言霊

ポンカン牡丹

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第四話 球技大会

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今日は球技大会。俺は男女混合のミニサッカーに参加する。

 メンバーは俺、吉野、佐藤さん、高橋さん、そして前野さんだ。

えっ前野君呼びじゃなかったかだって? それは古典の渋谷先生にチョークを額に当てられた方の前野、今回一緒にミニサッカーするのはチョークを額に当てられていない方の前野。ちなみに前野さんは前野君の前の席にいるカチューシャをした女の子。

 今から俺たちはAブロックに配属された4チームと総当たり戦で戦い上位2チームが決勝ブッロクに勝ち上がれる。ルール上サッカー部所属の人をチームに男女1人ずつ入れることができる。俺たちの中では、吉野が唯一のサッカー部だが高橋さんや前野さん、特に前野さんは帰宅部だがかなり運動ができるらしいので期待大だ。自分たち以外のAブロックのチームは1年生から3年生まで各学年1チームずつ参加している。

「初戦は同じ1年生だ。とりあえず1勝とるぞ」

「おー」と俺以外のみんなが叫んだ。

 陣形は吉野と前野さんのツートップ。その後ろに高橋さんと佐藤さん。そして俺がゴールキーパーだ。審判の渋谷先生のピーというホイッスルを合図に試合が開始され吉野が横にいる前野さんにパスをする。

 パスを受けとる前野さんは大きく右足を上げシュート態勢に入っていた。

(よせ、前野さん。異性との交際経験がない男子に初めて彼女ができ、その初デートで始めからゴールを狙っていくと十中八九その後別れることになるぞ。相手にボールを奪われて主導権を与えてはならない)

 ドカッという音が2回した。

 空中には深紅の液体が噴きあがる。

「「うおおおおお」」

 吉野と前野さんの声が響き、先生は一旦試合を止めた。

 前野さんが蹴ったボールが相手チームの男子の顔面に命中して倒れたからだ。

 意識はあるしギャグ次元なので大丈夫だろう。

「前野お前何してんだよ」

「ゴール決めたよ♡」

「決めたよじゃねえよ。最初のシュートあの男子狙ってっただろ」

「狙うとか、キャー」

「そういう意味で言ってねえよ。サッカーは相手の顔面狙う競技じゃねえよ。ゴールネット狙えよ」

「だから狙って入れたじゃん。ゴール」

 ドカッという音の1回目が相手チームの男子、2回目のドカッがゴールした音。

「顔面狙う工程いらなかっただろ」

「ヒュー、ヒュー」

 前野さんはうまく吹けてないが口笛らしきものを吹いてごまかしていた。

「前野、顔面狙うのはよくないんじゃないか」

「でも先生、相手選手の体に当ててボールをパスするみたいなやつプロの試合とかでありますよね?」

「あるけど、顔はさすがにないんじゃないか? もし今後、顔を狙うようだったら……」

 前野さんを咎める渋谷先生の声を、前野さんのボールを顔面で受けた男子生徒の声が遮った。

「いいんです先生」

「大丈夫なのか善野」

「はい大丈夫です。それより先生前野さんを責めないでください。僕が彼女の気持ちを受け止めることができなかった。ただそれだけの話です」

「善野、お前は一体何の話をしているんだ?」

「これは僕と彼女の問題です。部外者は黙っててください!」

「えーと、一応先生だし、この試合の審判だし」

「まさか先生、彼女にそういった感情を? 確かに渋谷先生が女子生徒を見る目は、空き巣犯がどこの家にしようかと家を物色している時と同じ目をしていると思っていましたが、犯行を実行する家として彼女を選んだのですか。どうなんですか。答えてください、渋谷先生!」

「「「いやー」」」

 複数の女子生徒が声を上げた。

「ちょ、ちょっといろいろと弁解したいこともあるけど本人たちがいいならいいよ。なんか周りもざわついてるし。でも顔面狙うは禁止ね」

「はーい」

 その後、前野さんのシュートは顔面を狙うことはなかったが善野君の体には何回か当てにいっていた。善野君は前野さんにボールを当てられるたび「はっ」や「ああぁ」という言葉を叫びながら恍惚とした表情を浮かべていた。

 この試合はもちろん勝った。

 その他の2試合はそれなりに失点したが、それ以上に前野さんが活躍したことにより勝利を収め無事決勝ブロックに駒を進めた。

「うううう」

 予選が終わった後、吉野が泣いてた。

「なんで泣いてるの?」

「俺サッカー部なのに1点も決めてない。うあああああん」

「仕方ないよ、マークされてたし」

「仕方ないよ、弱いんだし」

「仕方ないよ、……あっ、あれなんだし……え?」

「なんか毒舌聞こえたんですけど。フォローしようとして、できてない佐藤の声がしたんですけど」

「たっ、田中くんも活躍できてなかったし、今後の意気込みを聞きたいな~」

(なっ、なんてことを言うんだ佐藤さん。またオープンクエスチョン。しかもこの決勝ブロックの大事な試合前に、精神的な攻撃を仕掛けてきている。まさか、佐藤さんは他のクラスから送られてきたスパイとでもいうのか。たしか次の対戦チームである1年C組のメンバーの中に佐藤君がいる。佐藤さんと同じ佐藤という姓……妙だな。このことに吉野たち他のメンバーはまだ気付いていないようだ。とりあえずここは佐藤さんに気付かれないように早く意気込みを言わなければ)

「す、すぱい」

(しっ、しまった。頭の中で思っていたことをつい口に出てしまった。まずい。どうする?)

「あ、やっぱり。ていうかここで言うんだ」

(ど、どういうことなんだ高橋さん。まさか、高橋さんも佐藤さんの正体に気が付いていたというのか?)

「やっぱりにおうよね。吉野」

(吉野だと⁉ 馬鹿なスパイは佐藤さんのはず。まさか、吉野も他のクラスからのスパイとでもいうのか)

「めちゃくちゃ気になるわけじゃないけど、少しにおうよ吉野」

「それ、私も思ってた。吉野から少し酸っぱいにおいがする」

「うああああーん」

 吉野に対する精神攻撃、同性からの指摘ならまだ耐えれた。

 だが異性で同級生からの指摘、吉野が相当なドM、予選で戦った彼でない限り敗北は必須。

吉野を傷つけまいとするオブラートに包んだ言い方が吉野を乱切りではなく、かつらむきにしてしまっている。

「なんか梅干しのにおいがするんだよね」

「うああああーん、ん? 梅干しのにおい?」

「そう、梅干しのにおい」

「吉野くん、梅干しよく食べてるから体臭が梅干しになったんだよ」

「俺臭くない?」

「臭くはないよ、梅干しは」

「臭くはないよ、梅干しだけど」

「臭くはないよ、梅干しだから」



この後、めちゃくちゃ活躍した(吉野の活躍もあり優勝した)。
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