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最終章 風の魔女
5-9 対面と選択肢
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かつてイーチ領などの北方への備えとしてセルアンデ王国が築いた砦は、さすがに千人もの兵を収容できるほど巨大な砦ではないため、移動した王国軍の兵たちは砦前の野営のための空き地に陣地を構築して休憩に入った。
兵たちのほとんどは、先のミラー中将と敵の女騎士との一騎打ちを目の当たりにしてしまったために完全に戦意は喪失している。
そうでなくとも二千の魔物が付近の森に潜んでいるとなれば、ここで反旗を翻したところで殲滅されてしまうのがオチである。
そうでなくとも王国に対して命を張るのが惜しくないほどの忠誠心を持った兵はわずかである。こんなところにも、エレノアの治世時代との差が出始めていた。
そして砦内部に案内された指揮官たち、特にミラーは呆然としていた。
砦で彼を待っていたのは、堂々たる体躯を持つ剣士。と、その隣に座る小柄な少女。
否、ミラーは彼らを知っていた。
かつて王都に呼び出されたアイルが騒ぎを起こして門までやってきた時に、ミラーもその場にいたのだ。
「ア、アイル殿……とその従者さん、ですよね? いや、私は一度お見かけしたことがあるだけですが……エリック様の討伐部隊と相討ちになって亡くなったと……」
言葉の途中でヒュッっと風鳴りがしたかと思いきや、ミラーの頬からつつっと血が流れる。
「アイルさん頭に来ました。この人だけ処刑しましょう」
アイルの横に座る少女が物騒な発言を繰り出したためにミラーは顔面蒼白になる。
「も、申し訳ありません!」
「まあ無知というのは罪ですが、そこで学んで後に活かすという行為で相殺されるものでもあります。皆さんもよく覚えておいてください。私の名前はミュウ。アイルさんの従者などではなく、アイルさんを勝利に導く風の女神です。以後、従者呼ばわりした方は容赦なく細切れにします」
「はっ!」
一同は思わずその場にひれ伏してしまった。それを見たアイルだけが嫌そうな顔をする。
「まあまあ、一応勝者と敗者なんですから」
そのアイルの腕をポンポンと叩いたミュウはひれ伏した指揮官たちを見回して、しばらく思案していた。
「さて……王都への増援要請は済ませましたか?」
「はっ、伝令を三名。総数二千の魔物に迎撃部隊は全滅したと伝えるように言ってあります。しかし、本当によろしかったのでしょうか。恐らく報を聞いた王都では、すぐにでも三千は下らない部隊を繰り出してくると思われますが」
ミュウの質問に代表して答えるのはミラーである。
「もちろんです。興味があるのはその増援部隊の中身ですね。なぜセルアンデ王国は急激に兵力を増強できたのか、そのあたりを教えていただきたいです。と言っても、おそらくはあなたも理由についてはよくわかっていないのでは?」
その言葉に思わずミラーも唸ってしまう。
実際、急激に増兵されたのは確かであり、どこから来た兵なのかも定かではなかった。ただ、王自らが用意した特別な兵であるとしか聞かされていなかった。
「まあ大体想像はつきます。王都周辺も含めて一帯が私の魔眼さえも防ぐとなると、考えられるのは一つだけ……おそらくは魔女の仕業でしょう」
これには隣にいるアイルも驚いてミュウを見てしまった。
もう既に魔女はいないのではなかったのか。
「どう思います? ヘレンさん」
『そうねえ……確かに魔眼を妨害できるほどの魔法知識。まあ王都のなんちゃら教会が頑張って高度な防壁を張ることが出来たという線もあるけど、そんなことは無理よねえ。あのマレーダーとかいう学者さんなら頑張れば出来るかもだけど。そんな低い可能性よりは、王都に魔女がいて結界を張りつつ兵力増強のために眷属を増産している、と考えるほうがしっくりくるわねえ』
砦の司令部たるこの部屋には、机が一つと椅子が二つ。
その二つの椅子にアイルとミュウが座っていて、指揮官たちは床の上にいるのだが、今の女性の声は一体どこから聞こえたのやら。
ミラー達が思わずキョロキョロと見回すのも構わずにミュウは話を続ける。
「そういうわけです。次に派遣されてくる部隊はその馬鹿王が用意した兵たちである可能性は高いですか?」
「はっ……はっ! 元から王国軍兵士であった者達の大半は今回私が率いてきた兵でありますので、もし予想通りの大群を編成してくるならば間違いなく王の兵たちが主軸となるでしょう。ただ、一部はその兵たちに指示を出すための指揮官は古参の王国軍指揮官が担当すると思います」
ミラーによれば、王から賜った兵たちは戦闘能力こそ高いが、軍団としての自律行動において難がある。そのために、必ず指令を出す者が必要となるらしい。
「無言、指示を出さないと動けない、このあたりからも出来損ない眷属の集まりである可能性が高いですね。それが確認できればいいのですが、実際に戦ってみないとわからないでしょうね。三千の眷属となると、魔物たちだけでは心許ないですがこちらは元々陽動ですからね。戦いが始まった段階でエルさん達に合図を送ればいいでしょう」
うんうんと一人でうなずきながらブツブツと考えをまとめるミュウ。
「エルさん……まさか、エリック様も生きておいでなのですか!?」
ミラーはミュウの言葉を聞いて目を瞠る。
「え? ああ、生きてますよ。というか、目下王都を奪還するために着々と準備を進めています。私達の魔物による攻撃はその最初の足がかりですね」
ミュウは椅子からストっと降りると、指揮官たちの前まで移動する。
「いいですか、皆さん。あなた達の仕える馬鹿王はどうやってか魔女の力を使って、おそらくは自領の民を魔の眷属に変えて兵士としています。先ごろは東の大陸を支配するべく東の自治都市を次々と占領して、遠征軍を出港させました」
ミラーは苦い顔をする。自分が総責任者として従事した作戦でもあるからだ。
「その時、たまたまエルさんも含めた私達は東の大陸にいました。逃げてきたティーバの領主一行と合流して王都で何が起きているのかを知り、ここまで戻ってきました。ああ、東の大陸の占領作戦はまんまと邪魔しておきましたから、思い通りには進んでいないと思いますが……」
あろうことか、作戦を邪魔した張本人がここにいた。
「東への理由なき突然の侵攻にあなた達は何の疑問も抱かないのでしょうか。海辺の民は今も唐突な圧政に苦しんでいるでしょう。そしてそれを憂いたエルさんは、王を打倒することを決意しました。今は鉱山の街とダナンが連携して、反乱の機を窺っています」
もはやミラーに言葉は無かった。
「あなた達はどうしますか? エルさんについて馬鹿な王を討つのに協力するもよし、最後まで忠誠を尽くして戦い抜くのもまた一興でしょう」
指揮官たちも互いに顔を見合わせながら、ヒソヒソと言葉を交わしている。誰もが迷っているようだった。
「しばし、考える時間をいただけないでしょうか……」
ミラーは自分も含めて、すぐに答えの出せる問題ではないと判断した。
「でしょうね。私としては、増援として派兵されてくる部隊の実態が、先程私が言ったとおり魔の眷属で構成されているかどうかで判断していただいていいと思います」
確かにそのとおりだ。
もし、この少女の言う通り領民を魔の眷属などという恐ろしいものに創り変えて使役している存在が王の傍にいるのだとしたら、そんなものに付き従う謂れは一切ない。
「私はそれでいいと考えます。皆はどうだ?」
指揮官たちもミラーに頷く。
「最後に、アイルさんなにかありますか?」
ミラー達がこの部屋に入ってから一言も発していないアイルに、ミュウが発言を促す。無口だとは聞いていたが、これほどとはミラーも思わなかった。
「え? ふむふむ」
アイルがちらりとミュウに視線を送り、ミュウはそれだけでただ頷いている。
「増援部隊が来たら私達はここを出陣しますが、もし増援部隊と連携して背後を突きたければ好きにしていい、だそうです」
何故ミュウが代わりに話しているのかさっぱりわからないミラー達であったが、話の内容は驚愕すべきものである。
王都から送り込まれる増援部隊に対して布陣するアイルたちは、確かに砦に残る部隊に対して完全に背中を見せる形になる。
千の兵を抑えておくのに魔物を割いてしまえば、もしミラーの予想通り三千の兵が送り込まれてきた時に圧倒的な戦力不足になる。
すなわち全軍で迎え撃つことになるわけだが、その背後を突くのは自由だという。
ミラーはアイルをじっと見つめた。
無表情でなにか不機嫌なのかと思うほどの仏頂面だが、その目は真剣だった。
唐突にミラーは、王都でアイル達を見かけた後で、軍で色々と面倒を見てくれていたクラウスラー少将が教えてくれた言葉を思い出した。
『アイル殿はエレノア様直々に任命された王の剣らしいぞ。魔女を討つための剣。お二人の間に如何なる友誼が存在したのかは知らんが、ガイゼー宰相はその場に立ち会われたそうだ。嘘か真かどうかはわからないが王命に従うのではなく、己の判断で王国に仇なす魔女を討つために行動していいというお言葉をいただいていると』
その時は、何やら雲の上のすごい話だなあ、ぐらいにしか思っていなかった。
が、こうしてアイルが王都からやってくる部隊と戦おうとしている姿を見て急速にその言葉が結びついた。
「つまり……アイル殿は王国に仇なす魔がそこにいる、とお考えなわけですね」
ミラーの真っ直ぐな目をそのまま受け止めていたアイルがゆっくりと頷いた。
「まあアイルさんも、王都に魔女がいるかも知れないというのはさっき初めて知ったみたいなのでそこまで深く考えての行動では、あいたあ!!」
室内にゴツンと鈍い音が響き渡った。
──────────────────
数日後、司令室にてアイルとミュウにこれまでの経緯などを聞いていたミラー達の元に、貴族の執事が着るような服を来た筋肉モリモリの男が王都からの進軍を報告に現れた。
「あれと戦っていたのかもしれんのだよな」
あのときの選択肢を間違えていたらと寒気がする思いでその男を見ていたミラーであったが、ふと報告を終えたその男と目が合ってしまった。
「おや、ヒルデガルドに無様に破れた中将どのですねーえ?」
「く……」
事実であるために反論できないのだが、妙に癇に障る男だ。
「ミュウ様の従者第二位のあの者に勝てないようでは、あの時わたくしと戦わなくて正解でしたねーえ。この一の従者レオノワール様の鋼の肉体にはあなたの剣など通りませんからーあ。ふんぬっ」
言いながら突然筋肉を強調するポーズを取る男。
当然といえば当然ながら、服のあちこちがビリビリと音を立てて破れた。
「また頭の中まで筋肉で出来ている肉の塊が馬鹿をやらかしていますね。罰としてこの戦いが終わるまでその破れた服のままでいてください。自分で縫ったりすることも許可しません」
ぬっ、と扉の影から顔だけを出したハチゴーとかいう少女が無表情のまま男に告げる。
見る間に男の顔が顔面蒼白になり、いや元々かなり白いのだが、正に青白くなっていき『それだけは! 晴れの舞台にこんな格好では!』と少女に縋り付きつつも、そのままズルズルと少女に引きずられていった。そのせいで更に服が破れていっているのは言うまでもない。
「あ、ミラーさん。心優しいマスターが、あなたのために新しい剣を下さるそうです。ありがたく受け取ってくださいね」
少女が振り返りつつ告げると、アイルが背中の方からゴソゴソと剣を取り出した。
「えーと、この剣は、ダナンにて鍛えられた特製の剣で、本来はアイルさんの予備として持ってきたのですが。先の戦いであなたの剣が折れてしまったために、今後はこの剣を使うといいだろう。ということらしいです」
アイルの心の内をミュウが語るという図式にもいつの間にか慣れてしまったミラーであったが、さすがにこの申し出には驚愕した。
一体自分は捕虜なのか客人なのか。
恐る恐る剣を受け取ってミラーは更に驚愕することになる。
「なんだこれは……。見たこともない金属で出来ている。名剣なんてもんじゃない、とんでもない耐久力と切れ味があるだろうというのがわかります。それでいて軽い。こんな剣、本当にいただいてよろしいのですか?」
さすがに剣に生きてきたミラーだけあって、一目で魔鉱製の剣の品質を見抜いた。
「付け加えますと、エルさん率いる軍団は武器どころか防具に至るまで同じ材質で作られたものを全員装備しています。あ、八号のボディも同じ材質なんですよ」
最後の言葉はよくわからなかったが、エリックが率いる反乱軍がこの剣並の装備を全員持っているというだけでもミラーの頭は真っ白になった。
そして何よりも、こんな剣を持ってしまったら早速試してみたいという欲求に駆られてそわそわしてしまう。
「ふふ」
恐らくミラー達がこの砦に来て、初めてアイルが笑った。
「あ、そうですね。では、中庭の練兵場へどうぞ」
ミラーはアイル達に案内されるままに砦の中庭に連れて行かれる。
そこにも暇を持て余した指揮官たちが何人かくつろいでいたが、アイル達が現れるとなんだなんだと集まってきた。
「ヒルデガルドさん、今度は折っちゃだめですよ。まあ、これは中々折れないとは思いますけど」
ミュウのその言葉で、壁を飛び越えてヒラリと銀色の煌めきが舞った。
「ああ……」
やっぱり美しい、とミラーは目を奪われた。
「ミラーさんが新しい剣を試してみたくてうずうずしているので、相手してあげてください」
「かしこまりました」
よもやヒルデガルドと再戦が叶うとは思っていなかったミラーの喜びは凄まじかった。なによりもアイルに貰った剣の凄さに『これならば勝てるかも知れない』という気持ちになり、一度はへし折られた自信が再び湧き上がってくるのがわかった。
もちろん、数分後には意識を失ったミラーが練兵場に倒れていたのは言うまでもない。
兵たちのほとんどは、先のミラー中将と敵の女騎士との一騎打ちを目の当たりにしてしまったために完全に戦意は喪失している。
そうでなくとも二千の魔物が付近の森に潜んでいるとなれば、ここで反旗を翻したところで殲滅されてしまうのがオチである。
そうでなくとも王国に対して命を張るのが惜しくないほどの忠誠心を持った兵はわずかである。こんなところにも、エレノアの治世時代との差が出始めていた。
そして砦内部に案内された指揮官たち、特にミラーは呆然としていた。
砦で彼を待っていたのは、堂々たる体躯を持つ剣士。と、その隣に座る小柄な少女。
否、ミラーは彼らを知っていた。
かつて王都に呼び出されたアイルが騒ぎを起こして門までやってきた時に、ミラーもその場にいたのだ。
「ア、アイル殿……とその従者さん、ですよね? いや、私は一度お見かけしたことがあるだけですが……エリック様の討伐部隊と相討ちになって亡くなったと……」
言葉の途中でヒュッっと風鳴りがしたかと思いきや、ミラーの頬からつつっと血が流れる。
「アイルさん頭に来ました。この人だけ処刑しましょう」
アイルの横に座る少女が物騒な発言を繰り出したためにミラーは顔面蒼白になる。
「も、申し訳ありません!」
「まあ無知というのは罪ですが、そこで学んで後に活かすという行為で相殺されるものでもあります。皆さんもよく覚えておいてください。私の名前はミュウ。アイルさんの従者などではなく、アイルさんを勝利に導く風の女神です。以後、従者呼ばわりした方は容赦なく細切れにします」
「はっ!」
一同は思わずその場にひれ伏してしまった。それを見たアイルだけが嫌そうな顔をする。
「まあまあ、一応勝者と敗者なんですから」
そのアイルの腕をポンポンと叩いたミュウはひれ伏した指揮官たちを見回して、しばらく思案していた。
「さて……王都への増援要請は済ませましたか?」
「はっ、伝令を三名。総数二千の魔物に迎撃部隊は全滅したと伝えるように言ってあります。しかし、本当によろしかったのでしょうか。恐らく報を聞いた王都では、すぐにでも三千は下らない部隊を繰り出してくると思われますが」
ミュウの質問に代表して答えるのはミラーである。
「もちろんです。興味があるのはその増援部隊の中身ですね。なぜセルアンデ王国は急激に兵力を増強できたのか、そのあたりを教えていただきたいです。と言っても、おそらくはあなたも理由についてはよくわかっていないのでは?」
その言葉に思わずミラーも唸ってしまう。
実際、急激に増兵されたのは確かであり、どこから来た兵なのかも定かではなかった。ただ、王自らが用意した特別な兵であるとしか聞かされていなかった。
「まあ大体想像はつきます。王都周辺も含めて一帯が私の魔眼さえも防ぐとなると、考えられるのは一つだけ……おそらくは魔女の仕業でしょう」
これには隣にいるアイルも驚いてミュウを見てしまった。
もう既に魔女はいないのではなかったのか。
「どう思います? ヘレンさん」
『そうねえ……確かに魔眼を妨害できるほどの魔法知識。まあ王都のなんちゃら教会が頑張って高度な防壁を張ることが出来たという線もあるけど、そんなことは無理よねえ。あのマレーダーとかいう学者さんなら頑張れば出来るかもだけど。そんな低い可能性よりは、王都に魔女がいて結界を張りつつ兵力増強のために眷属を増産している、と考えるほうがしっくりくるわねえ』
砦の司令部たるこの部屋には、机が一つと椅子が二つ。
その二つの椅子にアイルとミュウが座っていて、指揮官たちは床の上にいるのだが、今の女性の声は一体どこから聞こえたのやら。
ミラー達が思わずキョロキョロと見回すのも構わずにミュウは話を続ける。
「そういうわけです。次に派遣されてくる部隊はその馬鹿王が用意した兵たちである可能性は高いですか?」
「はっ……はっ! 元から王国軍兵士であった者達の大半は今回私が率いてきた兵でありますので、もし予想通りの大群を編成してくるならば間違いなく王の兵たちが主軸となるでしょう。ただ、一部はその兵たちに指示を出すための指揮官は古参の王国軍指揮官が担当すると思います」
ミラーによれば、王から賜った兵たちは戦闘能力こそ高いが、軍団としての自律行動において難がある。そのために、必ず指令を出す者が必要となるらしい。
「無言、指示を出さないと動けない、このあたりからも出来損ない眷属の集まりである可能性が高いですね。それが確認できればいいのですが、実際に戦ってみないとわからないでしょうね。三千の眷属となると、魔物たちだけでは心許ないですがこちらは元々陽動ですからね。戦いが始まった段階でエルさん達に合図を送ればいいでしょう」
うんうんと一人でうなずきながらブツブツと考えをまとめるミュウ。
「エルさん……まさか、エリック様も生きておいでなのですか!?」
ミラーはミュウの言葉を聞いて目を瞠る。
「え? ああ、生きてますよ。というか、目下王都を奪還するために着々と準備を進めています。私達の魔物による攻撃はその最初の足がかりですね」
ミュウは椅子からストっと降りると、指揮官たちの前まで移動する。
「いいですか、皆さん。あなた達の仕える馬鹿王はどうやってか魔女の力を使って、おそらくは自領の民を魔の眷属に変えて兵士としています。先ごろは東の大陸を支配するべく東の自治都市を次々と占領して、遠征軍を出港させました」
ミラーは苦い顔をする。自分が総責任者として従事した作戦でもあるからだ。
「その時、たまたまエルさんも含めた私達は東の大陸にいました。逃げてきたティーバの領主一行と合流して王都で何が起きているのかを知り、ここまで戻ってきました。ああ、東の大陸の占領作戦はまんまと邪魔しておきましたから、思い通りには進んでいないと思いますが……」
あろうことか、作戦を邪魔した張本人がここにいた。
「東への理由なき突然の侵攻にあなた達は何の疑問も抱かないのでしょうか。海辺の民は今も唐突な圧政に苦しんでいるでしょう。そしてそれを憂いたエルさんは、王を打倒することを決意しました。今は鉱山の街とダナンが連携して、反乱の機を窺っています」
もはやミラーに言葉は無かった。
「あなた達はどうしますか? エルさんについて馬鹿な王を討つのに協力するもよし、最後まで忠誠を尽くして戦い抜くのもまた一興でしょう」
指揮官たちも互いに顔を見合わせながら、ヒソヒソと言葉を交わしている。誰もが迷っているようだった。
「しばし、考える時間をいただけないでしょうか……」
ミラーは自分も含めて、すぐに答えの出せる問題ではないと判断した。
「でしょうね。私としては、増援として派兵されてくる部隊の実態が、先程私が言ったとおり魔の眷属で構成されているかどうかで判断していただいていいと思います」
確かにそのとおりだ。
もし、この少女の言う通り領民を魔の眷属などという恐ろしいものに創り変えて使役している存在が王の傍にいるのだとしたら、そんなものに付き従う謂れは一切ない。
「私はそれでいいと考えます。皆はどうだ?」
指揮官たちもミラーに頷く。
「最後に、アイルさんなにかありますか?」
ミラー達がこの部屋に入ってから一言も発していないアイルに、ミュウが発言を促す。無口だとは聞いていたが、これほどとはミラーも思わなかった。
「え? ふむふむ」
アイルがちらりとミュウに視線を送り、ミュウはそれだけでただ頷いている。
「増援部隊が来たら私達はここを出陣しますが、もし増援部隊と連携して背後を突きたければ好きにしていい、だそうです」
何故ミュウが代わりに話しているのかさっぱりわからないミラー達であったが、話の内容は驚愕すべきものである。
王都から送り込まれる増援部隊に対して布陣するアイルたちは、確かに砦に残る部隊に対して完全に背中を見せる形になる。
千の兵を抑えておくのに魔物を割いてしまえば、もしミラーの予想通り三千の兵が送り込まれてきた時に圧倒的な戦力不足になる。
すなわち全軍で迎え撃つことになるわけだが、その背後を突くのは自由だという。
ミラーはアイルをじっと見つめた。
無表情でなにか不機嫌なのかと思うほどの仏頂面だが、その目は真剣だった。
唐突にミラーは、王都でアイル達を見かけた後で、軍で色々と面倒を見てくれていたクラウスラー少将が教えてくれた言葉を思い出した。
『アイル殿はエレノア様直々に任命された王の剣らしいぞ。魔女を討つための剣。お二人の間に如何なる友誼が存在したのかは知らんが、ガイゼー宰相はその場に立ち会われたそうだ。嘘か真かどうかはわからないが王命に従うのではなく、己の判断で王国に仇なす魔女を討つために行動していいというお言葉をいただいていると』
その時は、何やら雲の上のすごい話だなあ、ぐらいにしか思っていなかった。
が、こうしてアイルが王都からやってくる部隊と戦おうとしている姿を見て急速にその言葉が結びついた。
「つまり……アイル殿は王国に仇なす魔がそこにいる、とお考えなわけですね」
ミラーの真っ直ぐな目をそのまま受け止めていたアイルがゆっくりと頷いた。
「まあアイルさんも、王都に魔女がいるかも知れないというのはさっき初めて知ったみたいなのでそこまで深く考えての行動では、あいたあ!!」
室内にゴツンと鈍い音が響き渡った。
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数日後、司令室にてアイルとミュウにこれまでの経緯などを聞いていたミラー達の元に、貴族の執事が着るような服を来た筋肉モリモリの男が王都からの進軍を報告に現れた。
「あれと戦っていたのかもしれんのだよな」
あのときの選択肢を間違えていたらと寒気がする思いでその男を見ていたミラーであったが、ふと報告を終えたその男と目が合ってしまった。
「おや、ヒルデガルドに無様に破れた中将どのですねーえ?」
「く……」
事実であるために反論できないのだが、妙に癇に障る男だ。
「ミュウ様の従者第二位のあの者に勝てないようでは、あの時わたくしと戦わなくて正解でしたねーえ。この一の従者レオノワール様の鋼の肉体にはあなたの剣など通りませんからーあ。ふんぬっ」
言いながら突然筋肉を強調するポーズを取る男。
当然といえば当然ながら、服のあちこちがビリビリと音を立てて破れた。
「また頭の中まで筋肉で出来ている肉の塊が馬鹿をやらかしていますね。罰としてこの戦いが終わるまでその破れた服のままでいてください。自分で縫ったりすることも許可しません」
ぬっ、と扉の影から顔だけを出したハチゴーとかいう少女が無表情のまま男に告げる。
見る間に男の顔が顔面蒼白になり、いや元々かなり白いのだが、正に青白くなっていき『それだけは! 晴れの舞台にこんな格好では!』と少女に縋り付きつつも、そのままズルズルと少女に引きずられていった。そのせいで更に服が破れていっているのは言うまでもない。
「あ、ミラーさん。心優しいマスターが、あなたのために新しい剣を下さるそうです。ありがたく受け取ってくださいね」
少女が振り返りつつ告げると、アイルが背中の方からゴソゴソと剣を取り出した。
「えーと、この剣は、ダナンにて鍛えられた特製の剣で、本来はアイルさんの予備として持ってきたのですが。先の戦いであなたの剣が折れてしまったために、今後はこの剣を使うといいだろう。ということらしいです」
アイルの心の内をミュウが語るという図式にもいつの間にか慣れてしまったミラーであったが、さすがにこの申し出には驚愕した。
一体自分は捕虜なのか客人なのか。
恐る恐る剣を受け取ってミラーは更に驚愕することになる。
「なんだこれは……。見たこともない金属で出来ている。名剣なんてもんじゃない、とんでもない耐久力と切れ味があるだろうというのがわかります。それでいて軽い。こんな剣、本当にいただいてよろしいのですか?」
さすがに剣に生きてきたミラーだけあって、一目で魔鉱製の剣の品質を見抜いた。
「付け加えますと、エルさん率いる軍団は武器どころか防具に至るまで同じ材質で作られたものを全員装備しています。あ、八号のボディも同じ材質なんですよ」
最後の言葉はよくわからなかったが、エリックが率いる反乱軍がこの剣並の装備を全員持っているというだけでもミラーの頭は真っ白になった。
そして何よりも、こんな剣を持ってしまったら早速試してみたいという欲求に駆られてそわそわしてしまう。
「ふふ」
恐らくミラー達がこの砦に来て、初めてアイルが笑った。
「あ、そうですね。では、中庭の練兵場へどうぞ」
ミラーはアイル達に案内されるままに砦の中庭に連れて行かれる。
そこにも暇を持て余した指揮官たちが何人かくつろいでいたが、アイル達が現れるとなんだなんだと集まってきた。
「ヒルデガルドさん、今度は折っちゃだめですよ。まあ、これは中々折れないとは思いますけど」
ミュウのその言葉で、壁を飛び越えてヒラリと銀色の煌めきが舞った。
「ああ……」
やっぱり美しい、とミラーは目を奪われた。
「ミラーさんが新しい剣を試してみたくてうずうずしているので、相手してあげてください」
「かしこまりました」
よもやヒルデガルドと再戦が叶うとは思っていなかったミラーの喜びは凄まじかった。なによりもアイルに貰った剣の凄さに『これならば勝てるかも知れない』という気持ちになり、一度はへし折られた自信が再び湧き上がってくるのがわかった。
もちろん、数分後には意識を失ったミラーが練兵場に倒れていたのは言うまでもない。
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