猫の喫茶店『ねこみや』

壬黎ハルキ

文字の大きさ
34 / 37

34 謙一からの新たなる情報

しおりを挟む


 ――カラン、コロン。
 入り口のドアが開かれる。『ねこみや』の新たな常連となった青年が、会釈をしながらカウンター席へと歩いてきた。

「やぁ。いらっしゃい、謙一君」
「どうもです、マスター」

 我が物顔で席に座る彼氏を見た莉子が、お冷とおしぼりを片手に、ため息をつきながらやってくる。

「よくもまぁ、飽きずに来るもんだよねぇ――いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「そりゃ居心地がいいもんでな――カフェオレと日替わりのサンドイッチで」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 雑談を織り交ぜながらも、客と店員の会話をちゃんとこなす二人の姿は、もはや新たな日常の光景と化していた。もっともそれは、当の本人たちが気づいているかどうかは定かではない。

「カフェオレと日替わりサンドイッチ入りましたー」
「あいよー」

 カウンター席のため、二人の会話も猫太朗の耳に届いてはいる。あくまで形式に倣っただけの話だ。莉子もまだ研修という扱いのため、接客の形をしっかりと叩き込む意味も兼ねていたりする。
 もっとも莉子は経験者でもあるため、そう長い話でもない。
 数日後には、更に自然と砕けた接客をする彼女の姿が見られるだろうと、常連の誰もが思っていた。
 無論、一番楽しみにしているのは、彼氏彼女らしい会話を聞くためである。
 年配の客からすれば、若いカップルのやり取りは目と耳の保養であり、元気の源でもあるのだ。むしろそれを楽しみに店に通う――そんな人たちも、最近ではチラホラと出てきていたりする。
 佐武夫婦――特に妻の江津子が、その代表的な存在と言えるだろう。

「莉子ちゃんも相変わらず、彼との仲はよろしいみたいね?」
「いえ……別にそれほどでもないですよ」
「ご謙遜なさらないで。異性とのお付き合いは、素晴らしい人生経験の一つだわ。今の時間を是非とも大切にね? 何かあったら私が相談にのるから」
「は、はぁ……」

 穏やかな口調で捲し立ててくる江津子に、莉子は戸惑いながら頷く。妻の隣に座る夫の義典が、それを見かねて大きなため息をついた。

「おい、江津子。仕事の邪魔をするんじゃない」
「あらら、珍しくあなたから正論を言われてしまったわ。ゴメンなさいね」
「珍しくは余計だよ」

 そして義典は、申し訳なさそうな表情で莉子を見上げる。

「済まなかったね。俺らはそろそろお暇するから」
「あらもう? まだ来てから一時間も経ってないわよ?」
「五十分もいりゃあ十分だろ。マスター、俺ら帰るから、お勘定頼んますわ」

 そう言って義典は、伝票を片手に立ち上がる。江津子もしょうがないわねぇと言わんばかりにため息をつきながらも、小さな笑みを浮かべていた。
 そして会計を済ませた夫婦は、カランコロンと音を立てて店を出ていく。
 窓ガラスを通して見えた二人の後ろ姿は、近くはないが決して離れることもない絶妙な距離を保っている。まさに長年連れ添ったベテラン夫婦の姿を、改めて垣間見たような気がした瞬間であった。

「――はい、カフェオレと日替わりサンドイッチ、お待ちどうさまです」
「どうもッス。佐武さんたちも、相変わらずッスね」
「まぁね。いつも店を賑やかにしてくれてるよ」

 苦笑しながら話す猫太朗と謙一も、この数日ですっかり打ち解けていた。妹の彼氏という点はもはや関係なく、常連客とマスターを越えた『友人』という枠にしっかりと収まっている。
 猫太朗の砕けた接客も、立派な証の一つと言えるだろう。
 彼がそうするようになった際に、最初は謙一も驚いてはいたが、すぐに嬉しそうな表情を浮かべ、懐くようになっていた。
 そんな二人の姿に莉子が驚きを示していたのは、ここだけの話である。

「ところで……めいさんは? あれから、連絡とかあったんですか?」
「いや」

 謙一の質問に、猫太朗は目を閉じながら首を左右に振る。

「決着をつけてくると言って復職して以来、何の音沙汰もないよ。けどまぁ、心配することもないんじゃないかな」
「……またえらくあっけらかんとしてるッスね?」
「まぁね」

 呆然とする健一に苦笑しながら、猫太朗は入り口のドアに視線を向ける。

「めいさんも覚悟を決めたみたいだから。僕たちも信じることにしたんだよ」

 もう一ヶ月ほど、めいは全く顔を見せに来ていない。しかし今までと違って、猫太朗たちの中に『不安』という二文字はなかった。
 彼らの元から出ていく際、彼女は強い表情を見せていた。
 実母との再会が彼女を変えたのだ。
 病室ではそれはもう、盛大に言いたいことを言っていたらしい。彼女の実父である宮原徹が、後にお礼がてら店を訪れた際、苦笑しながら明かしていた。
 ずっと目を背けてきた存在が、皮肉にも彼女を前に進ませるきっかけとなった。
 彼女の父親として、その事実を受けとめていくと、徹は話していた。
 無論、きっかけはそれだけではない。
 莉子の指摘もいい起爆剤として働いたのも確かであると、当の本人も笑顔でそれを打ち明かしていた。
 本当にありがとうと真摯に礼を言われ、莉子は本気で照れていた。
 それを話題に出すと本気で嫌がることについては、まだ彼氏である謙一は知らないままである。
 果たしてずっと、蓋をしたままでいけるのか。
 どこかのタイミングで漏れ出て、ちょっとした騒ぎに発展するのではと、猫太朗は思えてならないのだが、それこそ彼の中だけの話であった。

「ところで、謙一君のほうはどうなんだい? 就職活動の時期だと聞いたけど?」
「えぇ。なかなか上手くいかなくて、ホント大変ッスよ」

 参った参ったと、謙一は肩をすくめる。大学四年にもなれば、周りの声がそればかりとなるのも自然なことだ。
 説明会や面接など、本格的な就活スタートこそ新年度開始からだが、企業の情報収集などは、その前から自主的に行ってきていた。
 そうしないと内定を取れない――大学側から口うるさく言われていたのだ。
 最初はうざいと思っていたその言葉も、今となっては正解だったと、謙一も早くに思い知ってきたところである。

「――あ、そうそう、それで一つ思い出したんスけどね?」

 謙一が身を乗り出す姿勢を見せ、少しだけ声を落とす。あまり聞かれたくない話なのかと思い、猫太朗もカップを磨きつつ、彼に少し近づいていた。

「実はこないだ、大学のOBと話す機会があったんスけど、その人がなんと、めいさんの勤めてる会社だったんスよ」
「へぇー。そりゃあ、なんとも偶然なことだ」

 猫太朗は思わず驚きの笑みを浮かべる。それ自体は同感であり、謙一もでしょうと言わんばかりにニヤリと笑う。
 しかしそれはすぐに鳴りを潜め、神妙な表情で猫太朗に向き直る。

「ただその先輩から、ちょっとばかし気になることを聞きまして……」

 改めて周囲を見渡し、誰も聞いてない――というより他の客はいない――ことを確認した上で、謙一は言う。

「めいさんの勤めている会社――今すっごい、てんてこ舞いな状態らしいんスよ」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...