モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

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アンブロワーズ魔法学校編

13.魔王と牽制

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 これは、迷子かな。大食堂の入口を眺めながら、ルノーは深々と溜息を吐いた。やっとシルヴィに会えると楽しみにしていたというのに、これだ。本当に期待を裏切らない。
 ふと、何とかなると自信満々に言い切るシルヴィが頭に浮かんで、ルノーは何とも複雑な気分になった。そんな所も可愛いけど……。それが駄目なんだよ、と。
 どうすれば、あの根拠のない自信を捨てさせることが出来るのだろうか。その問いの答えは、ルノーでさえ一生見つけることが出来そうにもなかった。

「シルヴィ様、遅いですね~」
「これは、もしかしなくとも迷子ではありませんこと?」
「そうだろうな……」
「絶対に迷子になっているだろうという謎の信頼感がありますよね」

 もはや満場一致だ。やはり、これは一種の才能なのではないだろうか。諦めて、常に傍にいられる口実にした方が賢いのかもしれない。

「僕が探してきます」
「そうか。頼む」

 ルノーが席を立った時だった。入口に待ち望んでいた少女の姿を捉えたのは。瞬時に、ルノーの顔に喜色が浮かぶ。
 隣に見知らぬ女子生徒がいるのを見るに、道を聞いて案内して貰ったらしい。良い判断であるし、褒められて然るべきなのだろうが……。
 二人きりになるチャンスを逃したのは、少々残念ではあった。まぁ、無事であったのなら何でもいいかとルノーは切り替える。
 瞬間、只でさえ騒々しかった大食堂内が、もう一段階騒がしくなった気がした。それは、気のせいではなかったようだ。
 あっという間に、人間がシルヴィを囲んで姿が見えなくなる。あぁ、あの顔。ジルマフェリス王国で腐るほど見た。汚く醜い、欲深な顔。
 ルノーが目をスー……と鋭く細める。なるほど。シルヴィの言った通り、魔力なしはこの国で問題にならないらしい。
 探しに行くと言ったにも拘らず、その場から動かないルノーをフレデリク達が怪訝そうに見上げる。不機嫌そうに一点を睨み付けているのに気づいて、慌ててルノーの視線を辿った。

「何かしら~?」
「誰かが囲まれているように見えますわね」
「……シルヴィ」
「なに!?」

 心底嫌そうな低音に危機感を覚えたフレデリクが、ルノーを捕まえようとする。しかし、それよりも先にルノーが動き出したため、フレデリクの手は空を切った。

「待ちなさい、ルノー!」
「分かっています」
「本当だな!?」

 フレデリクを一瞥したルノーに、思ったよりも冷静なのかとフレデリクは判断に迷って眉根を寄せる。結局は、追わずに事の成り行きを見守ることにした。
 ルノーは胸中に渦巻くドロドロとした黒い感情をどう処理すべきかと思考を巡らす。しかし、頭は上手く回らなかった。
 ただ、シルヴィとの約束を破るわけにはいかない。それだけは確かだった。ルノーは魔力が乱れないように、無理矢理にでも感情に蓋をする。それは、想像よりも不快な行為であった。
 どこか、息苦しいような。吐き気にも似たそれに、ルノーは眉を顰める。あぁ、どうしようもなく苛々する。
 それらを全て吐き出すような深々とした溜息のあと、ルノーは貴族然とした微笑みをその顔に浮かべた。

「シルヴィ」

 どこまでも穏やかな声音だった。それに反応して、シルヴィの顔がルノーに向く。ルノーを捉えた瞬間、シルヴィの淑女の仮面は面白いほどに呆気なく剥がれ落ちた。

「ルノーくん!」

 安心したような。嬉しそうな。いつも通りの笑みが、あからさまな特別感を孕んでいた。それに、ルノーの心が一気に晴れる。クラクラとするほどの優越感。
 あぁ、駄目だ。我慢しなくては。感情が忙しなく揺れて、コントロールが難しい。しかし、ルノーは耐えた。だってきっとシルヴィは褒めてくれる。

「遅いから心配したよ」
「んんっ……。少し、迷ってしまって」
「そうだろうと思った」

 気まずそうに眉尻を下げて笑ったシルヴィに、ルノーはうっとりとした視線を向ける。誰が見ても一目瞭然に、その瞳にはシルヴィへの恋情が滲んでいた。
 ふと、周囲の空気が変わる。ルノーが直ぐ様それに気づいたのは、視線に敵意を感じたからだ。
 ルノーとシルヴィは、正式に婚約を結んだわけではない。あくまでも、婚約者候補だ。つまり、シルヴィの婚約者の座は未だ空席。
 ジルマフェリス王国でも、“伯爵”という爵位を欲してシルヴィに近づく連中はいる。中には、あらゆる意味で話にならない者もおり、裏で“諦めて頂く”ことも少なくなかった。
 まぁ、シルヴィの鈍感具合に玉砕して勝手に諦めた者もいるにはいる。ルノーにしてみれば、あの程度で玉砕などと何を言っているのかと呆れるレベルなのだが……。
 自国では、“フルーレスト公爵家”が大いに役に立ってくれた。この国でも使える筈であるが、それ以上に“闇の魔力”が足を引っ張っているらしい。道理で、シルヴィが心配する筈だ。
 これは、自国で“魔力なし”に向けられるモノよりも凄い。嘲笑、侮蔑、嫌悪、軽蔑。この世の悪意が全てここに集約されていると言っても過言ではなさそうだ。
 邪魔をするなと瞳が明瞭に語っている。“闇の魔力もちの分際で”、と。

「シルヴィ」
「うん?」

 しかし、その程度の威嚇でルノーが怯むはずも退くはずもなかった。ただ、シルヴィの面目を潰すなどあってはならないため、方法は考えなければならない。
 さて、物理的に黙らせることは出来ない。自身の価値も然程ない。この場を穏便に離れなければならないとなると、切るべきカードは……。
 ルノーは再び完璧で美しいお手本のような微笑を浮かべると、シルヴィに恭しく手を差し出した。いつもの癖で、何の疑問もなくシルヴィはそれに手を重ねる。

「お話の途中で申し訳ありませんが、皇太子殿下がお待ちですので。この辺りで失礼させて頂きますよ」

 あくまで嘘は言っていない。それに、フレデリクとてこれで騒ぎを起こさずに済むのなら万々歳だろう。
 ルノーの口から出た“皇太子殿下”の言葉に、周りは一気に勢いを失った。誰も何も言えずに黙り込む。
 それを了承と受け取って、ルノーはシルヴィに視線を戻そうとした。戻そうとして、その他大勢とは毛色の違う敵意を感じて止まる。
 ただただ純粋な、殺意にも似たそれ。人になるよりも前、ずっと昔からそれをルノーはよく知っていた。
 悠然とした動きで、敵意の先に顔を向ける。沸々と湧き上がる怒りや憎悪をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだほの暗い深紅の瞳がルノーを睨み据えていた。
 これも一興、ルノーは瀬踏みするように敢えて目を合わせる。すると相手は微かに肩を跳ねさせ、少しの脅えを滲ませた。
 瞬間、ルノーが好戦的に笑む。煽るように、こてりと態とらしく首を傾げた。
 それに相手は目を見開くと、逃れるように顔を逸らす。かと思えば、踵を返しその場から足早に去ってしまった。

「ルノーくん?」

 ルノーの変化に逸早く気づいたのは、勿論シルヴィだった。ピリピリと肌を刺すようなこの感じは、とても良くないと。

「なに?」
「いや、えっと、そう! 助けてくれ、た?」

 空気を変えようとシルヴィは、イヴェットとナディアを紹介しようとしたのだが……。顔を向けた先に、イヴェットがいなくてシルヴィはキョトンと目を瞬く。

「イヴェットさんが助けてくれたんだけれど……いない」
「へぇ、イヴェットというんだ」
「……?? えーっと、同室のナディア様です」

 いないものはどうしようもないので、シルヴィは不思議そうにしながらもナディアだけはルノーに紹介しておいた。
 ルノーがナディアに視線を遣ると、ナディアは恭しく辞儀をする。「ナディア・ラプルーリと申します」、と。

「僕は、ルノー・シャン・フルーレストです。どうぞ、よろしく」

 打って変わって物腰柔らかにそう言ったルノーに、シルヴィはほっと息を吐く。

「では、僕達はこれで」
「ナディア様、また後で」
「はい、失礼致します」
「行こうか、シルヴィ」
「うん」

 まるでオーディエンスに見せつけるように、ルノーはゆったりと歩きだす。シルヴィのエスコートを許されているのは、自分だけだとでも言うように。
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