21 / 40
二章4
格差
しおりを挟む
首都からサイティエフ領へはほぼ真っ直ぐ北上するわけだが、間に三つ通過する領がある。
『バウアー伯爵領』、『ミラー子爵領』、『トムソン男爵領』だ。
これらを通過するのに問題は無い。
いずれも首都からのにらみは効いているし、それなりの豊かさを持っている。
だがサイティエフ領はそうではない。
トムソン領とサイティエフ領の間には厚い針葉樹林の森があり、交通、交易の便は最悪に近い。
凍りがちな土地と日照時間の短さで、穀物もそう多くは採れない。
「さみぃな」
クワイエトが、何度目か数えるのもうんざりな台詞をまた吐いた。
俺達は二つの領を抜け、三つ目のトムソン領を抜ける辺りだ。
ここまで来ると吐く息が白い。
防寒具のフード付きロングコートと、口元までを覆うマフラーを身に着けていなければ、震えが止まらないくらいだ。
馬にも防寒具を巻き、歩かせている。
「ほんとにクソ田舎だな」
周りに聞こえるほどの声量で言いやがる。
せめてもう少し離れてから言え。
見ろ、トムソン領の門番がにらんでるじゃねえか。
つい昨晩、散々飯食い散らかした奴がこんな態度じゃ面白いわけないだろうな。
俺も面白くない。
「ぐだぐだうるさい。ここからが本番だろ」
もう本当にこいつ嫌。
「あ? お前だって寒くてクソみたいな田舎だと思ってんだろ?」
ほら、また絡んできやがった。
「うるっせえな。そんなに嫌だったらおうち帰ってホットミルクでもすすってやがれ」
ここ五日ほどずっとこの調子だ。
やれ飯がまずい、やれ酒が足りねぇ、やれ薪が足りねぇ、と言いたい放題。
「んだと、グレイ。やるか?」
終いにはこれだ。
「やるなら仕事やれ。こんな田舎に何しに来てると思ってやがる」
あ、田舎って言っちまった。
だいぶ離れたし、門番にも聞こえちゃいないだろうからいいか。
「領主を殺しにだろ」
頭痛、めまい、吐き気がする。
なんでこんなのと組まされたんだ。
「もうそろそろ黙れ。森に入る」
申し訳程度に拓かれた、森の道へ入った。
この道を外れると、いくつか危険がある。
同じ様な風景が続くため、方向感覚が狂う。
冬眠から覚め始める時期のため、野生の獣に遭遇する。
その獣を狩ろうとする狩人からの誤射。
「……」
さすがのクワイエトも黙った。
いつもこうして名前の意味通りにしていればいいものを。
木にはまだ雪が載り、辺りにも溶けかけだが雪が残る。
道にこそ残っていないが、ぬかるんでいる。
ずちゃ、ずちゃ
馬蹄と泥が触れ、離れる濡れた音だけが響く。
それ以外は残る雪に吸われてしまった様に、何も無い。
厚い、とは聞いていたが、本当に先が見えないほどに道は続く。
ずちゃ、ずちゃ
それでも一歩一歩近づいていく。
こうして実際に目にして解る。
この領はまるで『流刑地』だ。
地図上で六角形に見えるマグダウェル公国の、北の頂点部分に当たる。
セーベルニーチ帝国との国境に程近く、もしまた『南進』でもあれば真っ先に前線になる立地。
にも関わらず、この隔絶された気候と環境。
ぬくぬくとした中央部とは酷い格差だ。
「やっと森を抜けるな」
木々の隙間から、高い城壁が見え隠れし始める。
王宮区画を覆う城壁と同じくらい、二十メートルに届きそうな威圧感を感じる物だった。
しかし苔むし、所々が崩れて、くたびれた印象がある。
補修工事を行う財政的、人的余裕が無いのだろう。
やがて森は尽き、そこだけ真新しさを感じる、木製の大扉が俺達を出迎えた。
門番は立っていないが、向かって右側に『入領窓口』と控えめに書かれた小窓があった。
いざ、サイティエフ領へ。
『バウアー伯爵領』、『ミラー子爵領』、『トムソン男爵領』だ。
これらを通過するのに問題は無い。
いずれも首都からのにらみは効いているし、それなりの豊かさを持っている。
だがサイティエフ領はそうではない。
トムソン領とサイティエフ領の間には厚い針葉樹林の森があり、交通、交易の便は最悪に近い。
凍りがちな土地と日照時間の短さで、穀物もそう多くは採れない。
「さみぃな」
クワイエトが、何度目か数えるのもうんざりな台詞をまた吐いた。
俺達は二つの領を抜け、三つ目のトムソン領を抜ける辺りだ。
ここまで来ると吐く息が白い。
防寒具のフード付きロングコートと、口元までを覆うマフラーを身に着けていなければ、震えが止まらないくらいだ。
馬にも防寒具を巻き、歩かせている。
「ほんとにクソ田舎だな」
周りに聞こえるほどの声量で言いやがる。
せめてもう少し離れてから言え。
見ろ、トムソン領の門番がにらんでるじゃねえか。
つい昨晩、散々飯食い散らかした奴がこんな態度じゃ面白いわけないだろうな。
俺も面白くない。
「ぐだぐだうるさい。ここからが本番だろ」
もう本当にこいつ嫌。
「あ? お前だって寒くてクソみたいな田舎だと思ってんだろ?」
ほら、また絡んできやがった。
「うるっせえな。そんなに嫌だったらおうち帰ってホットミルクでもすすってやがれ」
ここ五日ほどずっとこの調子だ。
やれ飯がまずい、やれ酒が足りねぇ、やれ薪が足りねぇ、と言いたい放題。
「んだと、グレイ。やるか?」
終いにはこれだ。
「やるなら仕事やれ。こんな田舎に何しに来てると思ってやがる」
あ、田舎って言っちまった。
だいぶ離れたし、門番にも聞こえちゃいないだろうからいいか。
「領主を殺しにだろ」
頭痛、めまい、吐き気がする。
なんでこんなのと組まされたんだ。
「もうそろそろ黙れ。森に入る」
申し訳程度に拓かれた、森の道へ入った。
この道を外れると、いくつか危険がある。
同じ様な風景が続くため、方向感覚が狂う。
冬眠から覚め始める時期のため、野生の獣に遭遇する。
その獣を狩ろうとする狩人からの誤射。
「……」
さすがのクワイエトも黙った。
いつもこうして名前の意味通りにしていればいいものを。
木にはまだ雪が載り、辺りにも溶けかけだが雪が残る。
道にこそ残っていないが、ぬかるんでいる。
ずちゃ、ずちゃ
馬蹄と泥が触れ、離れる濡れた音だけが響く。
それ以外は残る雪に吸われてしまった様に、何も無い。
厚い、とは聞いていたが、本当に先が見えないほどに道は続く。
ずちゃ、ずちゃ
それでも一歩一歩近づいていく。
こうして実際に目にして解る。
この領はまるで『流刑地』だ。
地図上で六角形に見えるマグダウェル公国の、北の頂点部分に当たる。
セーベルニーチ帝国との国境に程近く、もしまた『南進』でもあれば真っ先に前線になる立地。
にも関わらず、この隔絶された気候と環境。
ぬくぬくとした中央部とは酷い格差だ。
「やっと森を抜けるな」
木々の隙間から、高い城壁が見え隠れし始める。
王宮区画を覆う城壁と同じくらい、二十メートルに届きそうな威圧感を感じる物だった。
しかし苔むし、所々が崩れて、くたびれた印象がある。
補修工事を行う財政的、人的余裕が無いのだろう。
やがて森は尽き、そこだけ真新しさを感じる、木製の大扉が俺達を出迎えた。
門番は立っていないが、向かって右側に『入領窓口』と控えめに書かれた小窓があった。
いざ、サイティエフ領へ。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる