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5年生 冬休み明け

ネコ娘は見ていた

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 雨が降っている。
 ……この雨が、ただの雨じゃないと気付いた時は、もう手遅れだった。
 強力な催眠効果のある、極めて〝人為的〟な雨。
 空は青く晴れ渡り、不自然な雨がただ降り続いている。

「油断しちったなー……」

 と、言ったつもりがわずかに唇が動く程度で、声は出ない。
 なんとか意識を飛ばさずにいるのが、私に出来る精一杯だった。
 私は、大波友里おおなみゆうり。今日は近所の河川敷でマラソン大会にゃ。
 あ! あれあれ? マズイよ。ちょっと〝出掛でかかってる〟にゃ。
 ……ま、いいか。周りは見えないけど、たぶん、みんな倒れちゃってるし、誰も見てないよにゃ。耳、出てないか心配にゃ。
 折角せっかくのマラソン日和びよりだったのに、中止かも。ああ勿体もったいない。あれれ? でもこんなに降っているのに、地面があんまし泥濘ぬかるんでないのは何故?

「ある意味、優しい雨?」

 うーん。やっぱり一言も喋れない。これじゃ独り言も無理にゃ。
 とっても不自然なこの雨は、もしかして〝敵〟の仕業しわざ
 ……違う。こんな事したら、ルール違反だよ。〝敗戦扱い〟になるかもしれないし、リスクが高すぎる。
 〝敵〟じゃない。だとしたら一体何者だろう。首の角度と視線は少しだけ変えられるけど、いま見えてるのは、倒れているきょうちゃんの足と、ヒナちゃんのお尻だけなんだよにゃー……

「……さん、移動しよう。ここで戦ったら、眠っている皆を巻き込んでしまう」

 あれ? たっちゃんの声だ。無事なの? 頭が動かせないのは不便だにゃー。
 気になるにゃ。よーし! 動け私の頭! せーの!

「にゃあああああああ!」

 うう。折角のかけ声も出ないし、首もちょっとだけしか動かせなかった。
 でもおかげで、なんとか視界の端にたっちゃんが見えるようになったよ。
 ……あれ? もう一人、となりに誰かいるみたいだけど。
 栗っちと大ちゃんじゃない。だって2人は、すぐそこで寝ちゃってるみたいだし、それに気配けはいが女子っぽい。
 ……女子にゃの?!

「たっちゃんの浮気者―!」

 にゃー……叫んだつもりだけどやっぱり声が出ない。
 一体誰とイチャついてるのにゃ? 普段なら気配だけで誰か分かるんだけど、この雨のせいで分かんにゃい。
 もぉー! たっちゃんは本当に……ん? あれ? あれあれ? なんだか黒くて怪しい人達がワラワラと現れたにゃ。

「子どもたち。ちょっと聞きたいんだけどさぁ?」

 これは女の声! ……よく分からないけど、たっちゃんがピンチ! たっちゃんの色々なアレがヤバいにゃ。

九条大作くじょうだいさくって知ってるかい?」

 にゃーんだ。この声の主は大ちゃんをご所望ですか! いいよいいよ! 大ちゃんのアレなら大丈夫さー。こっちで寝てるから好きにしろにゃ。たっちゃんのは私のだから絶対に駄目にゃ。
 ……ところで〝アレ〟って何にゃ?

『……さん、変…しよう。時計…てるよね』

 あ、この〝不思議な感じの声〟は聞いたことがあるにゃあ。
 時々たっちゃんがしゃべる変な声。普通の人には聞こえないみたい。
 この声で、たまに誰かとナイショ話をしてるみたい。
 ……相手が女の子だったらいてやるにゃ。

「うー」

 って、やっぱ声、出ねぇー! それに雨がウザいー! ……とか思ってたらすご土砂降どしゃぶりになったにゃ。ごめん、ウザくないから早くんで!
 ……ああ、なるほど! よく見ると、この怪しい雨は地面に落ちるとすぐに蒸発してしまうみたい。
 水溜りが出来ていないのは、きっと、すぐに気化させて〝吸わせる〟のが目的だからだにゃ。

「……変身!」

「……も、へ……しん!」

 ま、まぶしいっ! なんか光った?! 何が起きたのにゃ?
 っていうか、今のは女の子の声! 雨音あまおとがうるさくて聞き逃したにゃ。

『救星戦隊 プラネット・アース!!』

 にゃー?! たっちゃんが……変身した?!
 どういう事? たっちゃんってヒーローなの? スゴい! カッコイイ!
 ……でも、もう一人、たっちゃんの隣に、ピンクのヒーローも居るにゃ。どう考えても女の子だにゃあ!
 
「いいわねぇ、行くわよぉン?」

 女ヒーローが〝火の玉〟で、黒いスーツのヤツを倒した。ぐぬぬ。意外と強いにゃ。

「こういうのも、あるわよぉン?」

 にゃあ! 今度はカミナリ!? スゴい技にゃ!
 でも、さっきからちょっと近すぎるぞ、女ヒーロー! たっちゃんから離れるにゃー!

「喰らえ! アース・インパクト!」

 たっちゃんも強い。ピストルでバンバン撃たれてるけど、全然効いてないにゃ。

「……アタイが直々に殺してあげるわ!」

 あーあー! 女ヒーローが〝おばさま〟なんて言うから、黒服の女が怒っちったぞ。
 え?  え? なに考えてるにゃ、なぜ脱ぎ始めるんにゃよ! 痴女にゃ! たっちゃん逃げてー!
 ……とか思ってたら、女が大きな蜘蛛くもに変身した。

「さあ小僧、どう料理してくれようか!」

 にゃはは! 心配して損した。蜘蛛なら安心……って、ぜんぜん安心じゃない。バケモンにゃー!
 蜘蛛女が撒き散らした糸に、絡め取られるたっちゃん。
 ピンチにゃ。ザコとか放っておいて、なんとかしろ女ヒーロー! たっちゃんが食べられちゃう!

「大丈夫だ。俺はかてぇんだぜ!」

 たっちゃん、しゃべり方がワイルドになってる! にゃーん。かっこ良すぎるー!
 でも〝硬い〟ってどういう事?
 ええ?! たっちゃんを食べようとした蜘蛛女のアゴが、裂けた! 硬いってそういう事?!
 ……ピンクのヒーローは、残りの黒スーツを全部やっつけてから、悠々とたっちゃんに歩み寄る。だから近すぎるし! はにゃれろし!

「アースぅ。糸、燃やしてもいいかしらぁン?」

「ああ、派手に頼むぜ、ピンク!」

 女ヒーローが杖を振りかざすと、大きな火の玉が現れた。瞬時に、たっちゃんを包み込み、糸を焼き切る。
 ……たっちゃん、にゃんで平気なの?

「サンキュな! おかげで自由になったぜ!」

「アタシ達の愛の炎は、何者にも縛られないのよねぇン?」

 ふざけるにゃー! あんま上手く言えてない上に、語尾が某ゲームの貧乏神みたいになってるにゃー! 

「……よーし、トドメだ。アレをやるぜ、ピンク!」

「わかったわン! 必殺ぅン!」

 女ヒーローが両手で杖を構えて、何かブツブツとしゃべると〝透明な壁〟が蜘蛛女とたっちゃん達を囲むように現れた。
 透明だけど、雨を弾いているので、ドーム状なのが分かるよ。
 ……そして突然、たっちゃんがフワリと空中に浮かぶ。え? え? どうなってるの?

星魔融合せいまゆうごうの一撃! アース・ストライク!!」

 たっちゃんが、ものすごいスピードで〝撃ち出され〟た。爆音が響き、軌跡きせきには円形の雲が出来る。
 あの雲……ソニックブーム?! という事は、音速は軽く超えているにゃ……!
 パン! という乾いた音が響く。
 蜘蛛女の胴体には〝非常口のマーク〟みたいな形に、穴が空いた。たっちゃん、何故にその格好で飛んだにゃ……? 
 たぶん、あの透明のドームが、音速超えの衝撃波と爆音を軽減しているにゃ。無茶苦茶にゃ。人間が〝弾丸〟代わりって……

「ふう。何度やっても、スリリングな技だぜ!」

 しかも何度もやってるっぽい?! スリリングどころの騒ぎじゃないにゃ。

「ぐああああぁ! お前たちぃ……一体なに……も……の……」

 ドーン! という音と共に、粉々に砕け散る蜘蛛女。
 戦隊モノの演出そのままにゃ。ちびっ子なら大喜び……

「きゃあああ! 今の爆発! イカすわぁん!」

 あれ? なぜかピンクのヒーローが、小躍りして喜んでるように見えるにゃ。

『ブルー、黒スーツと蜘蛛の残骸、あと車も、全部埋めてくれ。深めに頼む』

『了解だ、タツヤ』

 倒れている黒い男たちと、蜘蛛女の残骸が、ズブズブと地面に沈んでいく。
 ……そして間もなく、雨が止んだ。
 ふわぁぁあ。
 なんだかホッとしたら眠くなってきちった。
 私は止めの睡魔にあらがい切れず、とうとう眠りに落ちて行ったのにゃー。

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