仮の猫

闇雲の風

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 母がいなくなった向島のこの家で、わたしは新しい生活をスタートさせた。
 仕事もやめてきた。
 母と同じように、家族も捨ててきた。
 敷地内に畑があったので、野菜を収穫できたし、多少の貯金もあるので、しばらく生きていくぶんには困らなかった。
 猫たちにはあの祖母の日記にあった、猫まんまを作ってあげることにした。
   どうやら母も、猫たちには猫まんまを食べさせていたみたいで、その証拠に台所の戸棚にはパンの耳がたくさんあり、大袋のいりこもあった。
    戸棚には古い日記帳が、一緒に立てかけてあった。それは私が読んだ祖母の日記ではなく、祖母の祖母である、わたしからすると五世の祖の日記だった。
   そこには丁寧に猫まんまのレシピも記されており、どうやら代々先祖、受け継がれているようだった。材料は、パンの耳、いりこのほかに、隠し味の粉、と記載があった。日記には先祖代々の歴史なども書き連ねられていた。
   パンの耳やいりこと並んで、古い小さな筒状の容器が見えた。蓋を外してみると、そこにはマタタビのような香りをしたサラサラの粉が入っていた。遠い記憶がよみがえる。ほんの小さいころ、母が作ってくれた料理から、この香りが漂っていた。
 わたしはレシピどおりに猫まんまを作り、猫たちにふるまった。 
   すると敷地内にいる何十匹の猫が、いっせいに押し寄せてきて、各々頭を傾けながら、にっちゃにっちゃと猫まんまをほおばり、空になった皿まで惜しむように舐めつくした。
 
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