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52.第二騎士団の帰還
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うわあ…!
王都中心部に着くと、俺は驚いて上を見上げた。
『収穫祭』で町中カラフルに飾りつけられている中、目立つのは騎士団のシンボルである紺色と金に輝く旗が、青空を覆うように至るところではためいていたのだ。
「待って、もしかして今日…」
俺があることに気づいた時、わ~!と子供たちがそばを駆け抜けてどこかへ向かっていく。
「早く行こ!今日第2騎士団の帰還があるんだよ!」
「待ってよー!僕もギルバート様見たい!」
ギルバート…!
クラウスは久しぶりに聞く名前にハッとした。
そうだ。ギルバートは騎士団に入った後、今年から第二騎士団に入団したと噂で聞いた。騎士団は大まかに近衛と第一と第二に分かれており、第二騎士団というのは特殊任務専用の部隊と聞く。そこに20歳未満の者が入るというのは異例中の異例で、ギルバートがいかに優秀かが分かる。
「第二騎士団の帰還って…」
「そうね。あのスオール国境の紛争の鎮圧作戦が成功したから、今日帰ってくるようだわ。パレードがあるから、こんなに賑わっているのね」
「えっ!第二騎士団が遠征に行ってたのか?!しかも、ギルバートまで…彼は入ったばかりだろう?」
リリーから聞いた知らなかった事実に、俺は驚いて声を上げた。
「秘密作戦だったからあなたが知らなくても無理はないわ。特にあなたには…いえ、国民みんな、変な混乱が起きないよう作戦は知らされてなかったの。スオール王国との小さな紛争は日に日に大きくなっている。だから、第2騎士団は今、スオール王国紛争のための特殊部隊となっているの。ギルバート殿下は自ら志願して遠征に参加したらしいけど、彼ほどの才能の持ち主を騎士団長も放っておかないわね」
リリーから教えられたギルバートの現状は俺の知らないことばかりだった。だが、彼が立派に騎士団で活躍していると聞いて胸が熱くなる。それと同時に、そんな危険任務についているギルバートのことが心配になった。
…一目でいいから、見たいなあ。
俺の心のうちが読めたかのように、次の瞬間にはリリーが口を開いていた。
「見にいく?」
「…!」
クラウスがぱっと顔を上げたのを、リリーが眩しいものをみるような目で見つめた。
パレードは王宮へと続く大通りで行われる。二人が着いた時には、すでに大勢の人が道を取り囲んでいて、人垣で前が見えないほどだった。
「すごいわね…私はここじゃ見れないけど、まあいいわ。あなたなら少しは見えるんじゃない?」
背が低めなリリーは完全に人垣で前が見えないらしい。
俺もこの世界の男性には負けるが一応人並みの身長なので、なんとか見ることができた。
「な、なんとか。リリーは平気か?人混みとか苦手じゃないか」
「いいのよ。あなたを一人にする方が心配だから」
「う…俺は迷子にはならないと思うけどなあ」
「…そういうことではないけれど」
そんなことを言っていると、パー!とラッパの音が鳴り響いて、遠くから馬の駆けてくる音が聞こえた。
「わー!騎士団だ!」
歓声があがり、先行の馬に乗った騎士たちが目の前を通り過ぎていく。紺色の軍服に身を固め、騎士団の旗を持つその姿は輝かしいほどに堂々としていた。
続々と騎士たちが馬に乗ったまま前を通っていく。
あ、あの騎士団の今先頭にいるのは、騎士団長じゃないか?第二騎士団の団長は、熊みたいな怖い顔つきの大男だ。絶対あれは怖い上司になる。だが、騎士団の先頭に立つに相応しい豪胆な姿だった。
隣を見るが、探している人の姿は見えない。
王子だから前に出ているのかと思ったが、騎士団の上下関係はしっかりしていて、ギルバートは若手として後ろの方にいるのかもしれない。
第二騎士団の面々は、流石精鋭部隊というだけあり、皆魔力が高そうでしなやかな筋肉をつけている格好良い者ばかりだ。鋭い目をした者も多く、戦闘帰りの荒々しさがまだ残っている気がする。この中に、ギルバートがいるのだ。
いつ来るのか…。クラウスはドキドキする心を抑えるため無意識に胸元に手を当てた。
わぁ!!
その時、歓声が一際大きくなり、クラウスはその瞬間、一瞬世界の音が消えたように感じた。
1人の人物が目に飛び込んできた。そのプラチナブロンドは陽の光に輝き、遠目からでも分かるほど鍛え上げられた体からは威圧的なオーラすら感じる。そして実に男らしく端正な顔は、真っ直ぐ前を向いて、その薄青色の目は氷のように冷ややかな光を宿していた。
「…ギルバート」
俺の呟いた言葉は、周りの喧騒の中、誰にも聞こえなかった。
久しぶりに見たギルバートの姿は、2年前に見たまだ青年の姿を残した姿ではなく、一人の男として確立された立派な体格に成長し、また雰囲気もより鋭さを増したように感じた。
たった2年でこうも変わるというのか。彼がどれだけの経験をしたのかが伺い知れ、クラウスは彼を見れたことに感動すると同時に、無理をしていないか心配になった。
だって、この短い間だが、彼はぴくりとも表情を動かさない。
俺の記憶の彼は、もっと表情豊かだった。それはもちろん笑うこともだが、無表情の時でも、何となく彼の感情を読み取ることができた。
しかし、今の彼は分厚い氷の仮面をかぶっているかのように、何の感情も読み取ることができなかった。
「見て!ギルバート様よ!こっちを見てー!」
「今日も本当に格好良い!今回の作戦で結構な怪我を負ったみたいだけど、大丈夫かしら?」
周りの声に、不穏な言葉を聞いてクラウスは眉を寄せた。
怪我を負ったというのに、彼はそれを微塵も見せずに背を真っ直ぐさせじっと前だけを見ている。
怪我が魔法で治っていたとしても、疲れていないはずがない。
それを抑え込んで堂々と振る舞う姿は、まさにこれから国を支える王族としての威厳に満ちていた。
ギルバートは、クラウスのいる場所の前をゆっくりと通っていった。
一瞬、なんでそう思ったのか分からないが、彼が自分に気づいてくれるんじゃないかと思った。
が、ギルバートの目はただ真っ直ぐ前を向き、俺のいる方を見もしなかった。それはそうだ。分かってはいたが、俺は落胆し肩を落とした。
ギルバートはそのまま、チラリとも他を見ずに去って行ってしまった。
「見れた?」
リリーの声がして、クラウスはハッとした。
「ああ。…久しぶりに見ると…結構変わっていたな」
「…そうね。彼は変わったわ」
リリーの言葉に、クラウスの胸はざわりとした。
「…やっぱり変わったのか。…あの、事件からか…?」
「ごめんなさい、心配させるような言い方だったわね。私もよく会うわけではないから分からないけれど…ギルバート殿下は、何かを成し遂げたくて自ら変わったように思うわ」
リリーは気遣うようにクラウスに言った。
「そうだな…ギルバートがすごく頑張ったんだなってのは、あの雰囲気の変わりようで分かったよ。遠征で怪我もしたらしい…。そんなに、スオール王国との仲は危ういのか?」
「そうね。スオール王国は今、現王が病で倒れ、権力争いが起きている。その上、穏健派だった王家の一族が力を弱め、その派閥だったレオ王子も姿を消したの。これはフィルヘイムにもよくないことだわ。なにせ、今政権を握ろうとしている王弟はかなり好戦的で、フィルヘイムの領土を手に入れようとしている」
リリーが帰り道で語ってくれた現状に、俺は気が滅入ってくるのを感じた。
「…本当に戦争になるのか」
「…そうね…今、戦争の兆しは徐々に迫ってきている。でも、オスカー王はかなり穏健派だし、なんとか戦争を食い止めようと頑張っているようだわ。…ここで戦争をしている場合ではないわ。まだ、ゼト信者の影も忍び寄っているというのに」
「…そうだな」
明るいお祭りの中にいるというのに、クラウスは忍び寄る暗い戦争の影に身震いする思いがした。
唐突に、この世界に来たばかりの頃、コックに冗談で言われたことを思い出した。
魔力が低い者は仕事に困り、戦争奴隷にされてしまう。
冗談ではなく、この俺も戦争に行くことになってもおかしくない時代に突入してしまったのだ。もちろん、今の賢王オスカーが奴隷兵などを徴兵しないとは思うが、本で読んだ過去のフィルへイムの大きな戦では、そんなことも起きたらしい。あの冗談は、この時作られたのかもな。
でも、いずれにしても騎士団は前線で戦わなくてはならない。ギルバートは、真っ先に戦場へ行くだろう。
そう思うと、クラウスは落ち着かなくなった。
…もし、彼の命が危うくなったら。あんな別れ方をしたまま、一生会えなくなったら…。
俺は耐えられるだろうか?
俺だけ何も知らないままで、知らない所でギルバートや仲間たちが苦しむなんて…俺は耐えられない。
リリーが、多分俺をギルバートや危険な事から遠ざけようとしているというのは、何となく感じていた。もしかしたら、俺を避けているかつての仲間たちも、何かを俺に隠しいているのかもしれない。
でも、俺は知らない所で誰かが苦しむのは嫌だった。
ギルバートが戦に行くというのなら…俺も行きたい。
かつて戦争奴隷になりたくないとあれほど思った俺はもう居なかった。
分かった、ギルバート。君がどんなに俺を避けようとも、俺は君から離れない。戦争にだってどこへだって、絶対ついていこう。
そう決意すると、自然と力が湧いてくるようだった。そうだ。簡単なことだ。皆に避けられてうじうじと悩んでいたが、それならば俺が追いかければいい。
久しぶりにクラウスの目に力が宿った。
その変化を、リリーは注意深く観察して、考え込んでいた。
*
「やぁ、弟よ。怪我は大丈夫だったか?」
第二騎士団はぞろぞろと兵舎へ帰ってきた。
皆が見に来た家族や仲間と挨拶を交わしている中、芦毛の馬からひらりと飛び降りたギルバートの元にやってきたのは、彼の兄、アーサーだった。
アーサーは相変わらずニコニコとその整った顔に笑みを浮かべ、周りの老若男女から注目を集めている。ここ数年でより政務に関わることが多くなったからか、以前のフラフラとした色男ぶりはなりをひそめ、王族らしい威厳を滲ませるようになった。
しかし変わらず、弟ギルバートのこととなるとすぐ連絡を取ろうとする。
「…はぁ、怪我は大したことない。兄さん」
ギルバートの少々そっけない態度にも、アーサーは気にせず肩に手を回す。
「今回の遠征では両国とも死者が出なかったと聞く。お前もよくやったね!」
「…今回はスオール騎士団ではなく傭兵相手だったからな。まだ小競り合いで済んでよかった」
「イーストレイク付近の国境だろう?あそこは最も王都に近い国境だから、今回で完全鎮圧できたなら成果は大きい。しかし、スオールはなぜ傭兵まで雇って頻繁に小規模な争いをするのだろうな。何か企んでいるとしか思えないね」
「スオールのレオ王子も行方不明だ。国外に逃げていると聞くが、どこにいるのやら…」
「…案外、この国に入り込んでいるかもな…?」
アーサーがニヤリと笑った。
「兄さん…適当なことを言わないでくれ」
「そうか?レオ王子の容姿は誰にも知られていないのだし、この国に紛れてても分からないぞ?」
「…それが厄介なんだがな。レオ王子が穏健派のままでいてくれることを願う」
ギルバートはため息をついて言った。
「…ところで、さっきの帰還パレードに…クラウスに似た人が居たな」
唐突にギルバートがそう言い出し、アーサーは驚いて弟を見た。
「…はぁ?!あの群勢の中、見つけたのか…?」
「何となく…彼の視線を感じた気がして、目の端に見ただけだ」
「いや…目の端って言ったって…最早その能力が怖いよ」
「…だが、リリーの報告では寮から最近出ないと聞くし…祭りにいるとは考えにくいか…」
「…お前、そんなに気になるなら、少しくらい…──」
「兄さん、それ以上は言わないでくれ。…俺は決めたんだ」
「……ああ」
アーサーは複雑な思いでギルバートを見つめた。
守りたい者のため、弟は変わったのだ。だが、それで良かったのか…あの黒髪黒目の男を思うと、不憫にも思う。何か、すれ違いが生じている気がしてならないのだ。
王都中心部に着くと、俺は驚いて上を見上げた。
『収穫祭』で町中カラフルに飾りつけられている中、目立つのは騎士団のシンボルである紺色と金に輝く旗が、青空を覆うように至るところではためいていたのだ。
「待って、もしかして今日…」
俺があることに気づいた時、わ~!と子供たちがそばを駆け抜けてどこかへ向かっていく。
「早く行こ!今日第2騎士団の帰還があるんだよ!」
「待ってよー!僕もギルバート様見たい!」
ギルバート…!
クラウスは久しぶりに聞く名前にハッとした。
そうだ。ギルバートは騎士団に入った後、今年から第二騎士団に入団したと噂で聞いた。騎士団は大まかに近衛と第一と第二に分かれており、第二騎士団というのは特殊任務専用の部隊と聞く。そこに20歳未満の者が入るというのは異例中の異例で、ギルバートがいかに優秀かが分かる。
「第二騎士団の帰還って…」
「そうね。あのスオール国境の紛争の鎮圧作戦が成功したから、今日帰ってくるようだわ。パレードがあるから、こんなに賑わっているのね」
「えっ!第二騎士団が遠征に行ってたのか?!しかも、ギルバートまで…彼は入ったばかりだろう?」
リリーから聞いた知らなかった事実に、俺は驚いて声を上げた。
「秘密作戦だったからあなたが知らなくても無理はないわ。特にあなたには…いえ、国民みんな、変な混乱が起きないよう作戦は知らされてなかったの。スオール王国との小さな紛争は日に日に大きくなっている。だから、第2騎士団は今、スオール王国紛争のための特殊部隊となっているの。ギルバート殿下は自ら志願して遠征に参加したらしいけど、彼ほどの才能の持ち主を騎士団長も放っておかないわね」
リリーから教えられたギルバートの現状は俺の知らないことばかりだった。だが、彼が立派に騎士団で活躍していると聞いて胸が熱くなる。それと同時に、そんな危険任務についているギルバートのことが心配になった。
…一目でいいから、見たいなあ。
俺の心のうちが読めたかのように、次の瞬間にはリリーが口を開いていた。
「見にいく?」
「…!」
クラウスがぱっと顔を上げたのを、リリーが眩しいものをみるような目で見つめた。
パレードは王宮へと続く大通りで行われる。二人が着いた時には、すでに大勢の人が道を取り囲んでいて、人垣で前が見えないほどだった。
「すごいわね…私はここじゃ見れないけど、まあいいわ。あなたなら少しは見えるんじゃない?」
背が低めなリリーは完全に人垣で前が見えないらしい。
俺もこの世界の男性には負けるが一応人並みの身長なので、なんとか見ることができた。
「な、なんとか。リリーは平気か?人混みとか苦手じゃないか」
「いいのよ。あなたを一人にする方が心配だから」
「う…俺は迷子にはならないと思うけどなあ」
「…そういうことではないけれど」
そんなことを言っていると、パー!とラッパの音が鳴り響いて、遠くから馬の駆けてくる音が聞こえた。
「わー!騎士団だ!」
歓声があがり、先行の馬に乗った騎士たちが目の前を通り過ぎていく。紺色の軍服に身を固め、騎士団の旗を持つその姿は輝かしいほどに堂々としていた。
続々と騎士たちが馬に乗ったまま前を通っていく。
あ、あの騎士団の今先頭にいるのは、騎士団長じゃないか?第二騎士団の団長は、熊みたいな怖い顔つきの大男だ。絶対あれは怖い上司になる。だが、騎士団の先頭に立つに相応しい豪胆な姿だった。
隣を見るが、探している人の姿は見えない。
王子だから前に出ているのかと思ったが、騎士団の上下関係はしっかりしていて、ギルバートは若手として後ろの方にいるのかもしれない。
第二騎士団の面々は、流石精鋭部隊というだけあり、皆魔力が高そうでしなやかな筋肉をつけている格好良い者ばかりだ。鋭い目をした者も多く、戦闘帰りの荒々しさがまだ残っている気がする。この中に、ギルバートがいるのだ。
いつ来るのか…。クラウスはドキドキする心を抑えるため無意識に胸元に手を当てた。
わぁ!!
その時、歓声が一際大きくなり、クラウスはその瞬間、一瞬世界の音が消えたように感じた。
1人の人物が目に飛び込んできた。そのプラチナブロンドは陽の光に輝き、遠目からでも分かるほど鍛え上げられた体からは威圧的なオーラすら感じる。そして実に男らしく端正な顔は、真っ直ぐ前を向いて、その薄青色の目は氷のように冷ややかな光を宿していた。
「…ギルバート」
俺の呟いた言葉は、周りの喧騒の中、誰にも聞こえなかった。
久しぶりに見たギルバートの姿は、2年前に見たまだ青年の姿を残した姿ではなく、一人の男として確立された立派な体格に成長し、また雰囲気もより鋭さを増したように感じた。
たった2年でこうも変わるというのか。彼がどれだけの経験をしたのかが伺い知れ、クラウスは彼を見れたことに感動すると同時に、無理をしていないか心配になった。
だって、この短い間だが、彼はぴくりとも表情を動かさない。
俺の記憶の彼は、もっと表情豊かだった。それはもちろん笑うこともだが、無表情の時でも、何となく彼の感情を読み取ることができた。
しかし、今の彼は分厚い氷の仮面をかぶっているかのように、何の感情も読み取ることができなかった。
「見て!ギルバート様よ!こっちを見てー!」
「今日も本当に格好良い!今回の作戦で結構な怪我を負ったみたいだけど、大丈夫かしら?」
周りの声に、不穏な言葉を聞いてクラウスは眉を寄せた。
怪我を負ったというのに、彼はそれを微塵も見せずに背を真っ直ぐさせじっと前だけを見ている。
怪我が魔法で治っていたとしても、疲れていないはずがない。
それを抑え込んで堂々と振る舞う姿は、まさにこれから国を支える王族としての威厳に満ちていた。
ギルバートは、クラウスのいる場所の前をゆっくりと通っていった。
一瞬、なんでそう思ったのか分からないが、彼が自分に気づいてくれるんじゃないかと思った。
が、ギルバートの目はただ真っ直ぐ前を向き、俺のいる方を見もしなかった。それはそうだ。分かってはいたが、俺は落胆し肩を落とした。
ギルバートはそのまま、チラリとも他を見ずに去って行ってしまった。
「見れた?」
リリーの声がして、クラウスはハッとした。
「ああ。…久しぶりに見ると…結構変わっていたな」
「…そうね。彼は変わったわ」
リリーの言葉に、クラウスの胸はざわりとした。
「…やっぱり変わったのか。…あの、事件からか…?」
「ごめんなさい、心配させるような言い方だったわね。私もよく会うわけではないから分からないけれど…ギルバート殿下は、何かを成し遂げたくて自ら変わったように思うわ」
リリーは気遣うようにクラウスに言った。
「そうだな…ギルバートがすごく頑張ったんだなってのは、あの雰囲気の変わりようで分かったよ。遠征で怪我もしたらしい…。そんなに、スオール王国との仲は危ういのか?」
「そうね。スオール王国は今、現王が病で倒れ、権力争いが起きている。その上、穏健派だった王家の一族が力を弱め、その派閥だったレオ王子も姿を消したの。これはフィルヘイムにもよくないことだわ。なにせ、今政権を握ろうとしている王弟はかなり好戦的で、フィルヘイムの領土を手に入れようとしている」
リリーが帰り道で語ってくれた現状に、俺は気が滅入ってくるのを感じた。
「…本当に戦争になるのか」
「…そうね…今、戦争の兆しは徐々に迫ってきている。でも、オスカー王はかなり穏健派だし、なんとか戦争を食い止めようと頑張っているようだわ。…ここで戦争をしている場合ではないわ。まだ、ゼト信者の影も忍び寄っているというのに」
「…そうだな」
明るいお祭りの中にいるというのに、クラウスは忍び寄る暗い戦争の影に身震いする思いがした。
唐突に、この世界に来たばかりの頃、コックに冗談で言われたことを思い出した。
魔力が低い者は仕事に困り、戦争奴隷にされてしまう。
冗談ではなく、この俺も戦争に行くことになってもおかしくない時代に突入してしまったのだ。もちろん、今の賢王オスカーが奴隷兵などを徴兵しないとは思うが、本で読んだ過去のフィルへイムの大きな戦では、そんなことも起きたらしい。あの冗談は、この時作られたのかもな。
でも、いずれにしても騎士団は前線で戦わなくてはならない。ギルバートは、真っ先に戦場へ行くだろう。
そう思うと、クラウスは落ち着かなくなった。
…もし、彼の命が危うくなったら。あんな別れ方をしたまま、一生会えなくなったら…。
俺は耐えられるだろうか?
俺だけ何も知らないままで、知らない所でギルバートや仲間たちが苦しむなんて…俺は耐えられない。
リリーが、多分俺をギルバートや危険な事から遠ざけようとしているというのは、何となく感じていた。もしかしたら、俺を避けているかつての仲間たちも、何かを俺に隠しいているのかもしれない。
でも、俺は知らない所で誰かが苦しむのは嫌だった。
ギルバートが戦に行くというのなら…俺も行きたい。
かつて戦争奴隷になりたくないとあれほど思った俺はもう居なかった。
分かった、ギルバート。君がどんなに俺を避けようとも、俺は君から離れない。戦争にだってどこへだって、絶対ついていこう。
そう決意すると、自然と力が湧いてくるようだった。そうだ。簡単なことだ。皆に避けられてうじうじと悩んでいたが、それならば俺が追いかければいい。
久しぶりにクラウスの目に力が宿った。
その変化を、リリーは注意深く観察して、考え込んでいた。
*
「やぁ、弟よ。怪我は大丈夫だったか?」
第二騎士団はぞろぞろと兵舎へ帰ってきた。
皆が見に来た家族や仲間と挨拶を交わしている中、芦毛の馬からひらりと飛び降りたギルバートの元にやってきたのは、彼の兄、アーサーだった。
アーサーは相変わらずニコニコとその整った顔に笑みを浮かべ、周りの老若男女から注目を集めている。ここ数年でより政務に関わることが多くなったからか、以前のフラフラとした色男ぶりはなりをひそめ、王族らしい威厳を滲ませるようになった。
しかし変わらず、弟ギルバートのこととなるとすぐ連絡を取ろうとする。
「…はぁ、怪我は大したことない。兄さん」
ギルバートの少々そっけない態度にも、アーサーは気にせず肩に手を回す。
「今回の遠征では両国とも死者が出なかったと聞く。お前もよくやったね!」
「…今回はスオール騎士団ではなく傭兵相手だったからな。まだ小競り合いで済んでよかった」
「イーストレイク付近の国境だろう?あそこは最も王都に近い国境だから、今回で完全鎮圧できたなら成果は大きい。しかし、スオールはなぜ傭兵まで雇って頻繁に小規模な争いをするのだろうな。何か企んでいるとしか思えないね」
「スオールのレオ王子も行方不明だ。国外に逃げていると聞くが、どこにいるのやら…」
「…案外、この国に入り込んでいるかもな…?」
アーサーがニヤリと笑った。
「兄さん…適当なことを言わないでくれ」
「そうか?レオ王子の容姿は誰にも知られていないのだし、この国に紛れてても分からないぞ?」
「…それが厄介なんだがな。レオ王子が穏健派のままでいてくれることを願う」
ギルバートはため息をついて言った。
「…ところで、さっきの帰還パレードに…クラウスに似た人が居たな」
唐突にギルバートがそう言い出し、アーサーは驚いて弟を見た。
「…はぁ?!あの群勢の中、見つけたのか…?」
「何となく…彼の視線を感じた気がして、目の端に見ただけだ」
「いや…目の端って言ったって…最早その能力が怖いよ」
「…だが、リリーの報告では寮から最近出ないと聞くし…祭りにいるとは考えにくいか…」
「…お前、そんなに気になるなら、少しくらい…──」
「兄さん、それ以上は言わないでくれ。…俺は決めたんだ」
「……ああ」
アーサーは複雑な思いでギルバートを見つめた。
守りたい者のため、弟は変わったのだ。だが、それで良かったのか…あの黒髪黒目の男を思うと、不憫にも思う。何か、すれ違いが生じている気がしてならないのだ。
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