end of souls

和泉直人

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幕間 出立前夜

発つ者送る者

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  長官からの命令を受けたが、即出発とはいかない。
  サイティエフ領はマグダウェル公国の中でも最北端と言っていい。
  今は春だが、現地はまだ雪が残るほどに寒いはずだ。
  防寒具や携帯食料、何より足となる馬の入念な準備が必要だ。
  事前に準備は始められていたが、あと一晩必要らしい。
  そのうちに俺にはやっておく必要がある事があった。

  こんこんこん

  ステラ、サラ母子への挨拶だ。
  今回はかなりの遠出になる。

  「はいはい、どなた?」

  ドアの向こうから前半が、ドアの隙間から後半が聞こえた。

  「おや、どうしたんだい、グレイ」

  軽く目を見開くステラ。
  俺は封筒に入れた二ヶ月分の家賃を差し出した。

  「今回の出稼ぎは少し長くなりそうなので、家賃を先に渡しておきます」

  意識して笑顔で。

  「それはまた……ご苦労なこったね」

  ステラは封筒を、中身を確認することなく受け取った。
  信頼されている、と思って良いのか。

  「グレイさん、また遠出を?」

  部屋の奥からサラが顔を出してきた。
  白くふわりとした長い髪と白い肌、相変わらず透き通った輝きがある。
  夜にあっても、彼女の周りだけ明るく感じるほどに。

  「ああ、ちゃんと稼がないとな。寂しい食事になっちまう」

  心配してくれるのだろうか、眉尻を下げる彼女にそう告げる。
  昔からこの子は俺を気遣ってくれる。
  まあ、俺に限らず母や近所の人間も、だが。

  「今回はどちらへ?」

  開けられたドアの間近まで近づいてきて、見上げてくる。

  「ちょっと北の方面なんだ」

  嘘を言ったところで、メリットも無いので正直に答える。
  彼女が調べられるとは思えないが、この街の出入記録や通過する領に形跡は残るわけだし。

  「まだ北は寒いですよね? 雪で滑って、前みたいに丸太で怪我なんてしないでくださいね」

  ああ、あの膝蹴りはまさしく丸太だった。
  怪我の説明にそう言っていた。

  「気をつけるよ。できる限り」

  保証など何もないが、笑顔で応えておく。
  そこでようやく彼女も笑顔を見せた。

  「はい!……ところで」

  しかしそれは残念な事に一瞬だった。
  急にもじもじとし始め、落ち着きを失う。
  その変化に俺は首を傾げる。

  「こんな物は邪魔でしょうか?」

  すっと両手で何かを差し出して来た。
  木彫りの像?

  「これは?」

  「お守りです。旅人を守ってくれるという」

  不安げな、自信が無さげな、曇った表情だった。
  なんだかその表情をさせたくない気持ちが湧いてくる。

  「ありがとう。持っていくよ」

  彼女の手からそっとお守りを受け取る。
  再びサラはにこ、と笑う。
  俺の様な汚れ仕事の者には過ぎた心遣いで、嬉しくもあり、申し訳なくもあり。
  手のひらにちょこんと載る、温もりを感じるお守りが、妙に重く感じた。

  「グレイさんが無事に旅を終えられますように」

  俺の手を覆うように、サラがお守りに触れて目を閉じた。
  暖かい繊手せんしゅの感触。

  「これできっと怪我無く帰ってこれます」

  再び開かれたアメシストの瞳が、真っ直ぐ俺を見る。
  俺にこんな目を向けられる資格が、価値があるだろうか。
  自問せずにはいられなかった。

  「あんたが怪我して帰って来てから、サラが自分で作ったのさ。無駄にするんじゃないよ」

  ステラが小声で耳打ちしてくる。

  「もう、お母さん! 言わないでって!」

  この距離で耳打ちも何もない。
  聞こえたサラは恥ずかしげに頬を染めて、奥へ戻って行ってしまった。

  「やれやれ。いいかい、グレイ。あの子を泣かすんじゃないよ」

  肩をすくめたステラがニヤリと笑って、軽く俺の腹を小突く。
  でアザができていた場所を。

  「はい」

  妙にくすぐったくて、苦笑を返した。
  お守りを握りながら。
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