぐ横の衣装掛けからジャケットを手に取り、羽織る。
  部屋を出て、ジャケットのポケットから取り出した鍵でドアに施錠する。

  「あ、でも高いの無しだからな!」

  「ケチくさいな。タッカーの店にしようかと思ったのに」

  タッカーの店、この区画で最高級の料理店だ。

  「馬鹿言うな! あそこじゃ利子より高くつくじゃねぇか!」

  「なら利子払えばいいだろう?」

  「払わねぇよ!」
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