8 / 14
第1章
第8話
しおりを挟む
長い長い走馬灯が終わって、俺はうっすらと目を覚ました。
ダンジョンの松明の照明が少し目に染みる。
どうやら俺はギルバーグウルフキングにやられてから気を失ってしまっていたようで、走馬灯というよりは夢のようなものだったのかもしれない。
ただ、身体に走る痛みは未だ健在で、今の状況が紛れもない現実であることがわかった。かすかに身をよじるだけでも、もう一度気を失ってしまいそうだ。
自分の鉄臭い血の匂いがする。
そして耳にはわずかに仲間たちの声が聞こえてくる。何と言っているかはわからないが、どうやら全員無事のようだ。よかった。
と、そこで俺は揺れ動く意識の中でひとつ、おかしなことに気が付いた。
なぜ俺の傷はまだ回復されていないのだろう?
いつもならばマドカが回復魔法スキルで直してくれるはずだ。だが、今はそれがない。ずっとずっと痛いままだ。今にも死んでしまいそうなのに、回復魔法を唱える声が聞こえてこない。
これはいったいどういうことだろうか。
もしや、MPが足りないのだろうか? 先ほどの戦闘で使いきってしまったのだろうか? あれだけ激しい戦闘だったのだから無理もない。
だがそうだとしても、たとえばカエデがポーションをかけてくれたりとか、ヤマトが転送アイテムでダンジョンの入り口まで連れて行ってくれて、そのまま、あるのかは知らないが病院に連れていってくれたりとか、色々と別の方法があるはずだ。
だが仲間たちはただ俺の前で喋っているだけだ。
いったい何を話し合っているのだろう。
と、そこまで考えたところで、ようやく意識がはっきりしてきたのか、マドカの声がはっきりと耳に届いた。
「──ねえ、本当に置いていくの?」
俺の心に衝撃が走る。
置いていくって、何を。誰を。
続いて、ヤマトの声がする
「ああ、コイツにはここで、死んでもらう」
ドクン、と心臓が跳ねる音がした。
こんなに血が流れていて、息をするのも苦しいのに、脈打つ音が止まらない。
「コイツにはもう十分役に立ってもらった。この層のボス部屋の賞金を三人で山分けするだけで、おれたちパーティは大金持ちになれる。なのに一人じゃ何にもできない能無し野郎にわけ前をくれてやるなんて、そんな馬鹿らしいこと、する必要はないじゃないか」
何を言っているのか分からなかった。
無論、発している言葉の意味はわかるが、頭にすんなり入ってこない。
ただ、氷のような声だと思った。
なんて冷たい声を出すのだろうと、そう思った。
「だけど、そしたら私たち三人は人殺しになっちゃう……。魂が汚れて、女神アフタエル様の加護を受けられなくなっちゃうんだよ?」
マドカので声には迷いが見える。
なんだか知らないが、探索者が探索者を殺すと、スキルを使えなくなってしまう、ということだろうか?
探索者特有の宗教観念だろうか? いや、もうこの際なんでもいい、早くおれを助けてくれ!
だが、そんな思いもむなしく──
「馬鹿を言うな。コイツを殺すのはおれたちじゃない。ギルバーグウルフキングだ。あいつの斧の一撃でコイツは死ぬ。おれたちは何もしない。ただこのまま立ち去るだけだ。そうだろう?」
剣使いは無慈悲に言い放った。
その言葉は、腹痛よりも鋭く、俺の心に突き刺さる。
「コイツをスキル鑑定士の婆さんのところに連れて行ってから、ずっと考えていたんだ。こコイツはダンジョンの攻略に使える。それも俺たちの分け前を減らすことなく綺麗に使い潰せる使い捨て要員として、だ。
なんてことはない。ダンジョンのボスモンスターのところに連れて行って、煽てて噛ませ犬スキルを使わせれば、おれたち三人はパワーアップ。ボスを倒し、こいつは勝手に死んでくれる。いいことずくめだ。
万が一後続できたパーティがこいつの死体を見てもボスモンスターにやられた哀れな冒険者の末路としか思わない。
あとはこの財宝をおれたち三人で山分けするだけだ」
そう言ってヤマトたちは部屋の中央に高く積まれた財宝を分配し始めた。
マドカは最初、気まずそうに俺のことをチラチラと見ていたが、ヤマトにつられて宝をとっていくうちに、機嫌が良くなっていき、山がなくなることには自分が手にした宝石しか見ていなかった。
カエデは何を考えているのか、はたまた何も感じるところがないのか、始終黙りこくったまま、無言で自分の取り分を懐に収めていった。
そうしている間にも俺の腹部からは血がドクドクと流れ、床を伝っていき、比例するかのように意識は遠のいていく。
やがて、三人の身体が装飾品でいっぱいになると、思い出したかのようにヤマトが「そうだ」と叫び、俺のことへと近づいてきた。
やはり思い直して俺のことを助けてくれる気になったのだろうか、とこんな時だというのに微かな希望を持ってしまう自分のことが、心の底から嫌になる。ヤマトは俺の懐から体力をギリギリ残してくれるアーティファクト「朝露の護り」を取り出し、俺のすぐ横に転がっていた大剣を引き抜いた。
「こいつは返してもらうぜ」
直後、大剣をヤマトから渡された時の情景がフラッシュバックする。
俺はパーティリーダーから渡されたその武器が、単なる装備品ではなく、パーティの一員になれた、その証だと思っていた。
だが実際は俺という駒の価値を最大限発揮させるための単なるパーツでしかなかった。貴重なアイテムも後々回収するつもりで貸与していたに過ぎなかった。
「お前が悪いんだからな」
ヤマトの捨て台詞も、もはや理解できなかった。
頬を液体が伝う感触がした。腹から流れた血が床を伝い、とうとう顔にまできたのかと思ったが、なんてことはない、それは自分の涙だった。死ぬのが悲しくて泣いているのか、信じた仲間に騙されたのが悔しくて泣いているのか、自分でも良くわからない。ただ貴重な体力と熱が流れ出るのを、自分でも止めることができなかった。
出来るのなら叫び出したかった。騙したのか! この卑怯者! と思いつく限りの罵詈雑言を浴びせたかったが、口から溢れる血液がそれを邪魔した。
「じゃあな、噛ませ犬」
ヤマトたちが宝物庫を後にしていく。もはや振り返ることすらない。
ただでさえ涙で掠れた視界を闇が覆っていく。
気力も失われ、もはや痛みもなくなった。
今はただ、絶望という名の死神に首を絞められている。
そうして俺は、視界を覆う闇に意識を任せた。
ダンジョンの松明の照明が少し目に染みる。
どうやら俺はギルバーグウルフキングにやられてから気を失ってしまっていたようで、走馬灯というよりは夢のようなものだったのかもしれない。
ただ、身体に走る痛みは未だ健在で、今の状況が紛れもない現実であることがわかった。かすかに身をよじるだけでも、もう一度気を失ってしまいそうだ。
自分の鉄臭い血の匂いがする。
そして耳にはわずかに仲間たちの声が聞こえてくる。何と言っているかはわからないが、どうやら全員無事のようだ。よかった。
と、そこで俺は揺れ動く意識の中でひとつ、おかしなことに気が付いた。
なぜ俺の傷はまだ回復されていないのだろう?
いつもならばマドカが回復魔法スキルで直してくれるはずだ。だが、今はそれがない。ずっとずっと痛いままだ。今にも死んでしまいそうなのに、回復魔法を唱える声が聞こえてこない。
これはいったいどういうことだろうか。
もしや、MPが足りないのだろうか? 先ほどの戦闘で使いきってしまったのだろうか? あれだけ激しい戦闘だったのだから無理もない。
だがそうだとしても、たとえばカエデがポーションをかけてくれたりとか、ヤマトが転送アイテムでダンジョンの入り口まで連れて行ってくれて、そのまま、あるのかは知らないが病院に連れていってくれたりとか、色々と別の方法があるはずだ。
だが仲間たちはただ俺の前で喋っているだけだ。
いったい何を話し合っているのだろう。
と、そこまで考えたところで、ようやく意識がはっきりしてきたのか、マドカの声がはっきりと耳に届いた。
「──ねえ、本当に置いていくの?」
俺の心に衝撃が走る。
置いていくって、何を。誰を。
続いて、ヤマトの声がする
「ああ、コイツにはここで、死んでもらう」
ドクン、と心臓が跳ねる音がした。
こんなに血が流れていて、息をするのも苦しいのに、脈打つ音が止まらない。
「コイツにはもう十分役に立ってもらった。この層のボス部屋の賞金を三人で山分けするだけで、おれたちパーティは大金持ちになれる。なのに一人じゃ何にもできない能無し野郎にわけ前をくれてやるなんて、そんな馬鹿らしいこと、する必要はないじゃないか」
何を言っているのか分からなかった。
無論、発している言葉の意味はわかるが、頭にすんなり入ってこない。
ただ、氷のような声だと思った。
なんて冷たい声を出すのだろうと、そう思った。
「だけど、そしたら私たち三人は人殺しになっちゃう……。魂が汚れて、女神アフタエル様の加護を受けられなくなっちゃうんだよ?」
マドカので声には迷いが見える。
なんだか知らないが、探索者が探索者を殺すと、スキルを使えなくなってしまう、ということだろうか?
探索者特有の宗教観念だろうか? いや、もうこの際なんでもいい、早くおれを助けてくれ!
だが、そんな思いもむなしく──
「馬鹿を言うな。コイツを殺すのはおれたちじゃない。ギルバーグウルフキングだ。あいつの斧の一撃でコイツは死ぬ。おれたちは何もしない。ただこのまま立ち去るだけだ。そうだろう?」
剣使いは無慈悲に言い放った。
その言葉は、腹痛よりも鋭く、俺の心に突き刺さる。
「コイツをスキル鑑定士の婆さんのところに連れて行ってから、ずっと考えていたんだ。こコイツはダンジョンの攻略に使える。それも俺たちの分け前を減らすことなく綺麗に使い潰せる使い捨て要員として、だ。
なんてことはない。ダンジョンのボスモンスターのところに連れて行って、煽てて噛ませ犬スキルを使わせれば、おれたち三人はパワーアップ。ボスを倒し、こいつは勝手に死んでくれる。いいことずくめだ。
万が一後続できたパーティがこいつの死体を見てもボスモンスターにやられた哀れな冒険者の末路としか思わない。
あとはこの財宝をおれたち三人で山分けするだけだ」
そう言ってヤマトたちは部屋の中央に高く積まれた財宝を分配し始めた。
マドカは最初、気まずそうに俺のことをチラチラと見ていたが、ヤマトにつられて宝をとっていくうちに、機嫌が良くなっていき、山がなくなることには自分が手にした宝石しか見ていなかった。
カエデは何を考えているのか、はたまた何も感じるところがないのか、始終黙りこくったまま、無言で自分の取り分を懐に収めていった。
そうしている間にも俺の腹部からは血がドクドクと流れ、床を伝っていき、比例するかのように意識は遠のいていく。
やがて、三人の身体が装飾品でいっぱいになると、思い出したかのようにヤマトが「そうだ」と叫び、俺のことへと近づいてきた。
やはり思い直して俺のことを助けてくれる気になったのだろうか、とこんな時だというのに微かな希望を持ってしまう自分のことが、心の底から嫌になる。ヤマトは俺の懐から体力をギリギリ残してくれるアーティファクト「朝露の護り」を取り出し、俺のすぐ横に転がっていた大剣を引き抜いた。
「こいつは返してもらうぜ」
直後、大剣をヤマトから渡された時の情景がフラッシュバックする。
俺はパーティリーダーから渡されたその武器が、単なる装備品ではなく、パーティの一員になれた、その証だと思っていた。
だが実際は俺という駒の価値を最大限発揮させるための単なるパーツでしかなかった。貴重なアイテムも後々回収するつもりで貸与していたに過ぎなかった。
「お前が悪いんだからな」
ヤマトの捨て台詞も、もはや理解できなかった。
頬を液体が伝う感触がした。腹から流れた血が床を伝い、とうとう顔にまできたのかと思ったが、なんてことはない、それは自分の涙だった。死ぬのが悲しくて泣いているのか、信じた仲間に騙されたのが悔しくて泣いているのか、自分でも良くわからない。ただ貴重な体力と熱が流れ出るのを、自分でも止めることができなかった。
出来るのなら叫び出したかった。騙したのか! この卑怯者! と思いつく限りの罵詈雑言を浴びせたかったが、口から溢れる血液がそれを邪魔した。
「じゃあな、噛ませ犬」
ヤマトたちが宝物庫を後にしていく。もはや振り返ることすらない。
ただでさえ涙で掠れた視界を闇が覆っていく。
気力も失われ、もはや痛みもなくなった。
今はただ、絶望という名の死神に首を絞められている。
そうして俺は、視界を覆う闇に意識を任せた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる