異世界でかけあがれ!!

れのひと

文字の大きさ
5 / 29

しおりを挟む
 目蓋が重たくうまく開かない。それでもゆっくりとその目を開き視界に入ってくる景色を映し出す。それと同時に今自分が置かれている状況を少しずつ理解していく。頬に感じるのは少しごわついた布の感触。ゆらゆらと揺れる俺の体がその布で擦れて若干痛い。だけど頬と体に感じるぬくもりは好ましくほっとした。

(ここは…?)

 そっと目だけを動かし視界に入るものをとらえた。

(布…ちょっと汗臭い。後暗い?)

 ぼんやりとしていてまだ目覚めない思考を無理やり動かし俺はやっと理解した。

(母さん…)

 ジワリと目に涙が貯まってきた。母さんに拾われ子フェンリルやクロと過ごした日々を思い出す。このままずっと一緒に生きていくんだと思っていたんだ。だけど母さんは俺と別れることを選んだ。うん…俺だって大人だったころの記憶があるからわかるよ。このまま人の世界を知らないまま過ごすのはよくないことだって。だけどもう少し…もう少しだけ一緒にいたかったよ…

「よし、あとちょっとで森を抜けるわ!」
「最後まで油断しないでくれよ」
「わかってるっ」
「ちょっと声が大きいよ? まだこの子寝てるんだから静かにしてよね」

 そういえばこの人たちは何なんだろうか? 今まで一度も人を見かけなかったのに急にやってきたんだよね。しかもどうやら俺を連れ帰るのが目的らしいし?

(あ…)

 きらりと木々の間から光が差し込んできて俺の視界に入ってくる。薄暗い森の中と違って外はどうやら日が昇り始めたみたいだね。

「ん、起きたか坊主。もう少しで外だから我慢してくれよな」

 眩しさに顔をあげたら後ろを歩く男が声をかけてきた。

「なんだまだ泣いているのか? もう大丈夫だから安心しろって」

 顔が熱くなるのを感じて俺は顔を伏せた。感情のまま泣き叫んだことが今になって恥ずかしいと思えて。相変わらず俺が泣いていた理由は勘違いされたままだが今は訂正する気はおきない。そう、ただ大きな獣に小さな子供が怖くなり泣き叫んだだけ…そう思われていた方がましな気がするし、育ての親元から引き離されるのが嫌だっただなんて理由だとあまりにも子供っぽい。いやまだ俺子供だからいいんだけどね。なんとなく嫌なんだ。

「クラックあんまりからかうなよ」
「いやそんなつもりはなかったんだけどな…わるい」
「2人とも外が見えてきたわよ」

 前を歩く女の人がそういうと俺も含めたみんなが前の方へと視線を向ける。森が切れてとても明るい世界がそこには見えていた。初めてかもしれないな…ここまで明るく照らされる世界を目にするのは。
 あまりのまぶしさに目を細め、それでもそらすもんかとその先を見つめた。

「草原…」
「ああそうだ。森を抜けた先は草原がしばらく続いて、少し行ったところに小さな村がある。今日はひとまずそこで一休みしようか」
「賛成! もうくたくたよ~」
「ロザリは荷物少ないし僕よりましだろう?」
「何言ってんのよ荷物って言ったってあんただって…ああ、そういえば子供背負ってたっけ」
「あの、俺歩けます…」

 俺はするりと背中から抜け出し地面へと降りた。そうだ、大人の足について行けるように脚力をあげておかないとね。

「いや、だけど子供の足だとまだ距離があるし…」
「脚力強化…これで問題ないよね?」
「「「…はぁ~!?」」」

 うわっ こんな近くで大きな声を出されたら耳が痛いよ。両耳を塞ぎ3人の顔をそれぞれ見ると誰もが驚いた顔をしていた。

「問題ありありだな…」
「この年で…驚きですね」
「ねえちょっとこの子普通じゃないわよ?」

 いつの間にか歩いていた足が止まっていて俺は3人から見下ろされていた。何がいけなかったんだろうか…迷惑かけないようにちゃんとスキル使っただけなのに。

「ひとまず村について一息ついてからにしないか?」
「…だな」
「ということらしいわよ。君…えーと名前は?」
「…名前?」

 あれ…そういえば俺って名前あるのか? 生まれて割とすぐ捨てられたし、あるのだろうか?

「ロザリまた問題増やして…」
「いやだって名前ないと呼びにくいじゃないっ まさか自分の名前がわからないとは思わないでしょう?」
「よし…急ごう! 全部後だっ」

 いやこれは笑うしかないわ。名前なんて必要なかったから全く気にしもしてなかっただなんて…
 歩き出した3人を追いかけ俺もついていく。ちらりと一度だけ自分が育った森に視線を送ると空に数羽鳥が飛んでいるのが見えた。

(そういえばクロとはお別れ出来なかったな…)

 ぶんぶんと頭を振りくるりと体の向きを変えまっすぐに前を見て俺は歩き出した。





*****





『どうやら何事もなく森を抜けたようだな』

 俺は森の上を旋回しながら人間たちの行動を眺めていた。すると少しして足を止め何かをやっている。話…をしているようにも見えるがいかんせん距離があるので内容は全く聞こえてこない。何もこんなところで立ち止まって話などしなくてもと思わないでもないが、もしかすると大事なことを話し合っているのかもしれないしな。口を出せない以上黙って見ているしか出来ないってわけよ。

『お、ちょっと先に人間どもの集落があるな』

 きっとこいつらは今からそこを目指すのだろう。先回りしておくか? いや…本当にそこへ向かうのかはっきりしていないしここは大人しく動き出すのが待つ方がいいだろう。それにしても中々動き出さねえ…

『ん? 坊主はここから歩くのか。まあ背負われているより早いしそれがいいわな』

 よし…やっと動いてくれそうだ。それなら俺も少しだけ遅れて動きますかね~ 
 森すれすれを飛んでいた俺は少しだけ高度を上げ森の上に飛び出した。すると坊主がこっちのほうを眺めていた。気のせいでなければ一瞬目があったきもする。だけど流石にこの距離で他にも飛んでいる鳥を区別できるとも思えねぇ。坊主は偶然こっちを見ただけさと自分に言い聞かせる。どうせなら合流したいところなんだが、あの人間たちの行動をもう少し見てからの方がいい。やべぇやつらだとわかったら容赦しねぇしな。

 それにしても…こう…障害物が少ないというのも中々緊張するもんだね~ 飛びやすいと言えばそうなんだが。普段暗いところで過ごしていたから落ち着かないったらないね。

 おっとどうやら集落についたみたいだな。木で出来た柵の先へと入っていくのが見えた。多分あそこから集落なんだろうね。柵の内側にはいろんな食いもんが植わっているし、ちらほらと建造物や他の人間も見える。よしよし、これでやっと俺も一休みできるってもんだ。

 一つの建造物に3人の人間と坊主が入っていくのを確認した。きっと今日はそこで休むのだろう。んじゃ俺もその家のお向かいの建造物の上で一休みしますか。念のために魔力の動きだけは気にかけつつになるがいたしかたない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

処理中です...