29 / 37
29 怪しい人物?
しおりを挟む午後にちょっとしたハプニングこそ起こったが、特に事が荒立つこともなく、それからもいつもの『ねこみや』の時間が緩やかに流れていった。
マスターの可愛い妹さんが新しく従業員として入ってきたらしい――そんな噂を聞きつけて来店する、近所の人たちもいた。
佐武江津子の口コミは伊達ではない――改めてそれを思い知った気がした。
「……よし、今日はもうボチボチ、店じまいといこうか」
客も一通り帰り、残っているのは猫太朗と莉子、そしてめいと猫たちだけだ。あと十分足らずで閉店時間となり、外を覗いても他の客が来る様子はない。
「莉子はゴミの片づけの準備をしておいてくれ。一応まだ営業時間中だから、モップとかは後でな」
「りょーかいでっす♪」
莉子が笑顔で敬礼し、店の奥へと消える。入れ替わる形でめいがやってきた。
「猫太朗さん、私は……」
「めいさんは従業員じゃないので、まだゆっくりしててください」
「分かりました。営業時間が終わったら手伝います」
「はい。お願いします」
にこやかに頷き合い、めいはマシロとクロベエを連れてカウンター席へ戻る。そして猫太朗が、各テーブル席をチェックすべく見回り始めた。
マシロたちと遊びながらも、めいは猫太朗の後ろ姿をジッと見つめる。
そこに――カウンター越しに莉子が顔を出した。
「気になりますか、兄さんのこと?」
「うわぁっ?」
「シッ!」
思わず声を上げてしまうめいに、莉子は慌てて人差し指を立てる。二人して視線を向けてみるが、猫太朗は気づいていない様子であった。
「めいさんもご存じかとは思いますが、明日は『ねこみや』の定休日です」
「え、えぇ、そうね……」
「つまり兄さんの休日でもあるワケですよ」
「そうなるわね」
「――ここは一つ、兄さんをデートにでも誘ってみたらどうですか?」
ニンマリと笑う莉子に対し、めいは思わず呆気に取られる。
「デ、デートって、何をいきなり……」
「言い方が悪かったですかね? 折角のお休みなんですから、二人っきりでどこか遠くにでも遊びに行ってきたらどうですか、って聞いてるんですよ」
「いや、そんな急に……」
「猫ちゃんたちの面倒は私が見ておきますし、遠慮しないでくださいな」
「うぅ……」
言葉だけ聞けば、気を利かせてくれる優しいそれではある。しかし莉子の目は、それはもうらんらんと輝いており、これは絶好のチャンスですよと表情全体で伝えてきているのがよく分かる。
二人の男女が進展するところをこの目で見たい――そんな好奇心の表れであることは間違いない。
しかしこれはこれで、満更悪いと言い切れないのも確かではあった。
昨夜、莉子に指摘されたことを行動に移すには、まさにうってつけだろう。めいが猫太朗に一言声をかければ、それだけで事足りるはずなのだ。
それはめい本人も分かってはいるのだが――
「みょ、猫太朗さんと……一緒に……」
顔を赤らめ、チラチラと視線を向けるめい。そんな彼女に猫太朗が気づいて視線を向けたその瞬間、めいは素早く体ごと背中を向けてしまう。
「……?」
猫太朗が首を傾げながらも、壁にかけられている時計に視線を向ける。
「あ、閉店時間になった。めいさん、莉子、作業お願いしまーす」
「はーい」
返事をしたのは莉子だけだった。猫太朗は気にせず、扉の内側から外に見えるように吊るしてある表札の『OPEN』を『CLOSE』に変えた。
そして、外に立てかけているメニューの黒板を下げるべく、扉を開ける。
「……はぁ」
モップを手に取りながら、莉子はため息をつく。めいも二匹の猫たちを下ろし、そそくさとごみ出しの準備に取り掛かろうとしていた。
まるで『助かった』と言わんばかりの動きであることを、莉子は見抜く。
(やれやれ、こりゃあ先は長くなりそうかもね……)
人知れず肩をすくめ、莉子はモップで床を磨き始める。考えてみれば、あくまで他人の問題に過ぎないのだから、自分があれこれ言うものでもない――莉子はそう思っており、これ以上の介入はしないつもりだった。
昨夜の時点で指摘するべきことはした。あとは当人次第だと。
(まぁ、そもそも……私もあまり、人のこと言えた義理じゃないしなぁ……)
何でまた自分は偉そうなことを――そんな恥ずかしさが、今になって体の奥底からじわじわとこみ上げてくる。
ちゃんと大学を出て就職しているめいに比べて、自分は高卒のフリーター。結果の度合いと経済的な安定では、かなりの差があると言えるだろう。
しかしその一方で、小さな疑問も浮かぶ。
カースト制度に例えれば、自分は圧倒的に下の立ち位置だ。そしてめいは上の立ち位置になる。
しかし二人の表情は真逆だった。莉子はマイペースなその日暮らしながらも笑顔を浮かべ、めいは完全に疲弊している状態――これはどういうことだろうか。
そんなことを、莉子が悶々と頭の中で浮かべていると――
「おーい、莉子さーん?」
「ひゃあっ!?」
いつの間にか目の前にいた猫太朗に、至近距離で呼びかけられて驚いてしまう。
「手が止まってるぞ? ちゃんと働いてねー?」
「あ、えと、す、すみませんでした」
「うん。分かればよろしい」
猫太朗の表情がにこやかな笑みに戻る。確かに今は閉店作業中――つまり立派な勤務時間中なのだ。そして今は雇ってもらうべく、研修させてもらっている立場であることを、莉子は改めて思い出す。
(いけないいけない。余計なことを考えている場合じゃなかった!)
莉子は表情を引き締め直し、モップを握る手に力を込めた。
しかし――
「そんなことよりも莉子。ちょっと……」
動き出そうとしたその瞬間、猫太朗に呼び止められてしまう。また何かしでかしたのかと驚くが、彼の表情と視線の向いている先からして、どうやらそうではなさそうだと莉子は判断する。
「あそこにいる人……何やってるんだろうな?」
猫太朗がちょいちょいと指をさすその方向に、莉子も視線を向けてみる。街灯の当たらない場所で見えにくいが、確かにコートを羽織った人物が、背を向けて立っているのが見えた。
「誰かとの待ち合わせとかじゃ……」
「こんな駅から離れている、住宅街の隅っこみたいな場所で?」
「……違うか」
莉子が呟いた瞬間、その人物もチラリと視線を向けてくる。しかし猫太朗たちが見ていることに気づいたらしく、慌ててその場から立ち去ってしまった。
いかにも怪しい動きを見てしまった莉子は、思わず背筋が震える。
「ね、ねぇ、兄さん? なんかヤバくない? 警察に通報したほうが……」
「うーん、特に実害もないし、行動だけで判断するのもなぁ」
「何かあってからじゃ遅いんだよ?」
「まぁ確かに……」
莉子の指摘はもっともであるため、猫太朗も腕を組みながら考える。
怪しさはあるものの、現時点で証拠が何もないのも確か――ここは注意して様子を見るしかないかと思ったその時、めいが戻ってきた。
「――猫太朗さん。ゴミ、まとめておきました」
「はい。ありがとうございます」
一瞬にしていつものスマイルを見せる猫太朗。しかしめいは、二人の様子がいつもと少し違うことに気づき、首を傾げる。
「……どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありませんよ。気にしないでください」
「そうですか……ところで、クロベエちゃんの姿が見えなくないですか?」
「えっ?」
言われて初めて気づき、猫太朗は慌てて店の中を見渡す。マシロがジッと、テーブル席の窓から外を見ていた。
クロベエの姿はなく、店内に気配すらなかった。
「兄さん、外! 外見て!」
すると莉子が慌てて促してくる。猫太朗もドアに近づいてみると、ガラス越しに黒猫に連れられて歩いてくるコートの人物が見えた。
「クロベエ……」
いつの間に外に出たのか――少し思い返してみると、さっき外に立てかけていた黒板型のメニューを下げた時だろうと、猫太朗は予測する。
猫太朗が扉を開けて中へ入るその一瞬の隙に、スッと出てしまったのだ。
不覚にも気づかなかったと、猫太朗は悔しい気持ちに駆られつつ、すぐに扉を開けて外に飛び出す。
「――にゃあっ♪」
クロベエが嬉しそうな鳴き声を上げ、猫太朗の元へ走ってくる。
「にゃあっ、にゃあっ!」
「もしかしなくても……あの人を?」
「にゃっ」
そうだよと言わんばかりにクロベエが頷く。めいと初めて会った日をなんとなく思い出しながら、猫太朗はコートの人物に視線を向ける。
五十代後半ぐらいの男性であった。背筋はしっかりと伸びており、革製のハットを被る姿は、まるで絵に描いたような紳士に見える。
これで怪しげな行動さえなければと、そう思いたくなるほどに。
「――こんばんは。さっき、ウチの喫茶店をずっと見ていたようですが?」
「あっ、いや、その……」
猫太朗に呼びかけられた男性は、思わずしどろもどろになる。そして店のほうに視線を向けると、ちょうどマシロを抱きかかえているエプロンを付けていない女性を捉えた。
それを見た男性はハッとした反応を見せ、表情を引き締めつつ向き直る。
「私は宮原徹と申します。そちらにいる西園寺めいの――父親です」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。
この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる