end of souls

和泉直人

文字の大きさ
40 / 40
三章終

任務終了

しおりを挟む
  長官の執務室に俺は一人で立っている。
  混乱のノーマンズランドからの脱出は難しくはなかった。

  「ご苦労だった。……『ジョシュア=クラベル』一党は南北どちらとも無関係と判断して良かろう。懸念は残るが」

  あの密偵達はジョシュア達の逃走を助けるでもなく、阻止するでもなかった。
  我々と同じく、監視や調査が目的だったと考えられる。
  俺達と出くわした時にすぐに退いたのも、こちらと同じような思惑だったからと結論付けるのが自然だ。

  「しかし、『今は』か」

  ぎぃ、と背もたれを軋ませて、長官は天井を仰ぐ。
  『セーベルニーチ帝国』の『南進』は歴史上、四度起こっている。
  その度に大きな犠牲が生まれ、『南方連合』と帝国の間には大きな溝も生んだ。

  「すぐに、というわけでもなさそうだが、南進を諦めていないのは確かだろう」

  長官は三十年前の南進に、最前線で参加していた。
  左目を失ったのも、その戦場でだったと聞く。

  「ともかく、帝国以外の脅威の確認が取れた。国境線の防衛は『爪』が行う流れに持っていけそうだ」

  モノクル越しの隻眼を俺に戻し、満足げに長官は頷いた。

  「今回の任務はこれで終わりですね」

  俺としてはジョシュア一党の正体が気になるが、ここまでだ。

  「ああ。目的は達してくれた。次の召集まで休んでいい」

  と長官が言った時、執務室のドアがノックされた。

  「エルザです」

  「入れ」

  ノーマンズランドからの脱出時に、エルザは「用事がある」と言って俺と別行動を取っていた。
  ドアが開き、エルザが入ってくる。

  「どうだった?」

  その『用事』の内容を長官は知っているようだ。
  俺にはさっぱり解らないが。

  「荒らされてはいませんでしたが、汚れてはいましたね」

  はしばみ色の目を気だるげに伏せつつ、エルザが応える。

  「どうせまた汚れるでしょうから、掃除はしませんでしたよ。代わりに花を手向けておきました」

  花を手向ける、墓か?

  ぶふっ!

  と、不意に長官が吹き出した。
  珍しい出来事に、俺は目をむいた。

  「ははは! シルヴァンの墓に花か!」

  声を出して高らかに笑う長官など、滅多に目にできない。

  「本人が話せれば『花なんぞ要らん。酒を持ってこい』と言うでしょうね」

  エルザも楽しげに笑っている。
  任務中には見られなかった表情だ。

  「良い皮肉だ。よくやった」

  まだ、くくく、と笑いながら長官がエルザを褒めた。
  これも珍しい。
  墓、ノーマンズランド、長官とエルザの共通の知人。
  シルヴァンとは恐らく、長官の戦友であり、エルザの師でもある『槍の武神』の名であろう。

  「……報告はグレイから聞いた。お前もご苦労だったな」

  ようやく収まった笑いの後、長官がエルザに労いの言葉をかける。

  「はっ」

  エルザが軽く頭を下げる。

  「……ああ、そうだ。伝達事項がある」

  何事かを長官は思い出したようで、改めて口を開いた。

  「リーノロスの教皇が『巡行』を行うとの通達があった。それに伴って『神殿騎士団』も動く。何事も無いとは思うが、留意しておけ」

  神殿騎士団という言葉に、俺は自分の身体が一瞬強ばったのを自覚した。
  神殿騎士団は当然『聖剣使い』が率いる。
  聖剣使い、ティーゲル・ザ・モンスター。

  「経路は?」

  動揺を内心に押し込めて、尋ねる。
  できればあの化け物との対面は避けたいところだ。

  「『中央教会』を出発し、『ウンディニア王国』を経由してから、マグダウェル南部のいくつかの領地を訪れた後、首都ここで国王と謁見を行う予定だ」

  長官は淡々と、俺の問いに応えた。
  マグダウェル公国の南に位置するウンディニア王国を経由するという事は、布教の意味もあるのだろう。
  そして、南方連合の実質的盟主であるマグダウェル国王にも会いに来るのは当然の流れだ。
  ……ティーゲルも来る。

  「片道一ヶ月から一ヶ月半ほどの予定だそうだ。警護は守護騎士団にやらせる。国境警備の代わりの名誉を与えて黙らせる」

  ため息混じりに長官が続けた。
  本当にわずらわしい限りなのだろう、顔に『面倒だ』と書いてある。

  「了解しました」

  俺より先にエルザが頷いた。
  俺も長官の目を見て、頷く。

  「以上だ。下がってよし」

  こうして任務は終了。
  俺は過激な相棒から解放された。
  さっさと家に帰りたい。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

えだまめ
2021.04.05 えだまめ

張り詰めた戦場の雰囲気と生々しさが描かれていてとてもかっこいいです!

2021.04.05 和泉直人

まずはお読みいただいた事、ご感想くださった事に感謝申し上げます。
ピリピリした空気感を感じていただけたようで、嬉しく思います。
ありがとうございます。

解除

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。