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最終章 風の魔女
5-6 復活と出発
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盛大な宴から数日後、ダナンの中央執務室に主だった面々が集っていた。
かつて王都から東征の協力要請が舞い込んだ時に集まったのと同じメンバーだが、そこにアイルとミュウ、そしてエルが加わっている。
狭い執務室が以前集まった時よりも更に狭くなった上に、体躯の大きなロンダール、アイル、サミュエルがいるせいでむさ苦しさも増している。
また、話し合われる内容が内容だけに外部に漏れることを恐れて窓も締め切られている。暑期が終わって寒期の入り口だというのに、室内は異様な熱気が満ちていた。
ミュウは早々とアイルの肩に乗り、一人だけ難を逃れていた。
室内にはマレーダーの姿もあった。そして全ての修理を終えた八号もまた、アイルの横にちょこんと立っている。
エルタウンからやってきたメンバーがダナンに着いた時は見ものだったと、一部始終を見ていたリンジーは後に語る。
感情を持たないゴーレムであるはずの八号が、アイルの姿を見るなり嬉しそうに弾丸のような勢いでアイルに突っ込んでいった。
その唐突さと疾さにアイルも対応できずにまともに体当たりを食らう。
なんとか吹っ飛ばされずに踏ん張り、八号の突進を受け止めたアイルが苦しそうな表情を見せる中、当の八号はグリグリとアイルのお腹に頭を擦りつけている。
「マスター、八号ただいま帰還いたしました。マスターと離れている間、己の役立たずぶりにただ絶望しておりましたが、こうしてまた完全なる姿でお傍にいられるようになったことを嬉しく思います」
これにはリンジーだけではなく製作者のマレーダーも、魔力でリンクしているはずのトルマも目を丸くした。
ゴーレムである八号が『絶望して』『嬉しく思った』のである。
「あー……八号? アイルさんの役に立てるようになったことが嬉しいのかい?」
マレーダーが、ずれた眼鏡を直しながら尋ねれば八号は『満面の笑み』で振り返る。
「はい、マレーダー様。八号はこうして再びマスターと共にあることが嬉しいのです。マスターと離れていた日々は耐え難い苦しみの日々でしたので」
一体なにがどうしてこうなったのか、作ったマレーダーにもわからなかった。
「まあまあ、剣に魂が宿ることもあるんだから、ゴーレムに感情が芽生えてもそんなに不思議なことじゃないさ」
エルが笑いながら言えば、マレーダーが目を剥いて「詳しく」と詰め寄る。
エルは『余計なことを言ってしまった』という顔をしながらアイルに助けを求める視線を投げたが、アイルとミュウは敢えてヘレンの事に飛び火しないよう全力で無視していた。
モデルとなったトルマはと言えば、なんだかアイルへの甘えのポジションを取られたような気持ちになったのか複雑な表情をしていた。
「なるほどな……魔物の軍勢か。確かにそれは頼りになるな」
かつてダナン防衛戦やイーチ戦で統率された魔物の群れと戦った経験のあるサミュエルはミュウの案に深く頷く。
「もちろんそれは王都の軍勢を引き出すための陽動です。私達が北方に王国軍を足止めしている間に、いま王都で何が起こっているのかを調べるというのがエルさんの作戦ですね。出来ればそのまま王都を奪還できればいいのですが、そう簡単にはいかないでしょうね」
ミュウは王国軍が全軍出てくるとは思っていない。だが、戦いが膠着して長引けば増援を出さざるを得なくなるであろう。やはり、ミュウとアイルの戦い方次第であることは間違いない。
「うん。まず何故急に兵力を激増させることが出来たのかを知りたい。その上で、多いだけのハリボテの兵なのかどうかも確認できればいいね」
もし数を揃えただけならば、実力差と装備の差で千の兵力でもダナン側に勝機が見えてくる。逆に兵の戦闘力と練度が高ければ苦戦は免れない。
「興奮状態に入った魔物は何をするかわからないので、陽動部隊は私とアイルさんのみで率います」
「潜入部隊はこれから選抜だな」
腕組みをしてつぶやくサミュエルの言葉に一歩前に出る人物がいる。
「もちろん私は行きます」
宿屋の跡取り息子の妻として、そして二人の養女を育てる母として暮らすという平和な日々を送っていたために鬱憤が最高潮に溜まっているリンジー嬢である。
「まあ……そうだろうなあ」
ちらりとそれを横目で見たサミュエルも諦め気味に頷いた。これを止めたら『銀の斧亭』が破壊されかねない。平和に暮らしながらも毎日の鍛錬は一切怠っていないことも知っている。
調査が主な目的となるのでマレーダーも参加、王都の変化を自分の目で見ておきたいというエルも参加することになる。
その他のメンバーは後に選抜することにして、一旦解散となる。
「もう行くのかい」
『銀の斧亭』の裏手にある小さな墓に手を合わせるアイルの背中に、女将のキャシーが声を投げる。
その墓は、かつてのイーチとの戦いで村を守りながら死んだ次男のベンの物だ。いましがたアイルが供えた小さな花が添えられている。
「ああ」
アイルはゆっくりと立ち上がる。
「その、北へ行くんだろ? もし……迷惑じゃなかったらさ……」
いつも溌剌として豪快なキャシーにしては珍しく口ごもる。大事な戦いに赴くアイルに頼むようなことではないとわかっているからだ。
「わかった」
だが、アイルは引き受けた。
「あんたは本当にいい子だよ」
キャシーは笑って、手作りのペンダントをアイルに渡した。
「これはね、あの時あの子が帰ってきたらお守りにと渡すつもりだったものさ。あん時はあいつが黙って行方をくらましたから渡せなかったんだけどね」
アイルはしみじみとそのペンダントを見る。
丈夫な紐を撚り合わせて作られたそのペンダントは、魔除けの効果があると言われている小さな石をはめ込んだ銀のヘッドが付けられている。
母親の思いが込められたこのペンダントは、きっと安らかな眠りを守ってくれるに違いない。
西の門から旅立つアイル達を見送るために、ダナンの主だった人々が再び集まる。
それぞれが短い言葉をかける中、トルマはもう一度アイルに抱きついた。アイルの横にはトルマそっくりの八号がいるので、妙な空間である。
「気をつけてね、アイルお兄ちゃん。また帰ってきてね」
「ああ」
「八号とのリンクが切れてからのトルマはそりゃあこっちが心配になるぐらいに、毎日毎日アイル兄ちゃんの心配ばかりしてたんだ。今度はあんまり無茶をしねえでくれよ」
ルビィが半分トルマをからかうような言葉をかけて笑う。
「もう! ルビィちゃん! でも、本当に無茶しちゃだめだよ?」
駄目だと言った所で、かつて自分を守って瓦礫の下敷きになった時のように、片腕を失った時のように、半年近く音信不通になった時のように、この人は誰かのために無茶をするのだろう。
そうわかっていても、言わずにはいられなかった。
「わかった」
アイルはそう言って優しく笑うと、しゃがんでルビィとトルマの頭をポンポンと叩く。
「ご心配には及びません。マスターの身はこの私が全力でお守りいたしますので」
八号が無表情で胸を叩いた。
「そんなこと言って、こないだは壊れちゃったじゃない!」
トルマの全力のツッコミに思わず「ぐぬぬ……」と言い返せなくなる八号。
「し、しかし、このたびは色々とパワーアップしているのです。リンジー様にも稽古を付け直していただきましたし、もう前回のような不覚は取りません。あの筋肉ダルマと戦っても小指一本で勝てるでしょう」
あの筋肉ダルマと言われても誰のことだかトルマにはわからなかったが、戦えない自分に代わってアイルとミュウの守りを任せるのはこの八号しかいないのだ。
この数日間、リンジーと暇さえあれば組手をしていたようだが、アイルにしてみればむしろ八号と本気の組手が出来るリンジーのほうが人間としておかしい領域に踏み込んでいるような気がしてならなかった。
「うん、お兄ちゃんとお姉ちゃんをしっかり守ってね」
「あんまりだらしねえと、九号を作っちゃうからな」
二人の言葉に奮起する八号。
特にルビィの最後の言葉はいただけない。最強で最終兵器なゴーレムは自分でなければならない。
「万事お任せあれ」
新調された(トルマのおさがりの)可愛らしい淡いピンクのワンピースの裾を持ち上げて、丁寧に礼をする八号。
トルマと見た目がそっくりなのだから双子のやり取りにしか見えないのだが、片方が終始無表情なので妙な演劇でも見ている気分になる一同。
「マレーダー様」
八号は見送りに来ているマレーダーに向かう。
「なんだい?」
「トルマ様が成長なされているのに、私のサイズが変わっておりません。それについては厳重に抗議申し上げたい所ですが時間がありません。戻ったら、サイズ調整のほど、よろしくお願いいたします」
この一年でトルマの身長も数センチ伸びていた。元のサイズのままの八号とは、身長差が出来てしまっている。
「それについては一考を。八号が私より大きくなるのは、立場の問題から考えてもいただけませんね」
ここでミュウが口を挟む。
「そんな……」
第二の主人と言っても差し支えないミュウからの思わぬ駄目出しにがっくりと膝をつく八号。
「ほらほらあんた達、くだらないこと言ってないでもう放しておやり。ほらハチゴーちゃん。きちんと再現できてるかわからないけど、タイセー焼きとかいうのをたっぷり作ってあげたよ」
キャシーが革袋にたっぷり詰まったタイセー焼きもどきを八号に渡す。
「これは……! ありがとうございます。タイセー焼きなどと言わず、これはもうダナン焼きとして、街の名物にしましょう」
「そりゃあいいねえ」
ニヤニヤと笑うキャシー。
「あー、その、なんだ。とにかく気をつけてな。お前たちからの知らせをもって、俺達も作戦行動を開始する。おっ始まったらこことエルタウンからの二面攻撃だ。お前たち二人に重荷を背負わせちまうが、頼りにしてるぜ」
今度はサミュエルが代表して進み出てくる。今日は一段と頭の輝きが良い。
「ああ」
アイルはニヤリと笑うと、サミュエルと固い握手を交わした。
「それでは行ってまいります。吉報をお待ち下さい」
皆に別れを惜しまれつつ、アイルとミュウは西の森へと姿を消した。
かつて王都から東征の協力要請が舞い込んだ時に集まったのと同じメンバーだが、そこにアイルとミュウ、そしてエルが加わっている。
狭い執務室が以前集まった時よりも更に狭くなった上に、体躯の大きなロンダール、アイル、サミュエルがいるせいでむさ苦しさも増している。
また、話し合われる内容が内容だけに外部に漏れることを恐れて窓も締め切られている。暑期が終わって寒期の入り口だというのに、室内は異様な熱気が満ちていた。
ミュウは早々とアイルの肩に乗り、一人だけ難を逃れていた。
室内にはマレーダーの姿もあった。そして全ての修理を終えた八号もまた、アイルの横にちょこんと立っている。
エルタウンからやってきたメンバーがダナンに着いた時は見ものだったと、一部始終を見ていたリンジーは後に語る。
感情を持たないゴーレムであるはずの八号が、アイルの姿を見るなり嬉しそうに弾丸のような勢いでアイルに突っ込んでいった。
その唐突さと疾さにアイルも対応できずにまともに体当たりを食らう。
なんとか吹っ飛ばされずに踏ん張り、八号の突進を受け止めたアイルが苦しそうな表情を見せる中、当の八号はグリグリとアイルのお腹に頭を擦りつけている。
「マスター、八号ただいま帰還いたしました。マスターと離れている間、己の役立たずぶりにただ絶望しておりましたが、こうしてまた完全なる姿でお傍にいられるようになったことを嬉しく思います」
これにはリンジーだけではなく製作者のマレーダーも、魔力でリンクしているはずのトルマも目を丸くした。
ゴーレムである八号が『絶望して』『嬉しく思った』のである。
「あー……八号? アイルさんの役に立てるようになったことが嬉しいのかい?」
マレーダーが、ずれた眼鏡を直しながら尋ねれば八号は『満面の笑み』で振り返る。
「はい、マレーダー様。八号はこうして再びマスターと共にあることが嬉しいのです。マスターと離れていた日々は耐え難い苦しみの日々でしたので」
一体なにがどうしてこうなったのか、作ったマレーダーにもわからなかった。
「まあまあ、剣に魂が宿ることもあるんだから、ゴーレムに感情が芽生えてもそんなに不思議なことじゃないさ」
エルが笑いながら言えば、マレーダーが目を剥いて「詳しく」と詰め寄る。
エルは『余計なことを言ってしまった』という顔をしながらアイルに助けを求める視線を投げたが、アイルとミュウは敢えてヘレンの事に飛び火しないよう全力で無視していた。
モデルとなったトルマはと言えば、なんだかアイルへの甘えのポジションを取られたような気持ちになったのか複雑な表情をしていた。
「なるほどな……魔物の軍勢か。確かにそれは頼りになるな」
かつてダナン防衛戦やイーチ戦で統率された魔物の群れと戦った経験のあるサミュエルはミュウの案に深く頷く。
「もちろんそれは王都の軍勢を引き出すための陽動です。私達が北方に王国軍を足止めしている間に、いま王都で何が起こっているのかを調べるというのがエルさんの作戦ですね。出来ればそのまま王都を奪還できればいいのですが、そう簡単にはいかないでしょうね」
ミュウは王国軍が全軍出てくるとは思っていない。だが、戦いが膠着して長引けば増援を出さざるを得なくなるであろう。やはり、ミュウとアイルの戦い方次第であることは間違いない。
「うん。まず何故急に兵力を激増させることが出来たのかを知りたい。その上で、多いだけのハリボテの兵なのかどうかも確認できればいいね」
もし数を揃えただけならば、実力差と装備の差で千の兵力でもダナン側に勝機が見えてくる。逆に兵の戦闘力と練度が高ければ苦戦は免れない。
「興奮状態に入った魔物は何をするかわからないので、陽動部隊は私とアイルさんのみで率います」
「潜入部隊はこれから選抜だな」
腕組みをしてつぶやくサミュエルの言葉に一歩前に出る人物がいる。
「もちろん私は行きます」
宿屋の跡取り息子の妻として、そして二人の養女を育てる母として暮らすという平和な日々を送っていたために鬱憤が最高潮に溜まっているリンジー嬢である。
「まあ……そうだろうなあ」
ちらりとそれを横目で見たサミュエルも諦め気味に頷いた。これを止めたら『銀の斧亭』が破壊されかねない。平和に暮らしながらも毎日の鍛錬は一切怠っていないことも知っている。
調査が主な目的となるのでマレーダーも参加、王都の変化を自分の目で見ておきたいというエルも参加することになる。
その他のメンバーは後に選抜することにして、一旦解散となる。
「もう行くのかい」
『銀の斧亭』の裏手にある小さな墓に手を合わせるアイルの背中に、女将のキャシーが声を投げる。
その墓は、かつてのイーチとの戦いで村を守りながら死んだ次男のベンの物だ。いましがたアイルが供えた小さな花が添えられている。
「ああ」
アイルはゆっくりと立ち上がる。
「その、北へ行くんだろ? もし……迷惑じゃなかったらさ……」
いつも溌剌として豪快なキャシーにしては珍しく口ごもる。大事な戦いに赴くアイルに頼むようなことではないとわかっているからだ。
「わかった」
だが、アイルは引き受けた。
「あんたは本当にいい子だよ」
キャシーは笑って、手作りのペンダントをアイルに渡した。
「これはね、あの時あの子が帰ってきたらお守りにと渡すつもりだったものさ。あん時はあいつが黙って行方をくらましたから渡せなかったんだけどね」
アイルはしみじみとそのペンダントを見る。
丈夫な紐を撚り合わせて作られたそのペンダントは、魔除けの効果があると言われている小さな石をはめ込んだ銀のヘッドが付けられている。
母親の思いが込められたこのペンダントは、きっと安らかな眠りを守ってくれるに違いない。
西の門から旅立つアイル達を見送るために、ダナンの主だった人々が再び集まる。
それぞれが短い言葉をかける中、トルマはもう一度アイルに抱きついた。アイルの横にはトルマそっくりの八号がいるので、妙な空間である。
「気をつけてね、アイルお兄ちゃん。また帰ってきてね」
「ああ」
「八号とのリンクが切れてからのトルマはそりゃあこっちが心配になるぐらいに、毎日毎日アイル兄ちゃんの心配ばかりしてたんだ。今度はあんまり無茶をしねえでくれよ」
ルビィが半分トルマをからかうような言葉をかけて笑う。
「もう! ルビィちゃん! でも、本当に無茶しちゃだめだよ?」
駄目だと言った所で、かつて自分を守って瓦礫の下敷きになった時のように、片腕を失った時のように、半年近く音信不通になった時のように、この人は誰かのために無茶をするのだろう。
そうわかっていても、言わずにはいられなかった。
「わかった」
アイルはそう言って優しく笑うと、しゃがんでルビィとトルマの頭をポンポンと叩く。
「ご心配には及びません。マスターの身はこの私が全力でお守りいたしますので」
八号が無表情で胸を叩いた。
「そんなこと言って、こないだは壊れちゃったじゃない!」
トルマの全力のツッコミに思わず「ぐぬぬ……」と言い返せなくなる八号。
「し、しかし、このたびは色々とパワーアップしているのです。リンジー様にも稽古を付け直していただきましたし、もう前回のような不覚は取りません。あの筋肉ダルマと戦っても小指一本で勝てるでしょう」
あの筋肉ダルマと言われても誰のことだかトルマにはわからなかったが、戦えない自分に代わってアイルとミュウの守りを任せるのはこの八号しかいないのだ。
この数日間、リンジーと暇さえあれば組手をしていたようだが、アイルにしてみればむしろ八号と本気の組手が出来るリンジーのほうが人間としておかしい領域に踏み込んでいるような気がしてならなかった。
「うん、お兄ちゃんとお姉ちゃんをしっかり守ってね」
「あんまりだらしねえと、九号を作っちゃうからな」
二人の言葉に奮起する八号。
特にルビィの最後の言葉はいただけない。最強で最終兵器なゴーレムは自分でなければならない。
「万事お任せあれ」
新調された(トルマのおさがりの)可愛らしい淡いピンクのワンピースの裾を持ち上げて、丁寧に礼をする八号。
トルマと見た目がそっくりなのだから双子のやり取りにしか見えないのだが、片方が終始無表情なので妙な演劇でも見ている気分になる一同。
「マレーダー様」
八号は見送りに来ているマレーダーに向かう。
「なんだい?」
「トルマ様が成長なされているのに、私のサイズが変わっておりません。それについては厳重に抗議申し上げたい所ですが時間がありません。戻ったら、サイズ調整のほど、よろしくお願いいたします」
この一年でトルマの身長も数センチ伸びていた。元のサイズのままの八号とは、身長差が出来てしまっている。
「それについては一考を。八号が私より大きくなるのは、立場の問題から考えてもいただけませんね」
ここでミュウが口を挟む。
「そんな……」
第二の主人と言っても差し支えないミュウからの思わぬ駄目出しにがっくりと膝をつく八号。
「ほらほらあんた達、くだらないこと言ってないでもう放しておやり。ほらハチゴーちゃん。きちんと再現できてるかわからないけど、タイセー焼きとかいうのをたっぷり作ってあげたよ」
キャシーが革袋にたっぷり詰まったタイセー焼きもどきを八号に渡す。
「これは……! ありがとうございます。タイセー焼きなどと言わず、これはもうダナン焼きとして、街の名物にしましょう」
「そりゃあいいねえ」
ニヤニヤと笑うキャシー。
「あー、その、なんだ。とにかく気をつけてな。お前たちからの知らせをもって、俺達も作戦行動を開始する。おっ始まったらこことエルタウンからの二面攻撃だ。お前たち二人に重荷を背負わせちまうが、頼りにしてるぜ」
今度はサミュエルが代表して進み出てくる。今日は一段と頭の輝きが良い。
「ああ」
アイルはニヤリと笑うと、サミュエルと固い握手を交わした。
「それでは行ってまいります。吉報をお待ち下さい」
皆に別れを惜しまれつつ、アイルとミュウは西の森へと姿を消した。
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