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はじまり編
12.モブ令嬢は十五歳
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やっぱり人酔いしそう。シルヴィはルノーにエスコートされながら、出そうになる溜息を飲み込んだ。
今日は、ルノーの十五歳の誕生パーティーが開かれていた。パートナーを頼まれたシルヴィは、いつものように了承したので今一緒に歩いている。
それにしても、盛大だ。まぁ、今年の春にはファイエット学園に入学するので、入学祝いも含まれているのかもしれない。
日本の乙女ゲームだからか、設定は西洋の貴族社会的ではあるが、行事は日本のカレンダーと同じ。学園の入学も秋ではなく春なのだ。
「嫌だな」
「うん?」
「入学したくない。シルヴィも一緒においでよ」
「それは流石に無理だよ。私は来年だから」
最近はずっとこれだ。ファイエット学園は全寮制で、入学すると長期休暇にならなければ、家には帰れない。
「お手紙送るから」
ムスッとルノーが口をへの字に曲げる。もう十五歳でしょうに。とシルヴィは幼い子どものように駄々をこねるルノーに苦笑する。
それに、ルノーの中身は魔王なのだ。シルヴィは自分の方が精神年齢は年上だと思っていたこともあるが、断然ルノーの方が長生きだと思われる。まぁ、人間歴は十五年だからということにしておこう。
「おめでとう、ルノー」
「おめでとうございます、ルノー様」
フレデリクとジャスミーヌだった。二人は婚約者なので、フレデリクがジャスミーヌをエスコートしてやってくる。
「ありがとうございます」
「ごきげんよう、殿下。ジャスミーヌ様」
「あぁ、シルヴィ嬢も元気そうだな」
「ごきげんよう、シルヴィ様」
ゲームに出てくる二人そのままだった。ただ、フレデリクはゲームよりも随分と落ち着いた雰囲気をしている。ゲームでは確か、俺様キャラだった筈だ。一人称“俺様”の。
魔法を使うときは“俺様に跪け!!”とか言うのだ。まぁ、何だかんだでこう……憎めないキャラで一番人気だった。
「その、何だ。学科は離れてしまうが、お互いに学園生活を楽しもうではないか」
「来年にはシルヴィ様も入ってこられますものね」
「そうです。今から楽しみですわ」
ごめんなさい、嘘です。シルヴィは出来れば入学したくないと内心で泣いた。
よくよく考えれば、シルヴィはヒロインと同い年だと判明したのだ。つまり、シルヴィが入学するということは、ヒロインも入学する。ゲームが始まるのだ。
「そう、あと一年なのね」
ジャスミーヌがぽつりと呟く。どうやら、シルヴィと同じ事を考えたらしい。
ジャスミーヌに同じ転生者であることを言おうかと悩んだが、結局シルヴィは言えず仕舞いでここまで来てしまった。
どうせルノーのことは二人の秘密であるので、ジャスミーヌにも誰にも言うつもりはない。ならば、転生者であることも別に言う必要はないのでは? と毎回なるのだ。
「あと、一年もある。つまらない」
「お前……」
「学園は勉学に励む場ですわよ」
「知っているよ。まぁ、知識は嵩張らないからね。暇潰しにはなるかな」
フレデリクとジャスミーヌが何とも言えない顔をする。暇潰しに学園に通うのか、と。
「姉さん」
「あら、ディディエ」
ジャスミーヌの弟であるディディエがこちらにやってくる。その横には、眼鏡をかけた少年が一緒にいた。
ふわふわとした癖っ毛は、暗い金色をしている。つり目気味のラベンダーグレイの瞳が知的な印象を与えた。
「ルノー様、おめでとうございます」
「ありがとう」
「おめでとうございます、兄上」
「朝からずっと聞いてるよ、君のそれ」
ルノーは呆れたような視線を少年に向けた。
この少年は、ガーランド・ソア・フルーレスト。
ルノーは生きているが、魔力を失ってしまってはフルーレスト公爵家の後継には出来ないと、遠縁の親戚から本家であるここに養子として迎えられたのだ。ゲームとは違い、ガーランドが十一歳の時のことであった。
来た当初はシナリオ通り、ルノーと比べられ肩身の狭い思いをしていたらしい。シルヴィも庭園の隅で泣いているのを見かけたことがある。
何せこの兄。魔力は全くないと言うのに、変わらずチートなのである。身体能力が。
魔力がない者でも、騎士団に入ることは出来る。対魔の特殊な武器を使えば、魔法に対抗できたりするらしい。つまり、魔物とも戦える。それは、ゲームには出てこない設定だった。魔法科のことしか描かれないからだろう。
まぁ、ルノーが対魔の剣術を本格的に習い出したのは、面白そうとか暇潰しとかそういう理由なのだろうけれど。
多才な兄に嫉妬の視線を送っているのを見て、シルヴィも心配はした。しかし、何が切っ掛けだったのやら。いつの間にかこの通り、仲良くなっていたので安心したものだ。
「ごきげんよう、ディディエ様。ガーランド様」
「久しぶり、シルヴィ嬢」
「大丈夫ですか? シルヴィ姉上。お疲れなら、兄上と休憩してきてくださって構いませんよ」
「あの、ガーランド様。私達は同い年なので姉上はやめてくださいと再三申し上げていると思うのですが」
「いいんです。僕がそう呼びたいだけなので、お気になさらないで」
「気にします」
ある日、急にガーランドがシルヴィのことを“姉上”なんて呼ぶようになった。年齢は同じなうえに、爵位はガーランドの方が上。
何故なのかとシルヴィは戸惑ったし、嫌な予感がして毎回やめてくれと言っているのだが、聞き入れられない。
「オレはとても怖いです、姉さん」
「わたくしもよ。囲い込んできているわね」
ガイラン姉弟がこそこそと何か言っているが、シルヴィにはよく聞こえなかった。
シルヴィはルノーに名前を呼ばれて、ガーランドから視線をルノーへと向ける。それを確認してから、フレデリクはガーランドに声を掛けた。
「ガーランド、お前……」
「父上は頭が固くていらっしゃる。僕は姉上以外にはあり得ないと、そう判断したまでですよ」
「それは、まぁ……。俺も賛同するが。やり方があからさま過ぎないか?」
「それが……。シルヴィ姉上はぼんやりしているのか、しっかりされているのか読めない所がありまして。意図が伝わっているのかどうか怪しいところなんです」
「あぁ、なるほど。相も変わらず幼馴染みだったな。この二人は」
「そうです」
フレデリクとガーランドは、ルノーと何やら楽しそうに話しているシルヴィを見て、溜息を吐いた。早く婚約者に落ち着いてくれないだろうか、と。
「僕達は失礼しますよ」
「ん? どうかしたのか?」
「シルヴィが人酔いし出したので」
「ルノーくん、大丈夫よ。まだ、いけるわ。私やってみせる」
「うん。それはまた今度ね」
拳を握るシルヴィをルノーが軽く流す。それに、少し不服そうにしながらもシルヴィは「ストップ!」とルノーを止めた。
「壁際に行くなら、デザート持っていこう? ルノーくんの誕生日なんだもの。甘いの食べるでしょ?」
シルヴィの提案にルノーが俄に、そわっ……と嬉しそうな雰囲気になる。ルノーは出会った頃と変わらずに、甘いものが今でも好きなのだ。
「美味しそうなデザートが沢山並んでたもの。色々食べてみようよ」
「うん」
ふわふわと笑ったシルヴィに釣られるように、ルノーもゆるりと笑んだ。
「平和ですわね、殿下」
「そうだな。このままであって欲しいものだ」
「ディディエ、何か良い作戦はありませんか?」
「ないねー。オレもこっち方面は自信ないの。あるなら、オレが知りたいよ」
シルヴィはちらっと四人を見る。ゲームと全く同じ容姿。少しずつ変わってしまった性格。それぞれに、違う関係性。
ゲームから逸脱してしまった現実。そもそもが、隣の魔王様からしてシナリオは狂ってしまった。
「おいで、シルヴィ」
しかし、シルヴィはルノーの手を取ってしまうのだ。
この幼馴染みという関係性は思いの外、心地よくなってしまった。でもこれ以上、踏み込んではいけない。モブ令嬢には、ここまでだ。
シルヴィとルノーは人を避けて、会場の隅にある椅子に腰掛け一息ついていた。出来れば外の風にでも当たりたいが、今日は雪が凄いため寒くてバルコニーに出ることは出来なかった。
デザートを一通り制覇し、ルノーはとても満足そうだ。シルヴィも一口ずつルノーから分けて貰ったので、これが美味しい、あれも美味しいと、一緒に一通り楽しむことが出来た。
「ねぇ、ルノーくん」
「ん?」
「プレゼントあげる」
先ほどルノーが挨拶のために席を外した隙に、使用人に預けておいたプレゼントをシルヴィは受け取っていた。
「はい、おめでとう」
シルヴィから差し出されたプレゼントをルノーは「ありがとう」と受け取る。
シルヴィは毎年、手作りのお菓子を用意してくれていた。今年もそうだと思っていたルノーは、いつもと雰囲気の違う包装に、きょとんと目を瞬く。
中を見てみるとそれは、髪を纏めるためのリボンであった。
ルノーは髪を少し伸ばし、後ろで一つに纏める髪型を最近よくしていた。そのため、シルヴィはプレゼントにこれを選んだのだ。
深い紺色のリボンに、白金色の糸で丁寧な刺繍が施されている。ルノーは綺麗だと思った。
「それねぇ、作ってみたの」
「……?」
「その刺繍、私がしたのだけれど……。どうかな。変じゃない?」
少し照れ臭そうに、へらっと笑ったシルヴィを見て、ルノーは真顔でときめいた。
止まってしまったルノーに、シルヴィが首を傾げる。「ルノーくん?」と呼び掛けられて戻ってきたルノーは、心底幸せそうにうっとりと瞳を細めた。あぁ、本当に……。
ルノーはシルヴィに返事は返さずに、使っていた紐を解いた。そして、貰ったばかりのリボンで纏め直す。
漆黒の髪がルノーの手を離れて、さらっと揺れた。それにシルヴィは、相変わらず綺麗な漆黒だなぁ。と感嘆した。
「綺麗だよ、シルヴィ。大事に使うね」
「それは、良かったです」
「でも、そうだな。我が儘を言うなら、今度は……」
ルノーの手がシルヴィの方へと伸びてくる。シルヴィはそれを避けるでもなく、すんなりと受け入れた。
ルノーの指がシルヴィの髪に優しく触れる。スルッと持ち上げるように撫でながら「焦げ茶色」と口にした。ルノーの指からシルヴィの髪が逃げていく。
ルノーはそれは追いかけずに、手を更に動かしてシルヴィの頬に触れた。今度は親指でシルヴィの目元を緩く撫でながら「黄緑色」と続ける。
「この二色で作って欲しいな」
シルヴィはその“我が儘”に、目を丸めた。つまりは、シルヴィカラーのリボンが欲しいと言うことだ。それではまるで、恋人同士のようになってしまうではないか。
シルヴィは思わずジト目をルノーに向けてしまった。この魔王様は何を考えているのやら。幼馴染みに求めるものではない。
「そういうのは、婚約者に頼んでください」
「婚約者なんていないよ」
「出来た時に頼んでください」
「出来たとき……。ふぅん、そう。分かった。いいよ。その時に頼むから」
本当に分かったのだろうか。シルヴィはいまいち信用出来ないと何処か引っ掛かった。
「楽しみだな」
鼻歌でも歌い出しそうな程ご機嫌にルノーはそう呟いたのだった。
******
シルヴィは今年の春で十六歳になる。
あの誕生パーティーから既に一年が経とうとしていた。ルノーから貰った手紙は、そろそろ箱に入らなくなってきたが、もうすぐシルヴィも学園に通いだすので問題ないだろう。
「相変わらずだなぁ」
シルヴィは、ルノーからの手紙を読み終わり苦笑した。
ルノーが書く手紙の内容は楽しい学園生活などではなく、『つまらない』『暇だ』『飽きた』『春まで長い』などなど……。心配になる内容ばかりだった。
いったいどのような学園生活を送っているのやら。フレデリクやジャスミーヌが違う学科に通っているのも心配を助長させる。ストッパー役が不在だからだ。
時折、ジャスミーヌからも手紙を貰うのだが、遂に先日届いた手紙には『もうすぐ入学ですわね。とても楽しみです。本当に良かった。早く春になればよろしいのに。早く』という内容が書かれていて、最後の“早く”に不安を感じた。
自分が入学したって、どうにか出来る訳でもないのに……。とシルヴィは困ったのだが。まぁ、それはひとまず置いておくとして。
ルノーは売られた喧嘩は全て買う主義だ。もし魔力があったなら二、三度学園が爆発なんて事件もあったかもしれない。しかし、今は魔力を隠しているので、そんな問題は起こりようもない、はず。
いや、もしかしたら魔力がない分、喧嘩を売られる頻度が上がったりするのだろうか。相手を拳でボコボコにするルノーが浮かんでシルヴィは、本気で番長じゃん。と思った。
「どうしよう。ルノーくんが学園でも番長になってたら」
魔界で番長になれたのなら、学園で番長になるくらい余裕な気がする。いや流石にそんなこと……あるな。あの幼馴染みなら魔法科の生徒もボコボコに出来るもの。
シルヴィは、平和な学園生活が送れるのかどうなのか不安になってきた。
まぁ、ルノーからの手紙にもジャスミーヌからの手紙にも、不穏なことは書かれていなかったので、信じたいところではある。
「もうすぐ入学式……」
眺めていたルノーからの手紙を丁寧に封筒に入れ直して、シルヴィは手紙入れに仕舞う。
雪が降る窓の外へと視線を遣った。
「どうか、平和でありますように」
雪が溶ければ春になる。
【聖なる光の導きのままに】
ゲームが始まろうとしていた。
今日は、ルノーの十五歳の誕生パーティーが開かれていた。パートナーを頼まれたシルヴィは、いつものように了承したので今一緒に歩いている。
それにしても、盛大だ。まぁ、今年の春にはファイエット学園に入学するので、入学祝いも含まれているのかもしれない。
日本の乙女ゲームだからか、設定は西洋の貴族社会的ではあるが、行事は日本のカレンダーと同じ。学園の入学も秋ではなく春なのだ。
「嫌だな」
「うん?」
「入学したくない。シルヴィも一緒においでよ」
「それは流石に無理だよ。私は来年だから」
最近はずっとこれだ。ファイエット学園は全寮制で、入学すると長期休暇にならなければ、家には帰れない。
「お手紙送るから」
ムスッとルノーが口をへの字に曲げる。もう十五歳でしょうに。とシルヴィは幼い子どものように駄々をこねるルノーに苦笑する。
それに、ルノーの中身は魔王なのだ。シルヴィは自分の方が精神年齢は年上だと思っていたこともあるが、断然ルノーの方が長生きだと思われる。まぁ、人間歴は十五年だからということにしておこう。
「おめでとう、ルノー」
「おめでとうございます、ルノー様」
フレデリクとジャスミーヌだった。二人は婚約者なので、フレデリクがジャスミーヌをエスコートしてやってくる。
「ありがとうございます」
「ごきげんよう、殿下。ジャスミーヌ様」
「あぁ、シルヴィ嬢も元気そうだな」
「ごきげんよう、シルヴィ様」
ゲームに出てくる二人そのままだった。ただ、フレデリクはゲームよりも随分と落ち着いた雰囲気をしている。ゲームでは確か、俺様キャラだった筈だ。一人称“俺様”の。
魔法を使うときは“俺様に跪け!!”とか言うのだ。まぁ、何だかんだでこう……憎めないキャラで一番人気だった。
「その、何だ。学科は離れてしまうが、お互いに学園生活を楽しもうではないか」
「来年にはシルヴィ様も入ってこられますものね」
「そうです。今から楽しみですわ」
ごめんなさい、嘘です。シルヴィは出来れば入学したくないと内心で泣いた。
よくよく考えれば、シルヴィはヒロインと同い年だと判明したのだ。つまり、シルヴィが入学するということは、ヒロインも入学する。ゲームが始まるのだ。
「そう、あと一年なのね」
ジャスミーヌがぽつりと呟く。どうやら、シルヴィと同じ事を考えたらしい。
ジャスミーヌに同じ転生者であることを言おうかと悩んだが、結局シルヴィは言えず仕舞いでここまで来てしまった。
どうせルノーのことは二人の秘密であるので、ジャスミーヌにも誰にも言うつもりはない。ならば、転生者であることも別に言う必要はないのでは? と毎回なるのだ。
「あと、一年もある。つまらない」
「お前……」
「学園は勉学に励む場ですわよ」
「知っているよ。まぁ、知識は嵩張らないからね。暇潰しにはなるかな」
フレデリクとジャスミーヌが何とも言えない顔をする。暇潰しに学園に通うのか、と。
「姉さん」
「あら、ディディエ」
ジャスミーヌの弟であるディディエがこちらにやってくる。その横には、眼鏡をかけた少年が一緒にいた。
ふわふわとした癖っ毛は、暗い金色をしている。つり目気味のラベンダーグレイの瞳が知的な印象を与えた。
「ルノー様、おめでとうございます」
「ありがとう」
「おめでとうございます、兄上」
「朝からずっと聞いてるよ、君のそれ」
ルノーは呆れたような視線を少年に向けた。
この少年は、ガーランド・ソア・フルーレスト。
ルノーは生きているが、魔力を失ってしまってはフルーレスト公爵家の後継には出来ないと、遠縁の親戚から本家であるここに養子として迎えられたのだ。ゲームとは違い、ガーランドが十一歳の時のことであった。
来た当初はシナリオ通り、ルノーと比べられ肩身の狭い思いをしていたらしい。シルヴィも庭園の隅で泣いているのを見かけたことがある。
何せこの兄。魔力は全くないと言うのに、変わらずチートなのである。身体能力が。
魔力がない者でも、騎士団に入ることは出来る。対魔の特殊な武器を使えば、魔法に対抗できたりするらしい。つまり、魔物とも戦える。それは、ゲームには出てこない設定だった。魔法科のことしか描かれないからだろう。
まぁ、ルノーが対魔の剣術を本格的に習い出したのは、面白そうとか暇潰しとかそういう理由なのだろうけれど。
多才な兄に嫉妬の視線を送っているのを見て、シルヴィも心配はした。しかし、何が切っ掛けだったのやら。いつの間にかこの通り、仲良くなっていたので安心したものだ。
「ごきげんよう、ディディエ様。ガーランド様」
「久しぶり、シルヴィ嬢」
「大丈夫ですか? シルヴィ姉上。お疲れなら、兄上と休憩してきてくださって構いませんよ」
「あの、ガーランド様。私達は同い年なので姉上はやめてくださいと再三申し上げていると思うのですが」
「いいんです。僕がそう呼びたいだけなので、お気になさらないで」
「気にします」
ある日、急にガーランドがシルヴィのことを“姉上”なんて呼ぶようになった。年齢は同じなうえに、爵位はガーランドの方が上。
何故なのかとシルヴィは戸惑ったし、嫌な予感がして毎回やめてくれと言っているのだが、聞き入れられない。
「オレはとても怖いです、姉さん」
「わたくしもよ。囲い込んできているわね」
ガイラン姉弟がこそこそと何か言っているが、シルヴィにはよく聞こえなかった。
シルヴィはルノーに名前を呼ばれて、ガーランドから視線をルノーへと向ける。それを確認してから、フレデリクはガーランドに声を掛けた。
「ガーランド、お前……」
「父上は頭が固くていらっしゃる。僕は姉上以外にはあり得ないと、そう判断したまでですよ」
「それは、まぁ……。俺も賛同するが。やり方があからさま過ぎないか?」
「それが……。シルヴィ姉上はぼんやりしているのか、しっかりされているのか読めない所がありまして。意図が伝わっているのかどうか怪しいところなんです」
「あぁ、なるほど。相も変わらず幼馴染みだったな。この二人は」
「そうです」
フレデリクとガーランドは、ルノーと何やら楽しそうに話しているシルヴィを見て、溜息を吐いた。早く婚約者に落ち着いてくれないだろうか、と。
「僕達は失礼しますよ」
「ん? どうかしたのか?」
「シルヴィが人酔いし出したので」
「ルノーくん、大丈夫よ。まだ、いけるわ。私やってみせる」
「うん。それはまた今度ね」
拳を握るシルヴィをルノーが軽く流す。それに、少し不服そうにしながらもシルヴィは「ストップ!」とルノーを止めた。
「壁際に行くなら、デザート持っていこう? ルノーくんの誕生日なんだもの。甘いの食べるでしょ?」
シルヴィの提案にルノーが俄に、そわっ……と嬉しそうな雰囲気になる。ルノーは出会った頃と変わらずに、甘いものが今でも好きなのだ。
「美味しそうなデザートが沢山並んでたもの。色々食べてみようよ」
「うん」
ふわふわと笑ったシルヴィに釣られるように、ルノーもゆるりと笑んだ。
「平和ですわね、殿下」
「そうだな。このままであって欲しいものだ」
「ディディエ、何か良い作戦はありませんか?」
「ないねー。オレもこっち方面は自信ないの。あるなら、オレが知りたいよ」
シルヴィはちらっと四人を見る。ゲームと全く同じ容姿。少しずつ変わってしまった性格。それぞれに、違う関係性。
ゲームから逸脱してしまった現実。そもそもが、隣の魔王様からしてシナリオは狂ってしまった。
「おいで、シルヴィ」
しかし、シルヴィはルノーの手を取ってしまうのだ。
この幼馴染みという関係性は思いの外、心地よくなってしまった。でもこれ以上、踏み込んではいけない。モブ令嬢には、ここまでだ。
シルヴィとルノーは人を避けて、会場の隅にある椅子に腰掛け一息ついていた。出来れば外の風にでも当たりたいが、今日は雪が凄いため寒くてバルコニーに出ることは出来なかった。
デザートを一通り制覇し、ルノーはとても満足そうだ。シルヴィも一口ずつルノーから分けて貰ったので、これが美味しい、あれも美味しいと、一緒に一通り楽しむことが出来た。
「ねぇ、ルノーくん」
「ん?」
「プレゼントあげる」
先ほどルノーが挨拶のために席を外した隙に、使用人に預けておいたプレゼントをシルヴィは受け取っていた。
「はい、おめでとう」
シルヴィから差し出されたプレゼントをルノーは「ありがとう」と受け取る。
シルヴィは毎年、手作りのお菓子を用意してくれていた。今年もそうだと思っていたルノーは、いつもと雰囲気の違う包装に、きょとんと目を瞬く。
中を見てみるとそれは、髪を纏めるためのリボンであった。
ルノーは髪を少し伸ばし、後ろで一つに纏める髪型を最近よくしていた。そのため、シルヴィはプレゼントにこれを選んだのだ。
深い紺色のリボンに、白金色の糸で丁寧な刺繍が施されている。ルノーは綺麗だと思った。
「それねぇ、作ってみたの」
「……?」
「その刺繍、私がしたのだけれど……。どうかな。変じゃない?」
少し照れ臭そうに、へらっと笑ったシルヴィを見て、ルノーは真顔でときめいた。
止まってしまったルノーに、シルヴィが首を傾げる。「ルノーくん?」と呼び掛けられて戻ってきたルノーは、心底幸せそうにうっとりと瞳を細めた。あぁ、本当に……。
ルノーはシルヴィに返事は返さずに、使っていた紐を解いた。そして、貰ったばかりのリボンで纏め直す。
漆黒の髪がルノーの手を離れて、さらっと揺れた。それにシルヴィは、相変わらず綺麗な漆黒だなぁ。と感嘆した。
「綺麗だよ、シルヴィ。大事に使うね」
「それは、良かったです」
「でも、そうだな。我が儘を言うなら、今度は……」
ルノーの手がシルヴィの方へと伸びてくる。シルヴィはそれを避けるでもなく、すんなりと受け入れた。
ルノーの指がシルヴィの髪に優しく触れる。スルッと持ち上げるように撫でながら「焦げ茶色」と口にした。ルノーの指からシルヴィの髪が逃げていく。
ルノーはそれは追いかけずに、手を更に動かしてシルヴィの頬に触れた。今度は親指でシルヴィの目元を緩く撫でながら「黄緑色」と続ける。
「この二色で作って欲しいな」
シルヴィはその“我が儘”に、目を丸めた。つまりは、シルヴィカラーのリボンが欲しいと言うことだ。それではまるで、恋人同士のようになってしまうではないか。
シルヴィは思わずジト目をルノーに向けてしまった。この魔王様は何を考えているのやら。幼馴染みに求めるものではない。
「そういうのは、婚約者に頼んでください」
「婚約者なんていないよ」
「出来た時に頼んでください」
「出来たとき……。ふぅん、そう。分かった。いいよ。その時に頼むから」
本当に分かったのだろうか。シルヴィはいまいち信用出来ないと何処か引っ掛かった。
「楽しみだな」
鼻歌でも歌い出しそうな程ご機嫌にルノーはそう呟いたのだった。
******
シルヴィは今年の春で十六歳になる。
あの誕生パーティーから既に一年が経とうとしていた。ルノーから貰った手紙は、そろそろ箱に入らなくなってきたが、もうすぐシルヴィも学園に通いだすので問題ないだろう。
「相変わらずだなぁ」
シルヴィは、ルノーからの手紙を読み終わり苦笑した。
ルノーが書く手紙の内容は楽しい学園生活などではなく、『つまらない』『暇だ』『飽きた』『春まで長い』などなど……。心配になる内容ばかりだった。
いったいどのような学園生活を送っているのやら。フレデリクやジャスミーヌが違う学科に通っているのも心配を助長させる。ストッパー役が不在だからだ。
時折、ジャスミーヌからも手紙を貰うのだが、遂に先日届いた手紙には『もうすぐ入学ですわね。とても楽しみです。本当に良かった。早く春になればよろしいのに。早く』という内容が書かれていて、最後の“早く”に不安を感じた。
自分が入学したって、どうにか出来る訳でもないのに……。とシルヴィは困ったのだが。まぁ、それはひとまず置いておくとして。
ルノーは売られた喧嘩は全て買う主義だ。もし魔力があったなら二、三度学園が爆発なんて事件もあったかもしれない。しかし、今は魔力を隠しているので、そんな問題は起こりようもない、はず。
いや、もしかしたら魔力がない分、喧嘩を売られる頻度が上がったりするのだろうか。相手を拳でボコボコにするルノーが浮かんでシルヴィは、本気で番長じゃん。と思った。
「どうしよう。ルノーくんが学園でも番長になってたら」
魔界で番長になれたのなら、学園で番長になるくらい余裕な気がする。いや流石にそんなこと……あるな。あの幼馴染みなら魔法科の生徒もボコボコに出来るもの。
シルヴィは、平和な学園生活が送れるのかどうなのか不安になってきた。
まぁ、ルノーからの手紙にもジャスミーヌからの手紙にも、不穏なことは書かれていなかったので、信じたいところではある。
「もうすぐ入学式……」
眺めていたルノーからの手紙を丁寧に封筒に入れ直して、シルヴィは手紙入れに仕舞う。
雪が降る窓の外へと視線を遣った。
「どうか、平和でありますように」
雪が溶ければ春になる。
【聖なる光の導きのままに】
ゲームが始まろうとしていた。
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私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
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