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第三話:かくして広報活動は世界を救った
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魔王城が誇る天然温泉「魔王の湯」は、日帰り利用の勇者一行を皮切りに、なぜか近隣の冒険者たちの間で「秘湯」として口コミが広がり、連日大盛況となっていた。俺はもはや、魔王なのか温泉宿の番頭なのか自分でも分からなくなっていた。
「いい加減にしろお前ら!ここは魔王城だぞ!断固として値上げだ!入湯税とサービス料も追加しろ!」
「魔王様、それは悪手です」
戦略会議室(最近はカフェテリアの個室が使われている)で俺が叫ぶと、“破壊”のゼノビアが冷静にタブレットをスワイプした。
「市場調査によれば、競合の『エルフの森の癒しスパ』や『ドワーフ鉱山の岩盤浴』と比較し、我が軍の価格設定は適正です。値上げは顧客離れを招き、結果的に収益を悪化させます。むしろ、ポイントカードや回数券を導入し、リピーターを囲い込むべきかと」
「誰と戦ってるんだお前は!」
俺のツッコミはもはや、誰の心にも響かない。
“幻惑”のフェイは、キラキラした瞳でまくし立てた。
「聞いて魔王様!この前の勇者コラボ動画、『【潜入】魔王城の温泉がガチで天国だった件www』が、なんと再生数100万回突破したの!コメント欄も『魔王軍、意外とホワイトで草』『転職したすぎるw』って絶賛の嵐!もう、ウチのイメージ、爆上がりだよ!」
「上げるなそんなイメージを!」
フェイは興奮冷めやらぬ様子で、次の企画をプレゼンし始めた。
「そこで!次の広報戦略なんだけど!ズバリ、『魔王軍公式アンバサダー』を募集しようと思うの!」
「あんばさだー…?」
「そう!ウチの魅力を世界に発信してくれるインフルエンサーのこと!人間、エルフ、ドワーフ、種族は問わない!オーディションを開いて、最終選考は魔王様の『魔王面接』で決めようよ!」
「絶対に嫌だ!」
俺が断固拒否すると、リモート参加の“深淵”リリスが、タブレットからぼそりと言った。
「……そのオーディション、オンライン審査あります?書類選考で落としてくれるなら、やってもいいですけど」
「お前は審査する側だろ!」
どうしてこう、どいつもこいつも「世界征服」という本来の目的からズレていくのか。
俺が頭を抱えていると、会議室のドアが勢いよく開かれ、伝令兵が転がり込んできた。いつもの光景だ。
「も、申し上げます!東の平原にて、エンシェントドラゴンが暴れ回り、周辺の村々に甚大な被害が!」
「な、なんだと!?」
ついに来た!これだ!これこそが魔王軍の出番!
圧倒的な力でドラゴンをねじ伏せ、恐怖に慄く人間どもを支配する!完璧なシナリオだ!
「よし、四天王!総員出撃!今こそ我らの力、世界に示す時ぞ!」
俺が高らかに号令すると、四天王たちは顔を見合わせた。
そして、ゼノビアがおもむろに口を開いた。
「魔王様、お待ちください。その件、我が軍が介入するメリットは?」
「は?」
「エンシェントドラゴンは自然災害の範疇です。これを鎮圧したところで、得られるのは周辺住民からの一時的な感謝のみ。費用対効果が見合わないのでは?」
「だから事業じゃないと言ってるだろ!」
「ていうか、ドラゴン退治とか面倒くさすぎません?」(リリス)
「わかるー。鱗、硬そうだし。爪、割れそう」(フェイ)
こいつら、やる気がゼロだ。
しかし、その時、技術担当の“創造”ドワーグが、ずっしりとした声で言った。
「……いや、行く価値はある」
おお、ドワーグ!お前だけは分かってくれるか!
俺が期待の眼差しを向けると、ドワーグは設計図を広げた。またか。
「エンシェントドラゴンの鱗と牙は、最高硬度の魔導合金の素材となる。骨はゴーレムのフレームに最適だ。喉にある火炎袋は、新型火炎放射器の燃料として転用できる。あれは倒すべき『敵』ではない。歩く『資源』だ」
「……」
目的はズレているが、まあいい。結果的にドラゴンを倒すなら同じことだ!
「よし!目的はドラゴンの素材確保だ!全軍、出撃!」
かくして、魔王軍は建軍以来、初めて人類を救うために出撃した。
現場に到着すると、そこは地獄絵図だった。
巨大なドラゴンが炎を吐き、村は燃え、逃げ惑う人々。そして、彼らを守るために戦う勇者一行の姿があった。しかし、相手が悪すぎる。勇者の聖剣も、魔法使いの氷結魔法も、ドラゴンの強靭な鱗に弾かれている。
「魔王…!?なぜお前たちがここに!」
勇者が驚愕の声を上げる。
「フン、勘違いするなよ勇者。貴様らを助けに来たわけではない!」
俺は悪役らしく言い放ち、四天王に命じた。
「やれ!」
「承知!」
最初に動いたのはゼノビア。彼女は大地を蹴り、砲弾のようにドラゴンへ肉薄した。
「くらえ!コスト度外視・全力破壊拳!」
ゴッッ!!!
ゼノビアの拳がドラゴンの顎を打ち砕く。山脈を砕く一撃は、さすがに古竜にも堪えたようだ。ドラゴンが怯んだ隙に、後方からドワーグが叫ぶ。
「今だ!急所は喉の火炎袋!そこだけは柔らかい!フェイ、攪乱しろ!」
「OK!みんなー!注目ー!フェイちゃんのゲリラライブ、始まるよー!」
フェイがマイク型の魔導具を手に、ステージさながらに踊り出す。すると、彼女の幻術がドラゴンを包み込み、その眼前に無数のアイドルの幻影を映し出した。
「な、なんだあれは…」
勇者一行が呆然と見つめる中、ドラゴンは混乱し、明後日の方向に炎を吐き始めた。
「はい、お疲れ様ですー」
その隙を、リリスが見逃すはずもなかった。
棺桶から伸びた無数の影の手が、ドラゴンの巨体を地面に縫い付ける。
「さっさと終わらせて帰りたいんで。残業はイヤなんで」
完全に動きを封じられたドラゴン。
とどめは、俺だ!
「くらえ!魔王破滅撃(ディアボロス・エンド)!」
俺が最大魔力を込めた闇の槍を放とうとした、その瞬間。
「魔王様、ストップ!」
「お待ちください!」
ゼノビアとドワーグの叫び声が響いた。
「何故だ!」
「素材が傷つきます!」(ドワーグ)
「周辺住民への被害を最小限に抑え、事後処理のコストを削減します!」(ゼノビア)
俺が攻撃をためらった、そのコンマ1秒。
フェイの幻術が、なぜかゲリラライブから握手会に切り替わった。ドラゴンは目の前のアイドルの幻影にすっかり魅了され、うっとりとした表情で首を差し出している。
そして、リリスの影が、ドラゴンの首筋にそっと麻酔針を打ち込んだ。
ズシン、という音を立てて、エンシェントドラゴンは眠りに落ちた。
……戦闘終了。
被害、ゼロ。
ドラゴン、無傷で捕獲。
燃え盛る村を背景に、静まり返る平原。
呆然とする勇者一行と村人たち。
そして、満足げに頷く四天王。
ゼノビアは腕を組み、頷いた。
「人的・物的被害なし。資源の完全確保。完璧なオペレーションでした。ROI(投資収益率)は最高値を記録するでしょう」
フェイはスマホで自撮りをしながら言った。
「見て見て!眠ってるドラゴンの寝顔、超かわいくない?『#ドラゴンをテイムしてみた』で投稿しよっと!」
俺は天を仰いだ。
俺がやりたかったのは、こんなスマートな災害救助じゃない。
恐怖と破壊の限りを尽くす、圧倒的な蹂躙だ。
後日。
魔王軍は、ドラゴンを鎮圧した功績により、人間たちの王国から公式に感謝状を贈られた。
捕獲したドラゴンは、フェイの幻術によってすっかり牙を抜かれ、今では魔王城のマスコットキャラクターとして、子供たちに大人気だ。名前は「ドラちゃん」になった。
そして、フェイがアップした動画は「神回」と称えられ、魔王軍公式チャンネルの登録者数は、ついに王国全体の人口を超えた。
俺は、執務室の机に突っ伏した。
壁には、国王から送られた感謝状が、ご丁寧に額縁に入れられて飾られている。
――俺は、もう、世界征服を諦めた方がいいのかもしれない。
魔王ヴァルヴレイヴの憂鬱は、今日も今日とて、深まるばかりであった。
「いい加減にしろお前ら!ここは魔王城だぞ!断固として値上げだ!入湯税とサービス料も追加しろ!」
「魔王様、それは悪手です」
戦略会議室(最近はカフェテリアの個室が使われている)で俺が叫ぶと、“破壊”のゼノビアが冷静にタブレットをスワイプした。
「市場調査によれば、競合の『エルフの森の癒しスパ』や『ドワーフ鉱山の岩盤浴』と比較し、我が軍の価格設定は適正です。値上げは顧客離れを招き、結果的に収益を悪化させます。むしろ、ポイントカードや回数券を導入し、リピーターを囲い込むべきかと」
「誰と戦ってるんだお前は!」
俺のツッコミはもはや、誰の心にも響かない。
“幻惑”のフェイは、キラキラした瞳でまくし立てた。
「聞いて魔王様!この前の勇者コラボ動画、『【潜入】魔王城の温泉がガチで天国だった件www』が、なんと再生数100万回突破したの!コメント欄も『魔王軍、意外とホワイトで草』『転職したすぎるw』って絶賛の嵐!もう、ウチのイメージ、爆上がりだよ!」
「上げるなそんなイメージを!」
フェイは興奮冷めやらぬ様子で、次の企画をプレゼンし始めた。
「そこで!次の広報戦略なんだけど!ズバリ、『魔王軍公式アンバサダー』を募集しようと思うの!」
「あんばさだー…?」
「そう!ウチの魅力を世界に発信してくれるインフルエンサーのこと!人間、エルフ、ドワーフ、種族は問わない!オーディションを開いて、最終選考は魔王様の『魔王面接』で決めようよ!」
「絶対に嫌だ!」
俺が断固拒否すると、リモート参加の“深淵”リリスが、タブレットからぼそりと言った。
「……そのオーディション、オンライン審査あります?書類選考で落としてくれるなら、やってもいいですけど」
「お前は審査する側だろ!」
どうしてこう、どいつもこいつも「世界征服」という本来の目的からズレていくのか。
俺が頭を抱えていると、会議室のドアが勢いよく開かれ、伝令兵が転がり込んできた。いつもの光景だ。
「も、申し上げます!東の平原にて、エンシェントドラゴンが暴れ回り、周辺の村々に甚大な被害が!」
「な、なんだと!?」
ついに来た!これだ!これこそが魔王軍の出番!
圧倒的な力でドラゴンをねじ伏せ、恐怖に慄く人間どもを支配する!完璧なシナリオだ!
「よし、四天王!総員出撃!今こそ我らの力、世界に示す時ぞ!」
俺が高らかに号令すると、四天王たちは顔を見合わせた。
そして、ゼノビアがおもむろに口を開いた。
「魔王様、お待ちください。その件、我が軍が介入するメリットは?」
「は?」
「エンシェントドラゴンは自然災害の範疇です。これを鎮圧したところで、得られるのは周辺住民からの一時的な感謝のみ。費用対効果が見合わないのでは?」
「だから事業じゃないと言ってるだろ!」
「ていうか、ドラゴン退治とか面倒くさすぎません?」(リリス)
「わかるー。鱗、硬そうだし。爪、割れそう」(フェイ)
こいつら、やる気がゼロだ。
しかし、その時、技術担当の“創造”ドワーグが、ずっしりとした声で言った。
「……いや、行く価値はある」
おお、ドワーグ!お前だけは分かってくれるか!
俺が期待の眼差しを向けると、ドワーグは設計図を広げた。またか。
「エンシェントドラゴンの鱗と牙は、最高硬度の魔導合金の素材となる。骨はゴーレムのフレームに最適だ。喉にある火炎袋は、新型火炎放射器の燃料として転用できる。あれは倒すべき『敵』ではない。歩く『資源』だ」
「……」
目的はズレているが、まあいい。結果的にドラゴンを倒すなら同じことだ!
「よし!目的はドラゴンの素材確保だ!全軍、出撃!」
かくして、魔王軍は建軍以来、初めて人類を救うために出撃した。
現場に到着すると、そこは地獄絵図だった。
巨大なドラゴンが炎を吐き、村は燃え、逃げ惑う人々。そして、彼らを守るために戦う勇者一行の姿があった。しかし、相手が悪すぎる。勇者の聖剣も、魔法使いの氷結魔法も、ドラゴンの強靭な鱗に弾かれている。
「魔王…!?なぜお前たちがここに!」
勇者が驚愕の声を上げる。
「フン、勘違いするなよ勇者。貴様らを助けに来たわけではない!」
俺は悪役らしく言い放ち、四天王に命じた。
「やれ!」
「承知!」
最初に動いたのはゼノビア。彼女は大地を蹴り、砲弾のようにドラゴンへ肉薄した。
「くらえ!コスト度外視・全力破壊拳!」
ゴッッ!!!
ゼノビアの拳がドラゴンの顎を打ち砕く。山脈を砕く一撃は、さすがに古竜にも堪えたようだ。ドラゴンが怯んだ隙に、後方からドワーグが叫ぶ。
「今だ!急所は喉の火炎袋!そこだけは柔らかい!フェイ、攪乱しろ!」
「OK!みんなー!注目ー!フェイちゃんのゲリラライブ、始まるよー!」
フェイがマイク型の魔導具を手に、ステージさながらに踊り出す。すると、彼女の幻術がドラゴンを包み込み、その眼前に無数のアイドルの幻影を映し出した。
「な、なんだあれは…」
勇者一行が呆然と見つめる中、ドラゴンは混乱し、明後日の方向に炎を吐き始めた。
「はい、お疲れ様ですー」
その隙を、リリスが見逃すはずもなかった。
棺桶から伸びた無数の影の手が、ドラゴンの巨体を地面に縫い付ける。
「さっさと終わらせて帰りたいんで。残業はイヤなんで」
完全に動きを封じられたドラゴン。
とどめは、俺だ!
「くらえ!魔王破滅撃(ディアボロス・エンド)!」
俺が最大魔力を込めた闇の槍を放とうとした、その瞬間。
「魔王様、ストップ!」
「お待ちください!」
ゼノビアとドワーグの叫び声が響いた。
「何故だ!」
「素材が傷つきます!」(ドワーグ)
「周辺住民への被害を最小限に抑え、事後処理のコストを削減します!」(ゼノビア)
俺が攻撃をためらった、そのコンマ1秒。
フェイの幻術が、なぜかゲリラライブから握手会に切り替わった。ドラゴンは目の前のアイドルの幻影にすっかり魅了され、うっとりとした表情で首を差し出している。
そして、リリスの影が、ドラゴンの首筋にそっと麻酔針を打ち込んだ。
ズシン、という音を立てて、エンシェントドラゴンは眠りに落ちた。
……戦闘終了。
被害、ゼロ。
ドラゴン、無傷で捕獲。
燃え盛る村を背景に、静まり返る平原。
呆然とする勇者一行と村人たち。
そして、満足げに頷く四天王。
ゼノビアは腕を組み、頷いた。
「人的・物的被害なし。資源の完全確保。完璧なオペレーションでした。ROI(投資収益率)は最高値を記録するでしょう」
フェイはスマホで自撮りをしながら言った。
「見て見て!眠ってるドラゴンの寝顔、超かわいくない?『#ドラゴンをテイムしてみた』で投稿しよっと!」
俺は天を仰いだ。
俺がやりたかったのは、こんなスマートな災害救助じゃない。
恐怖と破壊の限りを尽くす、圧倒的な蹂躙だ。
後日。
魔王軍は、ドラゴンを鎮圧した功績により、人間たちの王国から公式に感謝状を贈られた。
捕獲したドラゴンは、フェイの幻術によってすっかり牙を抜かれ、今では魔王城のマスコットキャラクターとして、子供たちに大人気だ。名前は「ドラちゃん」になった。
そして、フェイがアップした動画は「神回」と称えられ、魔王軍公式チャンネルの登録者数は、ついに王国全体の人口を超えた。
俺は、執務室の机に突っ伏した。
壁には、国王から送られた感謝状が、ご丁寧に額縁に入れられて飾られている。
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