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俺がクソモブに転生したって?

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「俺は死にゲー『カオスソード』の序盤で滅ぼされる村のモブだ……ッ!!」

 俺は呆然としながら青い空を見上げて、そう呟いた。
 なんてことだ。こんな大事なことに気づかずに、カエル片手に幼馴染のロゼを追いかけまわしていたなんて。
 まだ十歳とはいえ、なんたる体たらくだ。
 後頭部がズキズキと痛む。それもそのはず、足を滑らせてしまった俺は受身すら取れずに、後ろから見事に転倒してしまったのだ。
 おかげで思い出した。いや、正確には記憶が押し寄せてきた。
 俺は転生者だ。
 俺は地球の日本に住んでいた。確か年齢は二十代後半だったと思う。
 ある日、交通事故で死んでしまいこの世界に転生したのだ。
 一気に記憶が蘇ると頭痛がした。頭が痛い。主に後ろの方が。

「だ、大丈夫っ? リッドちゃん」

 痛苦に喘ぐ俺の視界に、愛らしい少女がぴょこっと顔を出した。
 彼女の名前はロゼ。
 俺の幼馴染である。
 年齢は十歳。シース村には珍しい銀髪の女の子だ。
 ぷっくりと膨らんだほっぺたが庇護欲をそそる。
 心配そうに俺の顔を覗き込んでいる姿は、よーしよしよしと言いながら、頭をわしゃわしゃしたくなる衝動に駆られた。
 だが俺は大人だ。さっきまで泣いて逃げる幼馴染を追いかけていたが、それは数分前の俺だ。
 今の俺は十歳の子供ではない。
 俺はすっくと立ちあがると、ロゼに振り返った。

「ありがとう、ロゼ。俺は大丈夫だ」
「え? え? そ、そうなの……? でも、あたまゴッチンってなってたよ……?」
「問題ない。気にするな。これくらいかすり傷だ。それよりもさっきはカエルを持って追いかけて悪かったな」
「え? ど、どど、どうしたの? リ、リッドちゃんがあやまってくれるなんて」

 おい、リッド。おまえ謝ったことさえないのかよ。
 記憶を掘り起こすと、確かにリッドは人生で一度も謝ったことがないらしい。
 ロゼに対してだけでなく、誰に対してもだ。
 なんという悪ガキ。むしろよくロゼはまだ俺に付き合ってくれているな。どんだけいい娘なんだよ。

「俺は心を入れ替えたんだ。生まれ変わったんだよ」
「や、やっぱり頭の打ちどころが悪かったの……?」

 十歳にして中々聡明なことを言うロゼ。
 彼女は俺の謝罪を真面目に受け取っていない。
 過去のリッドの所業を考えれば仕方のないことだ。
 かくれんぼしようぜと言った後にロゼのスカートの中に隠れようとしたり、お店のものを盗んでロゼにあげたり、村人の家に馬の糞を投げたりと、もうやりたい放題だったようだ。
 おい、マジでなにやってんだよこいつ。
 こんな奴があの名作『カオスソード』にいたのかよ。
 公式設定でも出てこなかったぞ。
 とにかく、このままではロゼの好感度は地に落ちる。いやすでにアンダーグラウンドにまで落ちているはずだ。
 少しでも汚名返上しなくては。
 俺はロゼに近づいた。

「もう二度とひどいことはしない。本当に悪かった。どうか今までの俺を許して欲しい」

 俺はロゼの前で膝をつき、最大限の申し訳なさを表情に出した。
 心からの謝罪だった。転生前の俺でさえここまで真摯に謝ったことはないだろう。
 ロゼはきょとんとしている。
 いじめていたはずの幼馴染が謝罪してきたのだ、驚いて当然だろう。
 だがもう大丈夫。君をいじめる幼馴染はもういないよ。
 俺は生温かい笑みをロゼに向ける。
 するとロゼは頬を徐々に引きつらせ、ついには大粒の涙を流してしまった。
 あ、あれ?

「う、うわあああん! お、おかあさんっ! リッドちゃんがおかしくなっちゃったぁっ!」

 叫びながら村の方へ駆けていくロゼ。
 どうやら選択を間違ったらしい。
 ゲームだったら好感度に変化があっただろう。
 恐らく悪い意味で。
 カオスソードは鬼畜難易度のダークファンタジーの癖に、キャラごとに好感度がある。好感度いかんではエンディングや、その後の展開が変わるという中々にプレイヤーの心をくすぐるシステムがあるのだ。
 もしもこれがゲームならロードして、再びやり直すことができる。
 だがここは現実だ。
 セーブデータなんてないし、コンテニューなんて機能はない。
 いや、試す価値はあるか。
 俺は立ち上がると空に向けて声を張り上げる。

「……ステータス、ロード、セーブ、メニュー、環境設定!」

 システム系の名前を叫んでも反応はなかった。
 予想通りだが、なんかほら、ゲーム用語を言うと色々と現れたりする小説とかあるし、とりあえずやってみた方がいいっていうかさ。
 そもそもゲーム世界に転生するなんて異常な事態が起きているのだから、なんでもやってみるしかないじゃないか。
 ってことで次だ。

「癒しの雨、炎の塊、さわやかな風、きらめく光、稲光!」

 適当に『カオスソード』に存在するはずの魔術を口にしてみた。
 だが当然ながら、何も反応はない。
 俺に魔術を使うだけの才能がない可能性は十二分にあるが、とりあえず使える様子はなかった。
 そもそも魔術ってどう使うんだろうな。
 ゲームだとスクロールを手に入れて、それを読むと使えるようになるのだが。
 考えてみればどういう原理なのかよくわからない。
 俺は僻地の村に住んでいるただのモブであり、しかも十歳の子供だ。
 このリッドにはこの世界の知識も大してなく、恐らく才能も力もないだろう。
 しかもゲーム序盤で殺されるただのモブ。
 そう考えると一気に総毛だった。
 そうだ、俺は殺される。
 俺だけじゃない。この村は魔物に滅ぼされるのだ。
 当然、ロゼも殺される。

 『カオスソード』は死にゲー。
 超高難易度で、主人公は簡単に死に、すぐにゲームオーバーになる。
 ギリギリクリアできる難しさと容赦のないストーリー、ダークな雰囲気に加えて、絶望的なほどに強い敵。
 それらのバランスが見事に調和しており、『カオスソード』は一躍世界中で人気のゲームとなった。
 俺も『カオスソード』は何度もクリアしたし、相当にやり込んだ。
 当然、主人公であるカーマインが最序盤に訪れる、このシース村のことも覚えている。
 最序盤のストーリーを簡潔にまとめるとこうだ。
 カーマインは冒険者になりたての新人。
 ある日、冒険者ギルドで魔物の討伐依頼を受けて、シース村へ向かう。
 シース村で依頼をこなしたカーマインだったが、その日の夜に魔物の軍勢がシース村を襲撃してきたため、村を守るために立ち向かうことになる。
 だがカーマインの奮闘空しく、村は滅んでしまう。
 魔物の軍勢との戦いでカーマインは己の使命を知り、壮大な戦いへと身を投じるのだった。
 ここまでがゲームの最序盤のストーリーだ。
 俺は何度も何度もセーブとロードを繰り返し、シース村での戦いをやり直した。
 どうにか村を救えないかと試行錯誤を繰り返し、あらゆる方法を試したが、必ず村は滅んでしまった。
 間違いなく俺とロゼ、そして村人は全員殺される。

 俺はそこまで考えて、頭を振った。
 この記憶は確かなものだ。
 そしてこの結末もまた、恐らく現実になるだろう。
 なぜなら俺の記憶にすべて符合するからだ。
 最序盤の村の名前はシース村。俺の住む村と同じ名前だ。
 そして、ロゼという名前。

「……イベントで殺されるキャラの名前だ」

 俺は思わず呟いた。
 俺はモブだが、ロゼは名前つきの村娘として登場していた。
 その時のロゼの年齢は十五歳だったことを思い出す。
 当然ながら今のロゼとは違って成長した姿だが、彼女と同一人物であることは間違いない。
 目立つ銀髪と村娘には珍しいほどに整った容姿は、俺の知るロゼと同じ人間であることを証明している。
 つまり五年後、この村は滅ぶということだ。
 俺は頭を抱えた。

「ふっざけんな! せっかく転生したのに殺される運命なのかよ!」

 なぜ転生したのか、誰がそんなことをしたのか。あるいは自然かそれとも神の仕業かそれはわからない。
 まるで俺を翻弄するような運命だ。
 絶望的な状況。
 あまりに理不尽な人生。
 苛立ちと不安が俺を苛む中、最後の最後に訪れた感情があった。
 その感情が俺の思考をすべて埋め尽くしていく。
 これは反骨心。
 俺はゲーマーなのだ。
 困難であればあるほど燃える性質だ。
 たとえ人生というゲームであっても、ゲームはゲーム。
 だったらやってやろうじゃないか。
 おまえにこれがクリアできるか? と言われているように感じて、俺は余計にやる気を出した。
 俺を舐めるなよ。
 神とやらがいるなら、抗ってやろうじゃないか。
 俺にクリアできなかったゲームはないんだ。
 それに。

「俺はバッドエンドって奴が、死ぬほど嫌いなんだよ!」

 ゲームを遊んでいた時、俺はロゼを助けたかった。だが助けられなかった。
 ただのゲームのキャラクターなのに、妙に感情移入したことを思い出す。
 俺には、リッドの十歳までの記憶がある。
 その大半は、ロゼとの思い出だった。
 リッドには家族がいない。だから唯一友達でいてくれたロゼの記憶が多くを占めるのだろう。
 リッドは素直じゃなかった。だがロゼを大切に思っていたらしい。
 俺はその想いを受け継いでいる。
 だったら幼馴染を助けるために戦ってやる。
 はっ、燃えるじゃねぇの。

「見てろよ、神だか何だかわからない奴! 俺は絶対に、このゲームをクリアして見せる! バッドエンドは全力で回避してやるからな!」

 俺は世界に反逆する。
 死にゲーがなんだ。
 俺は絶対に諦めない。
 幼馴染を、ロゼを、この村の人間たちを救って見せる!
 俺が決意を新たにする中、ロゼが母親を連れてきた。

「ほ、ほら! リッドちゃんがおかしいよぉっ! いっつもおかしいけど今日は特におかしいんだもん! 頭おかしくなっちゃったよぉっ!」

 空を仰ぐ俺を指さし、そう叫ぶのだった。
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