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奇跡の夜
しおりを挟むそれは、楽しい楽しい夏祭りの夜の事。賑やかな人混みから少し離れた神社の石段の途中。慣れない下駄で疲れながらも、私は拝殿を目指して長い階段を一段一段、登って行きます。1人で登る階段は想像以上に退屈でつまらないものです。幼馴染の彼と毎年来ていた思い出の夏祭りですが、来るのは今年で最後にしようと思います。だってもう、彼はこの世にはいないのですから。
ー彼に会いたいです。
階段を登り切り、誰もいない拝殿についた私はそう願いました。特に私は彼と恋人同士であった訳ではありません。ただとても仲が良く、よくある例えで言うなら「Love」では無く「very like」のような関係でした。
ここに来るのも、もう最後です。そう決めました。私は財布の中から一万円札を取り出し、賽銭箱にそっと入れます。遠くで花火が上がり快音と共に神社の境内がほんの一瞬、花火の色に染まりました。
「まいどありぃ~。」
何処からか、懐かしい彼の声が聞こえました。でもきっと聞き間違いに決まっています。そうじゃなければ、こんなにも涙が出る訳がないのですから。
私は声のした方向を向きます。目を閉じて、体ごと、振り向きます。
「よっ!久しぶり。」
一万円札を指で挟みヒラヒラとさせながら、そこに彼は立っていました。
「え…どういう事…?だって貴方はもう死んでいるんでしょ?」
私は自分の目を疑います。
「北○の拳みたいな事言うなよ。お前の為に蘇ったんだからさ。」
そう言って彼はポンっと私の頭を撫でてくれました。半年ぶりの彼の手はとても冷たくて、とても温かい感じがしました。
それでもこの落ち着く感じは彼に違いありません。私は確信しました。
「じゃあ、貴方は幽霊なの?」
「そう言う事になるのかな。」
そう言って彼は手に持った一万円札をポケットしまいました。
「それ、私が入れた一万円札?まいどありぃって聞こえたけど、どういう事?」
「んー。まぁ死後の世界もいろいろ大変でさ。」
彼は自分の頭をワシャワシャと掻きながら言いました。
「なんて言うか…バイト?死後の世界も生きてた頃とそんな変わんなくてさ。何処かに勤めて、働いて、お金稼いでって感じ。可笑しいだろ?」
「働かされているの?…って事は貴方はもしかして地獄に…?」
「違う、違う。死人の義務の1つで『勤労の義務』ってのがあるんだよ。全く、早く安らかに眠りたいよ。」
「ふふっ、死んでいても貴方は頑張り屋さんなのね。」
私が笑ったからでしょうか、彼もつられて笑います。なんだかとても懐かしい感じです。
「でも、お金なんか稼いで何に使うの?幽霊もお腹が減ったりするの?」
「んーとね。死後の世界では、ベガっていう通貨があるんだけど、これがいろいろ使い道があってさ、例えば9500ベガ払うと生れ変りが出来たりもするんだ。あー、それに確か…犬とか猫ならもっと安かったっと思う。カブトムシなんてバイトでいけるもんなー。それで、この前上司がさ『俺はパンティに生まれ変わるんだ!』って言って貯金崩してまで生まれ変わったら、おっさんのパンツに転生しててさ、あれは笑ったな~。元気でやってるかな~。」
「何か、思ってたのと違くてびっくり。私はもっと…こう、羽とか生えてパタパタ~ってしてるイメージだったから。」
「全然違うね。あそこはブラックだー。とか初任給がどうだーとか、実際そんなもんだよ。俺が今勤めてるこの神社は割と待遇いい方で残業代もしっかり出るしさ。死んだら真っ先に就活やらされたり、死後の世界にも参っちゃうよな。」
「へぇ~…。それで、今の仕事はどうなの?楽しくやってるの?」
「今の仕事はね、まぁまぁかな。でもここの神社、給料いいしさ。それに基本定時に上がれるし、俺は気に入ってはいる。」
「例えばどんな事をやるの?今みたいにお賽銭をとったりとか?」
「一応お寺の警備をやってる。死にたての魂を本堂に誘導したり。迷い込む魂も少なくないしな。後は…屋根とか人が届かない所を掃除したり。そんなもん。それに今ここにこうして居るのは仕事じゃなくて、プライベートだから。お賽銭をとったのはただ金欠だからで特に意味はないよ。」
「警備員がネコババしたらバチが当たるんじゃないの?」
こんな会話もいつぶりでしょうか、懐かしくてまた笑ってしまいます。
「お前、俺のお墓に来る度、願ってたよな。会いたいって。」
彼は少し歩き出して言いました。私は彼の横をついて行きます。長い長い階段も下りは2人なのできっと退屈しないと思います。
「うん。」
「お墓って不思議でさ、墓石の前で手を合わせてる奴の心の声が聞こえるんだ。それでお前が来る度そんな事ばっかり言ってくるから、見てられなくて蘇ったって訳。」
「なんか、ありがとう。」
「だから今夜は思いっきり楽しもうぜ!久しぶりに会えたんだから!」
「うん!」
私たちは階段を駆け下ります。下駄じゃなかったらもっと早く下りれた気がします。
賑やかなお祭りに帰ってきました。一年ぶりの彼とのお祭り。はぐれない様に私たちは手を繋ぎます。
「まずは金魚すくいから行くか?」
彼は金魚すくいがとても得意です。いつもの様にカップに溢れる程の金魚をすくいます。私はすぐに破れてしまうので一匹もとれません。彼は元気な金魚を二匹選び、他はお店へ返します。
「これがお前ので、こっちが俺のな。」
そう言って金魚の入った袋を渡してくれます。
夜空には花火が上がっています。
その後も私たちは時間を忘れ、お祭りを楽しみました。花火もそろそろ終盤に差し掛かる頃です。
「そろそろ花火も終盤か。」
彼は少し名残惜しそうに言います。
「最後のあれ、綺麗だよね。何て言うんだっけ?」
「スターマイン。」
彼は答えます。
「最後の盛り上がりによくある、連続で花火が上がるやつだろ?」
「そうそう。小さい時は大きな音に驚いて、よく泣いてたっけ。」
「お前は怖がりだからな。」
彼はさっきからずっと空ばかり眺めています。
「明日はさ…」
そこから先の言葉が中々出てきません。
「ん?明日?」
「明日はさ…隣町でもお祭りがあるんだって。」
いつの間にか私たちは花火がよく見える丘まで辿り着いていました。
「明後日は、貴方とよく見てた怖い話テレビでやるよ。その次の日はおばあちゃんがおはぎ作ってくれるって言ってた。その次の日も…。」
無理な事はだいたい察しがつきます。でも願わずにはいられません。
「花火って何処から見ても同じ形に見えるらしいよ?」
彼が私の話を遮るように言いました。
「それは知ってるよ?」
「何処にいても花火は花火なんだなって思ってさ。」
「どういうこと?」
私は彼に聞きます。
「生きてる時も、死んだ後も、こうして幽霊になってもお前は全然変わってないな。」
「そんな事ないよ。貴方が死んでから、ご飯は美味しくないし、テレビもつまんないし。寂しいよ。」
「食いしん坊なところは変わらなかったな。」
彼はニッコリと笑いました。
「これでも痩せたんだからねっ?」
私も笑います。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。」
ー何処に?なんて聞かなくても分かります。
「最後の花火が上がるまで。それが俺のタイムリミットなんだ。」
「また、見えなくなっちゃうのね。」
「蘇りって結構高くてさ。これで明日から日雇いのバイト沢山いれないとな。」
「お墓の警備とか?」
「よく知ってるな。まぁそんなところだ。」
夜空にはこれでもかと言わんばかりの花火が上がっています。
ーあぁ、これが終わったら彼はいなくなってしまう。
彼がまた何か言っている様でしたが、花火の音でよく聞こえません。
彼は私の手を引き、抱き寄せ、耳元で囁きます。
「いつになるか分からないけど、絶対生まれ変わってまた逢いに行くから。」
「うん。うん。」
私は冷たくて温かい彼の胸に顔を埋めます。
少しずつ彼が透明になっていくのが分かります。
スターマインが終わり、最後の一発が打ち上がります。
ヒュ~~~っと花火が空に上がって行きます。遠くから「たまや~」と言う声が聞こえます。どうか上がらないでほしい。咲かないでほしい。私はそう願わずにはいられませんでした。
大きな快音と同時に、冷たくて温かいものは消えました。
金魚の入った袋だけが残りました。
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