死にゲーの序盤で滅ぼされる村のモブだけど、全力でバッドエンドを回避する!

鏑木カヅキ

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完璧で不完全な戦い

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 走り始めて二時間。
 途中で走りながら食事をした俺は、ついに目的地にたどり着いた。
 森の開けた場所。巨大な気がそびえたつ広場。
 そこはいわゆるボス部屋だ。
 広場に入った瞬間、うねうねと植物が動き、出口を塞いだ。
 と、いつの間にか隣に立っていたオリヴィアさんが、俺を一瞥した。

「その地に住まう強敵の根城では、獲物を逃さないためにその場所そのものが意思を持ち、閉鎖空間を作ることがあります。逃げ場はありません。気をつけてくださいね」

 なるほど、そういう設定ね。
 ゲーム内では、なぜかボス部屋に行くと見えない壁が出てきて外に出られなかったのだが。
 そんな理由があったのか。
 俺はメタ的に、そういうものだと思い込んでいたんだけど。
 場所が俺を逃がさないようにしていると。
 いや、ヤバいだろそれ。
 俺は辺りを見回した。
 植物がうねうねと動き、逃げ場をすべて潰している。
 仮に火の魔術とか使ったら逃げられるんだろうか。
 いや、逃げる前に俺も焼け死ぬか……。

 と。
 突然、地面が揺れた。
 ドスンドスンとまるで漫画のような効果音が辺りに響き渡る。
 数秒後、現れたのは巨人族。
 トロールと言われる、巨大な人型の魔物だ。
 でっぷりとした体躯で、巨大な棍棒を手にしている。
 耳が尖っており、口からは鋭利な牙が露出している。
 典型的なトロールだ。だが実際に見るとなると迫力が違う。
 身長は4メートルくらいある。見上げると首が痛くなるくらいでかい。
 ゲームでも戦った相手だ。
 ただ、俺の知っているトロールとはちょっと違うけど。
 まあ、今は気にしなくていいだろう。
 最初に戦った時は手ごわかったが、俺にとっては楽勝な相手。
 ただしそれはゲームの話。
 この現実で俺の力が通用するかどうか。

「では頑張ってください。死にかけたら助けますから」

 死ぬ前に、じゃなく、死にかけたら、なんだな。
 オリヴィアさんの瞳には小さな期待が見えた気がした。
 しかしそれは僅かなもので大半は「まあ頑張りなさい」という激励に見えた。
 つまり俺を天才だと言っているオリヴィアさんも、トロール相手ではそこまでの戦果を期待していないということだ。
 ゲーマーとして、それはそれでちょっと腹が立つな。
 おまえ、どうせ下手なんだろ、と言われているような気がする。
 いいさ。だったら、作戦変更だ。
 度肝を抜いてやる!

 俺は恐怖と高揚を胸に、剣を手に取った。
 カオスソードのボス戦では相手の体力が出る。
 だが現実にはUIがない。
 当然、ボスがいつ死ぬのかもわからない。
 油断は禁物ということだ。
 だが、そんなことは些末なことだ。
 なぜなら。
 トロールが棍棒を大きく振り下ろしてきた。
 俺はその瞬間、左手にダガーを手にする。
 右手にショートソード、左手にダガーの二刀流だ。
 俺は足を止めたまま。
 頭上に迫る巨大な木の塊。

「避けなさい!」

 オリヴィアさんの声が僅かに聞こえた。
 だが俺はそれを無視する。
 棍棒が眼前に迫る。
 トロールが勝利の笑みを浮かべた。
 その瞬間。
 俺は流れるようにダガーを横に振った。
 腹の底に響くような重低音と共にブレた。
 棍棒が。
 【パリィ】だ。
 俺はダガーで棍棒を弾いたのだ。

 棍棒の軌道は大きく逸れ、トロールはバランスを崩す。
 トロールは片膝をつき、棍棒を落としてしまった。
 俺はすでに走っていた。
 トロールが膝をついたその場所に、膝をつく前に到達し、そして剣を振りかぶっていた。
 それは予測と経験によるもの。
 数え切れないほどのトロールとの戦いの中で築き上げた、最効率を追求した動き。
 これがRTAの戦い方だ。
 トロールの腹に深く剣が突き刺さる。

「グアアアアア!」

 痛苦に叫び暴れ始めるトロール。
 俺はすぐに剣を引き抜いて、バックステップする。

「一歩下がり、横に移動。ここでローリング、そして」

 軽く一撃をトロールに入れる。
 トロールの足に小さな裂傷が走ると、俺は再びそこから飛び退いた。

「バクステして、武器を両手持ち。そのまま横移動して、攻撃」

 すべての攻撃の予備動作を確認し、即座に最適な動きをする。
 ゲームをしている時のような集中力が俺を支配している。
 わかる。見える。動く。
 最適解が、無視意識の内に導かれる。
 まるでプレイヤーが俺の身体を操作しているかのように。
 寸分の無駄もなかった。
 俺はトロールを完全に掌握している。

「……美しい」

 遠くでオリヴィアさんがぼそりと呟いた言葉さえ、俺の鼓膜には届いていた。
 五感が鋭くなっているのに、無駄な音は一切入らない。
 トロールの咆哮も、攻撃によって生まれる轟音も、俺の生み出す衣擦れの音も、剣の擦過音も、自然の生み出すすべての音も。
 それらは俺の耳朶を揺らさず、必要な音だけが俺の脳に届く。
 トロールの棍棒が今度は横から襲ってくる。
 縦の攻撃は効かないと見て、横の攻撃に変えたらしい。
 ゲームと違い、多少の知性を感じる攻撃だ。
 だが無駄だ。
 その攻撃はすでに何万回も見ている。
 俺はダガーでパリィした。
 棍棒が俺に直撃する前に、ダガーを思いっきり下に突き下ろしたのだ。
 自然、棍棒の軌道は下に逸れつつも、俺の足元に向かってくる。
 俺はダガーを振りつつ、慣性に身を任せて空中で一回転し、棍棒を踏み越え、そして着地した。

 特殊パリィだ。
 敵の繰り出す、特殊な攻撃にのみ発生するパリィである。
 通常のパリィに比べ、難易度が高い。
 猶予フレームは同じだが、相手の攻撃の軌道が非常に読みづらく、パリィの使用タイミングがわかりづらい。
 だが俺には簡単だった。
 一週間くらい、崩れ森にこもって、こればっかり練習していたからな!
 棍棒は地面に埋もれてしまっていた。
 トロールは体勢を崩し、バタンと地面に倒れている。
 俺は即座にトロールの頭部に乗り、剣を逆手に握って、刀身を下に向けた。

「終わりだ!」
「グガアアアア!」

 最大の会心の一撃!
 剣がトロールの後頭部に深く突き刺さった。
 圧倒的な手ごたえを感じる。
 生物を切り裂く時、人によっては不快感を覚えるかもしれない。
 だが俺にはそれがない。
 むしろ妙な快感を得ていた。
 トロールは動かなくなった。
 さすがに脳をやられては生きてはいられないだろう。
 勝った。
 完全勝利だ!

「やりましたよ、オリヴィアさん!」

 俺はオリヴィアさんに振り向く。
 するといつの間にかオリヴィアさんが目の前にいたことに気づいた。
 音も気配もしなかった。
 驚愕に目を見開いた瞬間、視界がヴィリアさんの胸で埋まっていく。
 まずい。なぜかオリヴィアさんの胸に飛び込んでしまったらしい。
 このままではセクハラだと訴えられてしまう。
 というか好感度が落ちてしまう。

「あ、ご、ごめんなさ……い……?」

 咄嗟に離れようと足に力を入れるも、まったく反応がなかった。
 どうなってるんだ?

「落ち着いて。大丈夫。大丈夫ですから」
「な、なにが……」

 俺は自分の状況に気づかなかった。
 徐々に頭が冴えると、体中の異変に気付く。
 体中が痛い。そこかしこが鈍麻して、まともな状態ではないことに気づいた。
 身体には幾つもの裂傷が走り、無数の痣があり、手足は痙攣していた。
 ようやく俺は現状に気づいた。
 俺は無傷で完全勝利していたのではない。
 ギリギリの戦いだったのだ。
 森を走り体力を奪われ、途中の霊気兵との戦いで小さな傷を負い、トロール戦ではパリィをしつつも、ダメージを負っていたらしい。
 オリヴィアさんは倒れそうになる俺を抱きしめながら、ゆっくりと腰を落とした。
 彼女は俺をひざまくらしてくれたのだ。

「あなたのパリィは完璧でした。けれど、他の部分までは気を回せていませんでしたね」

 俺は再び自分の身体を見下ろした。
 体中にある小さな痣や裂傷。
 そうか、そういうことだったのか。
 現実では攻撃による副次的な影響がある。
 例えば風、例えば土砂石など。
 あれだけの巨大な棍棒を振るわれば、それらの影響も考えなければならない。
 だが俺はただ棍棒の攻撃のみに意識を集中していた。
 パリィはできた。だが他の部分まで意識が回っていなかったのだ。

 それゆえの現状。
 それゆえの瀕死。
 一つの学びだ。
 ここはゲームではない。
 現実ではもっと多くのことを考えて戦う必要があるのだ。

「あ、あはは……オリヴィアさんに格好いいところ、見せたかったんですけど……」
「ですが素晴らしい戦い方でしたよ。本当に素晴らしかったです」
「あ、ありがとうございます」

 オリヴィアさんは俺の前髪をやんわりと避けた。
 彼女は慈しむように俺の頭を撫でている。
 あまりに普段の彼女の姿と乖離していて、俺の心臓は早鐘を打った。
 簡単に言うとだ。なんかもう、滅茶苦茶ドキドキしたのだ。

「よく頑張りました。リッド」

 初めて呼び捨てされてしまった。
 それだけで体中に喜びという電流が走っていく。
 ロゼとかエミリアさんが、呼んでくれた時も嬉しくはあったけど。
 別に比べるわけじゃないし、オリヴィアさんの方が好きとかそういうわけではなくて。
 って、誰に言い訳してるんだ俺は。

「今日はゆっくり休んでください」

 今日はという言葉に一抹の不安を抱きつつも、俺は緩慢に目を閉じた。
 ここまでの疲労は初めてだった。
 そしてここまでの達成もまた初めてのことだったかもしれない。
 俺は後頭部に伝わる幸せな感触を噛みしめながら、意識を手放した。
 オリヴィアファンのプレイヤーに対して、優越感を抱きつつ。
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