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すべてのはじまり②

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 メリエーレの王家はあまり華美を好まず、財政的にもそれほど裕福というわけではない。居城は小さく、暮らしもどちらかといえば質素なものだった。

 ロレンツォ自身、従者と一緒に愛馬の世話をし、教練の後は剣の手入れをした。身の回りのこともすべて自分で行っていた。

 けれどもロレンツォはそんな生活に満足していたし、質実剛健をよしとする父を尊敬して、自分もまたそんな王になるつもりでいた。帝王教育を受けながらも、九歳の少年らしく楽しく過ごしていたのだ。

 ところが国境近くで領主同士の小競り合いが起こって、そんな日々が激変した。
 争った者たちはそこまで大ごとになるとは考えなかったのかもしれない。実際、諍いはすぐに収まった。

 しかしメリエーレは属国である。
 たとえどれほどささやかなものであっても、ヴィチェランテと揉めることは決して許されないのだった。

 結果、城内は大騒ぎになった。

 ――最悪の場合、ヴィチェランテへの謀反と受け取られかねません。
 ――女王陛下に謝罪の使者を今すぐ送りましょう!

 重臣たちは慌てふためき、とにかく恭順の姿勢を示すよう王に迫った。

 真実はどうであれ、ヴィチェランテ側の受け取り方によってはどんな制裁を下されるかわからない。火種は小さいうちに完全に消してしまわなければならなかったのだ。

 取り急ぎ贈りものを携えた使者を送った後も、メリエーレでは何度も閣議が重ねられた。

 そしてその席に加わることこそなかったものの、ロレンツォ自身も周囲のただならぬ雰囲気は感じ取っていた。
 だから突然の遊学を提案された時も、それほど驚きはしなかった。父王の表情は硬く、母の瞳はかすかに潤んでいたけれど――。

 ――これからしばらく国を離れ、ヴィチェランテで学んできてもらいたい。

 その際、帰国の時期については明言されなかった。

 未来の王が少年時代に他国で学び、見聞を深めるのはよくある事例だ。
 しかしながら九歳という年齢も、期限が定められていないことも、通常では考えられない。

 それでも頷くしかなかった。他に危機を回避する手段がないのだと、幼いながらに理解していたのである。

 数日後、ロレンツォは慌ただしく出国し、ヴィチェランテの王都マルラナへとやってきた。

 ところが到着してみると、こちらの様子は母国とはまったく違っていた。華やかな都にはものものしさのかけらもなく、謁見した女王も笑顔で歓迎してくれた。

 以後ロレンツォは宰相の預かりとなり、その館で何不自由なく暮らしている。
 今、隣に立っているのも彼の長男であるリカルドで、これからおもしろい催しがあるからと王宮に連れてきてくれたのだ。

 そして彼と共に広い庭園にたどりついたところで天使に、いや、天使としか思えない少女に出会ったのだった。
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