石の王冠は誰のもの

阿山ナガレ

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第6話

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「いいですか、お二人とも! よく聞いてください!!」

 業を煮やしたサーシャが二人の前に仁王立ちし、カウンター上の白い箱を指さして叫んだ。

「これは『基本特許』になりうる技術なんです!! 世紀の大発明なんですよ!?」

 一方で、二人の反応は実に冷ややかだ。ロッシュはぼんやりとした顔で「はあ」と一言ぼやくように呟いた。アクサナが眉間にシワを寄せて聞き返す。

「きほ……、何だって?」

「『基本特許』です!」

「それって、なんか凄いわけ?」

 魔法にも法律にも疎いアクサナが、頭をぽりぽりと掻いた。その態度に呆れながらも、サーシャが「一から説明します」と、特許についての説明を開始しようとした、その時だ――。



「こんにちはー」

 挨拶の声と共に、店の扉が開いた。客が来店したのだ。扉をくぐった若い男の顔を見て、アクサナがやる気なさそうに「らっしゃーい」と声を出した。

 その男は常連の客のようだった。「やあ、どうも」と、ロッシュが頭を下げて出迎える。その常連客は気さくな笑顔を浮かべながら、店の中をきょろきょろと見回しながら口を開いた。

「近くまで来たので、寄ってみました。何か面白そうな物は入荷してない?」

 その言葉に、アクサナが腕を組んで考え込んだ。 

「面白そうな物ねえ……」

 と、常連客の男がカウンター上の白い箱に気が付いた。いたく興味を持ったようで、それを穴が開くほど観察しだした。

「この箱は、何?」

 男が質問すると、アクサナがそれに答えた。

「あー、それは、なんか箱」

 なんとも答えになっていない答えだったが、男はそれにまた心を惹かれた様子で、「へえ……」と呟きながら、その箱を一心に見つめ続けた。そして、「いくらだい?」とアクサナに問いかけると、彼女は即座に回答した。

「二十万ギルダン」

 これを聞いた男は目を丸くしたが、それ以上に驚いたのはサーシャである。思わず「えっ!?」と口に出した。

「結構するねえ……」

 予想外の値段だったのだろう。男は苦笑いを浮かべて顎をさする。

「なんかから、十万でも安いんだってよ。よく分からんけど」

 アクサナが説明を入れた。彼女は何故か得意気だ。すると、男はしばらく考え込んだ後に、その箱をびしっと指差して宣言した。

「よし、買った!」

「えっ」

 まさか売れるとは思っていなかったアクサナが、すっとんきょうな声を上げる。また、サーシャも思わぬ展開に「ええっ!?」とさらに高く声を上げた。
 すると、そのやり取りを見ていたロッシュが、慌てて話に割り込んだ。

「いえいえ、二万でいいですよ。そんな大層なものじゃないですから」

「え、いいの? じゃあ二万ギルダンで――」

 店主からの申し出に、財布から紙幣を取り出そうとしていた男の顔がパッと明るくなる。そして二枚の紙幣をアクサナへ手渡そうとしたその時、サーシャが二人の間へ割り込んだ。

「だ、駄目です! 間違いです! それ、売れないんです!!」

「え、でも、今、店長さんが二万でいいって――」

 戸惑う男の身体を、サーシャがぐいと押しのける。

「ごめんなさい! 売り物じゃないんです!! 店長さんが間違えたんです!!」

 そのまま早口でお詫びの言葉を捲し立てながら、彼女は男の身体を両掌で突き、店の入り口へと押し込んでいく。

「その、すいません! 今日はもう閉店ですから! また明日いらしてくださいいい!!!」

「え? え? いや、そんな――」

 男は戸惑いながらも、サーシャの力技の前に成すすべなく店の外へと追いやられた。そして彼女は男を完全に店から締め出すと、素早く店の扉を閉め、がちゃりと内鍵を掛けた。さらにご丁寧なことに、店の窓に掛かっていた『OPEN』の札をひっくり返し、『CLOSED』にするという手順も付け加えた。

 あっという間に店を閉店させられ、ロッシュが呆気にとられて呟いた。

「おや?」

「ちょっとぉ……、何勝手なことしてんの?」

 成立しかけた商談を邪魔され、且つ勝手に閉店させられてしまい、アクサナが頬を膨らませて不満の意を表すと、それを上回る剣幕でサーシャが彼女へ詰め寄った。

「そりゃ、こっちのセリフですよおおお!! 何で売ろうとしてるんですかあ!?」

「いや、十万じゃ安いって言うからさ。二十万で吹っ掛けてみたんだけど」

「そういう意味じゃないんですよ! 学術的にとても価値があるものだから、売っちゃいけないって意味だったんですよ!!」

「あー、そういうことね」

 ようやくサーシャの説明を理解したようで、アクサナが腕組みしたまま、うんうんと頷いた。今度はやたら簡単に話が通じたことに拍子抜けし、サーシャもハッと我に返った。

「ま、まあ、ちゃんと言わなかった私が悪かったですけど……」

 バツが悪そうに頬を掻き、話を仕切りなおすサーシャ。懐から銀製の指輪を取り出し、それを光らせながら口を開いた。

「で、では、特許の話から先に始めます――」


 咳払いし、説明を開始しようとしたサーシャの様子に、それが長引くだろうと勘付いたアクサナが、カウンターの中からクッキーの缶を引っ張り出してきた。そこから一枚のバタークッキーを取り出し、それを咥えながらもロッシュに耳打ちする。

「つか、何でこのお客さんが仕切ってるわけ?」

「まあ、いいじゃないですか。面白そうですし」

 ロッシュはいつものようにニコニコと微笑むだけだ。そんな店主の姿を見て、アクサナは溜息を吐いた。

 サーシャの銀の指輪が強い光を放つ。やがて、彼らの目の前には高さ二尺、幅三尺程の黒板が現れた。それは空中に浮遊し、一定の高度を保っている。

「お? なんじゃそれ? どこから出した?」

 驚いたアクサナが、思わず口元のクッキーを床に落としかけた。慌ててそれを右手でキャッチする。ロッシュは腕組みし、笑みを浮かべて口を開いた。

「黒板ですねえ。圧縮して指輪に仕込んでたんでしょうかね」

「へえ、そんな魔法道具もあるんだ」

「その指輪、既製品じゃありませんね。自作でしょうか?」

「えっ!? 自分で作ったの? 凄いじゃん!」

 ロッシュの指摘通り、その銀の指輪はサーシャお手製の魔法道具である。黒板を圧縮魔法で指輪の中に仕込んだものであり、加えて言うなら、これを製作することが彼女の魔法大学での卒業研究のテーマであった。
 これが自作であることを簡単に見抜かれ、サーシャは驚いた。また、アクサナの反応に少し照れくささも感じ、僅かに頬を赤らめて応えた。

「え、ええ。まあ、この指輪の話は、今はいいんですけど」

 と、その黒板に書かれている文字を見て、アクサナが首を傾げた。

「何その、『御社の強みと弱み』って?」

 黒板には、あらかじめいくつかの文章と図表が書かれていた。『御社の強みと弱み』と題されたその内容は、サーシャが昨晩に書き上げた、プロミネンス魔法開発社の企業分析である。サーシャはさらに顔を赤らめ、慌ててそれを消しながら口を開いた。

「ほ、ほっといてくださいよ。今日の面接でプレゼンしようとして書いてきたんです」

「『しようとして』ってことは、できなかったわけだ」

「うう……」

 痛い所を突かれ、サーシャが俯く。ロッシュが楽しそうに解説を入れた。

「物体圧縮の魔法は、水に弱いですからねえ。濡れてると動かなくなっちゃうんですよ」

「あー、なるほどねえ」

 普段から微笑みを絶やさないロッシュであるが、魔法について話している時の彼は、特に楽し気である。彼はさらに続けて言う。

「でも、それだけの道具を自作できることがアピールできれば、面接なんて軽々クリアできそうなんですけどねえ」

 サーシャが俯いたままで自嘲気味に笑い、そしてロッシュに言葉を返した。

「め、面接のときは、雨で濡れてて動かなかったんだから仕方ないです……。ていうか、過ぎた話はどうでもいいんですよ!」

 アクサナが二枚目のクッキーを齧りながら、声を上げた。

「あー、それが動いてれば受かったかもしれないんだ」

「ですです。プロミネンスは実力ある人材ならすぐ採用しますからねえ。防水機能を付ければ良かったんですけど」

「じゃあ、勿体なかったねえ」

「ええ、勿体なかったですねえ」

 二人の憐憫の視線を感じ、サーシャが叫んだ。

「う、うるさいうるさいーーー!! 私の面接の話はもういいから! 特許の説明をさせてください!!」

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