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「じゃあ、とりあえず真山さんの連絡先を――」
哲朗は言いかけたセリフを途中で呑み込んだ。厳格極まる調の父親のことを思い出したのだった。
「ああ、そうだ。履歴、チェックされるんですよね」
「うん」
調は悲しそうにうなずいた。
「父さんはそういうのに時間を使うこと自体が許せないから。それに私も、せっかく椎名くんとやり取りするなら、誰かに読まれたりしたくないし」
「せっかくって……真山さんは俺のこと、嫌いだったんじゃないんですか?」
哲朗は驚き過ぎて、反射的に調の右腕をつかんでしまった。
顔を見るたびに逃げ出されたこと、つかんだ腕を強く振り払われたこと――振り返れば、これまで調の態度は思いきり険悪だったはずだ。間違っても「せっかく」などという言葉が出てくるはずがないくらいに。
「あ、ご、ごめん」
「ううん、大丈夫」
慌てて腕を離すと、調は赤くなって俯いてしまう。自分が彼女に触れたことで、ホテルでの一夜を思い出したのかもしれない。
「真山さん、しつこいようだけど、その、あの晩のことは」
「それはもういいから!」
「あ、う、うん」
「これから……よろしく」
「……ありがとう」
それで十分だと思った。
性格は今ひとつつかめないけれど、調がはっきり好意を示してくれていることはわかる。大切なのはそこだし、彼女の謎はこれから解明していけばいい。
しかし調のことが知りたくても、連絡のしようがなければ、事態は少し難しくなる。
ふと哲朗の脳裏をよぎるものがあった。
――お兄ちゃんも誰かとやってみたらいいよ。
妹の美優が持っていた水色のノート。友だちとつけているという、今どきありえないくらいアナログな『交換日記』だ。
「ちょっと待って、真山さん」
哲朗は急いで自分のかばんを探ってみた。
すると、たまたま買ったばかりの五線ノートが目に入った。何の飾りもない、ベージュのそっけないものだ。
「真山さん、俺と『交換日記』しませんか?」
哲朗は調に、ノートを差し出した。
「交換……日記?」
「ええ、そうです。交替で日記を書くんです。その日に弾いた曲とか、いつも思っていることとか、何を書いてもいいんですよ。妹が言ってました、すごく楽しいよって。それにこれならバレないでしょ?」
「椎名くん、妹さんがいるの? いくつ? 名前は何ていうの?」
「まだ小学校の六年生で、名前は美優です」
「美優……すてきな名前ね。私はひとりっ子なの。いいなあ、椎名くん。妹ってかわいいんでしょうね」
調は心底うらやましそうに呟いた。
「ええ。かわいいですよ、すごく」
しかし哲朗はそんなふうに反応する調も、美優に負けないくらいかわいいと思った。もちろんそれを言葉にする勇気はなかったが――。
「交換日記、やりましょうか。おもしろそうだし」
結局、調は笑顔で頷いた。
「ねえ、椎名くん。その日記なんだけど、ここに置くのはどう? そうすれば、会えない時でも読むことができるでしょ?」
周囲を見回していた調が、舞台袖に置かれたチェストワゴンに走り寄った。
一メートルほどの高さで、引き出しの数は六段。木製の古いものだが、作りはしっかりしている。
「いいと思います。こんなところは誰も開けないだろうし。じゃあ、一番下の段に置きましょう」
「うん、わかった」
「ありがとう、真山さん」
「こちらこそ」
自分が最初に書きたいと言って、調は瞳を輝かせながらノートを受け取った。厳しい父に対する秘密を持ったことで、ささやかな冒険気分を味わっているのかもしれない。
哲朗はそんな調を見ながら、彼女のことをもっと知りたいと思っている自分に驚いていた。
哲朗は言いかけたセリフを途中で呑み込んだ。厳格極まる調の父親のことを思い出したのだった。
「ああ、そうだ。履歴、チェックされるんですよね」
「うん」
調は悲しそうにうなずいた。
「父さんはそういうのに時間を使うこと自体が許せないから。それに私も、せっかく椎名くんとやり取りするなら、誰かに読まれたりしたくないし」
「せっかくって……真山さんは俺のこと、嫌いだったんじゃないんですか?」
哲朗は驚き過ぎて、反射的に調の右腕をつかんでしまった。
顔を見るたびに逃げ出されたこと、つかんだ腕を強く振り払われたこと――振り返れば、これまで調の態度は思いきり険悪だったはずだ。間違っても「せっかく」などという言葉が出てくるはずがないくらいに。
「あ、ご、ごめん」
「ううん、大丈夫」
慌てて腕を離すと、調は赤くなって俯いてしまう。自分が彼女に触れたことで、ホテルでの一夜を思い出したのかもしれない。
「真山さん、しつこいようだけど、その、あの晩のことは」
「それはもういいから!」
「あ、う、うん」
「これから……よろしく」
「……ありがとう」
それで十分だと思った。
性格は今ひとつつかめないけれど、調がはっきり好意を示してくれていることはわかる。大切なのはそこだし、彼女の謎はこれから解明していけばいい。
しかし調のことが知りたくても、連絡のしようがなければ、事態は少し難しくなる。
ふと哲朗の脳裏をよぎるものがあった。
――お兄ちゃんも誰かとやってみたらいいよ。
妹の美優が持っていた水色のノート。友だちとつけているという、今どきありえないくらいアナログな『交換日記』だ。
「ちょっと待って、真山さん」
哲朗は急いで自分のかばんを探ってみた。
すると、たまたま買ったばかりの五線ノートが目に入った。何の飾りもない、ベージュのそっけないものだ。
「真山さん、俺と『交換日記』しませんか?」
哲朗は調に、ノートを差し出した。
「交換……日記?」
「ええ、そうです。交替で日記を書くんです。その日に弾いた曲とか、いつも思っていることとか、何を書いてもいいんですよ。妹が言ってました、すごく楽しいよって。それにこれならバレないでしょ?」
「椎名くん、妹さんがいるの? いくつ? 名前は何ていうの?」
「まだ小学校の六年生で、名前は美優です」
「美優……すてきな名前ね。私はひとりっ子なの。いいなあ、椎名くん。妹ってかわいいんでしょうね」
調は心底うらやましそうに呟いた。
「ええ。かわいいですよ、すごく」
しかし哲朗はそんなふうに反応する調も、美優に負けないくらいかわいいと思った。もちろんそれを言葉にする勇気はなかったが――。
「交換日記、やりましょうか。おもしろそうだし」
結局、調は笑顔で頷いた。
「ねえ、椎名くん。その日記なんだけど、ここに置くのはどう? そうすれば、会えない時でも読むことができるでしょ?」
周囲を見回していた調が、舞台袖に置かれたチェストワゴンに走り寄った。
一メートルほどの高さで、引き出しの数は六段。木製の古いものだが、作りはしっかりしている。
「いいと思います。こんなところは誰も開けないだろうし。じゃあ、一番下の段に置きましょう」
「うん、わかった」
「ありがとう、真山さん」
「こちらこそ」
自分が最初に書きたいと言って、調は瞳を輝かせながらノートを受け取った。厳しい父に対する秘密を持ったことで、ささやかな冒険気分を味わっているのかもしれない。
哲朗はそんな調を見ながら、彼女のことをもっと知りたいと思っている自分に驚いていた。
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