バッファロー銀伝説

なつめたもる

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六手目

紳士たれ

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たもるの父は、たもるに
一度たりとも
手加減をしたことは無かった。

勝つ喜びを教えてあげることも
とても大切な経験なのかもしれないが、たもる父はそれを決してしなかった。

もっとも、たもるの実力が父に遠く及ばなかったことも一因ではあるが。

話を盤上に戻す。


三林、たもるの▲8五角成を見て、小言を呟きながら、△7四飛車と逃げる。

たもる、思考する。

(今の場面、一応、△9四角打ってのも可能性はあったけど、まあちょっと苦しいのかな?△7四飛車は、飛車が逃げる手では唯一の手だもんな、うん。
俺が▲7五歩と指して△9四飛車と逃げて、▲9六歩と伸ばせば、△6五歩とするしか無い。
そこでこっちが▲同飛とすれば、三林さんの飛車は助かる、まぁ仕方ない。
そうしておいて、次の攻めを考えよう)

三林が諦めたような表情で、
たもるの指し手を見つめる。

たもる▲7五歩


三林△9四飛車、
たもる▲9六歩。




ここで事件が起きる。


三林の次の手が△6五歩では無く、△8四歩と指してきたのだ。


この手に、意味は無い。
折角生存できるはずの三林の飛車を自分で殺しかねない。

たもる落ち着いて▲8六馬と逃げる。

三林、ここで事態に気づく。

「ありゃぁ、こりゃダメだ、。」そう言って三林がたもるの8六の馬を8五へ戻そうとする。


「何やろうとしてるんですか、駄目です、反則です。」たもるの眼が三林の右手を刺した。 

「細けえなぁ、遊びなんだから、やいやい言うなって。」


」は、将棋を指す上で
絶対にしていけない行為である。


反則である以上に、
単純に、しらけてしまうのである。

自分が待ったをした場合、
相手を失望させることになる。

こんな待ったをするような人と、わざわざ時間を使って将棋を指していたのかと、相手を悲しませるようなことがあってはならない。


「、、待ったは、やめてくださいよ。先程の局面に戻せる指し手あるじゃないですか。1歩損しますけど。」


「…っ、、、ん?
あーそうか。分かった、
分かったって。はいこうすれば
いいんですね、たもる先生」

三林△8五歩、たもる▲同馬として、先程の同じ局面に戻った。


ギャラリーがヒソヒソ話をし始めた。
「なんか細かくない?」
「めんどくさくない?」

たもるのことを評しているのだろう。


だが、たもるには、
その声は一切届かないのであった。

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