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17. 焼きもち焼きの行動科学

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 「わ、私もヴィスタ様に一生添い遂げる覚悟がございますわ!」

 降って湧いたような可憐な声にエリィがゆっくりと振り向くと、そこには予想通りの黒髪の美しい少女が立っていた。プルプルしながら両手をぎゅっと握って力説する様は小動物かなにかと見間違えそうな可愛さである。
 彼女は伯爵令嬢アイリス。数少ない”私の王子様コンテスト”にヴィスタへ投票した猛者……いや、ご令嬢である。

「あら、アイリスさん。おはようございます」
「あっ、申し訳ございません。エイリーズ様、ヴィスタ様、ノエル様。おはようございます」

 エリィが声を掛けると、アイリスはハッとした様に口元を押さえて、慌てて挨拶をした。それに応えるようにヴィスタもノエルもアイリスに言葉を返す。もちろん、その前の添い遂げる発言はヴィスタから完全にスルーされていた。よく見れば、ヴィスタは何気にズリズリと椅子をエリィの方へと移動させ、自分のカップも両手で包み込むようにしてアイリスの視線から遠ざけている。普段他人の視線など全く気にせず、空気も読めないくせに、アイリスの視線だけにはやけに怯えているのが滑稽だ。外見だけで言えば、誰から見ても守って上げたくなるような可愛らしい令嬢が、爽やか好青年風のヴィスタを怯えさせているなど誰が想像できようか。

「楽しそうにお話していらしたから、ついお声を掛けてしまいました。申し訳ありません」

 ぴょこんと再び小さくお辞儀をしてアイリスは微笑む。エリィはヴィスタにノエルの横の席へ移動してもらえるよう促すと、ヴィスタが座っていた席をアイリスにすすめた。すると、アイリスは椅子の座面を真っ赤な顔で一撫でするとうっとりとし、その後ぎこちない仕草で静かに座る。そして顔を赤くしたまま頬に手を添えてニコニコしていた。どうやらエリィのすすめた席は正解だったらしい。流石アイリス。全くぶれてない。

「私たちで今度小さなお茶会を開こうという話をしていたんだよ」

 ノエルがニコニコしながらアイリスにそう説明すると、彼女は目をキラキラさせてエリィを見る。アイリスの身分では自分から誘えなどとは言えず、エリィに誘ってほしいと言う視線を送っているのだ。だが今回の主催はノエルであるため、誘う事も断ることも出来ずにエリィは助けを求める様にチラリとノエルを見た。するとノエルはその視線に気づいてエリィの表情に一瞬だけプッと笑い小さく頷いた。

「アイリス、今回の主催は私なんだ。お茶会と言えばご婦人が主催なのが通例なんだけども、今回は私の国からいい茶葉が入ってね」
「まぁ、そうでしたの」

 ノエルがそう言えば、アイリスはガッカリした様に肩を落とした。流石にあまり交流もなく、隣国の王族であるノエルには無理は言えないと諦めたのだ。その様子を見ると、ノエルは困った様に肩をすくめて笑った。

「では、アイリス。お茶会の支度を手伝って頂けないかな?それでいいなら招待するよ」
「本当ですか、ノエル様!ありがとうございますっっ」

 テーブルにぶつかりそうな勢いでアイリスが頭を下げると、ノエルは優雅に笑いながら、ゆっくりと頷いた。その横に座るヴィスタは苦虫をかみつぶしたような顔だ。

「ああでも、アイリス。ごくごく内輪だから。皆には内緒だよ?」

 ノエルが人差し指の背で唇を2回叩くようにしてウインクをしてみせると、アイリスはコクコクと顔を赤くして頷く。女の子であった時のあの癖は非常に可愛らしかったものだが、男性となったノエルがやるとどうやら破壊力が上がってしまっているらしい。ヴィスタ以外には中々反応しないアイリスですら真っ赤である。少しは自覚して行動しないとそのうち女性関係で困ることになるんじゃないかしらと、エリィはこっそり呟いた。

「エリィはヨシュアとゆっくりおいでよ」

 ノエルの無自覚な仕草に呆れた視線を送っていると、彼は何事も無かったようにエリィの方を向いてそう言った。そしてエリィの微妙な表情を見つけると、キョトンとした顔で少し首をひねった。

「私もお手伝いしますわよ?」
「君に動いてもらったりなんかしたら、俺やヨシュアが心労で倒れるよ」
「そうだぞ。リズは大人しく準備が出来た頃に来い」

 手伝いを申し出るも、ノエルとヴィスタに即却下され、エリィは不満そうに唇を尖らせる。するとノエルは苦笑しながら、小さな声でごめんねと言った。だが頭では仕方のない事と分かってはいても、アイリスには許可するお茶会の準備をエリィにはさせない事がとても不公平に感じた。実際問題、手伝ったとしても確かに心配を掛けてしまうだろうし、その分皆は気疲れしてしまうのだろう。それでも、エリィはノエルには悪いとは思いつつも眉根を僅かに寄せながら視線をさっと反らした。

「なんだ、リズ。寂しいのか?可愛い奴だな」

 不意にデリカシーの欠片も無い様子で掛けられた言葉に、エリィはギロリとヴィスタを睨む。ニヤニヤと笑いながらお茶を飲むヴィスタは何故か嬉しそうで、エリィの眉がつりあがっていると言うのにまったく気にしない。側に居たアイリスの方がその雰囲気にオロオロとしだす。

「寂しくなんてありませんわ」
「なら……もしや、妬いているのか!リズ、妬いているんだな?大丈夫だ私はいつでもリズを愛している!」
「わわわわ、エイリーズ様っ。落ち着いて!落ち着いて!」

 思わずカップをブルブル震える手で持ち上げたエリィが、ヴィスタのお茶でもかけるのかと危惧したらしく、アイリスが慌てながらなんとかエリィを宥めようと声を掛ける。数秒ほどエリィは胸の前でカップをわななかせた後、ぎこちなく笑って一口飲んだ。

「大丈夫ですわ、アイリスさん。皆さま、私そろそろ教室に戻りますわね?お茶会、楽しみしてますわ」

 そのままスッと立ち上がり、席を後にするとノエルが慌てたように後を追いエリィの手を掴んだ。驚いて振り返れば、ノエルは心配そうな表情を隠そうともしない。そのままノエルはエリィの手を引くようにしてテラスから校内へと戻り、テラスからは丁度死角になる部分で立ち止まって改めてエリィに向き直った。

「ごめん、エリィ。エリィの気持ちも考えずアイリスを招待してしまって。本当にごめん」

 ノエルの言葉に、エリィはキョトンとした顔で首を傾げた。ノエルの言っている意味がわからないからだ。

「アイリスさんを誘うのは反対してないわよ?」
「でも、よく考えてみたら、ほら。お茶会の準備とかでアイリスだけ先来てもらったら、アイリスがヴィスタ王子を独占してしまうだろ?……悲しかった、よね?」
「嫌だわ、ノエル。違うのよ」

 すっかりヴィスタと同じような勘違いを始めてしまったノエルに、エリィはさも可笑しいと言った感じでクスクスと笑いだしてしまった。そしてひとしきり笑い終えると口元に手を当て、照れくさそうに上目遣いでノエルを見ながら、ごめんなさいと一言謝った。

「あのね、私お手伝いできないじゃない?なんだか仲間外れになったような気持ちになってしまって」

 眉尻を思いっきり下げながら言うエリィに、ノエルはああ!といって頭を小さく掻いた。そして己の配慮の足らなさをエリィに詫びる。

「ごめん、そうだね。全然そんなつもりはなかったんだけど……本当に君の体が心配だっただけで」
「ええ、わかってるわ。私が子供じみた態度を取ったのが悪かったの。ごめんね?」

 お互いに謝罪の言葉を述べ合うと、ノエルはホッとした様に穏やかに笑った。その表情につられるようにしてエリィも笑う。

「エリィに嫌われたらどうしようかと思ったよ」
「あら、ノエルは大事な親友だもの。嫌ったりしないわ」
「え、あ……うん、だよな」

 エリィが親友と言った事に驚いたのか、ノエルは一瞬だけ目を丸くして硬直し、すぐに我に返ると眉尻を下げて優しい笑顔をエリィに向けた。そして繋いだままの手をもう片方の手でポンポンと軽く叩くと、教室に戻ろう、と再びエリィの手を引いた。そんなノエルの優しい微笑みと右手の温かさに、エリィは少しだけ胸がドキドキするのを感じて、誤魔化す様に空いた方の手で胸元を抑えるのだった。









 セシルが城から戻って来たのはエリィたちが夕飯を終えたすぐ後の事だった。その姿を捉えると、エリィは急ぎ足でセシルの元へと向かう。朝の様な失敗はしないと肝に銘じながら。
 朝からこれまでの間に、エリィは何とかヨシュアと仲直りしようと頑張った。が、のらりくらりとかわされて、結局殆ど話すら出来ていない。後になって朝の会話を思い返せば、何故そうなったのかが良く分からなかったが、エリィの言い方がまずかったのは確実だった。あれだけエリィとヴィスタの事で迷惑かけてきて、最近やっと婚約解消まで漕ぎ着けたところである。と言うのに、何の説明もなしにヴィスタを守りたいなどと言ったらただ周りを振り回しているだけの様にしか見えない。それに気づいて、エリィは色々下らない事を考え過ぎていた自分を恥じて反省した。

「お帰りなさい、お兄様!」

 脱いだ外套をケイトに渡しているセシルを、待ち構えていたようにエリィは抱き付いて声を掛けた。そんなエリィの出迎えをセシルは嬉しそうに笑って見せる。

「ただいま、エリィ。どうしたんだい?今日は熱烈な歓迎だね」
「少し、相談したいことがあって待ってたの。……良いかしら?」
「ああ、もちろんだよ。ただ、少し汗を流したい。その後でもいいかい?」
「ええ、もちろんですわ」
「じゃあ、湯浴みを終えたらエリィの部屋を訪ねるよ」

 セシルの言葉にエリィはにこやかに頷く。ついでとばかりに抱きついたままスリスリと頬ずりをすると、セシルはヤレヤレと言った様子で苦笑してエリィの頭を撫でた。
 その時、ふと階段を下りてくる足音が2つ聞こえて視線だけそちらに向ければ、夜会用の衣装を身に着けた不機嫌そうなヨシュアと、それとは正反対ににこやかなノエルが降りてくるのが見える。セシルはそんなヨシュアの表情を訝しげに見ながら首をひねった。

「ヨシュア、ノエル様と夜会に行くのか?」
「ああ、兄さんお帰り。伯爵家の夜会に呼ばれてるんだよ。行ってくる」

 ケイトがいそいそと差し出した外套を2人とも受け取ると、ヨシュアはわざとらしいほどに急いでそれを羽織った。そして通りすがりにセシルに抱き着いたままのエリィと一瞬だけ目が合うと、まるで不快な物でも見てしまったかのように眉をひそめて視線を反らす。

「あ、ヨシュア、ノエル。いってらっしゃい」

 幾分びくつきながらもエリィが声を掛けると、ヨシュアは数秒だけ立ち止まる。そして短く、ああ。とぶっきらぼうに答えて、ケイトに促されるまま玄関扉をくぐって姿を消した。その後を続くようにノエルは玄関に近づくと、立ち止まってエリィの方に振り向く。

「えーっと、行ってきます?」

 頬をポリポリと掻きながら困った様にノエルは笑った。そのちょっと頼りなさげな表情が可笑しくて、エリィはセシルの腰に抱き着いたままクスクスと笑った。

「ノエル、行ってらっしゃい。ノエルは格好いいんだから無駄に女の子に優しくしちゃだめよ?」
「えっ、ああ、うん」

 エリィがからかう様にそう言うと、ノエルは驚いた様に顔を赤くした。そして顔を赤くしたまま、照れて後頭部を掻きながら俯く。その姿は恥ずかしがり屋だったゲームでの少女・ノエルを彷彿とさせた。

「えっと、行ってくるよ」

 顔を上げてぎこちなく笑い、再びノエルがそう言うと、エリィは頷いて小さく手を振った。それに呼応するようにノエルも小さく手を上げてウインクすると、ヨシュアを追って玄関の扉をくぐって行った。

「喧嘩でもしたのかい?」

 2人を乗せた馬車が行く音を確認すると、セシルは心配そうにエリィに尋ねた。誰と、は言わずもがな。その問いに対してエリィは頷き返して溜息をつく。

「私がヨシュアを怒らせてしまったの。後でちゃんと謝るわ」
「そうか。まぁ、あれは怒っていると言うより……」
「え?」
「いや、何でもないよ。それよりエリィ。玄関は冷えるよ。部屋にお戻り」
「えっ……ええ。それじゃ、お待ちしてますわ、お兄様」

 名残惜しそうにエリィが抱きついた腕を放すと、セシルはエリィの頭を一撫でした後、ポンポンと促す様に優しく背中を叩いた。そして一緒に階段を上りながらエリィはチラリと先程ヨシュアが出て行った玄関を振り返る。もちろん、そこにはヨシュアの姿はもうない。だが何となく後ろ髪がひかれる様な思いがしただけなのだ。

 セシルに連れられてエリィが部屋に戻ると、セシルは幾分急ぎ足で自室へと引き換えして行った。エリィの為に急いで湯浴みを済まそうとしているのだ。その後ろ姿を見送った後、エリィはゆっくりと居室の長椅子に腰を掛けた。手持無沙汰ですることもなく、何となく気怠くて、肘掛けの部分に頭を預けてもたれ掛かりボーっとする。

「随分お疲れみたいだニャ~」
「ティティー」

 長椅子の肘掛けの上、丁度エリィの目と鼻の先に現れたティティーは目を細めて前足で顔を洗うようにして動かしながら現れた。幾分眠そうに欠伸をして、背中を突き出す様にして伸びをするさまは、いかにも寝起きと言った感じだ。

「今日は何かあったのかニャ?」
「……3月3日のお茶会に招待されたわ。ノエル主催で殿下と私とヨシュア。それからアイリスさんの5人で庭園で」
「ふむ。塔じゃなかったんだね?」
「塔って話だったのを場所を変えてもらったの。これで殿下が助かるといいのだけど」
「ん~……無理じゃないかな」

 淡い期待を込めてエリィの発した言葉を、ティティーは残念そうに否定する。もちろん、エリィにもそれがただの希望的観測に過ぎないことはわかっていた。何故なら、ヴィスタの死因はただの事故ではないのだ。誰かによって故意に起こされた事故、他殺なのだ。塔から転落するという選択肢が消えたのなら、別の選択肢を選ぶことは十分に考えられた。

「ヴィスタ王子の殺害を諦めてくれるのが一番ニャんだけどね」
「本当にね。次はどの手で来るのか、それとも来ないのか。さっぱりわからないわ」
「……ところで、アイリスって誰なんだい?僕は初めて聞く名前だニャ」
 
 ティティーに言われてエリィは初めてハッとしたように気が付いた。それは、アイリスの存在だ。あの3月3日のお茶会にアイリスは参加していたのだろうか?ゲーム上のイベントでは、そもそもアイリスは名前すら出てきていないし、イベントスチルにもその姿は無かった。だがあの日はどうだったのだろうか。エリィは爪を噛むように親指を唇に当てながら記憶を探る。
 彼女が参加したと言う、そんな話をエリィは誰からも聞いた覚えがなかった。もちろんアイリスが居なかったと言う話も聞いていない。参加はしていたけど目立たなかっただけかもしれない。
 ただ、酷く気にかかる部分がある。それはヨシュアの存在だ。今朝、エリィはヴィスタの死の事をヨシュアに上手く説明が出来ずにいて、その結果彼は怒って席を外してしまった。それだけを見るとさしたる問題のようには思えない。もちろんエリィ的には大問題ではあるのだが。
 元来ヨシュアやフィリオ―ルはヴィスタの”ご学友”の立場にある。その2人は基本的にヴィスタが嫌がる人物の接触を良しとしない。だからアイリスはこの2人が居る時はヴィスタに近づけさせてもらえないのが常だ。そこで、元々の流れについて考えてみる。
 ヴィスタの死を知らないエリィがそこにいた場合、必然的にヨシュアとの衝突もなくなる。つまり、ヨシュアが席を外すことが無かったと推察できる。すると、あの4人掛けのテーブル席にヴィスタ、ノエル、ヨシュア、エリィの4人が座る事になる。そこに更にアイリスが参加できたのだろうか?どう考えても不可能ではないだろうか。

「アイリスは伯爵家のご令嬢よ。たぶん、元々のお茶会には出席されてなかったと思うわ」
「ふむ。今日君が変えた部分はそこなんだね?」
「どうなのかしら。変わったのかしら?ただ、これからセシル兄さまに協力を仰ごうと思ってるの。城の中の事は私よりも詳しい筈だし」
「そうか、その部分でもきっと何か変わるってことなのかな?」
「ええ、たぶん」

 そうは言ってみた物の、エリィにもはっきりとした自信があるわけではなかった。エリィの取った行動が正しいのか正しくないのか、その結果がどうなるのかが全くわからない。ヨシュアを怒らせてしまった事は正しかったのか。アイリスを招くことになったのは正しかったのか。セシルに助けを求めることは間違っていないのか。失敗した先の結果を知っているからこそ酷く恐ろしく感じた。

「心配してても仕方ないさ。やれるだけの事はやろう」

 力づける様なティティーの言葉に、エリィは小さく頷く。ティティーの言う通りなのだ。自分の行動が正しいのか、ヴィスタの未来を変えることが出来るのかをいちいち心配していても仕方が無い事なのだ。その時が来るまでは分からないのだから。

 そうやってああでもない、こうでもないとティティーと小一時間程話していると、廊下へと続く扉を軽くノックする音が聞こえた。だらしなく横になっていたエリィは、慌てて体を起こしてパッと髪を撫でつける。そうして急いでノックの音に応えれば、湯浴みを終えたセシルがしっとりとした半乾きの髪のままエリィの部屋へと入って来た。

「待たせたね、エリィ。……あれ、寝ていたのかい?」
「えっ?」

 苦笑しながらセシルはエリィの横に静かに座る。そしてエリィの右頬に人差し指の先で掠める様に撫でた。

「ここ。跡がついてるね」

 ゾクリとするような少し掠れた甘い低音ボイスと、艶っぽい指先の動きに思わずドキリとして、エリィはパッと右頬を押さえながらほんのりと顔を赤らめた。そんな慌てた動作のエリィを見て、セシルはクスリと笑う。

「ちょっと寄りかかって休んでいただけなの。跡がついていたなんて、恥ずかしいわ」

 指先を頬に当てて、くるくると回す様にして揉む。指先の感触からいえば、肘掛けの角の部分が頬に一直線の跡を作っているのは間違いが無いように思われた。

「随分待たせてしまって、悪かったね」
「いいえ、お仕事でお疲れの兄さまに無理を言ったのは私の方ですもの」

 詫びを述べるセシルにエリィが慌てて首を振ると、彼は優し気に目を細めて微笑んだ。そうして軽く足を組むと、その上に肘を置いて頬杖をつき、開いた右手でエリイの髪を撫でる。

「それで、相談とはなんだい?」

 優しい表情でエリィの髪を撫でながら、セシルが言う。するとエリィは小さく頷くと、テーブルに置かれた小さな手振りベルをチリンチリンと鳴らした。すると左程間も置かず部屋の扉がノックされ、シャロムがやってくる。

「お呼びでしょうか」
「ええ、兄さまと一緒に話を聞いて欲しいの。いいかしら?」

 エリィがそう言うと、シャロムはモチロンですと言った感じで折り目正しく一礼してみせる。それを確認して、再びエリィはセシルに向き直った。そうして覚悟を決めたように膝の上で拳をぎゅっと握って口を開いた。



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