モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

文字の大きさ
147 / 170
砂漠の神殿編

21.商人と刺激的なお客様方

しおりを挟む
 同業者ではない。この応接間に彼らが入ってきた時、一目見てルノーとロラがそうではないことに気付いた。
 更にニノンが即座に彼らに席を譲ったことで、それは確信に変わる。知り合いとは聞いていたが、それにしても迷いがなさすぎた。その割に、名を不馴れそうに呼ぶ。
 ニノンよりも身分が上の者達なのだろうと感じた。これは、貴族のそれ。商人ジャアファルの肌感としては、それが妥当であった。

「挨拶は、どちらでしましょうか」
「そうですねぇ。叶うのでしたら、両方でお願いしたいところですが」
「構いませんよ。大した手間ではありませんからね」
「それは、幸甚の極み」

 目の前に腰掛けた女性には、物怖じという言葉が存在していないらしい。堂々とした態度に、ジャアファルは心を踊らせた。

「私は、ロラ様の護衛であるリルです。そして、ヴィノダエム王国が第一王女、リル・イネス・ヴィノダエムでもあります」

 まさか一国の王女が護衛の格好をしているとは、流石に予想外だった。ジャアファルとターリブは、正気かという目をリルへと向けてしまう。それに返ってきたのは、悪戯が成功し大喜びしている幼子のような笑みだった。

「剣ならば多少は腕に覚えがありましてね。もし本当に襲われたとしても遅れは取りません」
「多少って……」
「謙遜は大切よ~」

 そうだ。彼女からは歴戦の英雄のような威風堂々とした空気を感じた。動きからも武芸を極めし者の貫禄が滲んでいたので、ジャアファルは本気で護衛だと勘違いしてしまったのである。
 ジャアファルにとって人間観察とは、仕事であり趣味だ。本気でまだまだのようだとジャアファルは困ったように笑う。

「僕は商家の息子、ルノーです。そして、ジルマフェリス王国の公爵家長男、ルノー・シャン・フルーレストと申します」

 リルの自己紹介は終わりと判断したのか、斜め前に座る男が丁重に話し始める。やはりかと、内容を聞いてジャアファルは一つ頷いた。しかしこの感じは、何であるのだろう。
 ジャアファルは、貴族然とした完璧で優雅な微笑を浮かべたルノーから目が離せなくなった。この感じは覚えがある、そう、本能的な恐怖だ。
 言い知れぬ威圧感を漂わせるルノーに、ジャアファルは理解する。自分の見立てが間違っていなかったことに。
 確かに身分はリルの方が上なのだろう。しかし、この空間を支配しているのは紛れもなくルノーだった。
 この世には悪意しか存在し得ない。そう言っているような、深い、深い、紺色の瞳。しかし決して、濁っている訳ではなく。凍てつく砂漠の夜を思わせる。死の香りのする支配者の目。

「本当ですか?」
「……?」
「いや、失礼。貴方から底の知れない何かを感じたものですから、思わず……」
「高く見すぎでは?」

 ルノーの笑みの毛色が変わる。それに、ジャアファルの頭が警鐘を鳴らした。これ以上、踏み込むべきではない。お帰り願え、と。
 しかし、ジャアファル・アルアッタールという男は、そこで止まるような人間ではなかった。刺激を求め、一歩、危険な方へ。

「して、此度は何をお求めですか?」
「何でも、用意できると?」
「私に手が届くものでしたら、何なりと」
「ふぅん……」

 ルノーの顔から笑みが消える。思案するように目を伏せたかと思えば、人差し指でソファーの肘掛けをトンッ、トンッ、と叩き出した。一定のリズムを刻むそれに、場が静まり返る。
 あぁ、素晴らしい。ジャアファルはゾクゾクとした寒気にも似た高揚感に、爛々と瞳を輝かせた。これ程までの緊張感、自国の王にも感じたことなどない。

「いや、いやいやいや!! 私達はまだ挨拶してませんが!?」
「やだ~! イヴったら本当に命知らずさんなんだから!」
「一年程度ではね。人はそうそう変わらないのさ」
「俺の挨拶なんて誰も興味ないから……。イヴも静かにしてなさい。頼むから。しー……」
「子ども扱い止めろ!!」
「つい弟を思い出して……」

 周りが騒いでいるのを涼しい顔で無視するルノーに、「何か言えよ!?」とイヴォンが噛み付いた。それにルノーは、顔どころか視線も向けずに溜息で答える。

「お~ま~え~! 絶対にいつか吠え面かかせてやるからな!」
「そう。それは楽しみだね」
「クッソ!!」
「駄目だよ、イヴ。言葉遣い!」
「うぐぅ……っ!!」

 軽くあしらわれて、イヴォンは悔しそうに歯噛みする。それにジャアファルは、これは意外だと目を細める。
 イヴォンは一番最後の席だ。つまりは、一番身分が低いことを意味している。貴族は通常そういったことを重んじるのが普通なのだが。彼は違うのだろうか。

「僕は考え事をしている。結論が出るまでに挨拶してしまいなよ」
「じゃ~、お言葉に甘えます。ほらほら、トリスタン様! イヴまで回らなくなっちゃう~」
「え!? あ、あぁ、分かった」

 青年がオロオロとしながらジャアファルの方を向く。目が合った瞬間、頼りなかった表情が一変した。ニコッと人好きのする笑みを浮かべた青年に、なるほど彼は間違いなく貴族令息だとジャアファルも笑みを返す。

「オレはルノー様の従者、トリスタンです。そして、ジルマフェリス王国の侯爵家長男、トリスタン・ルヴァンスと申します」

 ジャアファルが何か言うよりも先、隣の少女が間髪いれず「わたくしは」と挨拶を始めた。あまり時間に猶予がないようだ。

「商家の娘、ロラです。そして、ジルマフェリス王国の男爵家長女、ロラ・リュエルミと申します」
「おや? その名は……」
「ご存知でしたか。そうです。自国では“聖なる乙女の再来”などと言われております」
「やはりですか。これは、凄い。お会いできて光栄ですよ」
「そう言って頂けると、こちらも嬉しいですわ~」

 どうやら彼女は、この手の称賛を失礼なく受け流すのが得意なようだ。いや、もはや“手慣れたもの”と言った方が正しいのだろうか。

「この流れで挨拶するのヤなんですけど……」
「あら~……。でも、イヴが言い出したんでしょ~?」
「そうですよ!! あー、もう! 私はロラ様の侍女、イヴです。出身は、ヴィノダエム王国で。今は護衛見習いで。え~、平民のイヴォンです!!」

 勢いで言いきったイヴォンに、ジャアファルはキョトンと目を瞬いた。平民が公爵家の人間に噛み付く。彼らがどういった関係性なのか、実に興味深いとジャアファルはイヴォンとルノーを交互に見遣った。

「イヴォン……?」
「彼は男性ですよ、ターリブ」
「何と!? 左様でございましたか」
「ヴィノダエム王国ということは、彼が王女殿下の護衛なのでしょう。ターリブと話が合いそうですね」
「何と……」

 護衛対象が護衛役とは、実に愉快なお客様たちだ。ジャアファルはルノーを一瞥し、まだ時間があることを見極めると自分も挨拶をしようと立ち上がった。

「ご挨拶が遅れました。私はアッタール家当主、ジャアファル・アルアッタールと申します。アルは息子という意味でして。直訳するとアッタールの息子、ジャアファルとなります。他国では不思議がられるので、一応ご説明を」
「これは、ご丁寧に」
「勿論でございますよ。私の方が身分は下なのですから、どうぞ気軽にジャアファルと」
「ふむ。本気にするぞ?」
「えぇ、是非とも。仲良くして頂きたい」
「それは、こちらも同じ気持ちさ」
「幸甚の極み。よろしくお願い致します」

 ジャアファルが大仰に辞儀をして、顔を上げる。狙い澄ましたかのように、ルノーが伏せていた視線を上げた。目が合って、ジャアファルは愛想よく笑う。

「お決まりですか?」
「そうだね」

 彼の信頼を勝ち得たのだろうか。ジャアファルは、ルノーの次の言葉を今か今かと待った。

「僕達が欲しいものは、情報だ」
「情報、ですか……?」

 先程の会話はしっかりと聞いていたらしく、ルノーからは丁重さが消えていた。それが、更に独特の威圧感を助長させている。

「旧神殿への行き方」

 思ってもみなかったご注文に、ジャアファルは驚きで目を瞠った。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

オマケなのに溺愛されてます

浅葱
恋愛
聖女召喚に巻き込まれ、異世界トリップしてしまった平凡OLが 異世界にて一目惚れされたり、溺愛されるお話

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...