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21 猫太朗に女の影?
しおりを挟む「…………で?」
カウンター席で頬杖を突きながら、めいが目を細くしている。視線の先では、猫太朗が気まずそうな表情でカップを洗っていた。
「で、とは?」
「あなたを探している女性がいる――江津子さんはそう言ってました」
「……言ってましたねぇ」
「本当に心当たりはないんですか?」
「ないですね。だからどう反応していいかも分かりません」
「隠している男性は、大体同じことを言うものです」
「じゃあ、一体どうしろと……」
猫太朗は深いため息をつく。確かに江津子から言われた時も驚いたが、問題はその後だった。
常連客がこぞってからかってきたのだ。
猫ばかり夢中になっているマスターにも遂に春が来たのか、進展があったら遠慮なく相談に乗るぜ、結婚式の余興は任せろ――などなど。
勝手に広げていく男たちの話に、その場にいたグループの紅一点――佐武江津子が喝を入れたことでその場は収まった。
――す、すみません、姐さん。
――誰が姐さんですか、こんなおしとやかな乙女に向かって。
――乙女って……もうフツーに婆さんじゃねぇか。
――あらあなた? 何かおっしゃいまして?
――い、いえ、なんでもありませんです、ハイ……。
そんなやり取りが後ろから聞こえてくるのを感じながら、注文の品を作るべくカウンターの中へと戻っていった。
そこで猫太朗は、気づいてしまったのだ。
めいがマシロを撫でながら、冷たい視線を向けてきていることを。
正直、全く心当たりがないため、反応のしようがなかった。そのうち収まるだろうと思って放っておいたが、数時間経った今でも機嫌が直る様子はなく、他の客も全員帰ったため、無性に居心地が悪い。
「なんとなく予想はしてましたよ。やっぱり猫太朗さんは天然タラシなんですね」
視線を逸らしながら、めいは拗ねた声を出す。
「いつもいつも甘いマスクで穏やかにさせて、とうとう追っかけができるまでに至るというのに、本人はその自覚が全くないだなんて……あーやだやだ!」
「……そう言われましてもねぇ」
猫太朗はただただ苦笑することしかできないでいた。下手なことを言っても話が拗れるだけなのは目に見えている。かと言って、スルーすればいいという問題でもないことは明白であった。
「きっと何かの間違いですよ。僕を狙ったところで得することなんかないですし」
「ほら! モテる人はみんなそーゆーことを言うんですよね!」
落ち着くどころか、逆にめいの苛立ちが増してしまう。一体どうすればいいんだろうかと、猫太朗は表情をげんなりとさせる。
ひっそりとため息をついていたが、それを見ためいは更に頬を膨らませていた。
「そもそも本当に心当たりないんですか? 過去に来たお客さんで、積極的に猫太朗さんに話しかけたり、猫ちゃんと仲良くしていたり、毎日のように人の少ない時間に通っていたり、無理して時間作ってでも来ようとしていたりとか……」
「あー、それなら確かにいましたね」
「ほらやっぱりー! ちなみにどんな人なんですか?」
盛大に頬を膨らませながら問いかけるめいに、猫太朗が視線を向ける。
「――めいさんです」
「へっ?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。膨らんでいた頬はしぼみ、完全にきょとんとした表情を浮かべるめいに、猫太朗も冷静な口調で言った。
「いえ、だからめいさんですよ。今の言葉に当てはまる人は」
「え、あ、そ、そうですか……」
今度は頬を赤らめながら視線を右往左往とさせる。なんだかコロコロと表情の変わる人だなぁと思いつつ、これをチャンスと見た猫太朗は、畳みかけるつもりでめいに語り掛けた。
「そもそも女性のお客さんと深く接したことがあるとするならば、僕の記憶上めいさんぐらいしかいないですね。クロベエもお客さんに懐くことはあれど、九割以上は社交辞令の域を出てない感じですし」
「にゃあっ」
クロベエがタイミングよく返事をする。まるで「そのとーり」と言わんばかりの力強さが秘められていた。
「そもそも事情があるとはいえ、知り合いの女性をウチに誘うこと自体、僕は初めてのことですからね」
「にゃっ」
「そーゆー意味じゃ、ある意味めいさんは『特別』なのかもしれませんね」
「にぅ」
「クロベエとマシロも、そう思っているということかな?」
「「にゃっ!」」
「――だそうですよ、めいさん。良かったですね」
ニッコリと笑顔を浮かべ、優しい口調で語り掛ける猫太朗。
それに対して、めいは――
「は、はい……ありがとうございます」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、視線を逸らしながらも頷くのだった。実際、本人も悪い気はしておらず、むしろ嬉しくさえ思っている。
数分前に見せていた刺々しい空気は、完全に吹き飛んだも同然であった。
しかし――
(……あれ? なんか話の趣旨がすっごいズレているような?)
そんなことに気づいためいだったが、既に改めてそれを確認する空気ではないことも確かであった。
微妙に釈然としない気持ちにため息をつこうとしたその時――カランコロンという音が鳴り響く。
「いらっしゃいませー」
「あの……まだ、やってますか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「良かったー」
入ってきたのは女性――二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。女子大生にも見えるし社会人になりたてな感じもする。
そんなことを横目で見ながらめいが思っていると、その女性はカウンター席にまっすぐ向かう。
しかしそのまま座わることなく、真剣な表情で猫太朗を凝視していた。
「唐突ですけど……マスターは神坂猫太朗さんで、間違いありませんか?」
「え? えぇ、そうですけど……」
「やっぱり! 違ってたらどうしようかと思いました。会えて良かったですー♪」
「はぁ……」
嬉しそうな笑顔を浮かべる女性に対し、猫太朗は戸惑うばかり。そんな二人の姿を目の当たりにしているめいだが、不思議と冷静であった。
なんというか――妙に自然な感じがしているのだ。
心なしか雰囲気も似ており、まるで二人が『他人』という気もしない。クロベエやマシロも落ち着いているだけでなく、その女性にトコトコと自ら少しずつ近づいているのも気になる。
それは猫太朗も少なからず感じていることであり、妙な違和感を抱きつつ、女性に問いかける。
「それでその……あなたは?」
「あぁ、すみません。申し遅れました」
女性は落ち着いた笑みを見せる。そして次に放つ言葉が、猫太朗とめいを大いに驚かせることになるのだった。
「私の名前は神坂莉子――神坂猫太朗さんの、実の妹になります」
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