魔戒戦艦天照

松井康治

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第三回 海賊船……?

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 南大垣島西海岸海上
 全長150メートル程の民間貨物船に擬装した武装船が停泊していた。
 ブリッジでは詰め襟の黒い士官服を着た恰幅の良い男がいらついていた。
「魔法力の回復はまだか!?」
その眼前には憔悴した顔をした痩せ男が仮眠用ベッドに横たわっていた。
「無理言うな、あれだけの召喚獣を使ったんだ。充分休ませてくれたらここでもっと強力な召喚獣を出せてこんなに手間取る事なんて無かったんだ」
「急げという中央からの命令だ、最後まで休むことは許されん」
「急いては事をし損じる、って言うぜ」
この船の船長が口を挟んだ、小柄で痩せ形だが船の責任者らしく堂々としていた。
「船長、中央の方針に異を唱えるのか」
「いやいや、急がば回れって事だよ」
「ふん、明日早朝に総攻撃をかけろ、それでこの島の占領を完了させろ。 魔術師、貴様もそれまでに魔法力を回復させるんだ」
 士官服を着た男はそう吐き捨ててブリッジを後にしたその時、見張り員が声を張り上げた。
「北方に機影2!」
「皇国軍か!? 機種は?」
船長が確認を求める
「皇国軍の九四式水上偵察機です!」
「対空戦闘用意!」
 確認した船長が命令すると警報が鳴り
「対空戦闘用ー意! 対空戦闘用ー意!」戦闘命令が発せられ、船員達が素早く動いた。まるで軍艦のように。

 天照から飛び立った九四式水偵もほぼ同時にその船を発見していた
「何か見えるか?」
「西海岸沖に船影、民間の貨物船に見えますが… 何であんな所に?」
 双眼鏡を覗いていた偵察員がその船から一閃の光を見た、明らかに高射砲の発砲炎である。
「! 発砲炎!」
「いきなり本命か!」
 機長であるパイロットが操縦桿とラダーペダルをを動かして回避機動をとる。きりもみ状に降下した九四式水偵から200メートル程の所で高射砲の砲弾が爆発する。
 爆風で機体が激しく揺さぶられるも搭乗員達は冷静だった。
「天照に打電します!」
 言い終わる前に通信を開始した、打電と言っても激しく揺れる機上でモールスを打つことは難しいのでマイクに向かって口頭で叫ぶ。
「突っ込むぞ! そのツラ拝んでやる!!」
九四式水偵は発砲した船に急速に接近していった。

 間もなく天照は偵察機からの通信を受信し、すぐに艦橋の悌二郎達に伝えられた。
「1号機より入電『南大垣島西方に不審船発見、当機に発砲、接近して確認す』」
「海賊船に高射砲!?」
 次美が驚く。
 悌二郎はまるで予想していたかのように冷静に指示を出す。
「やはりタダの海賊じゃ無さそうだね、偵察隊に打電、不明船に対し攻撃を許可する」
「諒解!」
 そのやりとりを聞きながら大野航海長がそろばんをはじいて提案した。
「艦長、もう1割増速すれば明朝0500頃に現着出来ます」
「燃料は?」
 気軽にどこでも燃料補給が出来るわけでは無いので、残された燃料でどれだけの速さでどれだけの行動が出来るかは綿密な計算によって導き出される。スピードは重要だが早く戦場にたどり着けても戦うための燃料が無くなってはどうしようも無い。しかも天照は12体の召喚獣を退治するために8日間走り続けていた、それを追うために燃料消費の多い全速航行した事も少なくない。
 燃料残量は既に5割を切ろうとしていた。この上遥か南方の海域に出向いて戦闘を行うというのは少なからぬリスクを背負うことになる。
「母港に帰投する途中で補給を受けなければなりませんが、目標海域での戦闘行動に影響はありません」
「良し、増速!」
「諒解、増速1割」
「副長、給油艦の手配をお願いします」
「諒解、書類を作成するので後で判子お願いします」
 所詮軍隊も役所である。

 不明船からの対空砲火の弾雨の中、九四式水偵1号機は降下角28度で不明船に急接近、出来れば90度近い角度で急降下爆撃を行いたいところだが、生憎この機体はそのようなことが出来る構造になっていない、そんな角度で降下したら速度超過で空中分解してしまう。そのため、速度限界ギリギリになる28度で降下する、本来この機体でやって良い機動では無いが機長は爆撃と偵察を確実なものとするために機を突っ込ませた。
 不明船を真っ正面にとらえながら高度500メートルで50キロ爆弾2発全弾を投下、操縦桿を手前に引いて機首を引き上げ海面すれすれで離脱する、あまり急激に引き上げるとやはり機体が耐えきれず分解してしまうため、パイロットは五感を総動員して機体の状態を感じながら分解しないギリギリの所で操縦桿を引く。
 放った爆弾の内一発が不明船に命中、高射砲を破壊した。機長が歓喜の声を上げる。
「やったぞ! 写真は?」
「こっちもバッチリです!」
 偵察員もどや顔である。

 2号機も続いて不明船に爆撃を敢行する。
「2号機も一発命中!」
1号機の偵察員が不明船の対空砲火が沈黙したのを確認した。
「よし、ずらかるぞ! これで上陸している連中を一旦引かせることが出来るかもしれんな」
 2機の九四式水偵は天照への帰路についた。
 
 攻撃された海賊船は火災を起こしていた、船長が矢継ぎ早に指示を出す。
「消火作業急げ! 各部署は速やかに被害報告!」
 黒服の士官らしき男は焦りを隠せなかった。
「あれは水上機だ、ということは皇国海軍の巡洋艦以上の艦が近づいてきていると言う事になる」
「艦隊にでも来られたらさすがに分が悪い」
 船長が不安を漏らした。
「急がなければならんな、大型召喚獣が出せれば多少の艦隊なぞ問題では無いが魔術師があの有様ではな。 天照は大丈夫なのか?」
 士官が訪ねた
「12匹の大型召喚獣だ、しかも魔術師が制御を切っているからどんな動きをするのかは読みにくい、 まだせいぜい7,8匹程度しか退治出来ていないだろう。それより皇国軍にこの事態がばれてるのはマズイ、中止した方が良くないか?」
「中止する権限は与えられていない、最後まで遂行するのみだ」


 天照艦橋に通信員が駆け込んできた。
「南大垣島駐屯部隊より入電『敵上陸部隊、後退の模様』」
大野航海長が安堵の声を漏らす
「不明船への攻撃が功を奏したようですね」
 その報告を聞いた悌二郎が次の一手を打つ。
「副長、陸戦隊を対魔、対霊装備で2個小隊編成、島の北側から上陸させて駐屯部隊と共同戦線を張る」
「諒解、対空戦闘は無さそうなので砲術科第三分隊から抽出します」
「うん、 では砲術長、協力をお願いします」
「諒解しました!」
 海軍艦艇には陸上戦闘部隊は常設されていないが、状況によって陸戦部隊を編成しなければならない場合に備えて各科に陸戦要員が決められている。艦の運用に支障が出てはいけないので、状況に応じてどこの誰達を集めるかは艦に精通している副長の役目である。それを受けて各科長、今回は砲術長を通して指定された班に通達される。

「両舷停止!」
天照がスクリューを止めて速度が落ちていく。 急ぐ状況だが、写真や偵察員からの報告を詳細、確実に聞くためにもリスクを承知で停止して、帰ってきた九四式水偵2機を安全に回収する。
 急ぐ状況だと解っている偵察員は、機体が揚収クレーンにつり下げられて海上から艦上に移されて飛び降りられそうだとふむやいなや、思い切って飛び降り、駆け足で撮影したフィルムを現像室へ持っていった。
 フィルムは大急ぎで現像され、印画紙に焼かれて現像された。現像後の水洗いの水も乾かぬうちに偵察員が艦橋へと持って駆け上がって行く。

 天照は既に元の速度に加速して白波を立てて走っていた。

「滝沢飛行曹入ります!」
 九四式水偵1号機の偵察員滝沢航飛曹長が敬礼をして艦橋に入ってきた、悌二郎も返礼をして労をねぎらう。
「ご苦労様でした、まずは滝沢飛曹の所見を聞かせて下さい」
「はっ」
 滝沢飛曹が杉坂悌二郎艦長を間近で見るのも直接話すのもこれが初めてであった、若いとは聞いていたが、思っていた以上に若い上に腰が低いことに滝沢は驚いていた。にもかかわらずその堂々たる立ち姿にただならぬ威圧感も感じていた。
 滝沢飛曹は報告を始めた。
「不明船は自分が今まで見た中では海賊船としてはかなり大きく、また当機に対する対空射撃の手際から練度は決して低くないと思われます、以上です」
「よく解りましたが、飛曹、いくら急ぐ状況とは言え、飛び降りるというのは感心しません、怪我でもされたら大きな損失になります。以後自重してください。滝沢飛曹戻って良し」
「はっ! 申し訳ありません!失礼します」
 滝沢飛曹は写真を置いて艦橋を後にした。自分を見ていてくれていたことに嬉しさと心配をかけたことに申し訳なさを感じながら。
 
 悌二郎が受け取った写真を開いてルーペを当てて観察を始めた。
「庖共和国の文字がある」
 庖共和国は島国の皇国の北方にある大陸の大規模な軍事大国で、周辺国に対して領土侵犯を頻繁に起こしている。皇国が大陸南方の多くの島国と安全保障体制を結んでいる関係上、領土、領海侵犯などが起こる度に対立することが多く、3年程前にも小規模ながら紛争が勃発しており、撃退している。
「排水量は2千トンくらいかな? 武装を除けば共和国の民間貨物船に見えるね」
 次美が写真を受け取りルーペで拡大して見る。
「砲、機銃は素早く隠せるような構造になっていますね。民間貨物船に艤装とは言え、海賊船にしては重武装が過ぎます」
 経験、知識とも豊富な次美の分析は悌二郎をいつも助けていた。
「一体どういうことでしょうか?」
 状況が今ひとつ飲み込めない大野航海長が艦長に尋ねた。大野は船と海のことにはめっぽう強いが、こういう事の推測はやや苦手である。
「かなり大がかりな組織の海賊、としか今は言えないですね。 憶測を除けば」
悌二郎は含みを持たせた言葉を放つ。
 次美が真意をただす。
「憶測……?」
「ん…… まぁ僕たちは島を襲っている何者かを退治して、島民と島を守ることだけに集中しましょう」
 悌二郎は苦笑いにも似た顔でそう言うと窓の外に目をやり、夕日に紅く染まる海をを眺めていた
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