end of souls

和泉直人

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二章5

叛意

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  わあぁっ! と、多数の声が集まり、意味を無くした音が街中から響いている。

  はぁっ! はぁっ! はぁっ!

  乱れた呼吸と冷気で、喉がひりつく。
  黒と赤を基調とした、サイティエフ領の軍服を身に着けた騎士達に追い回され、もう一時間は経つ。
  俺の両手のショートソードは既に、騎士達の血で濡れている。
  もう何人斬ったか。
  この場だけでも、既に十ではきかない数の死体が転がっている。

  「黒犬めっ!」

  憎悪を隠そうともしない、殺気立った目で右手の片手剣を振り下ろしてくる騎士。
  反対の手には直径三十センチメートルほどの丸盾バックラーがある。

  「っ!」

  俺はあえて上体を捻り、右のショートソードのリカッソもどき部分でその斬撃を止め、バックラーに肘をぶつける。
  と同時に左のショートソードで下段を突く。
  その切っ先は騎士の右股関節に在る大腿動脈を断った。

  「ぐっ!」

  噴き出す鮮血が俺のコートの腰辺りに散る。
  呻き、膝を突く騎士のバックラーを右前蹴りで押し退けると、彼は仰向けに倒れた。
  捻った上体を戻し様、下方へ右のショートソードを振る。
  切っ先三センチメートルが左右頸動脈を断ち裂いた。
  噴き上がる返り血が頬まで届く。

  「おおっ!」

  仲間の死にも怯む事無く、左右から一人ずつ片手剣を振り上げ、迫る。
  大したやる気だが、俺にその気は無い。
  既に目の前に数人居て、彼らの背後からまだ増援が来つつあったから。
  転がる死体達の隙間をステップを踏む様に避けつつ、左へ転進。

  がぢっ!

  届きそうな左側の騎士の斬撃を右手ショートソードでいなす。
  おまけで後ろ蹴りを見舞う。

  「うごっ!」

  崩された体勢で腰骨に食らい、隣の空振った騎士にぶつかる。
  蹴りの反動も利用して、俺は一気に駆け出す。

  「ま、まてっ!」

  背後からの声を置いてきぼりに、俺はひた走る。
  街一つが丸ごと敵に回った様な状況だ。
  走る、斬る、走る。
  何度繰り返したか。
  路地裏の隘路あいろで壁にもたれる。
  呼吸を整えながら、ショートソードの切っ先をコートの裾で拭う。
  血だけではない、ぬるりとした脂の感触。

  ぶるっ

  身体が震える。
  返り血に濡れた衣服が、暖めるどころか、体温を奪っていく。

  「参ったね、こりゃ」

  ひとまずショートソードを納め、呟く。

  「イゴール=サイティエフ卿、お話を伺いたい」

  そうしてサイティエフ領主の元を訪れたのは、ついさっきだ。
  当初目的地としたハバロフではない。
  一つ南側の、『クリコフ』という名の街で、領主イゴール=サイティエフが滞在していた。
  自宅の屋敷ではなく、別宅であったが、イゴールは頻繁に領内を視察しているらしく、珍しくはないようだ。
  質素で、お世辞にも立派とは言えない建物と内装が印象に強い。

  「『ケルベロス』か」

  北方人らしい、色素の薄い金色の短髪とスカイブルーの瞳を持つ男だった。
  五十近いと聞いていたが、それよりは若く感じた。
  しかしその目付きには、獰猛な狼を思わせる鋭さがあった。
  正規の手続きを経ず、部屋へ侵入した俺の姿にも動揺は無かった。

  「話? 食い千切るしか能の無い『牙』を寄越しておいてか?」

  百八十センチメートルはあるか、この地域では珍しくない身長で、痩せた体型をしていた。
  執務用と思われる机を挟んで相対したが、今にも喉笛に噛みついてきそうな剣呑な雰囲気を覚えた。

  「それは誤解です。俺の任務はあくまで事情の聴取……」

  「黙れ。この地を散々冷遇しておいて、今度は何の因縁をつけるつもりだ?」

  聞く耳持たん、と言葉とこちらを睨む目が語る。
  鋭さではない。
  これはだ。

  「因縁ではなく、今回の『移住』に関しての事情の聴取です」

  何とか説明を続ける。
  『耳』が消えた事も勿論問いたいが、今はこちらが先決。

  「いわれなき弾圧と迫害を受けた者達が、助けを乞うた。だから受け入れた。それだけだ」

  淡々と、だがやや早口で返してくる。
  寒い地方の人間は口を開ける時間を短くしようとする、という性質だけではないだろう。
  言葉の端々から怒りの感情が伝わる。

  「しかしこの国の法では……」

  「何が法だ。この地の者達を閉じ込め、寒さと飢えに苦しませる事を決めたモノなど、法とは呼べん」

  まともに聞いてもらえないようだ。
  なら好きに話させよう、と俺は口を閉じる。

  「我が領内は過去の『南進』でマグダウェルに取り残された『帝国人』の子孫が多く居る」

  知っている。
  幾度にも渡る戦の中、捕虜となった元兵士や難民が、戻るに戻れずこの地に集まった。

  「マグダウェルに帰化し、働き、税を納めて暮らしてきた。だが、何十年経っても我々は警戒と不信の的だ」

  ぎりっ、とイゴールは歯噛みする。

  「作物も根を張れない凍った土地で、辛うじて溶ける隙間に農耕をし、他領との隔たりとなる厚い森林は大規模な伐採は禁じられ、まともな道の一つも、開拓すら許されぬ」

  頬の一部が怒りで、ぴくぴくとひきつる。

  「私は建前上程度の貴族だったが、この地の現状を変えようと、役人の登用試験を経て首都へ上った。そして力を尽くして働き、十数年かけて爵位を得た」

  それは彼の経歴として知っていたが、奇跡に近いほどに困難な道のりであっただろう事は想像に難くない。

  「だが、実際に飛び込んだらどうだ。我々は国民扱いされてすらいなかった」

  怒りの余りか、くく、と笑いが漏れ聞こえた。

  「北の蛮族呼ばわりは日常茶飯事だ。白熊などと揶揄される事も多い。この国は『実力至上主義』ではなかったのか!? 自らの力で身を立てた者に敬意を持つのではなかったのか!?」

  イゴールは男爵の位を得、後に失脚して準男爵へ降格、そして出身地であるこのサイティエフ領へ封ぜられた。
  失脚には汚れた金を動かした経緯があったと聞くが。

  「ありもしない罪が着せられた。蔑視に耐えてなお、国の為力を尽くす私にな。数人の貴族が結託して陥れたのだよ」

  言葉もない。
  彼の憤り、悲しみ、失望の入り交じった表情に。
  、それはイゴールの言葉が正しければ、事実ではない事になる。
  いや、彼の言は恐らく正しい。
  彼がここへ出戻ると同時に、前の領主は入れ替わる様に中央へ戻されている。
  推測ではあるが、こそ『しくじった貴族』だったのではないか。
  中央の貴族数人、前領主が結託して……という顛末なのだろう。

  「それでも故郷に戻ったのだ。もはやこの国の政治にこの地を改善する意思が見られない以上、曲がりなりにも中央で勤めた私が努力する外無い。そして此度、『アルザス教』の興りを知った」

  ここでようやく聞きたい話題が出てくる。

  「この地に来たアザス徒はどういった者達でしたか」

  イゴールがやや穏やかな表情になった所で、口を挟む。

  「宣教師と難民達だよ。フュネス領では酷い目に遭った様だ。税に加え、リーノロスへの布施の名目で搾取され、改宗したと言えば鞭打たれたと」

  そこまでやっていたのか、フュネスは。
  ともかくサイティエフ領に入ったのは非戦闘員だと判った。

  「見捨てられるはずがない。受け入れる以外に選択肢は無かった。我々としても、彼らの教義には共感する部分も多かったからな」

  そう言葉を続けるイゴールの表情に違和感を覚える。
  陶酔、という言葉が一番近いだろうか。

  「まさしく私が求め、夢見た理想だ。全ての者達が平等に機会を持ち、自らの力で未来を切り開く」

  確かに彼が求めて止まないモノであろうが、短期間でここまで傾倒するだろうか?
  それともまたを見出だしたのか。

  「だから私は私の、我々の道を切り開こうと決めた」

  待て。
  それは、つまり……。

  「我らの怒りを思い知れ、マグダウェル」

  叛意の表明に他ならない。
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