噛ませ犬スキルで異世界転移

二階堂次郎

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第1章

第5話

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 俺はヤマトたちに連れられて、ダンジョンに足を踏み入れた。
 入り口は大勢の探索者たちでいっぱいで、まるで有名テーマパークのアトラクションの前にいるようだった。
 自分のスキルや武器について大声で自慢する人、攻略方法について真剣に議論する人、酒でも飲んだのか大声で騒いでいる人など様々で、いかにもファンタジー世界といった感じだ。
 いよいよこの世界の冒険が始まったようで、俺は不安を抱きながらも内心ワクワクしていた。

「なかなか似合ってるじゃないか」

 前を歩くヤマトが俺の装備に目線を向ける。
このレザーアーマーは先ほどダンジョン前の武器屋で格安で買ったものだ。なんでも店主はヤマトの古い友人らしく、色々と見繕ってくれた。皮の装備は鉄のものよりも防御力で劣るが、その分軽くて動きやすく初心者向けなんだそうだ。

 俺の役目はわざとやられることでパーティメンバー全体の強化を行うことだが、防御力が低過ぎてスキルを使わずにうっかりザコモンスターにやられてしまっては元も子もないので、ダンジョンに入る前に装備を買おうという話になったのだ。

 俺はこっちの世界に来たばかりで、当たり前だが金など持っていない、着の身着のままの無一文なので、払いもヤマトが持ってくれた。ヤマトいわく「ダンジョン払いでいいから」とのことだが、おそらく「出世払い」と同じく、働いて返してくれればいいということだろう。

 それにしても、会ったばかりの俺をパーティに入れてくれたことといい、ヤマトには感謝してもしきれない。
 この恩を返すためにも、なんとしてでも活躍しなければならない、と俺は意気込みを強くしていた。
だが、

「いくぞ! “アンダードッグパラドクス”!」

 俺が自分に唯一備わったスキルの名前を叫んだ直後、ギルバーグウルフポーンの棍棒が俺の脇腹をしたたかに打ち付けた。

「ぐぅっ! どうだ!?」

 だが、ヤマトたちパーティメンバーの様子に変化はない。
 急に力が湧き上がってきたりだとか、髪が逆立って金色に変わるなんてこともなさそうだ。
 仕方なく、ヤマトは直剣のスキル“ワイドスラッシュ”で狼の兵士を倒すと、

「またダメだったな」

 と呟いた。
 そうなのだ。ダンジョンに入ってから何体か、モンスターに遭遇するたびに俺のスキルを試しているのだが、これが一向に発動しない。
 自分の体力はしっかりギリギリまで減っているのを感じるし、スキルの名も宣言している。だがヤマトたちが強化されている様子はない。いったいどういうことなのだろうか。

「まさか本当に死ななきゃいけないんじゃ……」

 俺は不安になった。体力が完全なゼロになることが発動条件ならば、いよいよ本当にクソスキル確定ということになる。スキルが発動するかどうか、うかつに試すこともできない──
 いや待てよ、と俺はヤマトに質問を投げかけた。

「ダンジョンで死んだら、その後はどうなるんだ? 魔法スキルで復活できたりはしないのか?」

 ここは異世界、つまりはファンタジーの世界だ。スキルで回復魔法スキルがあるのならば、復活魔法スキルがあってもおかしくない。
 それにスキルの他にも復活の手段があるかもしれない。漫画やアニメである展開としては、女神様が生き返らせてくれたりだとか、ダンジョンの入り口に戻るだけだとか。そういった「仮の死」であれば、死ぬ必要があったとしても俺のスキルが使えるかもしれないのだが。
 俺は刹那の可能性にすがったが、ヤマトからの返事は期待に沿うものではなかった。

「ああ、言いたいことはわかるが、すまない。それは無理だ。スキルやアイテムでの死からの復活は今のところ不可能に近い。ダンジョンでの死は、そのまま本当の死に直結すると思ってもらって構わない」

 いちおう、とヤマトは指を一本立てる。

「噂によれば、様々な条件はあるが、死者を復活させることができるユニークスキルを持った探索者がひとり、何処かにいるらしいんだが──」

 そして立てた指をすぐに戻した。

「その人は人間関係のトラブルがあったとかで、もう探索者を辞めてしまったらしいんだ。今は能力を隠して静かに暮らしているらしい。残念だが」

 一縷の望みも、すぐに絶たれてしまった。
 人間関係のトラブルというのは想像に難くない。誰だって死を回避できる手段があれば、たとえ力ずくでも手元に置いておきたいに決まっている。そういった争いや責任に嫌気がさしてダンジョンから身を引いてしまうというのも無理からぬ話だ。
 天国から舞い戻る手段はない。
だとしたら、死ぬのがスキル発動の条件だった場合、俺は完全な役立たずになる。
 いよいよ万事休すかもしれない、と俺とヤマトは顔を見合わせたところで、マドカが言った。

「その話なんだけど、私は“言ノ葉”が問題なんだと思うわ」
 コトノハ?
 また新しい単語が出てきてしまった。
 ちなみに、もう一人のパーティメンバー、カエデはというと、マントを指で弄りながらあたりを見渡している。俺たちの会話は耳に入っているのだろうが、基本的には参加するつもりはないらしい。
 俺がマドカの方を向くと、マドカは自分の杖を背中から取り出して、説明を始めた。

「私たち探索者は、勝利の女神アフタエル様からスキルを授かっている。それは知っているわね?
で、そのスキルを使うときなんだけど、私たちは明確な意思を持ってスキルの発動を宣言することで女神様から力を分けてもらっているのね」

 例えばこう、とマドカが杖を俺の腰に向ける。先ほどギルバーグウルフポーンに棍棒で殴られたところだ。アドレナリンが出ているのか、決して我慢できないほどの痛みではないが、実は先ほどからズキズキと痛んでおり、ちょうどそろそろ直して欲しいなと思っていたところだった。

「“シャインライトリジェネーション”」

 すると杖の先端から眩い光があふれ出し、腰の痛みがみるみる消えていく。
 ダンジョンに入ってから俺のスキルを試そうとするたびにモンスターにやられまくっているので、もう何度このスキルで傷を直してもらっていたかわからないが、相変わらずすごいスキルだ。
 マドカ曰く、体力回復用のポーションよりも早くて楽チン、なんだそうだ。

「これが“言ノ葉”。普通はスキルの名前をそのまま言うことが多いわね。でもね、実はこれ、本当はスキルの名前じゃなくてもいいの」

 と、今度はヤマトの腕に向かって杖を向ける。ひとつ前の戦いで、ギルバーグウルフナイトにやられた小さな切り傷だ。

「“光よ、傷を癒せ”」

 するとどうだろうか。先ほどと同じようにヤマトの傷が塞がっていく。強いて言えば、光の輝きが俺の時よりも小さかった気がするが、傷を直すには十分だった。

「ね? ちゃんと発動したでしょ? 要は女神様が何のスキルかわかればいいってことなんだと思うのね。まあ、威力はちょっと変わってくるから、スキルの名前を言うのが一般的なんだけどね」

 で、ここからが本題、とマドカは声のトーンを少し下げた。

「中には、“言ノ葉”がスキルの名前じゃない方が、威力が上がるスキルもあるらしいの。そしてね、ごく一部のスキルの“言ノ葉”は、名前じゃダメなんだって。何か特別な“言ノ葉”が必要なの。
さっきの復活のユニークスキルの人ね、私も会ったことはないんだけど、その人もスキルを発動させるときは、その名前を言わなかったらしいわ。だから、もしかしたらあなたのスキルもそうなんじゃないかしら。あなたのスキルも、他に何か条件があるのかも」

 つまり、スキルを発動するという意思を持ったまま、何か違うことを言う必要があるってことか。
──違うことって、なんだ?
何を言えばいい?

「さあね? もしかしたらってだけよ。あるいは本当に死ななきゃいけないのかもしれないしね」

 スキルに関しては、まだまだわからないことが多いから、と言いたいことを言うだけ言って、マドカはまた黙ってしまった。
 だがありがたい。これでまた希望が見えた。次の戦闘ではそれを試して見よう、と思ったところで、幸か不幸か、その実践の機会はいきなり訪れた。

「ッ!! 伏せろ!」

 それまで黙ってあたりを見渡していたカエデは、突然叫ぶと、俺を突き飛ばした。
 俺はそのままダンジョンの壁にしこたま頭を打ち付ける。
 周りにモンスターの気配はないが、カエデが勘違いしたのだろうかと、そう思ったとき、ついさっきまで体があった場所に巨大な矢が突き刺さった。
 遅れて、重くのしかかるような風圧と、狼の遠吠えがダンジョンに響きわたる。

「まずい、ヤマト、“ルーク”だ! どうする? 撤退するか!?」

 カエデが叫ぶ。
 見れば、矢尻だけでも人間の頭くらい大きく、長さは二メートルはあろうかというほど大きな矢だった。
 だとすればその矢を射れる弓の大きさは?
弓を引けるモンスターの大きさは?
 正直想像したくなかった。
 パーティメンバーから「撤退」の二文字が出るのも無理はない。ダンジョンの通路は入り組んでいる。矢をかわしながらでも、今ならまだ退ける。
 だが、リーダーであるヤマトが出した答えは──

「いや、その逆だ。前に出るぞ。ここで奴を倒す」
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