『硝子越しの春』

ぱんだちゃん

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第七章:揺れる天秤

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「久保田さんが……?」

小声でそう告げたのは、事務員の佐々木だった。
沙耶がパソコンに向かっているのを何度か見かけていて、不安になったという。

「昨日、監理官と話してた。“刑務官としての倫理規定”がどうとか、あの人がそんな話するなんておかしいと思って…」

沙耶の中に冷たいものが走る。
もう、時間がない。

その夜、沙耶は最後の賭けに出た。
所内記録ではなく、地検から取り寄せたコピー資料の中。
古い、手書きの供述調書を読み込む。

――その中に、ひとつだけ。明らかに違和感のある記述があった。

『妻は午後五時には既に帰宅していた。彼女はテレビをつけてニュースを見ていたと証言している』

「……待って。彼女って誰?」

調書にあった“目撃証言”をした女性。
でも、事件当日にはアリバイがあったはずの人物。
しかも、“午後五時”にはニュースは放送されていなかった。
その時間にその内容を見ることは――不可能だった。

「これ……偽証だ」

決定的だった。
その証言がなければ、彼が犯人だと断定された理由は根底から崩れる。

だがその瞬間、背後から聞こえた。

「――橘」

振り返ると、久保田が立っていた。
その目は鋭く、冷ややかだった。

「何をしてる?」

「……ただの確認よ。あの人のこと、まだ信じてるから」

「信じる?冤罪かもしれない男のために、職を捨てる気か?」

「……捨ててもいい。正義を無視するくらいなら」

久保田の表情が一瞬だけ揺れた。
そして、諦めたようにふっと笑った。

「じゃあせめて――最後までやりきれよ。中途半端は一番ダサいからな」

そう言い残して、彼はその場を去った。

沙耶の手は震えていた。
けれどその目は、真っ直ぐ前を向いていた。

(私は、絶対に彼を――救い出す)
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