end of souls

和泉直人

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二章4

格差

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  首都ここからサイティエフ領へはほぼ真っ直ぐ北上するわけだが、間に三つ通過する領がある。
  『バウアー伯爵領』、『ミラー子爵領』、『トムソン男爵領』だ。
  これらを通過するのに問題は無い。
  いずれも首都からのにらみは効いているし、それなりの豊かさを持っている。
  だがサイティエフ領はそうではない。
  トムソン領とサイティエフ領の間には厚い針葉樹林の森があり、交通、交易の便は最悪に近い。
  凍りがちな土地と日照時間の短さで、穀物もそう多くは採れない。

  「さみぃな」

  クワイエトが、何度目か数えるのもうんざりな台詞をまた吐いた。
  俺達は二つの領を抜け、三つ目のトムソン領を抜ける辺りだ。
  ここまで来ると吐く息が白い。
  防寒具のフード付きロングコートと、口元までを覆うマフラーを身に着けていなければ、震えが止まらないくらいだ。
  馬にも防寒具を巻き、歩かせている。

  「ほんとにクソ田舎だな」

  周りに聞こえるほどの声量で言いやがる。
  せめてもう少し離れてから言え。
  見ろ、トムソン領の門番がにらんでるじゃねえか。
  つい昨晩、散々飯食い散らかした奴がこんな態度じゃ面白いわけないだろうな。
  俺も面白くない。

  「ぐだぐだうるさい。ここからが本番だろ」

  もう本当にこいつ嫌。

  「あ? お前だって寒くてクソみたいな田舎だと思ってんだろ?」

  ほら、また絡んできやがった。

  「うるっせえな。そんなに嫌だったらおうち帰ってホットミルクでもすすってやがれ」

  ここ五日ほどずっとこの調子だ。
  やれ飯がまずい、やれ酒が足りねぇ、やれ薪が足りねぇ、と言いたい放題。

  「んだと、グレイ。やるか?」

  終いにはこれだ。

  「やるなら仕事やれ。こんな田舎に何しに来てると思ってやがる」

  あ、田舎って言っちまった。
  だいぶ離れたし、門番にも聞こえちゃいないだろうからいいか。

  「領主を殺しにだろ」

  頭痛、めまい、吐き気がする。
  なんでこんなのと組まされたんだ。

  「もうそろそろ黙れ。森に入る」

  申し訳程度に拓かれた、森の道へ入った。
  この道を外れると、いくつか危険がある。
  同じ様な風景が続くため、方向感覚が狂う。
  冬眠から覚め始める時期のため、野生の獣に遭遇する。
  その獣を狩ろうとする狩人からの誤射。

  「……」

  さすがのクワイエトも黙った。
  いつもこうして名前の意味通りにしていればいいものを。
  木にはまだ雪が載り、辺りにも溶けかけだが雪が残る。
  道にこそ残っていないが、ぬかるんでいる。

  ずちゃ、ずちゃ

  馬蹄と泥が触れ、離れる濡れた音だけが響く。
  それ以外は残る雪に吸われてしまった様に、何も無い。
  厚い、とは聞いていたが、本当に先が見えないほどに道は続く。

  ずちゃ、ずちゃ

  それでも一歩一歩近づいていく。
  こうして実際に目にして解る。
  この領はまるで『流刑地』だ。
  地図上で六角形に見えるマグダウェル公国の、北の頂点部分に当たる。
  セーベルニーチ帝国北の大国との国境に程近く、もしまた『南進』でもあれば真っ先に前線になる立地。
  にも関わらず、この隔絶された気候と環境。
  ぬくぬくとした中央部とは酷い格差だ。

  「やっと森を抜けるな」

  木々の隙間から、高い城壁が見え隠れし始める。
  王宮区画を覆う城壁と同じくらい、二十メートルに届きそうな威圧感を感じる物だった。
  しかし苔むし、所々が崩れて、くたびれた印象がある。
  補修工事を行う財政的、人的余裕が無いのだろう。
  やがて森は尽き、そこだけ真新しさを感じる、木製の大扉が俺達を出迎えた。
  門番は立っていないが、向かって右側に『入領窓口』と控えめに書かれた小窓があった。
  いざ、サイティエフ領へ。
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