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三章終
任務終了
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長官の執務室に俺は一人で立っている。
混乱のノーマンズランドからの脱出は難しくはなかった。
「ご苦労だった。……『ジョシュア=クラベル』一党は南北どちらとも無関係と判断して良かろう。懸念は残るが」
あの密偵達はジョシュア達の逃走を助けるでもなく、阻止するでもなかった。
我々と同じく、監視や調査が目的だったと考えられる。
俺達と出くわした時にすぐに退いたのも、こちらと同じような思惑だったからと結論付けるのが自然だ。
「しかし、『今は』か」
ぎぃ、と背もたれを軋ませて、長官は天井を仰ぐ。
『セーベルニーチ帝国』の『南進』は歴史上、四度起こっている。
その度に大きな犠牲が生まれ、『南方連合』と帝国の間には大きな溝も生んだ。
「すぐに、というわけでもなさそうだが、南進を諦めていないのは確かだろう」
長官は三十年前の南進に、最前線で参加していた。
左目を失ったのも、その戦場でだったと聞く。
「ともかく、帝国以外の脅威の確認が取れた。国境線の防衛は『爪』が行う流れに持っていけそうだ」
モノクル越しの隻眼を俺に戻し、満足げに長官は頷いた。
「今回の任務はこれで終わりですね」
俺としてはジョシュア一党の正体が気になるが、ここまでだ。
「ああ。目的は達してくれた。次の召集まで休んでいい」
と長官が言った時、執務室のドアがノックされた。
「エルザです」
「入れ」
ノーマンズランドからの脱出時に、エルザは「用事がある」と言って俺と別行動を取っていた。
ドアが開き、エルザが入ってくる。
「どうだった?」
その『用事』の内容を長官は知っているようだ。
俺にはさっぱり解らないが。
「荒らされてはいませんでしたが、汚れてはいましたね」
はしばみ色の目を気だるげに伏せつつ、エルザが応える。
「どうせまた汚れるでしょうから、掃除はしませんでしたよ。代わりに花を手向けておきました」
花を手向ける、墓か?
ぶふっ!
と、不意に長官が吹き出した。
珍しい出来事に、俺は目をむいた。
「ははは! シルヴァンの墓に花か!」
声を出して高らかに笑う長官など、滅多に目にできない。
「本人が話せれば『花なんぞ要らん。酒を持ってこい』と言うでしょうね」
エルザも楽しげに笑っている。
任務中には見られなかった表情だ。
「良い皮肉だ。よくやった」
まだ、くくく、と笑いながら長官がエルザを褒めた。
これも珍しい。
墓、ノーマンズランド、長官とエルザの共通の知人。
シルヴァンとは恐らく、長官の戦友であり、エルザの師でもある『槍の武神』の名であろう。
「……報告はグレイから聞いた。お前もご苦労だったな」
ようやく収まった笑いの後、長官がエルザに労いの言葉をかける。
「はっ」
エルザが軽く頭を下げる。
「……ああ、そうだ。伝達事項がある」
何事かを長官は思い出したようで、改めて口を開いた。
「リーノロスの教皇が『巡行』を行うとの通達があった。それに伴って『神殿騎士団』も動く。何事も無いとは思うが、留意しておけ」
神殿騎士団という言葉に、俺は自分の身体が一瞬強ばったのを自覚した。
神殿騎士団は当然『聖剣使い』が率いる。
聖剣使い、ティーゲル・ザ・モンスター。
「経路は?」
動揺を内心に押し込めて、尋ねる。
できればあの化け物との対面は避けたいところだ。
「『中央教会』を出発し、『ウンディニア王国』を経由してから、マグダウェル南部のいくつかの領地を訪れた後、首都で国王と謁見を行う予定だ」
長官は淡々と、俺の問いに応えた。
マグダウェル公国の南に位置するウンディニア王国を経由するという事は、布教の意味もあるのだろう。
そして、南方連合の実質的盟主であるマグダウェル国王にも会いに来るのは当然の流れだ。
……ティーゲルも来る。
「片道一ヶ月から一ヶ月半ほどの予定だそうだ。警護は守護騎士団にやらせる。国境警備の代わりの名誉を与えて黙らせる」
ため息混じりに長官が続けた。
本当にわずらわしい限りなのだろう、顔に『面倒だ』と書いてある。
「了解しました」
俺より先にエルザが頷いた。
俺も長官の目を見て、頷く。
「以上だ。下がってよし」
こうして任務は終了。
俺は過激な相棒から解放された。
さっさと家に帰りたい。
混乱のノーマンズランドからの脱出は難しくはなかった。
「ご苦労だった。……『ジョシュア=クラベル』一党は南北どちらとも無関係と判断して良かろう。懸念は残るが」
あの密偵達はジョシュア達の逃走を助けるでもなく、阻止するでもなかった。
我々と同じく、監視や調査が目的だったと考えられる。
俺達と出くわした時にすぐに退いたのも、こちらと同じような思惑だったからと結論付けるのが自然だ。
「しかし、『今は』か」
ぎぃ、と背もたれを軋ませて、長官は天井を仰ぐ。
『セーベルニーチ帝国』の『南進』は歴史上、四度起こっている。
その度に大きな犠牲が生まれ、『南方連合』と帝国の間には大きな溝も生んだ。
「すぐに、というわけでもなさそうだが、南進を諦めていないのは確かだろう」
長官は三十年前の南進に、最前線で参加していた。
左目を失ったのも、その戦場でだったと聞く。
「ともかく、帝国以外の脅威の確認が取れた。国境線の防衛は『爪』が行う流れに持っていけそうだ」
モノクル越しの隻眼を俺に戻し、満足げに長官は頷いた。
「今回の任務はこれで終わりですね」
俺としてはジョシュア一党の正体が気になるが、ここまでだ。
「ああ。目的は達してくれた。次の召集まで休んでいい」
と長官が言った時、執務室のドアがノックされた。
「エルザです」
「入れ」
ノーマンズランドからの脱出時に、エルザは「用事がある」と言って俺と別行動を取っていた。
ドアが開き、エルザが入ってくる。
「どうだった?」
その『用事』の内容を長官は知っているようだ。
俺にはさっぱり解らないが。
「荒らされてはいませんでしたが、汚れてはいましたね」
はしばみ色の目を気だるげに伏せつつ、エルザが応える。
「どうせまた汚れるでしょうから、掃除はしませんでしたよ。代わりに花を手向けておきました」
花を手向ける、墓か?
ぶふっ!
と、不意に長官が吹き出した。
珍しい出来事に、俺は目をむいた。
「ははは! シルヴァンの墓に花か!」
声を出して高らかに笑う長官など、滅多に目にできない。
「本人が話せれば『花なんぞ要らん。酒を持ってこい』と言うでしょうね」
エルザも楽しげに笑っている。
任務中には見られなかった表情だ。
「良い皮肉だ。よくやった」
まだ、くくく、と笑いながら長官がエルザを褒めた。
これも珍しい。
墓、ノーマンズランド、長官とエルザの共通の知人。
シルヴァンとは恐らく、長官の戦友であり、エルザの師でもある『槍の武神』の名であろう。
「……報告はグレイから聞いた。お前もご苦労だったな」
ようやく収まった笑いの後、長官がエルザに労いの言葉をかける。
「はっ」
エルザが軽く頭を下げる。
「……ああ、そうだ。伝達事項がある」
何事かを長官は思い出したようで、改めて口を開いた。
「リーノロスの教皇が『巡行』を行うとの通達があった。それに伴って『神殿騎士団』も動く。何事も無いとは思うが、留意しておけ」
神殿騎士団という言葉に、俺は自分の身体が一瞬強ばったのを自覚した。
神殿騎士団は当然『聖剣使い』が率いる。
聖剣使い、ティーゲル・ザ・モンスター。
「経路は?」
動揺を内心に押し込めて、尋ねる。
できればあの化け物との対面は避けたいところだ。
「『中央教会』を出発し、『ウンディニア王国』を経由してから、マグダウェル南部のいくつかの領地を訪れた後、首都で国王と謁見を行う予定だ」
長官は淡々と、俺の問いに応えた。
マグダウェル公国の南に位置するウンディニア王国を経由するという事は、布教の意味もあるのだろう。
そして、南方連合の実質的盟主であるマグダウェル国王にも会いに来るのは当然の流れだ。
……ティーゲルも来る。
「片道一ヶ月から一ヶ月半ほどの予定だそうだ。警護は守護騎士団にやらせる。国境警備の代わりの名誉を与えて黙らせる」
ため息混じりに長官が続けた。
本当にわずらわしい限りなのだろう、顔に『面倒だ』と書いてある。
「了解しました」
俺より先にエルザが頷いた。
俺も長官の目を見て、頷く。
「以上だ。下がってよし」
こうして任務は終了。
俺は過激な相棒から解放された。
さっさと家に帰りたい。
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ありがとうございます。