end of souls

和泉直人

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三章4

衝突

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  案外殺伐としてねぇだ?
  誰が言ったよ。
  大勢のガラの悪い連中が群れて武器を手に、向かい合っている。

  「ぶっ殺す!」

  「くたばれっ!」

  そして朝っぱらからこんな怒号が響き渡ってる街だ。
  殺伐さ極まれりってやつだろう。
  場所はすぐに知れた。
  朝からバタバタと慌ただしい足音と乱暴な大声が、街の中央へ流れていった。
  俺とエルザは屋根づたいにそれを追い、追い越し、身を潜めた。
  街単位で荒事には慣れているらしく、荒くれ者が集まった時には、露店は消えて家は厚い雨戸を閉めきっていた。

  「お前らのシマは頂くぞ!」

  「新参者の手下になった腑抜けが!」

  そんな宣言がきっかけになった。
  それぞれの組織の名前に合わせた色のバンダナを巻いた、三百人近い男達が衝突した。
  西と南側の『ブルードラゴン』、『グリーンドラゴン』、『ジョシュア=クラベル』一党が百人程度。
  東と中央側の『レッドドラゴン』、『ブラックドラゴン』が百七十人ほど。
  簡単に終わると思われる人数差だが、どうやらジョシュア=クラベル一党の何人かが前線に出ているようで、戦況は互角に見える。
  長引く、と判断してエルザと無言で頷き合い、西と南側陣営の奥を目指す。
  見つけた、というよりは『感じた』。
  ただの荒くれ者が発する気配とは全く異なる雰囲気をまとった、五人の人影。
  屋根づたいに行ければ良かったが、残念ながら彼らの近くまでは建物が続いていない。
  一定距離は青と緑のバンダナを着けた連中の間を突っ切る必要がある。

  「グレイ! 跳ばせ!」

  エルザが叫ぶ。
  意図を理解し、俺は振り向き、両手の指を組んで足元に下ろす。
  同時に膝を曲げ、腰を落とす。
  エルザが走る勢いそのままに、俺の手に右足をかける。

  「ふっ!」

  全身のバネで引っこ抜く様な動きでエルザの身体を、投げる。
  屋根から五メートル、地上からは八メートルは跳んだだろうか。
  ばさり、と彼女のローブが空中で脱ぎ捨てられる。
  エルザの手には、すでに一本の槍が握られていた。
  密集した人間の間では不利ではないか、と思ったが、『牙』に対しては杞憂だった。
  二人の男達の頭に着地する。
  首が肩にめり込む様に、真横に折れた。
  周りが泡を食っている間に、石突きで突き飛ばし、返す穂先で一人仕留め、その場で回転。
  石突きと穂先が一気に人だかりを丸く掃いて……あっという間に槍の間合いが作られた。
  その時にやっと脱ぎ捨てたローブが、離れた位置の男達の頭上に落ちた。

  「すげ……」

  思わず呟いたが、俺も眺めている場合ではない。
  ローブを脱いで右手に持ち、エルザの奇襲で騒ぐ男達の背後に飛び降り様、一人の頭にローブを被せる。

  ごきゃっ

  暴れる、悲鳴を上げる、どちらも許さずに首を捻り折る。
  力無く崩れ落ちるその男の腰から、湾曲した刃を持つシミターを引き抜き、奪う。
  造りはまあまあだ。

  「っ……!」

  隣に居た男が俺に気づくが、声を出す前にシミターの幅広い刃で喉を裂く。
  びしゃ、と跳ねた返り血を、軽く上げた左腕で受け止める。
  周囲の男達が異状に気づき、振り向く。
  正面の男の脇腹を深々と斬り、右側の男に袈裟斬りで刃を叩きつける。
  首の根元と鎖骨の間に食い込んだシミターを手放し、倒れゆく男の腰から真っ直ぐな刃の長剣を右手で抜く。
  その勢いで右腕を引き、真後ろの男に肘打ちを食らわせ、長剣を左逆手にパス。
  肘打ちでのけ反る男の肝臓を、背を向けたまま刺す。

  「こっちにもいるぞっ!」

  長剣を引き抜き、左側の男の喉を斬り裂いた時に、ようやく声が上がった。
  倒れる男から、回した右手でシミターを奪い、右側の男の左腋に撫で斬り。

  「ぐあっ!」

  悲鳴を上げるそいつの腋から、どぼどぼと鮮血が落ちる。
  太い動脈を、しかも心臓に近い側を断った。
  すぐに失神するだろう。
  周りの男達がようやく得物に手を伸ばすが、左側を長剣で、正面をシミターで、その手首を切り落とす。
  悲鳴と鮮血が広がり、俺の周囲に距離が開く。
  ぎゃあぎゃあと手首を押さえてわめく左側の男の口に長剣を投げ込む。
  後頭部まで貫通し、悲鳴が止まる。
  正面の男にはシミターの一撃を喉に食らわせ、黙らせる。

  「やれ!」

  「殺せ!」

  異口同音に俺への殺意を叫ぶ連中へ踏み込み、シミターでみぞおちを突き、上方向へ抉る。
  そしてまた手放し、倒れる者から武器を奪って仕留める。
  目的はこいつらではない。
  ジョシュア=クラベルだ。
  俺のショートソードを温存するため、敵の武器を利用する。
  何本目かのシミターで、正面の敵の頭を大上段から割る。
  倒れる途中にそいつの手から剣を奪って、左から手斧を振り下ろしてくる手元を打つ。
  離れて飛んでいく肉片、親指。
  目と口が大きく開く。
  悲鳴が飛び出す前に、剣を手首で切り返し、裏刃で喉をかき斬る。
  空中で手斧をひったくった左手で顔を覆い、返り血を受ける。
  絡みつく生ぬるい液体を振り落とす様に、左腕を後方へ振り抜く。
  同時に手斧を手放して。

  「うごぅ!」

  まともに手斧を受けたと思われる男の悲鳴を置き去りに、死体と化した正面の敵を蹴飛ばして進む。
  転がる死体が増えれば増えるほど、足場は悪く、敵は仕掛けにくくなる。
  乗り越えて接近しなくてはならないし、周りに味方が居るため、つっかえて突きも出しにくく、縦方向かつ上方向からの攻撃に限定されていくからだ。
  片やこちらは『牙』だ。
  転がした死体の位置、足を進められる隙間を把握する訓練を受けている。
  更に密集状態でも攻撃を放てる技があり、その全てが必殺になりうる。
  やがて前方に敵の切れ間が見えてきた。
  シミターを振り上げる手首を飛び膝蹴りで打ち据え、右逆手の剣で持ち主の喉を斬り裂く。
  すり抜け様に、そいつの手から左手でシミターを奪う。
  視界が開けた。

  「ジョシュア=クラベルだな!?」

  深い茶色の長髪を真ん中で分け、中性的な整った顔。
  その中で、ぎらりと鋭い眼光を放つ緑色の目が、俺を見据える。

  「いかにも」

  あっさりと頷く。
  左右に一人ずつ、その後ろにもう二人従えた男。
  仕立ての良い黒い上下の服を身につけ、左腰に緩やかに反ったサーベルを吊るしている。
  そのサーベルには、レイピアによく見られる護拳が備えられている。
  その意匠は何かの蔓だろうか、グリップを大きく覆う様に拵えられていた。
  背後から敵が迫る気配がする。
  それから逃れるため、ジョシュアの方へ飛び込もうとした寸前、

  「足手まといだ! 手を出すな!」

彼の右に控えていた男が叫んだ。
  同時に短剣を左右一本ずつ、逆手で抜いた。
  背後の荒くれ者達が動きを止めた。
  奴らを相当怖い目にあわせた、ジョシュア一党の一人だろう。
  双短剣の男は、ジョシュアに似た色の短髪に青い目、南方の人間だ。

  「一騎討ちをお望みか?」

  これ見よがしに、両手に持った二本の剣をくるりと回して見せる。

  「ああ! 来い、黒犬っ!」

  熱いな。
  俺は応えて、双短剣の男へ接近する。
  右のシミターを無造作に右薙ぎで振る。
  それはあっさりと受け止められる。

  「こんなものかっ!」

  双短剣の男は嘲笑う。

  「悪いな」

  せめて謝っておいてやる。
  双短剣の男が大きく目を見張る。

  ごつっ!

  彼の左のこめかみに、槍が突き立つ。
  言うまでもなく、エルザが投げた物だ。
  俺は左へ振った右手を逆に振り、シミターを投げた。
  そして崩れ落ちる男のこめかみから、空いた右手で槍を引き抜く。

  「ぎゃ……っ!」

  右側から断末魔が聞こえた。
  シミターを受け取ったエルザが、ジョシュアの右に控えていた者を斬り捨てた。
  シミターに次いで、槍を放る。

  「お上品にやってちゃ仕事にならねぇんでな」

  ジョシュアに皮肉っぽく笑いかけた時、エルザは槍を手にしていた。

  「分が悪いか。退け」

  ジョシュアが無表情で、思いもかけない言葉を吐いた。
  後ろに控えた二人が、瞬巡する素振りも無く、踵を返して走り出した。
  ジョシュア自身も背後へ跳び退いて、逃げを打った。
  まさかこんなにあっさりと退くとは。
  エルザと俺は顔を見合せ、走り出す。
  彼らが何者か、全く掴めていない。
  追う以外の選択肢は無い。
  このままだとノーマンズランドから出てしまう。

  「くそっ!」

  逃げに徹した彼らは相当な速さだ。
  左手に残った剣を投げ捨て、俺は速度を上げる。
  ジョシュア達の前方に、ほろの無い簡素な馬車が見える。
  端からこの街を去る算段だったのか。
  だが乗る瞬間や、加速するまでの間で追いつけるはず……と思った時、御者席に座っていた二人の男が弓を引き絞っていた。

  「っ!」

  だん、と脚を止め、身を翻す。
  矢がすれすれを掠めて行った。
  ジョシュア達三人はあっという間に飛び乗り、馬車は急発進した。
  脚を止められたのはエルザも同様。
  ちくしょう、逃がした。
  せめて痕跡でも追うつもりで、もう一度走り出そうとした、その時。
  俺達は同時に気づいた。
  前方、扇状に複数の『何か』が居る。
  荒くれ者達とも、ジョシュア一党とも違う、強いて言えば俺達『牙』に近い質の気配。
  この街に俺達以外の『ケルベロス』は居ない。
  となれば、思い当たるのは。

  「『セーベルニーチ』の密偵か」

  エルザが槍を力み無く構えて呟いた。

  「マグダウェルの犬か」

  『何か』が応えた。
  朝日からも隠れた陰から。
  言葉のわずかな訛りから、まず間違いない。
  俺は大きくため息をついた。

  「ここは慎重にいこうか」

  密偵達に語りかける。

  「どちらか、もしくはどちらも傷つけば厄介な事になる。そちらもそれは望むまい」

  数拍の間を置いて、

  「確かに今は望ましくないな」

密偵の一人が返してきた。
  今は、と来たか。
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