モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

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ファイエット学園編

43.魔王と光の乙女

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 どうせだから、首を貰っておこうかな。ルノーはそう決めて、問答無用で指を鳴らした。刃となった風が複数、光の乙女へと向かっていく。
 光の乙女に当たると思ったのだが、風は体をすり抜け、後ろの瓦礫を切り裂いた。派手な音が鳴り響く。どうやら、透けているように見えているのは間違いではないようだ。
 あれは、本気で亡霊らしい。既に死んでいるのなら、もはや相手にする意味もない。急激に興味がなくなっていった。

「じゃあ、いいや」

 ルノーはプイッと光の乙女から視線を外す。本体とどうやって融合しようかと、思案するように顎に手を添えた。
 人の話も碌に聞かずに、攻撃するだけ攻撃しておいて、この態度は何だと光の乙女は頬を引き攣らせた。視線どころか、体の向きさえも完全にドラゴンの方を向いている。

『失礼なのではありませんか?』

 至って冷静に光の乙女はそう言った。しかし、ルノーは一瞥さえもしない。居ないものとして扱われているのだと察して、光の乙女はルノーに近付いた。

『人の話を聞きなさい。常識でしょう』
「…………」
『貴方が魔王だと言うことは分かっています。人間界を滅ぼすつもりなのですか? 何故そのような事をするの。やめなさい』

 こんこんと説教のようなことを言い出した光の乙女に、ルノーは溜息を吐いた。何のために出てきたのだろうか。この女は。

「興味ないよ。どうして僕がそんな面倒なことをしなければならないの?」
『……はい?』

 視線は本体であるドラゴンに向けたまま、ルノーはそれだけ返してやった。これで、大人しくなるだろうか。
 口を塞ごうにも攻撃が当たらないのでは、どうすることも出来ないではないか。面倒だ。強制的に静かにさせられないのは。

『では、いったい何をしに来たのですか?』
「……手に入れるためだよ」
『何を?』
「あの子の全てを」

 特別な響きを孕んでいた。“あの子”が出てきた瞬間に、撒き散らしていたルノーの殺気が治まる。別人のように穏やかな瞳をしたルノーを見て、光の乙女は目を瞬いた。

「騒ぐだけなら帰ってくれる? 邪魔だから」
『“愛”ですか?』
「……?」
『貴方も愛のために来たのですね』

 この女も頭のおかしい事を言うのか。いや、元々そうだったなとルノーは呆れを顔に滲ませた。付き合っていられない。

『その子の事が大切なのでしょう? 好きなのでしょう? 愛しているのでしょう?』

 その言葉に、今度はルノーがきょとんと目を瞬いた。思わず、光の乙女へと視線を向ける。「そう、だけど」なんて辿々しい返事になってしまった。

『それは、紛れもない“愛”でしょう?』

 そうなのだろうか。このドロドロとした欲深な感情を人間は“愛”と呼ぶというのか。
 それならば、あの時のことも理解は出来るかもしれない。この感情のためなら、シルヴィのためなら、何を犠牲にしても構わないと思う。自分の命さえも。

『何と美しいのかしら。愛が魔王を変えたのですね。あれ程までに邪悪であったのに』
「……何の話?」
『世界を征服しようとしていたではありませんか! それが、平和に目覚めるなんて』
「あれは僕ではないよ。金色と白金色の区別もつかないの? 医者に目を見て貰った方がいいね」

 驚くほど冷たく吐き捨てられて、光の乙女は目を真ん丸にして固まった。ルノーはそれを無視して話を続ける。

「それにしても、平和か。全てを美徳にして、築いた平和。いいね。酷く人間らしい」
『何という言い方を……!』
「僕には関係ないからね」
『関係あるでしょう。それとも、“あの子”は平和を望んでいないと?』
「“平和が一番”らしいよ。だから、何もしてないだろ? あの子が望んでいるなら、とっくの昔に征服でも滅亡でもやってる」
『何ですって!?』

 何と危険なのだろうか。光の乙女は信じられないという顔でルノーを凝視する。やはり魔王は魔王でしかないというのか。このままでは人間界が危ないと、光の乙女はルノーを睨み据えた。

『良いですか? その方が間違った道に進もうとしているのであれば、止めるべきです』
「どうして?」
『その方に幸せになって欲しいでしょう? 愛とはそういうことです。純粋で綺麗な感情なのですよ』
「ふぅん……。じゃあ、これは“愛”とやらではないよ。僕のこれは、もっと毒々しい」
『それは、どういう……』
「善悪など些末なことだ。“それでいいなら、それがいい”のさ。あの子が望むなら堕ちるところまで一緒に堕ちよう」

 最初はそうではなかった気もする。この汚く醜い世界を“綺麗”だと言うシルヴィが気になった。そんなシルヴィが一番“綺麗”だと思ったのだ。だから、ずっと見ていたい気持ちになった。しかし……。

「もう手遅れだよ。あの子が“綺麗”だと言うものが、僕にとっても“綺麗”なのだから」

 それが例え、王都を焼く炎だったとしても。シルヴィが瞳を輝かせて、煌めかせて、喜ぶのなら、“綺麗”だと言うのなら、それがルノーの全てだ。
 人間の倫理観など自分に問われても困る。そもそも持ち合わせていないのだ。フレデリクは諦め悪く、口煩く言ってくるが……。

「僕に良心を見たのなら、それはあの子のモノだよ。あの子が嫌がることはしないと決めているからね」

 光の乙女が『……壊れている』と顔に恐怖を滲ませた。それに、ルノーはゆったりとした笑みを返す。

「僕は正常だよ。君の方がおかしい」
『いいえ! 貴方は間違っています!』
「話にならないな。理解する気がないなら、もう終わりにしよう。僕にもないのだから」
『待ちなさい! 私は平和を守らねばならない!』
「僕にそれを言っても無意味だ。さっきも言ったけど、興味ないよ。あの子が望むなら、話は別だけど」
『あの子……。あの子はいい子ですか?』
「さぁ? どうだろうね?」

 光の乙女はやきもきしながら、ルノーを見る。しかし、何かに気づいたのか思案するように黙った。それに、ルノーは首を傾げる。

『先程から“興味ない”と言っていますよね? それに“僕ではない”とはどういう……。金色と白金色の違い? まさか、そんなこと』
「今更? 本当に気づいてなかったの?」
『べ、別のドラゴンなのですか?』
「そうだよ。これは呆れた」
『では、人間界を破壊して回っていたドラゴンは何処に?』
「あぁ、あの金色のドラゴンなら配下になれと煩くてね。喧嘩を売ってきたから買ったよ。魔界のマグマに沈めたから、今頃はマグマの下かな」
『嘘でしょう……』
「本当だよ。もしかして、敵討ちに自分で殺りたかったの? それは悪いことをしたね」

 絶対に思っていない顔で、ルノーがさらっとそんなことを言う。光の乙女は様々な衝撃で、その場に膝から崩れ落ちた。
 ルノーの話が本当であるならば、あの戦いには何の意味があったのだろうか。怖くなかった訳がない。傷だらけになって、命まで掛けたというのに。
 ルノーはやっと静かになったと、光の乙女から視線を本体へと戻す。それにしても、どうしようか。色々と考えてはきたが、どれも無理そうだった。何故なら闇魔法が使えないから。想定していた中で、一番最悪の事態だった。

「困ったな」
『……早く戻れば良いでしょう。貴方が戻らなければ、目覚めませんよ』
「どういう意味?」
『そのままの意味です。意識の主導権が今は貴方にありますから。ドラゴンは深く眠っている状態なのです』
「へぇ……」

 光の乙女は不思議そうな顔でルノーを見上げる。本体に戻るために、ここに来たのではないのかと。いや、そうだ。違う。彼は“愛”のために来たのだった。
 今のルノーは人間の姿をしている。人間として生きている。ならば、“あの子”は人間なのだろうか。きっと、そうなのだろう。だから、彼は困っている。
 人間界を狙っていた金色のドラゴンは、彼が倒した。もういない。とっくの昔にいなくなっていた。彼は金色のドラゴンではない。全くの別ドラゴンらしい。でも、彼が魔王で間違いはなさそうだ。
 だって、あんなにも恐ろしかった。決意が揺らぎそうな程に。そして、人間の姿をしている彼も変わらず恐ろしい。恐ろしい筈なのに、何故だろうか。とても人間味を感じるのは。
 ルノーは眉間に皺を寄せて、尚も考え込んでいる。何の話かと彼は流したが、やはり変わったように光の乙女には思えた。
 あの時は、何の会話も出来なかった。それは、そうだ。ドラゴンの言葉は人間には、理解出来ないのだから。
 しかし、今は違う。面倒そうにしながらも、結局ルノーは返事をするのだ。会話がちゃんと成り立っている。“人の話を聞きなさい”と、そう言ったのは自分だと言うのに。彼と対話をするべきだ。対等な立場で。
 光の乙女はルノーの言った言葉を思い出し、しっかりと受け止めていく。そして、決断した。

『私がお手伝いしましょう』

 全ては愛のために。きっと、魔王のそれも“愛”と呼ぶに相応しいのだから。
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