無口な傭兵さんは断れない

彩多魔爺(さいたまや)

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第一章 氷の魔女

1-2 依頼取り消しと少女の提案

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 森の外縁部、ダナンの傭兵たちは森に入ってから二百メードほどまでの部分をそう呼んでいる。

 採集や猟の護衛などでその外縁部に入ったとして、魔物に遭遇するのは五回に一回あるかないかであり、運悪くその一回に当たってしまったとしてもせいぜいがピギーが一頭か二頭現れる程度である。

 それが今回はピギーが立て続けに三頭現れた上に、続けてエンプまでもが襲いかかってきた。魔物にも獣と同じく縄張り意識があるらしく、エンプとピギーが一緒に行動していたという記録はギルドにも残っていない。

 アイルは首を傾げつつ改めて魔物たちの遺体の剥ぎ取り作業に入る。

 もっともアイルが首を傾げたのはそれだけが理由ではない。
 魔物たちはすべてがミュウを狙わずにまっすぐ自分だけを狙ってきたこと、偶然なのかも知れないが攻撃を仕掛けてくる際に連携らしき動きを取ったこと。
 それに、最後に自分の頬を切ったなにか。

 しばし考えてみたが、考えてもわかるわけではないので数秒後には考えるのをやめた。周囲の気配もその後は危険を感じるようなものは無くなり、しばらくは安全そうである。

 一方のミュウはと言えばアイルに「合格」と告げて以降、興味深そうにアイルの作業を見つめている。

「アイルさんが喋ることが出来ないのには何か理由があるのですか?」

 アイルが言葉で答えることが出来ないのを知っていて質問をぶつけた。

「あ、お答えいただかなくても結構ですよ。ふむふむ、なるほど」

 黙々と剥ぎ取り作業を続けるアイルを見ながら何やらブツブツと呟くミュウ。

「え?」

 だが突如、絶句したかと思うと顎に手を当てて考え込み始めた。

「そんなことってあるのかしら、あ、でも……」

 そしてまた独り言を始める。

 そんなミュウの様子は気にせず、テキパキと剥ぎ取りを終えたアイルは皮と肉をそれぞれ持ってきたずだ袋に入れると地面に穴を掘って残った魔物の残骸を埋める。

「アイルさん、一度ギルドに戻りましょう。そこで大事なお話があります」

 ミュウの声色は先程よりも真剣味を帯びていた。



「あら、お早いお帰りで」

 ギルドに入ってきた二人を見て、受付に座っていたリンジーは声をかける。

「また二階のお部屋をお借りしてもよいでしょうか。契約について大事なお話があります」

 いつになく真剣な調子のミュウの声に、何かがあったのだと察するリンジー。早速受付を別の人間と交代して部屋まで先導し、ミュウもそれに続く。
 アイルはずだ袋を素材買い取り担当の窓口に渡してから、二人の後について階段を上がっていった。

「一ヶ月の護衛の依頼、あれは取り下げます」

 席につくと、ミュウはいきなり本題を切り出した。

 予想よりも早く戻ってきたことや、アイルが素材を持って帰ってきたことから魔物と遭遇したのであろうということは想像できた。
 依頼を取り下げるということは、ミュウが考えていたよりも西の森が恐ろしいことがわかったから採集を諦めるということだろうとリンジーは考えた。

「それがよろしいでしょう。西の森は危険すぎますから」

「いえ、そういうわけではないのですが……。その代り、別の依頼と言いますか、お願いがあります」

「お願い?別の依頼を出すということでしょうか」

 ミュウの言葉に首を傾げるリンジー。アイルは無表情でミュウが次に何を言い出すのかじっと聞いている。

「私も傭兵ギルドに登録したいのです。アイルさんのパートナーとして」

「はい?」

 今日は風が心地良い気候だったために部屋の窓は大きく開けられていて、そこから午後の爽やかな風が部屋の中を駆けていく。
 
 その風が部屋の中の微妙な空気を丸ごと外に運んでいってくれればよかったが、残念ながらそうはいかなかったようだ。

 ミュウの発言を聞いたリンジーは固まり、アイルも何か不思議な生き物を見るような目でミュウを見つめている。

「あれ……何かおかしなことを言いましたでしょうか」

 本人だけが、何故二人が固まっているのかが理解できないという様子で首を傾げている。

「あの、ミュウさん。ご自分が何を仰られているのか理解できてますでしょうか。傭兵という仕事に就くのはですね……」

 そこまで言って、リンジーはチラリとアイルを見る。アイルは、構わないといった仕草で頷く。

「傭兵という仕事に就くのは、他の仕事にあぶれた半端者ばかりなんです。戦いを得意とするなら王国の正規兵として従軍すればいいところを、そうは出来なかった何らかの理由を抱えた人がここに流れてくるんですよ。そういった方々が犯罪者にならないようにするための受け皿的な側面もあるんです」

 傭兵なんて仕事に就くのはまともな奴ではないと説明し、

「ですから多くは男性ですし、まあ女性の傭兵も全くいないわけではないですが、ミュウさんのように可愛らしい感じの女の子がするような仕事ではありません」

 そう、締めくくった。

「ダメですか」

「私としてはオススメしません。許可を出す立場ではないので、ダメとは言えないのですが」

「では、そこにいるギルド長さんに聞いてみるのはいかがでしょうか」

 ミュウは部屋の壁を指差す。

「な」

 リンジーが取り繕うよりも先に、諦めたようにギイと壁が開いた。

「本当に得体の知れないお嬢ちゃんだな」

 壁の奥の隠し部屋から出てきたのは、今日も清々しい輝きを見せる頭をもったギルド長のサミュエルであった。

「あの隠し部屋には一階から梯子で登ってこられるんだが、これでも気配を悟られないように努力してたんだぜ? それにその壁にも探知を阻害する術式が埋め込まれてるってのに……」

 ばれないようにしていた努力をすべて無にされてしまったサミュエルはブツブツと愚痴をこぼす。

「私、魔法関係は得意ですから。で、どうでしょうか」

 若干得意げな声になったミュウは、改めてサミュエルの判断を仰いだ。

「うーむ。当のアイルはどうなんだ。このお嬢ちゃんをパートナーにするってことは、今まで一人ピンでやってた仕事を正式に二人のパーティという形で受けることになるんだが」

 話を振られたアイルはといえば、ただただ顔に困惑を浮かべている。

「あの、しばらくアイルさんとお話をさせていただいてもよろしいでしょうか。もし話をしたあとで、アイルさんが私とは組みたくないということでしたら諦めますので」

 ミュウはそう提案する。
 
 サミュエルはアイルさえ問題ないなら組ませてみてもいいかと考えていたし、リンジーはサミュエルがそう判断するなら異論は無いと思っていたので、ミュウの提案に乗った。

「ただし、アイルさんが喋らないのをいいことに強引に話を持っていかないこと。アイルさんは『いやだ』と言えなかったからといって、契約書に渋々サインしないこと。いいですね?」

 それだけは念を押して、サミュエルとリンジーは部屋を出ていった。もちろんミュウの気配察知能力はもう充分に理解したので、扉の外で盗み聞きをするような真似はせずに一階に降りていった。


「では、まずフードを取りますね」

 二人きりになったところで、ミュウはフードを外した。

「今まではあまり顔を知られたくなかったので街中でもずっとフードをしていたのです。ですが、これからお話するにあたって誠意を欠きたくはないので、こうして素顔を晒しました」

 エメラルド色といっても過言ではない緑色の髪がフワリと広がり、殺風景な部屋が一気に華やいだようだった。アイルも初めて見たミュウの素顔に心なしか見惚れてしまったようである。
 かつて南西地区で荒くれ者たちの前で見せた時と同じく、両の眼は閉じられている。

「おや、思わず見惚れてしまいましたか。まあ、仕方ないですね、私可愛いですからね。あ、目に関してはご容赦願います。私、目が見えないんですよ」

 そのアイルの反応に満更でもない様子でミュウは改めて椅子に座る。目が見えない、と突然カミングアウトされたアイルの顔は若干驚きの表情になる。

「今から、アイルさんにも関係する大事な話をします」

 ミュウは閉じたままの目をアイルに向けると、真剣な声音で話を始める。

「以前、私はなんとなく人の考えていることがわかると言いましたけど、正確に言いますと私は人の心を読むことが出来るんです」

 まるで「今日の朝食は卵焼きでした」とでも言うような調子で、とんでもないことを言い出したミュウに、アイルはどういう顔をしたらいいのかわからないという困惑を浮かべてしまう。

「もちろん頑なに心を閉ざしてる人の心を見るのは大変ですし、無差別に読めるわけでもありません。コントロール出来るようになるまでには苦労しましたけど。あ、アイルさんはわりかし無防備なので手に取るようにわかりますけどね」

 クスクスと笑うミュウに、不機嫌な様子に変わるアイル。

「無防備で悪かったな、と。ご免なさい、別に常にアイルさんの心を読んでいるわけではないのでご安心ください」

 そう言って、またミュウはクスクス笑う。
 その透き通る声と愛らしい笑い方に、不機嫌そうになったアイルも、気を削がれるような気分になる。
 だが、次の言葉でアイルの表情は驚愕で固まることになった。

「ただ、私がこの力を手に入れたのには『魔女』が関係しているんです」

 『魔女』

 二十年ほど前から各地で噂が広がり始めた存在。

 そして、アイルにとっては切っても切れない存在でもあった。

「かつて私はとあるくだらない理由で、どうしても心の内を知りたいと願う相手がおりました。そんな時に魔女の噂を聞きました。詳しい経緯は省きますが、結論から言うと、魔女と契約を交わして視力を捧げる代わりに心を読む力を手に入れたんです」

 アイルの表情は動かない。

「まあ、そんな思いまでして手に入れた力でその相手の心の中を見た結果、私の望んでいた結果とは真逆の答えに辿り着いてしまって、残ったのはただの絶望でしたけどね。あ、いえ別に不幸自慢をしたいわけじゃないですよ。むしろ過去の自分の浅はかさを知られるのはあまりいい気持ちはしないんですけれども。まあ、それで色々あってここに流れ着いたんです」

 そこまで聞いてもアイルは無表情だ。話をちゃんと聞いているのかさえもわからない。

「森で、なぜあなたは話すことが出来ないのか、と聞きましたよね? あなたはその瞬間にご自分の身に起きたことを考えてしまった。それがすべて私に伝わってきたんです。ここまで言えば、もうおわかりですよね?」

 やっとアイルの表情が動いた。
 その表情は怒りではなく、深い悲しみとも後悔とも取れる微妙な表情であり、エレノアの病床で見せた表情によく似ていた。

「先に謝っておきますが、腕のいい戦士を探していたのは事実ですが、採集というのは嘘です。最初は上手いこと言ってあなたを味方にできれば、ぐらいに思っていたのですがあなたの過去を知って考えが変わりました」

 そこでミュウは立ち上がり、瞼を開いた。
 
 そこには真っ白な瞳があるだけだった。魔女に奪われたという瞳は果たして何色だったのであろうか、緑の髪に映える美しい宝石がそこにあったのだろうか。

「私はこれから魔女に奪われた瞳を取り返すことにします。どうか一緒に来ていただけないでしょうか。それは同時にアイルさんの言葉を取り戻すことにもつながると思うのです」

 そう言って、ミュウは深々と頭を下げた。

 アイルは考える。

 その時、アイルの頭を過っていたのはエレノアとの『約束』だった。民たちを魔女の手から守ること。王国の剣として、民を苦しめる魔女を倒すこと。
 ミュウの願いは、図らずもその一助となるではないか、と。

「約束……?」

 ミュウは顔を上げた。既に両目は再び閉じられている。

「そう、そんな約束が……。その、エレノアさんという方は、アイルさんにとってとてもとても大切な方だったのですね」

 そこまで言って、ミュウはまた頭を下げた。

「ご免なさい。見る気は無かったんです。ただ、流れ込んできてしまって」

 自分に近づいてくる足音にミュウは再度頭を上げる。
 その瞬間にポン、と頭にごつくて大きな手が乗せられた。

「いいんですか?具体的にどうしようとか、まだ何も考えてないんです。さっき思いついたんですから。それに、勝てるかどうかもわかりませんよ」

 だが、頭に乗せられた手からは『なんとかなるさ』という気持ちだけが流れ込んでくる。

「ありがとうございます。私、これからアイルさんの口になりますから。もう不利な依頼は受けさせませんから。交渉はすべておまかせください!」

 ミュウが明るく宣言したと同時に窓から入り込んできた薫風は、今度こそ部屋を支配していた重たい空気をすべて運び去り、爽やかな午後の心地良い空気と入れ替えてくれたようであった。


 なんとか二人の間で商談成立、ということで改めてサミュエルとリンジーを呼んで手続きをお願いすることになった。
 初めてミュウの素顔を見た二人はその美しい髪と白い肌、人形のような顔立ちにしばし見惚れてしまう。

「アイルさんの黒髪も珍しいですが、ミュウさんの綺麗な緑色の髪も初めて見ました。ミュウさんはセルアンデの方ではないのですね」

 セルアンデ王国では金・銀・赤・茶系の髪は多いが、ミュウのエメラルドのように輝く髪は二人とも見たことがなかった。

「ですから悪目立ちしないようにいつもフードを被っていたんですけど、パートナーになる方にいつまでも隠しておくのは失礼ですから」

 すぐに我に返ったリンジーはミュウのギルド登録とアイルとのパートナー登録手続きを済ませる。

「知ってるだろうが、こいつは見た目的にまったく年を取らねえんだ。だから長年一緒に活動してると、その、な?」

 サミュエルは、アイルが年を取らない、ということが後々二人の間で問題にならないかと余計な心配をしだした。それはおじさんならではの『もしも二人が恋仲になっても、アイルは年を取らずにミュウだけが年を取ってしまう』という悲劇を予想したお節介だったわけだが。

「それなら心配ご無用です。理由は明かせませんが、私も異常に長い寿命を持っておりまして、こう見えても既に八十年ぐらいは生きてるんですよ?」

 クスクスと笑いながらサミュエルに答えるミュウ。

「はあ? あー、まあアイルが年を取らねえんだから、そういうのがもう一人ぐらいいてもおかしくねえか」

「おかしいですよ! なかなか年を取らない人がそんなにポコポコいたらおかしいですよ!」

 妙に納得してしまうサミュエルに、取り乱すリンジーを見ながら、なんともまた妙なことになってしまったと途方に暮れるアイルであった。
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