双子の石を追う者たち

西湖 鳴

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第1章

Ep7 Hustle night

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 人だかりをかき分けると、一段高い台座の上に背もたれのやたら長い壮麗なデザインのごつい玉座があり、そこに相反する華奢で小さな少年が座っている。少年は一層立派な白の儀礼服に青のマントを身に付け、ストレートの茶髪を横分けにしてツンとすました顔をし、いかにも生意気そうだった。
 ところがそんな彼はボーッとくうを見つめているように見えた。何か訳ありだろうか?
 (……訳あり?)
 セシルを見ながらなんとなく考えていたレイラは、自嘲気味に心の中で笑った。
 何もない訳はないだろう。
 ここ一ヶ月の間、一気に自分の人生が変化したのだ。父親の死から戴冠までの間、心がついて行けないまま戸惑うことばかりだったに違いない。この新しい王はまだ十四歳と聞く。
 (これからいろいろ大変でしょうけど……私には関係ないわ)
 一瞬同情する気持ちが湧いたが、彼女は首を振った。
 気を取り直してセシルを見ると、額に目的のサークレットはない。代わりにシンプルな金色の紐を巻いている。
 (……どこにあるのよ。聞いてないわよ)
 たくさんの人の前に晒したらさすがに盗まれることを警戒しているのか。意外に用心深い王室側に少々苛つきつつ、レイラは次どうすべきかを考えた。
 どうせ自分は今のラルフに嫌われている。なぜだかわからないが。しかし嫌われているならもはや相手に取り入る必要もないのだ。彼女は開き直ることも出来る。それはつまり、警備に見つかってもかまわない、捨て身で行動できる、ということだ。
 もちろん彼女にそこまでしてサークレットを手に入れる理由はない。ただ、散々自分を拒否したラルフに対する意地もあるのだ。
 しかし、今はまだいいが、再び彼に会ってしまったら自分は冷静でいられるのだろうか。
 ふとルマテスの顔が浮かんだ。
 (けじめ、か……)
 レイラはそんな自分に少々不安を感じながら目線のみで辺りを探る。
 王が入場してきたカーテンの裏に、扉があるのが見えた。きっとあそこから城のプライベートエリアに入ることが出来るのだろう。
 レイラは人混みをかき分けてさりげなく扉に近づくと、気配を消しながら通り抜ける。
 なるべく音が出ないように扉を閉めると、そこは大広間の喧噪が嘘のように静寂に包まれる廊下。
 警備兵がいないのを確認した後、レイラは廊下をゆっくりと歩いた。
 「……」 
 (どうして警備兵がいないのかしら……)
 頭の隅でそんなことを考えながら静かに廊下を行くと、T字路にさしかかった。
 直進する先にはランプの明かりと何の変哲もない扉。左折する先には明かりのない暗い扉。なんとなくレイラはランプのない扉が気になった。
 扉は鍵もかかっておらず、あっさりと開く。
 恐る恐る中を覗くと、窓のない暗い部屋の中央に、何かの台が見えた。
 「これはまさか……」
 四隅の燭台で燃えるろうそくだけがなんとか光量を保ち、中央の台に乗っている物を照らす。炎に伴って揺れる冷たい光を湛えるそれは、まさしく……、
 「ユリウスの、宝冠……」
 レイラはいつの間にかそう呟いていた。
 ユリウスの宝冠は額に差し込む仕様の、サークレットと呼ばれる種類の冠である。
 その全体像は実にシンプルなもので、プラチナと思われる素材をベースにして、その中央に赤の宝石と同じくらいの大きさの、美しい青色の石がはめ込まれている。冠自体も手に取ってみると実に美しく繊細なデザインが施されていて、宝石がなくともこれ自体価値が高そうな代物だ。
 レイラは知らなかったが、この冠は三百年を超える歴史を持ち、古美術的価値も高いのだ。国宝の名に決して恥じない。
 「綺麗……って、見とれてる時間はないわ!」
 宝冠を手にしたレイラは踵を返して部屋を出て行った。
 廊下には相変わらず人っ子一人いない。レイラはそのことをもっと重視すべきだったのだ。
 暗い廊下から先ほどの明るいT字路にさしかかったとき、急に死角から誰かかが飛び出してきた。彼女は声を上げる間もなく、気づくと、宝冠を持った方の手首は何者かによって強く掴み上げられていた。
 「痛……」
 その手は天井に向かって力強くレイラの腕を引っ張り上げている。
 「かたりの次は泥棒か……たいした度胸だな」
 男の声は落ち着いていて感情の起伏が見られず、まるでそこに蝋人形でもいるかのようだ。レイラは男の顔を見上げ、驚きのあまり声を失った。
 愛しいはずの男が、表情もなく彼女を見下ろしているのだ。
 ラルフが『騙り』と言ったのには理由がある。
 王都シーデンにやって来たばかりの頃、レイラは一度ラルフと対面している。
 戴冠式もまだの状態で、周囲が様々なトラブルからセシルを守るためにピリピリとしていた時期、正面からラルフに会いにやって来たレイラは、運悪く投獄されてしまっていた。
 その理由が『宰相の婚約者を騙った』というもの。
 王室に入ってからのラルフは人前であまり表情を変えず寡黙で、元々の端正な顔立ちや、身長165センチあるレイラよりも更に頭ひとつ出る高身長ということもあって、城下の女たちからじわじわと支持を得つつあったのだ。
 当然、そんな状況だから騙り行為をして彼に近づこうとする女たちが後を絶たなかったのである。
 そんな、牢の中で落ち込んでいたレイラの元に、一度だけラルフがやってきた。相変わらず表情はないし優しい言葉をかけてくれたわけではなかったが、彼は自分のことを懸命に話すレイラをじっと見つめ、静かに去って行ったのだ。
 そのときのレイラを、彼は『騙り』と言っている。もちろん彼女からすれば嘘ではない。それに、レイラがラルフを諦めきれない理由のひとつに、投獄されていたときの彼の態度がある。通常は高い身分の人間が投獄された一般人をわざわざ見に来たりはしない。それに彼女を騙りだと言いながら、ラルフはそれを責めたりしなかったのだ。
 レイラはそのときのことを思い出しながら、もう一度じっとラルフの顔を見た。彼の瞳は何も語らない。でも彼女を責めるような様子は一切ないまま、彼女の腕を掴み上げている。
 (これは、話をするチャンスなのかも知れない。だから何も言わずに私を……)
 「ラルフ、私……」
 レイラが口を開いたそのとき、ラルフの背後から人の気配がした。
 「宰相様、ここにいらっ……」
 彼を探していたのか、暗がりに佇む彼の後ろ姿を発見した女官が突然声をかけてきた。その刹那、ラルフはレイラを壁に押しつけて密着し、自らのマントで完全に彼女を隠してしまった。
 「あっ……し、失礼いたしましたっ!」
 女官はラルフと女の情事を邪魔してしまったと思ったのか、うわずった声を発しながらその場を去っていく。
 「……おまえは研究者どもの仲間か」
 「え……?」
 レイラの目の前にはラルフの胴体があり、彼の表情を確認することは出来ない。
 「騙り行為も、宝冠を狙っていたのか」
 「違う! 私はあなたに……」
 「私はおまえなど知らん!」
 彼の声は怒気を含み、レイラはその瞬間肩をビクリと震わせて黙り込む。
 「これ以上接触しようとすると処刑もあるぞ」
 ラルフはそう言いながらマントの中の彼女をのぞき込んだ。彼は奥歯を強くかみ合わせ、怒りの感情を懸命に抑えようとしているように見える。それは、先ほどの落ち着き払った無表情からは考えられない彼の動揺した姿だった。
 「そんな……」
 そんな彼の様子にレイラは失望のあまり気が遠くなり、倒れそうになった。彼女を咄嗟に支えたラルフは、抱きすくめた彼女の耳元に小声で囁く。
 「廊下を出ると警備兵たちが待ち受けている。王室側の廊下から出て右に化粧室があるからそこの窓から外へ出るんだ」
 「えっ……?」
 レイラはすぐさま正気に戻ると、じっとラルフを見据えた。
 「早く行けっ!」
 ラルフは声を荒げてレイラを王室側の廊下へと促す。
 「また会いに来るわ! あなたに……!」
 「二度と来るな!」
 去り際に一瞬振り返って見た彼は、眉間にしわを寄せて目を伏せた険しい表情をしていた。
 (なぜそんな顔をしているの……)
 ショックと混乱で、その場を去るレイラの心臓の鼓動は早いままであった。

 「モーブ」 
 ラルフはレイラが去った扉を見つめたまま言った。
 「はい、ラルフ様」
 声の主はいつの間にか彼の足下で静かに待機している。
 「追うんだ。警備兵には見つからないよう気をつけろ」
 「はい」
 モーブと呼ばれた女がレイラを追って素早く姿を消すと、ラルフは一人、力なく壁に寄りかかった。
 「まさか彼女が来るとは……」 
 ラルフは、支えた際にふわりと香った彼女の匂いを思い出していた。



 その頃、ギャラガーは大広間を出て広いエントランスの中を行ったり来たりしていた。
 「くっそ~」
 彼の父・フルダーが彼を探していて、とてもじゃないが中にいられないのだ。ここなら自分以外にもちらほらと休憩中の男女がいるから変じゃないし、いざとなれば外に逃げることも出来る。
 「女でも待っているんですか」
 イライラしている様子が伝わったのか、城門の警備をしている鎧姿の男が一人、彼に話しかけてきた。
 警備の男はギャラガーをニヤニヤしながら見ている。大方、パートナーを別の男に盗られた情けない男だと思われているのではないだろうか。
 少しムッとするが、態度に出すのは大人げない。ギャラガーは付け髭をなでると、紳士的に言った。
 「彼女は美しいですからね。困ったものです」
 彼は警備の男が考えている設定を踏襲した。実際は違うのだから、いくら笑われようとかまわないのだ。
 ところが警備の男はそんなギャラガーを更になめてかかる。
 「ま、なかなか戻らないのも仕方ないですよねぇ……私も、一曲お願いしたいものです」
 その言葉は、ギャラガーには挑発に聞こえた。
 (こいつ警備兵のくせに……!)
 「……おまえのような下品な男を彼女が相手にするわけはないだろう」
 「あなた様もずいぶんその美しい女性とやらにひどい扱いを受けているように思いますが?」
 ギャラガーの中で何かがプチッと切れた。
 「おまえっ! 名を名乗れ! この場で叩きのめしてやる!」
 彼が興奮して警備の男につかみかかると、
 「これだから田舎貴族は嫌なんだよ! とっとと畑に帰れ! どうせその女も芋みたいなんだろ?」
 「なんだとぉ!?」
 警備の男もヒートアップしてギャラガーの胸ぐらをつかんだ。
 殴り合いでも始まるのかと彼らの周りを野次馬たちが囲み始まったとき、エントランスの奥からよく通る女の声が響いた。
 「ギャラガー! 何してんの行くわよ!!」
 ヒールの音と共にドレスの裾を翻して上品に走ってくる女に、一同の視線が集中する。
 「レイラ、おまえ……」
 美しい女は周囲の男たちの関心を一気に集めた。
 「え、これ、あんたの女……?」
 警備の男は彼女を指さしたまま驚愕の表情でギャラガーに向き直る。
 ギャラガーは唐突に現れたレイラに驚いて言葉も出なかったが、ハッと我に返って男を見ると、ニヤリと笑った。
 「そうそう、俺の女!」
 「何ふざけてんのよ!」
 レイラは彼らの目の前で金髪のカツラをむしり取って捨てた。カツラの下からは流れるような栗色の髪が現れ、彼女は髪を軽く掻き上げた。続いてヒールの靴を脱ぎ、ドレスを捲くって足首に装着されたナイフを取り出す。
 「な、なにを……!」
 ギャラガーが止める間もなく彼女はドレスの前部分をナイフで縦に裂き、裾を後ろに持って行くと、ウエストのリボンにぎゅっと押し込んだ。彼女の白い太ももとガーターストッキングが露わになると、周囲にいた婦人たちが悲鳴を上げた。
 レイラはその悲鳴にかまわず、ギャラガーの手を引っ張ってそのまま走り去って行く。
 二人が消えてすぐ大広間とエントランスの奥から多数の警備兵がなだれ込んできた。そこでようやく、エントランスにいた警備兵たちは事態を把握したのだった。
 「あんた女だろ! 恥ずかしくないのか!?」
 レイラと併走しながら、ギャラガーは言った。
 「あんなかっこしてたら全力で逃げられないでしょう!?」
 「はぁ!?」
 答えを聞いて、ギャラガーは脱力。しかし次の言葉に彼の表情は一変した。
 「ちゃんと冠、手に入れてきたからね!」
 一瞬キョトンとしたあと、意味を理解したのか……、
 「まさか……ひゃっほおおおおおお!!!」 
 彼は、飛び上がっていた。
 「とうとう手に入れたぞ! じいさん! 待ってろよー!!」


 
 月の綺麗な夜だった。
 大混乱の城を抜けて広い庭園に続く道を通り抜け、馬車を奪って城門を突破し、やがてスラムの町が見えてくる。
 手綱を握るギャラガーの気分は軽く、このまま空を飛んでいける心持ちだった。
 レイラも現実を突きつけられ修羅場だったのには違いないが……今はギャラガーのテンションの高さに影響されて、それほど辛くはなかった。
 五年間不安だった彼女の日々が変わろうとしていた。落ち込んでばかりだった毎日が。
 明日のことは明日、また考えよう。とにかく今日は逃げ切って、そして疲れを癒やそう。
 逃げ切った先に何が待ち受けるのかまだ分からなかったが、それでも希望の光が一筋、彼女を照らしていた。
  
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