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序章
0-6 おとぎ話
しおりを挟む『ハイマンぞくと ゆうかんなおうさま』
むかし むかし あるところに ハイマンぞくという
とってもこわい しゅぞくが すんでいました
からだは にんげんのおとなよりも おおきくて
はだはあおじろく あたまはつるつる めはまっくろで とがったみみ
そしていつまでも としをとらず しなないからだ
かれらが ひとたび なにかをはなすと きはもえあがり かわはこおり
いえはふきとび だいちがわれてしまいます
かれらは もりからさとにでてきては ひとをさらったり
はたけをあらしたり みんなをこまらせていました
「このままでは ひとびとが ハイマンぞくに ほろぼされてしまう」
おこったおうさまは ハイマンぞくをたおすため かれらのすむ もりに
へいたいたちと せめこみました
そのたたかいは さんかいたいようがのぼるまで つづきました
やがて おうさまのこんしんのいちげきが ハイマンぞくの おやだまの
だいじなつえを おったのです
「これはいけない もうわるさはしないから ゆるしてくれ」
やさしいおうさまは ハイマンぞくをゆるしてあげました
そして ハイマンぞくは もりのおくへと にげこんでいきました
それからは もうもりからでてくることもありませんでした
めでたし めでたし
ミュウがリンジーから渡された絵本は小さい子供向けらしく、見開き六ページのほとんどは絵で埋められていてほんの少しの簡単な文章が書いてあるものだった。
「ハイマン族、という種族は実在するんですかね」
「少なくとも私は見たことないですね。この絵本の通りなら、肌は青白くて髪の毛がなくて、あっ」
「どうしました?」
「いえ、髪の毛がないだけならうちのギルド長も一緒だなと思っただけです」
「くす」
「それはともかく。この真っ黒な瞳っていうのも伝わっている限りだと白目部分がないらしいです。それに尖った耳。そんなのチラリとでも目撃したら忘れないでしょう?」
「確かにそうですね」
ミュウとリンジーはクスクスと笑い合う。
「私だけじゃなくて、ハイマン族を見た!なんて人は今の世の中にいないんじゃないですかね。たまにそういう詐欺師みたいなのは定期的にわきますけど」
「そうですか……」
ミュウは何か思う所があるように一瞬うつむいたがすぐに顔を上げた。
「この王様というのは英雄王の事なんですかね」
「もちろんそういうことになっています。ここダナンの歴史だって、最初は森からハイマン族が出てくるのを恐れた当時の第十代のセルアンデ王が、弟を領主に任じて三十年前に造った城塞が起源なんですよ」
てっきり魔物被害に備えて作られた城塞なのかと思っていたミュウは心底驚いてしまった。
「その当時にハイマン族の被害が実際にあったということでしょうか」
「いえ、ただ単におとぎ話を信じた王が本気で怖くなった、とも、もっとくだらない理由で、溺愛していた弟に領地を持たせてあげたかっただけだ、とも言われています」
クスクスと笑っていたリンジーだったが、急に真顔になった。
凛々しい顔がより鋭くなる。
「私が呪いだと推測した理由はここです」
と、絵本のあるページを開いて『としをとらず しなないからだ』の部分を指さした。
「アイルさんが若いままなのと、これって関係があるんじゃないかなって」
「なるほど」
「ま、ただの憶測ですし、当のアイルさんが喋ってくれないんじゃ確かめようもないんですけどね」
「もう一つの魔女の呪い、というのは?」
ミュウは興味本位でもう一つの説を聞いてみる。
「ああ、それこそ単なる思いつきです。魔女については、いい加減な噂が飛び交ってるだけで何もわかってないのですから」
リンジーも苦笑気味に答える。
「ただ……アイルさんの髪は混じりけのない黒なんです。私はこの大陸中を見て回ったわけではないので確かなことは言えませんが、少なくともバイウェル王国やセルアンデ王国では、真っ黒な髪を持つ人はいないかとても珍しいはずです。どんなに濃くてもこげ茶色までで、私みたいな金髪、オレンジ、銀髪、と色々いますが黒髪はいないのです」
「はあ」
ミュウはピンときていない声を出す。
「魔女の噂の一つに、魔女の眷属になると黒髪になる、なんてのがありましてね。しかもその眷属と遭遇したことがある、という人が各地に不規則にいるものですから、ただの噂とも言い切れない。それを聞いた時にもしかしたらアイルさんは魔女の呪いかなにかで永遠に年を取らなくなってしまったのかも知れないって」
「リンジーさんてロマンチストさんなんですね」
「単なる野次馬根性ですよ。ちょっと思いついただけですし」
軽く受け流す風を装いつつ、顔は赤くなっているところを見ると照れているのかもしれない。
「喋らない理由はご存知ないんですか?」
「それは私にもわからないですね。本人も教えてくれないし」
「でも、それじゃどうやって意志の疎通を図るんですか?買い物とか色々と不便ですよね」
「彼はいつもペンと羊皮紙の束を持ち歩いていて、どうしても伝えなければならないことはペンで書いてよこすのです。私も最初は彼は無口なのだとばかり思っていたので、それを見せられた時に喋らないのじゃなくて喋れないんだと初めて気付きました。買い物なんかの場合は、黒い板に白くて脆い石で欲しいものを書いて店主に見せたりしています。何回も書いたり消したり便利なので、道具屋のご主人がアイルさんに頼んで商品化してますよ」
なるほど、日常で意志を伝えなければならない場面では筆談を用いるらしい。
「でもそしたら依頼を断るなら、それこそ文字で『いやだ』って書けばいいんじゃないですか?」
「相手が彼の筆談を待ってくれれば、可能ですね。彼のことをわかっていてゆっくり待っていてくれるような相手じゃなきゃ筆談なんて出来ません。あれよあれよと捲したてられて、断れずに決まってしまうのです。だからなるべく私達が介入できる形で受けなさいって言ってるのに、あのひと気がつくと依頼受けちゃってるんですよねえ」
ギルドに所属している以上は、アイルに仕事を頼むならギルドを通さなければならないが、先にアイルと(一方的に)話をつけた上でギルドに話を持ってくるのだから、リンジーたちの苦労も中々である。
「リンジーさん、私、アイルさんに護衛依頼を出そうと思います」
リンジーの話を聞きながらしばらく考え込んでいた様子だったミュウは唐突にそんなことを言い出した。
「ええ?」
「最初に言いましたとおりこの街には護衛を依頼しに来たんです。そして噂を聞いて、話を聞いて、今またリンジーさんからお話を伺って決めました。でも、相場を知らない私がアイルさんに直接会って、とんでもなく低い値段で依頼してしまうよりは、きちんとギルドを通したほうがよろしいでしょう?」
ミュウの真剣な声音にリンジーも頷いた。
「まあ、確かに。では、依頼内容の詳細を教えてください。それを元に見合った料金設定を盛り込んだ依頼書を作ります。指名依頼の場合、基本的には指名された本人がそれを拒否したら成立いたしません」
「例外もあるのですか?」
「公的権力による強制指名です」
「ああ……」
リンジーの言葉に、少しだけミュウの語気が面白くなさそうな色を帯びる。
「まあともかく、アイルさんが断った場合は他の傭兵を紹介することになります。よろしいでしょうか?」
「その時は仕方ありませんね」
ミュウにしてみればアイル以外の傭兵などには一切興味がないのだから、その時点でギルドは用済みとなるのだがここはとりあえず了承しておく。
それからミュウは護衛依頼の詳細な内容をリンジーに伝え、リンジーはそれを依頼書として書き起こし、依頼金についてミュウも異議なしとなった。
依頼委託金と報酬を先にリンジーに渡してギルド預かりとする。依頼が成立し、無事に仕事を終えた時は委託金はそのままギルドに、報酬はアイルの手に渡ることになる。
「では、アイルさんが現在の任務から戻ってくるのは明後日になると思います。ですのでそれ以降に顔を出していただけたらと思います」
「わかりました。それではよろしくお願いします。行きましょう、ジニア」
「かしこまりました」
結局ここに来てから「よろしくお願いします」と「かしこまりました」の二言しか発していないジニアはミュウと共に立ち上がって深々とお辞儀する。
「ああ、最後になりますけど」
出口に向かいながら、ミュウは振り向いてリンジーに声を掛ける。
「なんでしょうか」
「リンジーさんてアイルさんのこと好きなんですか?」
唐突と言えばあまりに唐突な質問に「は?」と、目を丸くするリンジー。
「いえ、別にそういう感情は一切ありませんよ。ただ、なんというか面倒をみてあげないといけない気持ちになるというか、まあギルドの職務の範囲内において、ですけど」
その反応を見て、ミュウは満足そうに口元に笑みを浮かべた。
「ふふ、失礼な質問をしてすみませんでした。他に意中の人がいらっしゃるんですね。ではまた後日参りますね」
そう言い残し、二人はギルドを後にした。
「どう思います?」
二階の窓から二人がギルドを出て通りを歩いていくのを確認したリンジーは、振り返りながら問いかける。
「別に悪意は感じねえが、あの二人、とんでもなく強いぜ。まったく隙を見いだせなかった」
今までリンジーとミュウたちが話をしていた部屋の壁の一部が動き、開いたところから大柄なスキンヘッドの男性が入ってくる。
契約の話をすることが多いこの部屋、すなわちお金の話になるので内容によっては荒れる場合も多い。そのため、戦闘については傭兵たちよりも一歩も二歩も劣るギルドの事務職員たちの身を守れるよう、護衛が待機する隠し部屋があるのだ。
いつもなら護衛に慣れたベテラン傭兵が待機するのだが、今回はアイルの案件ということでアイルの世話役を買って出ているギルド長のサミュエルが自ら待機していたというわけだ。
サミュエルは身体が大きいので普通なら二人で待機する部屋に一人で入っていた。
「ギルド長でも隙を見いだせないって相当じゃありませんか」
「ああ、うちの傭兵に護衛なんて頼む必要がないぐらいにな。それに恐らくは俺がいることも察知していたぞ。この壁には一方的に気配を遮断する魔術が刻まれてるのに、だ」
「何が狙いなんでしょうね」
「わからん、が、注意して見ておくしかないだろう」
通りの向こうに消えていく二人の後ろ姿を目を細めて見つめつつ、サミュエルはツヤツヤの頭を撫でた。
折しもつい先日、王城から領主の元に何やら使者が来たらしいという情報もあり、なにやら良くないことが起こるのではないかと一抹の不安を感じるのだった。
「ところで最後の質問の答えは、本心か」
難しい顔をして窓の外を睨んでいたサミュエルが呟く。
「ギルド長まで!本当ですよ、私が思いを寄せる人は別にちゃんといるんです」
ミュウの対応をしている間も、作り笑い以外は感情を表に一切出さなかったリンジーが、やや怒ったような顔でサミュエルの後ろ姿を睨んで抗議していたが、当のサミュエルは自分が振った話題だと言うのに既に興味が無くなったのか腕組みをしながら外を見つめているだけだった。
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