モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

文字の大きさ
27 / 170
ファイエット学園編

14.魔王と魔物の取引

しおりを挟む
 たわいもない。ルノーは蹴り飛ばした魔物の腹に足を置いてそう思った。少し体重を乗せてやれば、魔物は苦しさと恐怖にガタガタと震えだす。何とも無様なことだ。

「君は良い度胸をしている」
「ギ、ィ……」
「僕はね? あの子との時間を邪魔されるのが、一番嫌いなんだ」

 ルノーの物騒に細められた瞳は、ほの暗い怒気を孕んでいる。しかし、口調はどこまでも穏やかであった。それが、怖さを助長させている。

「心底、腹立たしい」

 ルノーはそう言うと、魔王よろしく瞠いた瞳に殺意を滲ませた。
 瞬間、《申し訳ありませんでしたぁあ!!》と目の前の魔物が喋った。それに、ルノーが一瞬動きを止める。
 肌を焼くような殺気が緩まったのを感じて、魔物が《誠に申し訳ございませんでした。もうしません。絶対にしません》と続けた。
 ルノーは、きょとんと目を瞬く。そして、一変して興味深そうに魔物を観察し出した。まじまじと見られて、魔物が縮こまる。

「へぇ」

 ルノーが、然も面白いと言いたげな声を出した。ルノーはこの人間の姿で魔物の言葉が分かるとは流石に思っていなかったのだ。
 魔物同士であれば、勿論会話が成立する。しかし、人間と魔物で意志疎通が出来ている所をルノーは、ドラゴンの姿であった時から見たことがなかった。
 この姿になってから初めて魔物と会ったために、ルノーは会話が成立することを今知った。あまり感じた事はないが、本体であるドラゴンと少しは繋がっているということか。

「いいね。これは、便利だ」

 満足げに笑ったルノーに、魔物は不思議そうな顔をする。そして《あれ? 言葉が通じてます?》と溢した。
 それにルノーは返事をすることなく、どう利用しようかと顎に手を当てる。

「消そうと思っていたけど、役に立てると言うなら生かしておいてあげよう。どうする?」
《なんなりとご命令ください!》
「そう。殊勝なことだね。いい子は嫌いじゃないよ」

 魔界のルールは、単純明快。勝った方が正しい。勝者に従え。力こそが全てなのである。

「最近、自棄に騒いでいるらしいね。どうして?」
《消えていた魔王様の魔力を感知したのです》
「魔王……」
《助太刀せねばなりません!》
「いらない」
《へぁ!?》

 魔物に、何故お前がそんな事を言うのか。という目で見られて、ルノーは面倒そうに溜息を吐いた。

「邪魔なだけだよ。自分のことは自分でする。余計なことはするなと他のにも伝えておいて」
《え? えぇ!?》
「他にも聞きたいことがあるけど……。そろそろ殿下辺りが動きそうだな」

 ルノーは、フレデリクの方を一瞥する。

「面倒事は持ってくるな。昔、そう言っておいたよね?」
《ははは、はい》
「あぁ、でもあの子が不安がっていたな」

 ルノーは先程のシルヴィの様子を思い出して、苛立ちがぶり返したようだ。ピリッとした雰囲気を感じ取って、魔物はやはりここで死ぬかもしれないと覚悟した。

「魔物達にもう1つ伝えてくれる?」
《何をでしょうか》
「騒ぐなら首が飛ぶ覚悟をするように、と」
《御意に!》
「うん」

 魔物がガクガクと再び震えだす。振動が煩わしかったので、ルノーは魔物から足を降ろした。そこで、はたとある事を思い付く。

「ねぇ、噂好きの魔物がいたと記憶しているんだけど」
《……? あぁ! はい、おります》
「それを連れてきてくれる? 少し、欲しい情報があるんだ」
《お任せください》
「うん。くれぐれも他の人間には勘づかれないようにね」
《御意に》

 もう行けというルノーの視線に、鳥型の魔物は一度平伏する。そして、羽を広げてフラフラと飛び立った。
 その後ろ姿にルノーは「君も、首が飛ぶのは嫌だろ?」と笑んだ。役立たずはいらない。そういう事だった。
 ルノーは踵を返すと、シルヴィが待つ席へと歩きだす。面倒なのでフレデリクと目が合わないように、シルヴィだけを見つめる事にした。
 何故か俯いてしまったシルヴィに、ルノーは一抹の不安を抱いてしまう。まさかとは思うが、怪我などしていないだろうな、と。

「シルヴィ」
「はい!?」

 声を掛けると、シルヴィは弾かれたように顔を上げる。それに驚いてルノーは、一瞬きょとんとしてしまった。
 怪我をしたのかと問えば、シルヴィは首を左右に振った。あまりに勢いよく首を振るモノだから、頭がそのまま取れてしまいそうだとルノーは心配になる。
 そのため、それ以上は何も言わない事にして席に座ろうと、視線を椅子があった場所に向ける。しかし、そこに椅子はなかった。

「椅子がない」
「お前が投げたからな」

 フレデリクにそう言われて、そういえばそうだったなとルノーは思い出す。

「あの程度で壊れる椅子が悪いのでは?」
「椅子が壊れる威力で投げたお前が悪い」
「僕のせいにしないでください」

 ルノーが不服そうにムスッと口をへの字に曲げる。それを見て、フレデリクが溜息を吐いた。

「あそこは、俺達に任せる場面だった」
「何故です?」
「相手は魔物だぞ。何を考えてる」

 流石にフレデリクもルノーを心配していたらしい。それはそうだ。普通は魔力なしが対魔の剣も所持していない状況で、魔物に向かっていくなんてことはしない。危険すぎるからだ。
 しかし、ルノーは違う。ゆるりと余裕を滲ませ笑ったルノーに、フレデリクは気に食わなさそうにムッと眉根を寄せた。

「あの程度、騒ぐほどのことではありませんよ」
「お前はまたそうやって」
「やはりこうなる」
「何だと?」
「別に何も」

 どうしてこうもフレデリクは口煩いのか。面倒そうに視線を逸らしたルノーに、フレデリクは更に小言を言おうと口を開けた。
 しかし、フレデリクが言葉を発するよりも先に「ルノーくんは凄いね」とシルヴィが言ったものだから、フレデリクは何も言えずに口を閉じるしかなかった。

「お手柄ですよね?」

 首を傾げたシルヴィに、フレデリクは間違ってはいないので首を縦に振る。それに、シルヴィの瞳が嬉しそうに弧を描いた。

「ルノーくん、とっても素敵よ」

 シルヴィの言葉を反芻して、咀嚼する。シルヴィだけだ。シルヴィだけが、こんなにも一瞬でルノーを浮わついた気持ちにさせる。

「でも、あまり無茶しないでね。心配するから」
「心配……」
「そう。分かった?」
「うん」

 フレデリクの気持ちを代弁するように、シルヴィがルノーにやんやりと注意をする。それにルノーが素直に頷いたので、シルヴィはニコッと笑んだ。
 俺の言うこともそれくらい素直に聞いて欲しいものだ。と、フレデリクは溜息を吐く。しかしシルヴィの言う通り“お手柄”ではあるので、それ以上は口を噤むことにした。

「僕の言った通りだっただろ?」
「うん?」
「“心配はしなくていい”」
「あぁ、うん。そうだね」

 シルヴィはどこか困ったように眉尻を下げながらも笑った。やはり、まだ不安なのだろうか。ルノーは今度魔物が喧嘩を売ってきたら、問答無用で首を刎ねることに決めた。態々警告までしてあげたのだから。

「ん? あぁ、どうやら警備の者が来たらしいな」

 俄に騒がしくなった方へと顔を向け、フレデリクがそう言う。ルノーは今更かと呆れたように溜息を吐いた。

「悠長なことです」
「たしかに、少々遅い到着ではあるな。学園長に進言するべきか……」

 フレデリクが皇太子の顔をする。それに、アレクシが「殿下、やはり学園の警備をもう少し増やすべきです」と話し出した。それにディディエとガーランドまで加わる。
 しかしルノーは特に興味がないのか、椅子を探して辺りをキョロキョロし出した。それにシルヴィが気づいて「食堂の人に余ってる椅子がないか聞いてこようか?」と首を傾げる。

「僕が聞いてくるよ」
「そう?」
「うん、少し待ってて」
「待て! ルノー!」

 食堂に向かって歩き出そうとしたルノーをフレデリクが止める。ルノーは煩わしそうにしながらもフレデリクの方を見た。

「お前は今から学園長室だ」
「どうしてです?」
「魔物を退けた当事者だろう。報告に参加してもらうぞ」
「いやです」
「なに!?」

 ルノーが心底嫌そうに顔をしかめる。そもそもルノーは、シルヴィとの昼食を邪魔されないために魔物を蹴り飛ばしたのだ。であるのに、今から学園長室? ふざけている。

「昼食の途中ですので」
「この状況で昼食を続けるつもりか!?」
「まぁ、ルノー先輩なら普通にそうするよね~」
「兄上ですからね」
「流石です」

 後ろの声にフレデリクが少し負けそうになる。しかし、ここはフレデリクとて譲るわけにはいかなかった。

「報告が終わってからでは駄目なのか」
「駄目です」
「ならば、目撃者としてシルヴィ嬢にも同行して貰うのはどうだ」
「それは、」

 ルノーがシルヴィの方へと視線を遣る。それならば、確かにシルヴィを一人にすることもないし、後で昼食の仕切り直しができる。できるが、それでは……。ルノーの葛藤に気付いたのはシルヴィだった。
 シルヴィは、あぁ、なるほど。と一つ頷く。この問題さえ何とかしてくれるなら、ルノーは動くなと感じた。

「少しよろしいですか?」
「ん? あぁ、勿論だ」
「ケーキが食べられなくなってしまいます」
「は?」

 思ってもいなかった発言に、フレデリクは目を瞬く。シルヴィは至極真面目に続けた。「食後に苺が沢山乗ったケーキが食べられるなら、行くよね? ルノーくん」、と。
 全員の視線がルノーに集まる。ルノーは「シルヴィのチョコレートケーキもあるなら」とフレデリクに注文した。

「分かった。ケーキだな。残しておいて貰う」
「では、さっさと行きましょう」

 それならばと、ルノーは納得してシルヴィの横に立つ。恭しく「行こう、シルヴィ」と手を差し出した。その手を取って、シルヴィは立ち上がる。
 その様子を見て、フレデリクは溜息を吐き出した。そして、目元を手で覆い隠す。そのまま疲れたように天を仰いだのだった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

オマケなのに溺愛されてます

浅葱
恋愛
聖女召喚に巻き込まれ、異世界トリップしてしまった平凡OLが 異世界にて一目惚れされたり、溺愛されるお話

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...