モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

文字の大きさ
93 / 170
アンブロワーズ魔法学校編

18.モブ令嬢と2のヒロイン

しおりを挟む
 ヒロインは、いったい何を考えているのだろう。昨日のイベントは、結局ヒロイン不在のまま終わりを迎えた。
 まぁ、ルノーのお陰と言えばいいのか。せいでと言った方がいいのか。特に大きな騒ぎにはならなかった。そのため、もはやイベントだったの? という状態だが。
 しかし、負傷者もなく魔物にはお帰り願えたので、そこは褒められて然るべきだろう。ヒロインがいたら邪魔したと怒られるかもしれないが、いなかったから。

「私、接触してみようと思うの~」
「ヒロインにですか?」
「賭けですわね」
「勝ってみせるわ~」
「目が据わってる……」
「まぁ、気持ちは分かりますわ」

 ヒロイン倶楽部は今日も今日とて三人集まり、作戦会議を繰り広げていた。放課後で人が疎らな廊下を隣り合って歩く。

「嫌な予感がするの。いや、でも~」
「歯切れが悪いですわね」
「もしかしたら、“あの”ルートに入ってるのかもしれなくて~。でもね。ゲームなら兎も角、現実で“あの”ルートに入る? 本気?」
「あのルート?」
「どのルートですの?」
「うう~ん……」

 ロラが何とも言えない顔をする。もしかして、“一番ない”と省略していたルートのことだろうか。
 そんな事を考えながら、角を曲がる。瞬間、シルヴィは誰かとぶつかった。相手もちょうど角を曲がろうとしていたらしい。
 突然のことに、体勢を崩したシルヴィの体は後ろに傾く。尻餅を覚悟したのだが、その前にシルヴィの腕を相手が掴んだ。そして、そのまま流れるように腰を抱かれる。

「申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「こちら、こ、そ……??」

 反射で閉じていた目を開けたシルヴィは、目の前に現れた顔に固まる。美しい薄い桃色の瞳と目が合った。
 ポニーテールにされた、緩くウェーブする白金色の髪がさらっと揺れる。凛々しい目元が、いつか見た女王陛下と重なった。

「何処か痛めてはいませんか?」
「だ、大丈夫です」
「それは、よかった。立てますか?」
「はい。ありがとうございます」
「いえ、こちらの不注意ですから」
「そんな、あの、すみませんでした」

 シルヴィがしっかりと立ち、ふらつきもないと確認してから、相手はシルヴィを支えていた手を離す。物凄く優しい手付きであった。

「見て! リル様だわ!」
「何ですって!?」

 ぶつかった相手を見つけた女子生徒の集団が、俄に色めき立つ。聞こえてきた名前に聞き覚えがあったシルヴィは、ごくりと唾を呑んだ。思わず真っ正面から相手の顔を凝視する。
 セイヒカ2のヒロイン。デフォルト名は、“リル”という。これは、もしかしなくても……。シルヴィは足を一歩後ろに退いた。
 その時、一人の生徒が「リル様ーー!!」と黄色い声を出す。それに、ぶつかった相手は微笑みと共に軽く手を振った。

「ぎゃーーー!!」
「いやーーー!!」
「リル様ーーーー!!」

 それを受けた女子生徒達が嬉しそうに、ハートを大量に飛ばす。それに、シルヴィは驚いて目を丸めた。
 あぁ、なるほど。彼女がヒロインであるのならば、二人が言っていた意味がよく分かる。確かに、彼女は私達の“可愛い”ヒロインではなかった。
 これは、どちらかと言うと……。女子高の王子様ポジションである。というか、ヒロインは平民として入学しているはず。だというのに、“リル様”呼びされているのだが……。
 説明を求めるように、シルヴィはロラとジャスミーヌに視線を遣る。しかし、目が合うことはなかった。二人も半笑いで大盛り上がりしている女子生徒の集団を見ていたからである。

「今日も素晴らしい目の保養でございました」
「眼福とは正にこの事ですわ」
「では皆様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「素敵な一日を」

 女子生徒の集団は満足すると、先程までの熱狂が嘘のように淑女らしく優雅に解散した。その様子をニコニコと見送った“リル様”は、シルヴィの方へと視線を戻す。

「これは、申し訳ありませんでした。騒がしかったですか?」
「いえ、大丈夫です」
「ふむ。これも何かの縁。お名前を伺っても?」
「え!?」
「ん?」
「…………」
「……ん?」

 圧強めの笑顔に、シルヴィは視線を斜め下へと落とす。これは、逃げられそうにもない。
 そして多分、彼女は知っているのだ。ロラとジャスミーヌの存在を。もしかして、ぶつかったのも態となのかもしれない。何それ、怖い。

「わ、わたくし、」
「はい」

 もう、普通に諦めた。シルヴィは覚悟を決めて、堂々と目を合わせる。淑女らしく、スカートの裾を優美に摘まんだ。

「シルヴィ・アミファンスと申します」

 相手は、次期女王陛下だ。彼女がこちらの事を知っているように、こちらとて彼女の事を知っている。そういう意味を多分に含んだ恭しい辞儀に、相手は少し困った顔をした。

「私はリルと申します。しがない平民には、勿体無い挨拶です。どうか顔を上げてください」
「リル、様?」
「それは……。う~ん、普通に過ごしていたつもりなんだけどな。いつの間にか、“前世”と同じ扱いになってしまって」

 彼女は確信したようだ。シルヴィ達も同じなのだと。心底困ったように頬を掻きながら苦笑したリルに、シルヴィは悪い人ではなさそうだと判断する。

「それにしても……。いや、場所を変えよう。勿論! 付き合ってくださいますよね?」
「はい、喜んで。ロラ様は接触しようとしてましたしね」
「リル様の方から来るのは、まさかだったけど。ま~、結果オーライ?」
「どうでしょうね。まだ、味方であると決まった訳ではありませんわよ」
「手厳しいな。しかし、流石は公爵令嬢。そのくらいの警戒心は持つべきだからね」
「お褒め頂き、光栄ですわ」

 ジャスミーヌが照れたように咳払いする。リルが凄いキラキラとして見えるのは、気のせいではなさそうだ。フレデリクやルノーとは違う煌めきに、シルヴィは何だかソワソワとした。

「取って置きの場所があるんだ。何故か人が来ない東屋なんだが」
「何故来ないのですか……」
「それは、後で分かるよ。ゲーム補正ってやつだな」
「ゲーム補正とは?」
「え~!? 気になる~! 私そういうの大好きなんだけど!!」
「ロラさん、はしたなくってよ」
「もはや今更~」

 ゲームやり込み派のロラが、ワクワクと瞳を輝かせる。かく言うシルヴィもそんな言い方をされるとオタク心が擽られるというもので。

「行くか?」

 悪戯っぽく笑ったリルに、「行きます!!」と迷いなくシルヴィとロラは同時に答えたのだった。それに、ジャスミーヌは呆れた顔をする。

「そこまで期待されると、ちょっとあれだな」
「大丈夫よ~。どんな些細な情報でも私はテンション上がる派~」
「私もです」
「わたくしは、情報によりますわ」
「ジャスミーヌ様はトリスタン様過激派なんで~」
「あぁ、なるほど。そういう楽しみ方だな」
「色々ですからね」

 さらっと馴染んでいるリルをシルヴィは横目で見遣る。何というか、ゲームのイメージと全然違っているのだ。
 ゲームでは、ずっと療養のために外と触れ合っていなかったために、箱入りで世間知らず。守ってあげたくなる可愛いヒロインだとロラが言っていた。
 しかし、今のリルにそんな感じは一切しない。寧ろ、この漂う頼りになる感は何なのだろうか。逞しさみたいなものが滲み出ている気がする。

「そうだ。先に一つ言っておきたい」
「何ですか?」
「昨日はありがとう」
「昨日?」
「もしかしなくても、イベントのことかしら~?」
「そうですわ! 昨日はどうしていらっしゃらなかったのです?」
「はっきり言おう。忘れていた!!」

 あまりにも堂々とした態度に、シルヴィは言葉の意味が上手く飲み込めずに一瞬ポカンとなった。それは、ロラやジャスミーヌも同じであったらしい。

「だから正直、とても。とっても! 助かりました。本当に」
「それは、よかった、です……?」
「忘れるなんて、そんなことある~?」
「寧ろ、全部覚えている方が凄いと思うんだが……。私はそんな細かくはちょっと、一人では無理があるというか」

 申し訳なさそうにしながら、リルが苦笑する。それに、シルヴィの視線は自然とロラの方へと向いた。

「まぁ、はい。そうですよね。普通は無理だと思います。私も無理です」
「正直に言いますわ。わたくしもトリスタン様ルート以外は無理です」
「やだ~。私って、結構ヤバい奴?」
「とても凄いです」
「やり込み度が違うのですよね。自信をお持ちになって」
「あと、記憶力ですよね」
「ロラさんが頼りでしてよ」
「私、めちゃくちゃ頑張っちゃう~!」

 褒められて嬉しそうにロラがガッツポーズを作る。そんなロラに拍手を贈るシルヴィを見て、リルは目を瞬いた。
 しかし、三人の会話から事細かにイベントを覚えているのは、ロラ一人だと分かったらしい。「凄いな」と驚いたように溢したのだった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

山賊な騎士団長は子にゃんこを溺愛する

紅子
恋愛
この世界には魔女がいる。魔女は、この世界の監視者だ。私も魔女のひとり。まだ“見習い”がつくけど。私は見習いから正式な魔女になるための修行を厭い、師匠に子にゃんこに変えれた。放り出された森で出会ったのは山賊の騎士団長。ついていった先には兄弟子がいい笑顔で待っていた。子にゃんこな私と山賊団長の織り成すほっこりできる日常・・・・とは無縁な。どう頑張ってもコメディだ。面倒事しかないじゃない!だから、人は嫌いよ~!!! 完結済み。 毎週金曜日更新予定 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...