モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

文字の大きさ
33 / 170
ファイエット学園編

20.モブ令嬢と分岐点2

しおりを挟む
 何があったんだろうなぁ。なんて、シルヴィはぼんやりと景色を眺めながらそんな事を考えた。
 ここはフルーレスト公爵邸の植物園。いつものベンチにルノーは座っている。そして、その膝の上にシルヴィは乗せられていた。
 後ろからルノーが抱き締めてくるせいで、身動きがとれない。シルヴィは暇を持て余して、何故こんなことになっているのか理由を考えることにした。
 サマーバケーションに入り、シルヴィが家に帰るタイミングに合わせて、ルノーもここフルーレスト公爵邸に帰った。そして、シルヴィを急に呼び出してこれだ。
 うーん……。分からない。シルヴィは答えを探して、学園での会話を思い出してみることにした。たしか、花を植えた日にジャスミーヌがサマーバケーションの話題を出していたはず。
 そう言えば、父親であるフルーレスト公爵に嫌がらせをするとか言っていた。それが、上手くいかなかったのだろうか。いや、流石にそんな理由ではないはず。
 シルヴィは困り果てて、本人に直接聞くことにした。答えてくれるかは定かではないが。

「ルノーくん?」
「…………」
「ルノーくーん」

 ルノーの返事がない。何がそんなに気に食わないのか。シルヴィはルノーが、かなり不機嫌だということだけは理解した。

「……本を」
「ほん?」
「読み終わった」

 何の話なのかとシルヴィは記憶を探る。そして、ルノーが【ボクとキミの大冒険】という物語を読んでいた事を思い出した。
 不機嫌の原因はそれらしい。なるほど。ルノーの望む結末ではなかったようだ。しかし不機嫌になっているということは、理解は出来たということだろうか。
 ルノーはそれきり黙ってしまった。シルヴィは考える。たしかに、あの物語の結末は賛否が別れるものだろう。
 主人公である“ボク”は、大冒険の果てに“キミ”の所に辿り着く。現実味のない美しい花畑で二人は再会を果たすのだ。

「“どうして来てしまったの?”」

 物語で“キミ”が開口一番放った台詞。それに、ルノーが微かに反応を返した。シルヴィは気にせず続ける。

「“ボクは、キミに会いたかった。もう一度、会いたかったんだ”」

 涙を流す“ボク”に、“キミ”は困った顔を返す。“ボク”も“キミ”も分かっていた。この大冒険で“ボク”には大切なものが沢山出来てしまったことを。“キミ”以外に。

「“ボクは、ボクはまだ……”」
「いやだ!」

 急にルノーが大きな声を出したものだから、シルヴィは驚いて口を閉じる。ルノーがシルヴィを抱き締める力を強めた。まるで、縋るように。

「……いやだ」
「そっかぁ。ルノーくんはいやだと思ったんだ」
「僕は、」
「うん」

 言い淀む気配に、シルヴィは急かすでもなくルノーの言葉をただ待った。
 この物語は、『ある日、“キミ”がいなくなった。』なんて唐突な一文から始まる。どこにも言及はされない。しかし、多分“キミ”はこの世からいなくなってしまったのだろうとシルヴィは思っていた。
 大切なものが“キミ”しかいなかった“ボク”は、ひたすらに“キミ”を探した。しかし、大冒険の果てに彼は他にも大切なものを見つけてしまったのだ。それに、“キミ”は喜んだ。どうか幸せになって欲しい、と。

「いやだ……」
「幸せに、なって欲しいけどな。私も」
「僕を置いて行くの?」

 思ってもみなかった言葉に、シルヴィは目を瞬いた。この魔王様は、いつの間にこんな寂しがり屋になってしまったのやら。
 この物語では、“ボク”と“キミ”は別れを選ぶ。それもまた幸せの形であり、二人がお互いに幸せだと思ったのならハッピーエンドだろうとシルヴィは感じた。
 しかし、ルノーは違ったらしい。

「やっと見つけたのに、自分から手を離すなんて“ボク”は頭がおかしい」
「なるほど」
「“キミ”も勝手だ」

 拗ねたような声音だった。それに、シルヴィは思わず笑ってしまう。ルノーは物語の“キミ”のことを言っている筈なのに、まるでシルヴィが責められているような気分になってきた。

「じゃあ、ルノーくんは意地でも離れないの?」
「うん」
「強い意志を感じる」
「当たり前なことを言わないでよ」

 ルノーならば、本気でそうしそうだなとシルヴィは思った。けれど、きっとルノーにも大切なものは沢山出来るのだろう。シルヴィ以外にも沢山。そうであって欲しいと願う。
 いつか離れるだろう手を今は、今だけは、シルヴィがしっかりと握っておくことにした。魔王様が寂しくないように。これも幼馴染み特権ということで。少しくらいは許されるだろう。

「うん。なら、一緒にいようよ」
「ほんとうに?」
「勿論! だって、そう約束したでしょ?」

 幼い頃にした拙い約束。ルノーは、まさかシルヴィがいまだに覚えていてくれているとは思っていなかった。自分だけではない。シルヴィも守ってくれる気があるらしい。
 その事実に、ルノーはうっとりと目を細めた。クラクラとする。この煩く鳴る心音がシルヴィに伝われば、少しは意識してくれるのだろうか。そんな幻想を抱いてしまう。
 思わずルノーは、力を入れすぎた。シルヴィが苦しそうな声を出したので、慌てて抱き締める力を緩める。人間の体が弱いのか。シルヴィが弱いのか。
 直ぐに折れてしまいそうで、ルノーはたまに怖くなる。常に触れておかなければ、力加減を忘れそうなのだ。だからシルヴィが嫌がらない限りは、ルノーはシルヴィに触れることにしていた。他者がシルヴィに触れるのは、許されないが。

「シルヴィ」
「うん?」
「ずっと一緒にいてね」
「うん、いいよ」

 シルヴィは知らない。この約束がどれ程までに重いものなのかを。
 ルノーは知らない。この約束が果たされることはないのだろうとシルヴィが思っていることを。

「大冒険の続きは二人でしよう」
「続くの?」
「折角だもの! お花畑がどこまであるのか確かめるとかどうかな?」

 物語では、二人は花畑で再会する。シルヴィはそれを言っているのだろう。別離を選ばないのであれば、そのまま花畑を冒険しよう。そういうことのようだ。
 果たして、その花畑は現実世界のものなのだろうか。違うのであれば、その花畑には終わりなどないかもしれない。永遠に続く花畑。ルノーだけであれば、一瞬で飽きてしまうだろうことは明らかだった。しかし、二人でというのなら。
 二人で花畑を冒険している姿を想像しているのか、シルヴィがウキウキと体を揺らす。ルノーからはシルヴィの顔は見えないが、絶対に楽しそうな表情をしていることは確かだった。

「フッ、そうだね。そうしよう」
「きっと、楽しいわ!」
「うん。……うん、きっと。シルヴィと一緒なら楽しいよ」

 どんなことでも。どんな場所でも。ルノーはシルヴィと一緒ならば、きっと悪くはないのだろうと頬を緩める。

「でしょう? ルノーくんと一緒なら素敵な大冒険になると思うの!」

 急にルノーは惜しくなった。シルヴィはいったいどんな表情を浮かべているのだろうか、と。
 シルヴィは急にルノーが離れたので、不思議に思って振り向いた。至近距離で目が合って、きょとんと目を丸める。

「ルノーくん?」
「続けて、シルヴィ」
「うん?」
「あぁ、いや。お茶とお菓子を用意させよう。そうすれば、もっと君といられる」

 ルノーがシルヴィの括ってある髪に触れる。梳くように動かせば、スルッとルノーの手から逃げていった。

「この後の予定は?」
「特に、ないけれど……」
「いや?」

 こてりと首を傾げたルノーに、シルヴィは困ったように笑った。答えなど知っているくせに、と。

「いいよ」
「うん」

 ルノーはシルヴィの答えに、満足そうに笑んだのだった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

オマケなのに溺愛されてます

浅葱
恋愛
聖女召喚に巻き込まれ、異世界トリップしてしまった平凡OLが 異世界にて一目惚れされたり、溺愛されるお話

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...