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第四章 本当の親子
138 狼たちの反逆
しおりを挟む「……なぁ。今、地下牢から何か聞こえなかったか?」
「どーせガキどもが騒いでるんだろ。別に気にすることなんざねぇよ」
地下牢への入り口がある屋敷の中庭にて、見張りの兵士二人が会話する。不安そうにしている兵士を、もう一人の兵士がケタケタと笑っていた。
「まさか抜け出してくるとでも思ってんのか? だったら要らねぇ心配だろ。この周りをよーく見てみろって」
「あぁ……建物に囲まれてるよな」
「しかも所々には、魔導師たちが待機していると来たもんだ。仮に何かしらの手段を使って、牢屋から抜け出せたとしても、ここに飛び出してきた瞬間、集中攻撃の餌食になっちまうって寸法よ」
「た、確かにな。あはは、そうだったよなぁ!」
不安そうにしていた兵士の表情が、徐々に明るさを取り戻す。
「いくらなんでもそんな無謀なことはしないよな」
「そうそう。てゆーか、あのワンコロが見張ってんだから、抜け出した瞬間に噛みつかれるのがオチってもんだろうぜ」
「だな。犬じゃなくて狼だけど」
「似たようなもんだろう」
もう一人の兵士は再びケタケタと笑い出した。
「なんか群れのリーダーみてぇだけど、俺から言わせりゃあ、ただのペット。文字どおり飼い殺しになるのが、ヤツらにとっての運命よ」
「そうか? あまり下手なことを言わないほうがいいような気もするが……」
「お前ビビり過ぎ。ワンコロに後れを取るような腕じゃねぇだろ」
「だからワンコロ言うなっての」
「ハハッ♪」
そして二人の兵士は笑い合う。なんとも平和な空気が中庭を流れていた。
「でもよぉ。その狼が反乱を起こすってことはありそうだよな」
「あん?」
「だって今までも、散々こき使ってきてただろ。溜まりに溜まったモンが爆発してもおかしくないと思うんだが……」
「だーかーら、考え過ぎだってーの!」
弱気になる兵士を、もう一人の兵士がズイッと詰め寄る。
「もしそんなことになったら、俺がこの剣でバシッと抑えてやるからよ」
「んなこと言って、ホントに大丈夫なのか?」
「バーカ。この俺が不意打ちを喰らうようタイプに見えるか?」
「見えなきゃこんなこと言わないよ」
「お、言ったな?」
詰め寄っていた兵士がニヤリと笑いながら離れ、地下牢へ通じる入り口の扉に向かって歩き出す。
「そこまで言われちゃあ仕方がねぇな。今からあのワンコロを従えてくるから、ちょっとここで待ってろ」
「おいおい、いきなり何を言い出すんだよ?」
「いいから見てろ。俺の実力がどんなモノかを、オメェにも思い知らせてやるぜ」
そして兵士が扉を開けたその瞬間――
「ガアァウッ!!」
「ぐぶっ!」
狼が勢いよく飛びついてきて、兵士は顔を踏まれたまま、仰向けで倒される。
ずしいぃん、と重々しい音が鳴り響き、仲間が倒された姿にもう一人の兵士が唖然とする。
その兵士に対して、狼は鋭い睨みを利かせていた。
「グルルルル――ゥワオオオオオォォォォーーーーンッ!!」
凄まじい雄たけびに等しい遠吠えに、兵士は恐れをなしてしまう。まるで声そのものが衝撃を与えているように思えてしまったのだ。
すると近くに控えていた狼たちが、次々と姿を見せてくる。
ゆっくりと歩いて、遠吠えした狼を見つめ、そして皆でコクリと頷き合い――狼たちは動き出す。
「ワオオォーーン!!」
それはまさに、開戦の合図とも言えた。狼たちが一斉に動き出し、傍にいた兵士たちに飛びかかっていく。
狼たちが自分たちの敵になった――屋敷の人々は、すぐさまそう判断した。
「これ以上、狼たちの好きにさせるな!」
屋敷の中から魔導師が声を上げる。中庭を囲む四方の建物から、一斉射撃をしようとしているのだ。
しかし――
「ヴァオオオォォーーーッ!!」
狼がとある一方向に、鋭い遠吠えを解き放つ。その声が、向けられた魔導師たちをあっという間にひるませてしまった。
それは同時に他の魔導師たちも驚かせることとなり、狼たちにとっての、大きな隙にもなった。
「バウバウッ!」
「ウォッウォウォウォー!」
「ワオオォォーーン!」
狼たちの威勢が上がってゆく。無論、兵士や魔導師たちも黙ってはおらず、剣や魔法で攻撃を繰り出し、それが狼たちを傷つけてゆく――が、狼たちは決して臆することはない。
どれだけ傷付こうが止まらない。死を恐れる様子すら見られない。
まさにそれは反逆の姿。狼たちの目に迷いはなかった。
兵士や魔導師たちも戦いの場を経験している。それ故に気づいてしまった。狼たちの闘志を、覚悟を、そして――信念を。
一直線に迫る狼たちの覇気に、兵士や魔導師たちが呑み込まれてゆく。
そしてそれが、次第に不協和音の闇へと導いていくのだった。
「おい、なんとか止めろ!」
「うるせぇ! それができればとっくにやってんだよ、バカヤロウが!」
「あんだとぉっ!?」
味方同士での争いが勃発し、それが更なる隙を生み出してゆく。狼たちはそれを見逃さない。獣たちの頭の良さを侮り続けてきたツケが、ここに来て爆発と化して溢れかえってくる。
それを兵士や魔導師たちは感じる間もなく、地獄を目の当たりにするのだった。
「――いやぁ、なんかもう凄いな」
地下牢へ続く出入り口からニュッと顔を出しながら、マキトが呟いた。
「また見事な大暴れって感じ?」
「ですねぇ。狼さんたちも、心なしか生き生きとしているのです」
ラティもほえーと驚きながら頷く。地獄絵図ではあるが、狼たちは決して兵士たちの命を刈り取ってはいない。あくまで『懲らしめる』の域は出ておらず、それがしっかりと意思疎通されていることがよく分かる。
「あの狼さんたち、子供のようにはしゃいでいるのです」
「確かにそれっぽいな」
マキトからしてみれば鳴き声しか聞こえないが、ラティの通訳がなくとも、それだけはなんとなく分かる気がしていた。
狼たちが走り回る姿が、犬とフリスビーで遊ぶ姿を連想させたのだ。
兵士の振り回す剣をかいくぐり、隙をついて勢いよく飛びつく。それを兵士が躱したとしても、第二第三の狼たちが容赦なく飛びつき、それに対処しきれず倒されて気を失ってしまう。
魔導師たちも黙ってはおらず、狼たちに向けて魔法を解き放つ。
しかし――
「ヴァオオオォォーーーッ!」
狼の雄叫びが、迫る魔法をかき消してしまった。渾身の攻撃が狼の鳴き声だけで退けられてしまったことに、魔導師たちは驚きを隠せない。
しかし当然ながら、狼たちにとって大きな隙であることを意味している。
魔導師たちがそれに気づいたときには、もう既に狼たちに抑えつけられている状態となっていた。
「おいおい、何だ今の? 凄いな……」
その光景を目撃したマキトが、目を見開きながら興味深そうに声を上げた。
「狼のヤツらが、叫びだけで魔法をを吹き飛ばしたぞ?」
「アレは『波動』なのです。口から衝撃波を出しているのですよ」
「へぇー」
初めて聞く言葉に、マキトは改めて驚く。その間にも狼たちは、あちこちで口から衝撃波を繰り出しては魔導師や兵士をなぎ倒す姿を披露していった。
「やっぱり魔物ってだけあって、それ相応の能力があるのか」
「――ウォフッ!」
マキトが独り言のように呟いたその時、狼が一鳴きしながらやって来た。それが地下牢で出会った狼だと、マキトもラティもすぐに気づく。
ここでマキトは、一つ気になったことがあった。
「もしかして今……そのとおりって言った?」
「わふっ!」
狼は大きく頷いた。やっぱりそうだったのかとマキトが思っていると、ラティが首を傾げながら近づいてくる。
「マスター。今のどうして分かったのですか?」
「んー、なんとなく」
別に誤魔化しているつもりはない。本当にそうとしか言えなかったのだ。それも殆ど無意識に行ったことであり、ラティから言われるまで、マキトも気づいていなかったほどである。
「そんなことより、もう結構暴れてるみたいだけど……」
これと言って重要ではないと思ったマキトは、視線を狼に向けた。ラティもそう言えばと思い、同じように狼を見ており、もうさっきのやり取りについては、まるで気にしていない様子だった。
「まだ何かするつもりか?」
「ウォフッ――ウォフウォフッ、ウォフッ!」
すると狼は何かを語りかけるように鳴き声を出しつつ、背を向けて走り出す。
「ついて来てくれって言ってるのです」
「そうか。じゃあ行こう!」
マキトとラティは、狼の後に続いて走り出した。そして彼らは、開きっぱなしの扉から屋敷の中へと入っていった。
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