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すべてのはじまり④

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 その時だった。

「あなた、大丈夫?」

 リカルドを責めていたクレメンティ―ナが、ふいにロレンツォへと視線を移したのだ。

(わっ!)

 瞬間、ロレンツォの心臓が大きく跳ね上がった。

 無理もない。すぐそこに天使がいて、その澄んだ瞳に自分が映っているのだから。しかも銀の鈴を鳴らしたような声で話しかけてくれたのだ。

「こちらは初めてかしら?」

 ふいにリカルドに軽く小突かれ、ロレンツォはようやくわれに返った。

(あ)

 王女の御前だというのに礼を執るどころか、ボーっとしたまま突っ立っている――それがありえない失態であることは、いくら九歳でもわかった。ところが、

「あ、あの、ぼ、いや、わ、私は――」

 挨拶をしようとしても、舌がうまく回らない。

「私はメ、メリ、メリエ――」

 今度は声が引っくり返ってしまい、ロレンツォは泣きたくなった。こんな場合にどう振る舞うべきか幼い時からしっかり教えられているし、現に女王への謁見も問題なく済ませている。

 それなのに自国の名前さえきちんと言えないなんて、いったいどういうことだ? 天使が心配そうに自分を見ているのに、どうして今日に限ってこんなにポンコツなのだろう?

 恥ずかしくて、情けなくて、もうどうしていいかわからない。

「クレメンティ―ナ様、この方は――」

 そんな様子を見かねたのか、王女の隣にいる黒髪の娘がそっと耳打ちをした。おそらく自分がどこの誰かを伝えているのだろう。

「まあ!」

 とたんにクレメンティ―ナが目を見開いて、一歩前に出た。続いて自分のドレスをつまみ、まるで目上の者にするように膝を折ってみせる。

「はじめまして、メリエーレのロレンツォ王子様。ようこそわがヴィチェランテへ!」
「あ、あの」
「あなたがこちらへいらしたことは母やディ・ジョルダノから聞いておりましたが、ようやくお会いできましたわね」

 目の前で花のつぼみが開いていくようだった。
 クレメンティ―ナの笑顔を見て、ロレンツォの鼓動はさらに速まり、そのせいなのかやっと身動きできるようになった。

「は、は、はじめまして」

 ロレンツォはぎこちなく、それでも懸命に背筋を伸ばす。

「ご、ごきげんよう、クレメンティ―ナ王女殿下。お目にかかれて光栄です」

 たどたどしいながらも、なんとかまともな挨拶ができた。
 すると隣でリカルドが安心したように、ため息をつくのが聞こえた。

(えっと)

 初対面の挨拶が済んだのだから、王女はもう行ってしまう。
 せっかくの機会をなんとか引き伸ばしたくて、ロレンツォは懸命に話題を探した。

「今日は、こちらで催しがあると聞いたのですが――」
「ええ。これからいくつか簡単なゲームをするつもりで、みなさんに集まっていただきましたの」
「では」

 考えるより先に、言葉が口から出ていた。

「私もご一緒してもよろしいですか?」
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