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第六章 神獣カーバンクル
195 カミロの災難
しおりを挟む(それで僕は、こうしてカーバンクルを手に入れるべく、ここに来たけど――)
カミロは空を見上げてみる。実に綺麗なオレンジ色に染まっており、山奥だけあって既に薄暗い木々の部分は真っ暗にしか見えない。
魔力の粒子のおかげで薄明るさを保っている魔力スポットがあるからこそ、冷静さをギリギリで保てているようなものであった。
「カーバンクルが封印されているという祠は、一体どこにあるんだ?」
何度も魔力スポットの周りを見渡し、くまなく探してみた。しかし目的の祠は全く見つかっていない。
それが余計にカミロを焦らせていたのだった。
日が沈む前に野営の準備を済ませておく――それが基本中の基本であることは、彼も座学で教わっていたことだったが、今の心境はそれどころではない。
(まさか、クレメンテの情報が間違っていたというのか? いやいやまさか、いくらなんでもそんなワケないよね)
カーバンクルの情報だけではない。学園を抜け出し、遠く離れたこの山まで転移して来れたのも、全てはクレメンテの協力があってこそだった。
実際、カミロはこうして抜け出せたのが、未だ信じられないくらいであった。
それくらい、ヴァルフェミオンの監視は非常に厳しいのだ。
抜け出そうとすれば警備員に捕まり、大きなペナルティを課せられる。たとえどんなに根回しをしていても、脱走した例は基本的に皆無。それは学園では当たり前の常識と化しており、カミロもそれを信じていた。
それ故に、カミロの中でクレメンテに対する感謝の気持ちが、現在進行形で莫大に膨れ上がっているのだった。
「学園を抜け出すために、小型転移装置まで用意してくれるなんて……さぞかし無茶をしたんだろうな。僕なんかのために……」
カミロは左手首に装着された腕輪に視線を落とす。見送ってくれたクレメンテの姿が浮かんできて、涙が出そうになる。
(僕は素晴らしい友達を持った。彼には感謝してもしきれないよ)
だからこそ、必ずカーバンクルを見つけて、連れて帰らなければと思った。それが一肌脱いでくれた友の想いに応えることにもなるからだ。
(カーバンクルの特殊能力さえあれば、先生の特殊な魔法の邪魔も入らない、か)
正直なところ、本当にそんなことがあり得るのかと思ってはいた。しかしカミロはクレメンテを信じていた。
ここまでしてくれた友達を疑うなんてしたくなかった。
それだけ彼にとって、クレメンテはかけがえのない存在なのだ。
学年が変わり、クラスが別になった今でも、クレメンテのほうからカミロに話しかけてくる。実技の点数が壊滅的なのを、どれだけ周りが蔑もうとも、彼だけは励ましの言葉をかけてくれた。
彼の優しさは本物だ。彼を疑うのは愚かなことだ。
それが、カミロの中で固まっている、クレメンテへの絶対的な想いであった。
(うん、そうだよ! クレメンテの情報が間違っているハズがない! カーバンクルも必ずいるに違いないんだ!)
カミロは両手を握り締めながら気合いを入れる。そして荒々しく鼻息を鳴らし、改めて周囲を見渡ていく。
「きっと祠も、どこかに必ずあるんだ。もしかしたら誰かが、祠そのものをどこかへ移した可能性もあるかもね。全く罰当たりなことをしてくれるよ。僕が封印を解くのをそんなに邪魔したいってことなのかなぁ、もうっ!」
カーバンクルは自分のために封印が解かれるのを待っている――いつのまにか彼の中では、そのような都合のいい解釈が仕上がっているようであった。
それは果たして気持ちが暴走しているからなのか。それとも単なる元からの性格からきているのか。
いずれにせよ今の彼では、真実に辿り着くのは極めて難しいだろう。
ずっと虐げられてきた反動が、悪い方向で活発化しているのを止める手段は、今のところ存在しない。
「よし! こうなったら意地でも探し出してやるぞーっ!」
そう息巻いて、カミロは再び魔力スポットを中心に、祠を探し始めた。
しかしどれだけ探しても、お目当ての祠は影すら見えてこない。魔力スポットのぼんやりとした明かりが目立つほど、周りも暗くなっていた。
「あぁもうっ! 何でないんだよ!」
カミロは地団駄を踏む。完全に冷静さを失っている状態であった。
当初のプランでは、さっさと転移して祠をすぐさま発見し、教わったとおりに封印を解いてカーバンクルと仲良くなり、すぐに学園へ帰るはずだったのだ。
封印の解除や神獣との交流に対してならともかく、まさか祠そのものを見つけられないとは予想外にも程がある。
(ただでさえ抜け出してきている身なんだ。クレメンテが上手く誤魔化してくれているとはいえ、彼だけじゃ限界はある。早いところ見つけ出さないと!)
カミロは更に集中して探す。既に真っ暗も同然となり、探し続けたことによる疲労も蓄積されていた。
存在しないものを探し続ける姿というのは、なんとも空しいことこの上ない。
本人がそれを想像すらしていないため、尚更であった。
「――くそぉっ!」
遂に苛立ちが爆発したカミロは、足元の小石を茂みの奥に向かって、思いっきり蹴り飛ばしてしまう。
するとその先で、何かにコツンとぶつかる音がした。
(何だ? もしかして……この先に祠が隠れてる?)
カミロは晴れやかな表情を浮かべ、茂みの奥を覗き見る。
そして目を凝らしてみると――
「ブルルルルッ!」
ギラッと目が光り、鼻息に等しい鳴き声が聞こえた。
しかもそれはブルブルと激しく動いており、光る目は鋭く、目の前にいるカミロを一直線に睨みつけていた。
「あ、あれ?」
ポカンと呆けながら、カミロがマヌケな声を出す。同時にその黒い塊の正体が、巨大な猪の魔物であることも判明した。
――なぁんだ、猪の魔物か。
ため息交じりにそう言いたいところだったが、その前に是非ともしなければならないことがあった。
「う、うわあああぁぁーーーっ!」
カミロは叫びながら踵を返して走り出す。そのすぐ後ろから、猪が一直線に走り出してきた。
足の速さで言えば、完全に猪のほうが上であった。
機転を利かせてカミロは右に飛び、猪は勢い余ってそのまま直進していく。そのままどこかへ走り去ってくれればと思うが、その直後に猪は方向転換し、再びカミロを狙ってくる。
もはや叫ぶ暇すらなく、カミロは再び暗い山の中を走り出す。
魔力スポットからどんどん離れていき、道なき道を突き進んでいく。しかし後ろから追いかけてくる鋭い殺気は、刻一刻と近づいてくる。
(何なんだよ、これ……もうマジでワケわかんないよ!)
魔法を使って威嚇射撃の一つくらいはしたい。しかし必死に逃げながらも集中力を高めて魔力を集め、魔法を放つ技量は、まだカミロには備わっていなかった。
結局、走って逃げるしかない。
そう思ったカミロは、真っ白な頭で力いっぱい叫ぶ。
「どうして……どうしてこんなことになるんだああああぁぁぁーーーーっ!?」
◇ ◇ ◇
「――ん?」
ロップルとじゃれていたマキトは、ふと山小屋の窓の外に視線を向ける。そこにラティが気づいて、飛んできながら話しかけた。
「どうかしたのですか、マスター?」
「いや、今何か聞こえたような気がして……気のせいかな」
「キュウ?」
ロップルも首を傾げている。そしてラティと顔を見合わせるが、お互いにきょとんとするばかりだった。
「恐らく、山に住む魔物の遠吠えか何かじゃろう」
シチューの入った鍋を運びながら、クラーレが言った。
「いつものことじゃから心配はいらんよ。この家が襲われることもないからの」
「そっか……まぁ、いいや」
気にしないことを決めて小さな笑みを浮かべつつ、マキトはロップルを下ろす。
その瞬間――
「マーキトっ♪」
「っと!」
タイミングを見計らったかのように、カーバンクルが飛びついてきた。マキトはそれを反射的に両手で受け止め、抱きかかえる形となる。
彼の腕の中にすっぽりと収まったカーバンクルは、その胸元にすり寄っていた。
「うへへー♪」
「はは、また随分と甘えんぼうだな」
そう言いながらも、マキトの表情は嬉しそうな笑顔であった。魔物に懐かれることに対する素直な気持ちが表れているのだ。
そこに――
「キュウキュウッ!」
『ちょっと、なにしてるの? ぼくたちのますたーからはなれてよ!』
ロップルとフォレオが抗議の声を上げる。対するカーバンクルは、胸元に頬をくっ付けるような形で、顔だけを振り向かせてきた。
「いいじゃねぇか。ちょっとぐらいよー」
『だめー!』
「キュウッ!」
我慢できなくなったフォレオとロップルが、マキトに飛びついてくる。これもまた日常的なことなので、マキトも特に驚くことなく、二匹を受けとめていた。
三匹の騒がしい声が小屋の中に響き渡る。
喧嘩するなよと言いながらも、マキトは笑みを隠しきれていない。
「ホホッ、こりゃまた賑やかなもんじゃのう」
クラーレも微笑ましそうに見守っていた。小さな子供が元気にはしゃぐのは、実にいいことだと思いつつ、パンパンと手を叩く。
「さぁさぁ。夕食ができたぞ。皆、早く手を洗ってきなさい」
「はーい!」
マキトの返事に続き、魔物たちやノーラ、そしてラティも元気よく返事をした。さっきまで言い争っていた空気は、ご飯という声に吹き飛ばされていた。
その時、外から再び悲鳴に近い声のようなものが聞こえてきた。
しかしマキトたちは、どうせまた魔物の遠吠えか何かだろうと思い、誰も気にすることはなかった。
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