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第二章 ガーディアンフォレスト

046 女子学生たちの旅

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 その一方――ユグラシアの大森林に向かう者たちが、もう一組いた。
 馬車に揺られながら、意気揚々と笑みを浮かべる三人組の女子。そのうちの一人が御者台に顔をニュッと出した。

「ねぇ、おじさん。大森林ってまだ着かないの?」

 そう話しかけられた御者の男は、手綱をギュッと握り締めながら苦笑する。

「もうすぐ見えてくるよ。危ないから、中へ引っ込んでな」
「だーいじょうぶ♪ これぐらいどうってこと――うわあぁっ!?」

 ケタケタと笑ったその時、ガクンと馬車が大きく揺れ、女子は叫びながら馬車の中を転がるようにして倒れてしまう。
 その無様としか言えない姿に、同行者である紺色のショートボブの女子が、くいっと眼鏡を上げながら、大きなため息をつく。

「メイベル、少しは落ち着きな。今からそんなんじゃ体が持たないよ」
「そ、そうですよ。ブリジットの言うとおりです!」

 ローズレッドのふんわりウェーブのセミロングを揺らしながら、もう一人の同行者も声を上げる。

「ただでさえ先生に無理を言って、修学旅行の正規ルートを外してまで、こっちに来てるんですから!」
「そうだよ。そんなアンタに付き合っている、セシィーやあたしらの気持ちも、少しくらいは考えてくれても良くないかね?」

 御者台へ通じる窓が開いているせいで風が入り込み、セシィーのふんわりウェーブも強く揺れ、ブリジットはメガネがずり落ちないよう抑えている。
 一方、文句に近い指摘を受けたメイベルは、未だわたわたと慌てていた。

「――はぁ、びっくりした」

 メイベルが御者台へ通じる窓を閉じ、ようやく落ち着きを取り戻す。そして視線を動かすと、親友二人が白い目を向けてきていることに気づいた。
 表情を引きつらせるメイベルは、やがて誤魔化すように笑みを浮かべるが――

「い、いやぁ! 久々の学園の外だから、ついテンションが上がって……」
「アンタ本当にそんなんで誤魔化せるとでも思ってんの?」
「……ゴメンナサイ」

 ブリジットの冷たい視線に耐え切れず、メイベルはすんなりと折れた。親友には毎度のように手を焼かされてきている二人だったが、こういう潔い部分を気に入っているのも、また確かではあった。

「はぁ……もういいわよ。次からは気をつけなさいね」

 そしてため息をつきつつも許してしまう。この言葉も、もう何度言ったか覚えていないほどだった。
 恐らくそう遠くないうちに、また同じようなことが起こるのだろう。
 ブリジットだけでなく、苦笑しながら見守っているセシィーも、同じことを考えていたのだった。

「――な、何だ、あれはっ!?」

 すると突然、御者台のほうから焦りの声が聞こえた。
 流石にただ事ではない――そう思った三人はコクリと頷き合い、メイベルが代表して御者台へ続く窓を勢いよく開ける。

「どうしたんですかっ?」
「ま、魔物の大群が道のど真ん中に……くっ!」

 ――ヒヒィーンッ!
 馬の叫び声とともに、馬車が急停止する。その振動で三人はバランスを崩し、転がるように倒れてしまったが、幸いケガはなかった。

「ててっ……魔物が道を塞いじゃってるってことだよね?」

 後ろ頭を撫でながら、メイベルが立ち上がる。そして目を閉じ、不敵な笑みを浮かべるのだった。

「だとしたらチャンス到来だよ! 魔法学園で鍛えた腕、今こそ見せて――」

 然るべき――そう言おうとした瞬間、それは聞こえてきた。

「グルワアアァァァーーーッ!!」

 空からそれは聞こえた。メイベルたちはそれが何なのか、すぐに分かった。

「……ドラゴン」

 呟いたのはセシィーであった。それにブリジットも頷いて反応する。
 やがて翼が羽ばたく音が大きくなっていき、ずしぃんと着地するかのような重々しい音が聞こえた。
 メイベルたちが恐る恐る御者台へ続く窓を開け、外の様子を伺ってみる。
 そこには――

「グルルルルル……」

 大きなドラゴンの背中が見えた。馬車を守るようにして立ちはだかり、魔物たちを威嚇しているのだ。
 そして更に、ドラゴンの隣には一人の青年の姿もあった。
 魔物たちを見据えているのであろうその姿は、メイベルたちからしてみれば、表情がまるで見えない後ろ姿でしかない。しかしそれが一体誰なのか、三人はすぐに分かっていた。
 故に驚かずにはいられない。どうしてあの人がここにいるのだろうかと。
 ドラゴンライダーとして有名な『彼』が、自分たちのことを颯爽と助けるなど、絶対にありえないという夢のような話だと思っていた。

「ディオン、さん」

 カラカラに乾いた口でメイベルが呟く。その瞬間――ドラゴンが動いた。

「ガアアアアァァァーー-ーーッ!!」

 凄まじい咆哮が響き渡り、御者の男と三人の女子たちは、揃って咄嗟に耳を塞ぎながら目を瞑る。自分たちに向けられたものではないと分かっているが、それでも恐ろしいと思えてならなかったのだ。
 やがてメイベルがチラッと目を開けてみると、立ち塞がっていた魔物たちが、徐々に後退していくのが見えた。
 そしてそれは、段々と大きな動きと化していく。
 数分と経たぬうちに、魔物たちは完全に居なくなってしまうのだった。

「た、助かったあぁ~っ!」

 御者の男がスルッと手綱を落としつつ、脱力しながら情けない声を上げる。青年が振り向いてきたのは、それと同時のことであった。

「大丈夫ですか? 魔物たちは綺麗サッパリいなくなりましたよ!」

 手を振りながら陽気な笑顔を向けてくるその青年は、やはりメイベルたちの想像していた男であった。
 故に恐怖が一気に吹き飛び、代わりに凄まじい緊張が体の中を駆け巡る。

「あわわ……ホ、ホントにディオンさんだよ。有名なドラゴンライダーさんが、私たちのことを助けてくれたヒーローになっちゃったですよ!」
「お、おお落ち着きなさいよメイベル。こんなときには偶数を数えれば――」
「ブリジット。それを言うなら素数ですよ。二人ともわたくしを見習って、少しは冷静さを取り戻してくださいな」
「……水筒のお茶を派手に零しているセシィーにだけは言われたくない」

 カップを思いっ切り外した状態で、床をびしょ濡れにしてしまっている。そのおかげでメイベルとブリジットは幾らかの冷静さを取り戻せた。

「まぁ、とりあえずあたしたちも、ディオンさんにお礼を――」
「ひゃあぁっ! お、お茶があぁーーっ!?」
「……ようやく気づいたのね。それは本当になによりで」

 騒ぎ出すセシィーに深いため息をつくブリジット。そこに馬車のドアがドンドンと勢いよく叩かれた。

「おぉい! もう大丈夫だぞー! ここを開けてくれないかー!?」

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