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幕間 白い騒動後日談
蚊帳の外だったヴェルナー
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「何故私に相談しなかった!?」
昼下がりの通りに、悲鳴に似た大声が響く。
行き交う人々が一瞬視線を集めてきたが、すぐに散る。
「声でけーな。時間的に余裕が無かったんだよ」
テーブルに向き合って共にコーヒーを飲んでいるのは、顔を沸騰させたヴェルナーだ。
「それにしたって、衛士の誰かに伝言を頼むとか、何かあったろう!?」
こうしてこいつが声を荒らげるのは、先のサラを巡る騒動についてだ。
俺は、まあまあ、と手で制してコーヒーを一口飲む。
「私だって少しは力に……」
「なっちゃダメだろ」
悔しげなヴェルナーの言葉をぴしゃりと遮る。
目を見張り、きょとんとする『衛士団下級区画隊長』様。
「お前は公僕だろ。一個人に特別な肩入れをしちまうのは規律違反だ。違うか?」
コーヒーの香りのため息をついて、カップをソーサーに置く。
「……貴様の言う通りだ」
ヴェルナーは肩を落として俯く。
「気にするなとは言わん。だが相手が法に則っていた以上、お前は介入できなかったんだ。仕方ないさ」
とびきり違法なやり口で騒動を終わらせた俺が言えた義理ではないが。
だがこれは事実だ。
特にヴェルナーは責任者という立場なわけで、下手をすれば職を失う。
それはこいつの誇り、『心の故郷』を失う事を意味する。
……それは俺が嫌だ。
「とはいえ、今からでもできる事はあるだろ? あのくそったれ金貸し連中、娼館を経営してる奴らの実態の把握とかよ」
慰めでは無い。
起こっているかもしれない、これから起きるかもしれない悲劇を暴く、防ぐ事はヴェルナー達にしかできない事だ。
「ああ、それに関してはきちんと調査を入れている。抜き打ちでな」
気を取り直したヴェルナーが、コーヒーで喉を湿らせて応える。
「臭い金の流れも見え隠れするが、ギリギリ合法で手が出せん。だが女性衛士によって、働いている女性の健康状態や衛生環境のチェックは行っている」
結構業務内容を話してしまっているが、守秘義務は大丈夫だろうか?
まあ、声を潜めているのはそれなりに自覚している証左か。
「しっかり自分の仕事はしてるじゃないか。一市民として、俺はそれで充分だと思うぞ」
「ああ……」
納得はしていない様子だが、しっかり頷くヴェルナー。
「……」
「……」
生き生きとした往来の賑わい、ちょっとした広場で笑いながら遊ぶ親子連れ、遠くに響く大工仕事の作業音、沈黙がこの街の息づかいをよく聞かせてくれた。
「お前が、お前達が守ってるんだよ」
背もたれに寄りかかり、天を仰ぎ見る。
「この何気ない一日一日をさ」
我ながらクサい事を言った。
ヴェルナーの面が見れない。
「……ありがとう」
こいつにも不意打ちだったのか、聞こえるか聞こえないかの声量で返してきた。
「ああ、でも顔を見に行くくらいならしても良いんじゃないか。勤務終わった後にでも」
体勢を戻して、コーヒーカップを持ち上げながら言ってやる。
「そうだな。今夜にでも伺おう」
ヴェルナーは柔らかい表情で周りを見回している。
そうだ。
ちゃんと見て、認めておけ。
お前の守っている光景だぞ。
こんなクサい台詞を、今度はコーヒーで飲み下した。
その夜、ヴェルナーはステラ、サラ母子の部屋を訪れて挨拶を交わした。
上機嫌のステラの声が俺の自室まで届いている。
自然に、ふっと笑みが浮かぶのを自覚した。
俺のダチと、俺の家族の楽しげな笑い声を、何となく買った本をゆっくり読みながら聞く。
俺には過ぎるくらい、暖かな時間だ。
こんこんこん
ドアノッカーの音が室内に響く。
「開いてるよ」
ぱたん、と本を閉じてドア越しに声をかける。
遠慮がちに開けられたドアの隙間から、サラが顔を見せる。
「えっと、その。お母さんが……グレイも一緒にどうか、って言ってるんだけど」
まだ敬語を取っ払うのに慣れていないのか、サラがおずおずと言う。
俺はなんだかくすぐったくて、声を出さずに笑ってしまう。
「ああ、お言葉に甘えるとしよう」
その表情のまま立ち上がり、サラと共に彼女らの部屋へ足を運んだ。
明るい笑い声に包まれた夜だった。
昼下がりの通りに、悲鳴に似た大声が響く。
行き交う人々が一瞬視線を集めてきたが、すぐに散る。
「声でけーな。時間的に余裕が無かったんだよ」
テーブルに向き合って共にコーヒーを飲んでいるのは、顔を沸騰させたヴェルナーだ。
「それにしたって、衛士の誰かに伝言を頼むとか、何かあったろう!?」
こうしてこいつが声を荒らげるのは、先のサラを巡る騒動についてだ。
俺は、まあまあ、と手で制してコーヒーを一口飲む。
「私だって少しは力に……」
「なっちゃダメだろ」
悔しげなヴェルナーの言葉をぴしゃりと遮る。
目を見張り、きょとんとする『衛士団下級区画隊長』様。
「お前は公僕だろ。一個人に特別な肩入れをしちまうのは規律違反だ。違うか?」
コーヒーの香りのため息をついて、カップをソーサーに置く。
「……貴様の言う通りだ」
ヴェルナーは肩を落として俯く。
「気にするなとは言わん。だが相手が法に則っていた以上、お前は介入できなかったんだ。仕方ないさ」
とびきり違法なやり口で騒動を終わらせた俺が言えた義理ではないが。
だがこれは事実だ。
特にヴェルナーは責任者という立場なわけで、下手をすれば職を失う。
それはこいつの誇り、『心の故郷』を失う事を意味する。
……それは俺が嫌だ。
「とはいえ、今からでもできる事はあるだろ? あのくそったれ金貸し連中、娼館を経営してる奴らの実態の把握とかよ」
慰めでは無い。
起こっているかもしれない、これから起きるかもしれない悲劇を暴く、防ぐ事はヴェルナー達にしかできない事だ。
「ああ、それに関してはきちんと調査を入れている。抜き打ちでな」
気を取り直したヴェルナーが、コーヒーで喉を湿らせて応える。
「臭い金の流れも見え隠れするが、ギリギリ合法で手が出せん。だが女性衛士によって、働いている女性の健康状態や衛生環境のチェックは行っている」
結構業務内容を話してしまっているが、守秘義務は大丈夫だろうか?
まあ、声を潜めているのはそれなりに自覚している証左か。
「しっかり自分の仕事はしてるじゃないか。一市民として、俺はそれで充分だと思うぞ」
「ああ……」
納得はしていない様子だが、しっかり頷くヴェルナー。
「……」
「……」
生き生きとした往来の賑わい、ちょっとした広場で笑いながら遊ぶ親子連れ、遠くに響く大工仕事の作業音、沈黙がこの街の息づかいをよく聞かせてくれた。
「お前が、お前達が守ってるんだよ」
背もたれに寄りかかり、天を仰ぎ見る。
「この何気ない一日一日をさ」
我ながらクサい事を言った。
ヴェルナーの面が見れない。
「……ありがとう」
こいつにも不意打ちだったのか、聞こえるか聞こえないかの声量で返してきた。
「ああ、でも顔を見に行くくらいならしても良いんじゃないか。勤務終わった後にでも」
体勢を戻して、コーヒーカップを持ち上げながら言ってやる。
「そうだな。今夜にでも伺おう」
ヴェルナーは柔らかい表情で周りを見回している。
そうだ。
ちゃんと見て、認めておけ。
お前の守っている光景だぞ。
こんなクサい台詞を、今度はコーヒーで飲み下した。
その夜、ヴェルナーはステラ、サラ母子の部屋を訪れて挨拶を交わした。
上機嫌のステラの声が俺の自室まで届いている。
自然に、ふっと笑みが浮かぶのを自覚した。
俺のダチと、俺の家族の楽しげな笑い声を、何となく買った本をゆっくり読みながら聞く。
俺には過ぎるくらい、暖かな時間だ。
こんこんこん
ドアノッカーの音が室内に響く。
「開いてるよ」
ぱたん、と本を閉じてドア越しに声をかける。
遠慮がちに開けられたドアの隙間から、サラが顔を見せる。
「えっと、その。お母さんが……グレイも一緒にどうか、って言ってるんだけど」
まだ敬語を取っ払うのに慣れていないのか、サラがおずおずと言う。
俺はなんだかくすぐったくて、声を出さずに笑ってしまう。
「ああ、お言葉に甘えるとしよう」
その表情のまま立ち上がり、サラと共に彼女らの部屋へ足を運んだ。
明るい笑い声に包まれた夜だった。
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