『硝子越しの春』

第八章：もうひとつの背中

「……君、これ、落としたぞ」

昼休み。沙耶のデスクにそっと置かれた封筒。
振り返ると、久保田は無言で缶コーヒーを口にしていた。

封を開けると、中には――

・事件当日の防犯カメラ映像の複製
・供述した“目撃者”の過去の前科リスト
・当時の検察と警察の間の非公式のやり取りメモ

どれも沙耶にはアクセスできないものだった。
それはつまり――久保田が動いた、ということ。

「……どうして？」

「“あいつを信じたい”って言った時、お前の顔、今までで一番本気だったからさ」

久保田は、静かに目を伏せた。

「俺だって、あのとき上に言えば、お前は左遷だった。でも……それって正義か？って思ったんだよな。そういう目でしか、あいつを見られない自分が、ちょっと嫌だった」

沙耶は言葉を失った。
久保田の無言の葛藤が、今になって重く伝わってくる。

「俺は正義の味方にはなれないけど、お前の“味方”にはなれる」

そう言って立ち上がる彼の背中は、これまでで一番大きく見えた。

「これで、掘れるとこまで掘れ。あとはお前の手で、やるべきことをやれ」

沙耶はゆっくりと頷いた。
心に火が灯るような感覚だった。

（ひとりじゃない。私は――もう、絶対に止まらない）